第123話 速さを担う者
第二王子カイウス・エル・アルヴェインは、私の案を黙って最後まで読んだ。
相変わらず、若く鋭い目をしていた。あの頃と同じ。だが、玉座に近い場所で戦い続けた者の疲れが、その端に滲んでいた。
速さを説き、決断を説き、「責任は、私が負う」と繰り返した人。次は負けない、と言って去った人。
読み終えて、彼は顔を上げた。
「これは、私への当てつけか」
「いいえ」
私は、案の下に一枚重ねた。北方港の荷役の嘆願だった。
彼は、それも読んだ。読み終えて、短く息を吐いた。
「二日ぶんの糧か」
「はい。この二日を、誰も負っていません」
「私は『責任は私が負う』と言った。あなたは、それを国家は個人の覚悟に依存できない、と退けた。……なのに今度は、『名を賭ける個人を置け』と言う。矛盾していないか」
「していません」
私は、彼を真っ直ぐ見た。
「あなたの『私が負う』は、正しかったのです。ただ、大きすぎた。国家のすべてを、あなた一人の覚悟に乗せようとした。だから、退けました。……でも、一つ一つの決裁になら、名を賭ける個人は置ける。あなたの覚悟は、そこでこそ生きます」
カイウスは、しばらく黙っていた。
「速さは」と、彼は低く言った。「速さは、どうなる。名を賭けさせれば、皆、名を惜しんで決めなくなるぞ。遅く、鈍くなる。私がいちばん恐れているのは、それだ」
「速さは、あなたが担ってください」
私は、言った。
「速さを否定はしません。不安な民に、速さは安心を与える。それは、あなたにしかできない。……ただ、その速さに、名を。速く決める者ほど、その決断に名を賭ける。逃げも隠れもしない。そういう速さなら、私は止めません」
彼は私をしばらく見つめた。
それから、ふっと口の端を緩めた。
「……速さは、私が担う。名は、私が賭ける。枠は、あなたが置く。そういうことか」
「はい」
「気に入らんな」と、彼は言った。「気に入らんが――合理的だ」
かつての論敵がその日、味方になった。
ただし、彼は去り際にこうも言った。
「言っておくが、私は諦めていない。今回は、組む。だが――速さが本当に要る日は、必ず来る。そのとき、お前の『持続』が間に合うとは限らない」
その言葉を私は否定しなかった。
彼は、たぶん正しい。
だから、この対立は、たぶんこれで終わりではない。
「速さが、本当に要る日は、必ず来る」
――この火種は、消しません。国のかたちは、途中だから。
次回、この案を、いちばん痛いところへ持っていきます。




