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・・・夜明けが近づく気配がしている、東の空がかすかに紫がかっているのが、車窓から見えた。
「トシ、お前はここに残って、ドクターの指示があったらそれに従え。なにかあったら俺のポケットベルを鳴らせ。緊急事態の時は2回連続して鳴らしてくれ。俺はコウジを家まで届けてくる」玉井はチェリーを灰皿でもみ消しながら言った。
「いや、俺もここに残りますよ、親父さん」俺は意識せずに玉井を『親父さん』と呼んでいた。玉井が振り返る、俺の気持ちを察している目だった。
「コウジ、お前はだめだ。親元で家族と暮らしてんだろう。これ以上、心配も迷惑もかけちゃいけねえ。・・・それに、ここにお前がいたって何ができる」玉井は諭すように静かに呟いた。
「いや、しかし俺も・・・」言いかけると、「親父さんの言うことに従え、コウジ」と園部が言った。
俺は(この期に及んで、今さら心配も迷惑もないだろう・・・)と思った。しかし俺がいたって、何かが出来るわけじゃないのは事実だった。俺は無言で承諾の意を示す。
園部が降りてミラの運転席に移る。俺はグロリアの助手席に移り、尻ポケットのトカレフをグローブボックスに放り込んだ。玉井は何も言わなかった。
静かに住宅地を滑り出していく、国道に交わった頃には徐々に明けゆく光に、街の輪郭が見えるようになった。グロリアは西に向かって走る、俺の住む町は市街地から25km先だ。
大きな川を越える頃、疲れ果てた俺はうつらうつらしたが、眠る間もなく地元の町にたどり着く。玉井に家までの道程を案内して、山道を登っていった。田舎の早朝は野鳥が鳴きわめいている。家から少し離れたところで助手席のドアを開ける。
「コウジ、今日から普段と変わらねえ毎日を過ごすんだぞ、学校にも行ってな。・・・いろんなことが発覚するかどうかわからねえが、新津って刑事がかぎつけたら面倒だからな」・・・俺は以前学校に来た、鶏ガラのような年寄り刑事の顔と鋭い眼光を思い出した。
「わかりました。・・・親父さんとトシユキさんにはすごい感謝してます、ありがとうございました」俺は助手席を降りてドアをしめると、ウインドウが降りて、「カズオのことはトシに連絡させるから」と言って山道を下っていった。
俺は坂道を登り家に帰る、母屋はまだ静まっている。自分の離れ部屋に入り、あおむけに寝転がる。組んだ手のひらに頭を乗せて、ボンヤリと天井ボードの薄い模様を眺める。
・・・昨日の午後、愛知に旅立つ真奈美家族を見送ってから、まだ1日も経っていないことに驚いた。そして1日足らずの間に、カズオは変わり果てた姿になっちまった・・・。
もう眠れはしないし眠る気にもならない、家族が起きだすのを見計らって母屋に向かう。普段通りの1日ははじまっていった。
学校に到着すると、俺以外の生徒はみんなYシャツ姿だった。今日が6月1日で『衣替え』だということを忘れて、俺だけが黒い学ランを着ていた。
女子は白いブラウスに紺色のリボンを結んでいる、・・・真奈美のブラウス姿が、嫌でも脳裏に浮かんできた。失ったものの大きさは、あとからジワジワと判ってくるのだろう・・・。
教室に入ると、当たり前だがカズオは不在だった。やがて全員が席に着く時間になる。しかし誰ひとりとして、カズオがいないことを気にしてはいない。・・・意識的に目立たない生徒を装っていたからか。
百瀬女史が教室に入ってきて退屈な1日がはじまるが、女史さえもカズオの欠席に触れもしないで、いつも通りの微笑でなにか話していた。
俺は精神的な衝撃が続いて少しおかしくなっているのか、奇妙な思いこみが胸に渦巻く。(もしかしてカズオなんて生徒は、はじめからこのクラスに存在していなくて、俺はなにかのはずみで幻でも見てるんじゃねえか・・・)女史の授業は結局、何も耳に入らずに終わった。
休み時間に山上・森岡・長谷が騒いでいる席に行き、「お前ら、カズ・・・いや、田中が欠席してる理由を知ってるか?」聞くと山上は怪訝な顔をして、「田中?・・・田中って誰だよ?なあ」と2人に振った。2人はともに、うんうんとうなづいている。
(・・・!)俺はそのひと言に愕然となった。(やっぱり俺はおかしくなって、カズオは幻だったのか・・・)様子の異変に気づいた山上が、「川島どうかしたのか?・・・田中の欠席の理由なんて知らねえよ」と言う。
俺は思わず、「馬鹿野郎!こんな時にくだらねえ冗談言うな!」と、怒鳴ってしまった。山上は俺の剣幕に驚き、「な、なにムキになってんだよ!・・・百瀬女史にでも聞けよ!」と、不機嫌な顔をした。
はっと我に返った俺は、「申し訳ねえ、ちょっとイライラしてて。・・・そうだな、女史に聞いてみるわ」と言い、その場を去った。
俺はいくらかほっとした。・・・よく考えてみると『カズオは幻』なんて馬鹿馬鹿しい錯覚だが、そう思いこめるほど俺の精神状態はおかしくなっていた。




