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婚約破棄された悪役令嬢は、役割を与えられない場所で静かに生きる 〜尽くしても報われなかった私を、理由も聞かずに受け入れてくれる領がありました〜  作者: 水無月カレン


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106/130

第106話 役割を求められない場所で

 私は、迷っていた。


 ここは、役割を求められない場所だ。誰も私に何かを期待しない。だから、私は静かに生きられる。それは、長いあいだ私が欲しくて手に入らなかったものだった。


 この静けさを手に入れるまでに、私は多くを失った。婚約者を。地位を。名誉を。かつて当たり前だと思っていた、すべてを。


 失って、削られて、それでも辿り着いた場所だ。


 それを、また自分から手放すのか。


 王都の骨抜きの手続きも、黒く塗られた署名も、私が首を突っ込む謂れはない。私はもう、あそこの人間ではない。


 放っておけばいい。


 そう思おうとして、思えなかった。


 骨を抜かれた枠は、いずれ動きだす。再統合が通れば、辺境の二本目の経路は王都の手に戻る。保険は、消える。


 そして、そのツケを払うのは決めた誰かではない。


 薬草が足りなくなって困るのは、辺境の村の名前も知らない誰かだ。塩が高くなって困るのは、遠い港町の顔も知らない誰かだ。


 私は、その顔も知らない誰かを想像した。


 冬の朝、薬が足りずに咳をする子ども。値の上がった塩を前に、ため息をつく老いた漁師。


 誰も彼らの名を知らない。決めた者も、彼らの名を知らないまま決める。知らないから、平気で削れる。


 決める者は、名を残さない。


 払う者は、名を持たない。


 ――それが、私の見たこの国のいちばん深い綻びだった。


 私は窓辺に立った。


 森が揺れている。ここでは、誰も急かさない。ここにいれば、私は静かでいられる。


 でも、と私は思った。


 静かでいることと、目を逸らすことは、違う。


 役割を求められない場所にいることと、役割から逃げることは、違う。


 私はそれを混同しかけていた。


 整えることが私の一部になっている、と私はこの朝、思った。


 なら――整えるべきものが、まだ残っている。


 たとえそれが、私を追い出したあの場所にあるのだとしても。


静かでいることと、目を逸らすこと。

似ているようで、違う。

次回、レティシアは、ひとつの決断をします。

そして辺境伯は、初めて――送り出す側になります。

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