第127話 事実を、正す
かつて、王都は私に名誉回復を持ちかけたことがある。
悪役令嬢という烙印を撤回する。名誉を、地位を、返す。だから、戻ってこい、と。
あれは、謝罪ではなかった。私を復帰させるための取引の材料だった。私が復帰を断ると、その名誉回復も実行されないまま宙に浮いた。
今度は、違う。
私は、名誉回復を取引としてではなく、事実の訂正として求めた。
寄付金の横領は、なかった。それは脚本の一部だった。だから、記録を事実に合わせる。
それは、私が復帰するためではない。地位も、名誉も、要らない。私の場所は、もう辺境にある。
ただ、事実が間違ったまま帳簿に残っているのが許せなかった。それだけだ。
そして、私はもう一つ求めた。
聖女セシルの記録の訂正を。
彼女は、聖女だったのか、そうでなかったのか。それはもう誰にも分からない。だが、少なくとも彼女が私を陥れるための脚本に使われたことは、事実だった。使われ、そして捨てられたことも。
彼女を聖女として持ち上げたのも。用が済んで忘れたのも。どちらも、王都がしたことだ。
その事実を、記録に残す。
彼女を裁くためではない。彼女もまた、名を利用され、捨てられた一人だと正しく記すために。
のちに、その訂正を伝え聞いたセシルが、初めて泣いたと聞いた。
武器としてではない、涙を。使い道のない、ただの涙を。
人は、裁かない。
だが、因果は閉じる。
誰が何をしたのか。誰が使われ、誰が消えたのか。それを事実のまま帳簿に残す。
それが私のやり方だった。
罰でも、赦しでも、ない。
ただ、正しく記すこと。
――報われなかった私が辿り着いた、ひとつのけじめだった。
その夜、私は宿の机で一枚だけ私信を書いた。
辺境へ。用件は、何もない。帳簿が一つ閉じました、とだけ書いて、あとは書くことが見つからなかった。
あの人は、理由を聞かない。だから書いても書かなくても同じはずだった。
同じはずなのに、私はその一枚を折らずに机へ伏せたまま、朝まで出さなかった。
人は、裁かない。けれど、因果は、閉じる。
罰でも、赦しでもなく、正しく記すこと。
次回、辺境へ、帰ります。




