第105話 枠
王都に残した、数少ない伝手のひとつ。財務官補佐のセドリック・ヴェインから返書が届いた。
私が問い合わせた、再統合案の進み方について。
この返書を寄越すだけでも、彼には危険がある。それを承知で書いてくれた。王都にも、まだこういう人が残っている。
その事実に少しだけ救われながら、私は封を切った。
読んで、私は違和感の正体を掴んだ。
再統合案は、緊急決裁の枠で進められていた。
私が設計した、あの枠で。
だが――中身が、抜けていた。
期限は「追って定める」となっていた。切られていない。
三者の承認は、形式上は取られていたが、監査官の欄が「兼任」で埋められていた。監査する側と、される側が同じ人間だった。
事後の公開監査は、「機密に該当するため保留」とされていた。
枠は、そこにあった。名前だけ、そこにあった。
中身は、ひとつ残らず骨を抜かれていた。
よくできている、と皮肉にも思った。
どこにも違法はない。どの欄も、埋まっている。誰がこれを検めても、「きちんとしている」と頷くだろう。
形が完璧なほど、中身が空っぽだった。
私は、返書を膝に置いた。
制度を作るとき、私は悪意のある個人を想定していた。速さに酔って暴走する誰か。それを止めるための枠だった。
でも、私は想定していなかった。
――枠そのものを、盾に使う人間を。
「きちんと手続きは踏んでいます」と言うために、手続きの形だけを残し、中身を空にする。そうすれば、後で誰かが責めても、「制度に従っただけだ」と言える。
制度に従っただけ。だから、私は悪くない。
私が作った枠が今、その言い訳の道具になっていた。
この枠のおかげで、王都の誰かが今日も安心して眠っている。名を書かずに済んだ、誰かが。
匿名の署名。骨を抜かれた枠。
二つは、同じ顔をしていた。誰も負わずに済むための顔。
私は、しばらく動けなかった。
自分の手が、間接的にそれに加担してしまった気がして。
制度は、悪人を止められる。
けれど、制度を盾にする人は、止められなかった。
これは、レティシア自身の宿題です。




