第102話 国家物流の再統合
書状は、雪解けの川のようになめらかな言葉でできていた。
「国家物流の再統合、および流通経路の一元的管理について――」
私はそれを二度読んだ。
要は、辺境の二本目の経路を王都の管理下に組み込むという話だった。効率化。損耗の削減。国全体での最適化。どの言葉も正しく、どの言葉も辺境から保険を取り上げる。
私はその書状を指でなぞった。紙は、上等だった。文字は、隙がなく、美しい。金と手間がかかっている。
本気だ、と思った。
王都は、思いつきでこれを寄越したのではない。
執務室にアレクシスがいた。書状に一度だけ目を通し、彼は机に伏せた。
「王都は、また、削りに来たか」
「今度は、力ずくではありません」
「そうだな」
彼の声は、冷えた湖のように静かだった。
「正しい言葉で来る。断りにくいように」
私は頷いた。前と同じだ。王都は力で奪わない。代わりに、正しさで包んで削る。
「主導しているのは、どなたでしょう」
「名は、書いていない」
アレクシスが書状の末尾を指で示した。
発信は「宰相府」。個人の署名は、ない。
私は、その空白を見つめた。
これほど大きな話を動かすのに、誰の名もそこにはなかった。
名がない、ということが、これほど不気味だとは。
人は、責められるのを恐れて名を隠す。だが、これは少し違う。正しいことをしているという顔で、堂々と、それでいて名だけは決して残さない。
その手つきに、私はなぜか覚えがあった。
ふと、ひとりの声が耳の奥をよぎった。そう遠くない昔、王都で聞いた声。速さを説き、「責任は、私が負う」と繰り返した、あの第二王子の。――「次は、負けない」と言い残して去った人の。
――彼が、動いているのだろうか。
分からない。分からないまま、違和感だけが残る。
この再統合案は、緊急決裁で通されようとしている。かつて私が速さに枠をはめるために設計した、あの緊急決裁の制度で。
期限を切り、三者の承認を要し、事後に監査を公開する。個人の暴走を防ぐための枠。
その枠が今、誰かを守るためではなく、誰かの顔を隠すために使われようとしている気がした。
「レティシア」
アレクシスが、私を見ていた。
「気になるのか」
「……はい」
私は、正直に答えた。彼には、飾っても仕方がない。
「気になります。作ったものが、思っていたのと違う形で使われているのが」
彼は、それ以上は聞かなかった。
いつものように。
正しい言葉ほど、名前を隠すのに向いている。
次回、レティシアは古い記録に触れます。




