第110話 制度で負う、の限界
協議、という名目で私は王太子と面会した。
王太子レオンハルト。
――かつて、カイルと呼ばれていた人。
私が、隣に立つはずだった人。私を、見ようとしなかった人。
名を変えたことは、知っている。醜聞のあと、正式な名で記録が統一された、とそういうことになっている。カイルは通称で、レオンハルトが諱。人はいつのまにか後の名だけで彼を呼ぶようになった。
私も、彼をレオンハルトと呼ぶ。
こうして二人で向き合って座るのは、私が王都を去る前、あの王太子宮の一室以来だった。
同じ顔。少し老けた。目の下に、疲れの影がある。追放されたあの日、退屈そうに私を見ようともしなかった目。その目が今は、私を真っ直ぐに見ていた。
彼は、あの日の彼とは違っていた。
顔立ちは、記憶のままだった。けれど、まとう空気が違う。かつて彼を包んでいた、若さと傲慢の光は、影のある静けさに変わっていた。
速さより、持続を選ぶ人になっていた。中央集権は強いが折れれば終わる、分散は弱いが続く、と理解し、均衡を選んだ人。国のかたちを真剣に考える人。
その変わりようを、私は悪いこととは思わなかった。人は、変われる。
「よく、来てくれた」
彼は言った。落ち着いた声だった。
「協議の前に、一つだけ」
私は単刀直入に切り出した。
「再統合案の緊急決裁。期限が切られていません。監査官が兼任です。公開は保留です。……枠は、骨を抜かれています」
彼の表情がわずかに翳った。
「分かっている」
「なぜ、止めないのですか」
「止める根拠が、制度の中にないからだ」
彼は静かに言った。
「手続きは、踏まれている。形式は、満たされている。誰も、規則を破っていない。だから、誰も、責を問えない」
私は彼を見つめた。
「私は、制度で責任を負う仕組みを作った」と彼は続けた。「個人の暴走を、制度で受け止めるために。……だが」
彼は窓の外へ視線を移した。
「制度で負う、と決めた瞬間から、誰も、個人としては負わなくなった。皆が『制度に従っただけ』と言える。私が作ったのは――責任の、逃げ場だったのかもしれない」
私は、息を呑んだ。
それは、私がこの数日、辺境で考えていたことと同じだった。
「あなたは、それに気づいているのですね」
「気づいている。だが、代わりの答えを、私は持っていない」
彼の声には、悔いがあった。
この人は、変わった。真剣に国を考えている。それは、本当だ。
――けれど。
変わったこの人の、変わる前の名が、あの黒く塗られた決裁の時代にどこにあったのか。
私は、まだそれを見ていなかった。
「制度で負う」は、責任の逃げ場にもなる。
彼自身が、それに気づいている。
けれど、答えはまだ、誰も持っていません。




