↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された悪役令嬢は、役割を与えられない場所で静かに生きる 〜尽くしても報われなかった私を、理由も聞かずに受け入れてくれる領がありました〜  作者: 水無月カレン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
103/130

第103話 黒塗りの署名

 ガルドが持ってきたのは、古い決裁記録の写しだった。


「北方港が最初に“弱められた”ときのものです。倉にありました」


 中央集権政策の時代。辺境の港と独自の外交を、王都が段階的に縮小していったころの記録。


 私は、一枚ずつ繰った。


 紙は、古かった。端が茶色く変色している。倉の湿気の匂いが指に移る。


 何年も、誰の目にも触れずに眠っていた記録。


 ――眠らせておきたかった記録、と言うべきかもしれない。


 関税の見直し。管理権の移管。人員の削減。どれも、辺境の自立の手足を静かに一本ずつ外していく決裁だった。


 そして、最後の一枚。


 港の管理権を実質的に王都直轄へ近づける決裁。もっとも重い一枚。


 その署名欄が、黒く塗り潰されていた。


 私は、指を止めた。


「これは」


「元から、こうです。写しではなく、原本がこうなっている、と」


 誰が、この港を弱めると決めたのか。


 記録の上には、それがない。


 決裁は、確かに下された。港は、確かに弱められた。辺境は、確かにそのぶん不利になり、後の危機で薬草も塩も足りなくなった。


 結果は、すべて残っている。


 なのに、それを決めた者の名だけがそこにない。


 私は、その黒い四角を指の腹でそっとなでた。


 インクは乾ききって、わずかに盛り上がっている。何度も塗り重ねられた跡。


 急いで隠したのではない。丁寧に、時間をかけて消していた。その丁寧さが、かえってぞっとした。


 私は、黒い四角を見つめた。


 塗り潰したのは、隠すためだ。だが、隠すという行為そのものがひとつのことを語っていた。


 ――この決裁を下した者は、自分の名が残ることを望まなかった。


 正しい政策だと信じているなら、名を残せばいい。国のためだと言うなら、堂々と署名すればいい。


 名を消したのは、いつか誰かがこの結果を遡ったとき、責を負う者を見つけられないようにするためだ。


 私は、古い記録をそっと閉じた。


 胸の奥が、静かに冷たくなっていた。


結果は残る。名前だけが消える。

それが、いちばん、たちが悪い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。