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婚約破棄された悪役令嬢は、役割を与えられない場所で静かに生きる 〜尽くしても報われなかった私を、理由も聞かずに受け入れてくれる領がありました〜  作者: 水無月カレン


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101/130

第101話 静けさの続き

本編・番外編にお付き合いいただき、ありがとうございます。

ここから、第二部です。

完結のあと、季節がいくつか巡ったころ。

まずは、静かな辺境から。

 朝の光が、書類の端を白く縁取っていた。


 私は羽根ペンを置き、窓の外を見る。国境の森が、ゆっくりと息をしている。雪はもう、遠い。


 辺境伯領の朝は、いつも同じ速さで来る。誰も急がない。急がなくても、回る。


 机の上には、名前の出ない仕事が積まれている。関所の通行記録の照合。塩の在庫と、次の四半期の配分。神殿への割り当ての下書き。どれも、私がやったと誰も知らない。


 窓の下で、下働きの少年が薪を運んでいる。厨房のほうから朝の匂いが流れてくる。焼いたパンと、煮た豆と、薄い塩の匂い。


 辺境の朝は、質素だ。けれど、足りている。


 足りている、という感覚を、私はここへ来て初めて知った気がする。王都では、あれほど多くのものに囲まれて、いつも、何かが足りなかった。


 それでいい。


 報われるために整えているのではない、と私はもう自分に言い聞かせなくなっていた。言い聞かせる必要がないほど、それは私の一部になっている。


 扉が軽く叩かれた。


「レティシア様。商会長がお見えです」


「通してください」


 ガルド・レイヴンが入ってくる。大柄な体を少し丸めるようにして、彼はいつも扉をくぐる。


「北方港の話です」


「順調、と聞いていますが」


「順調すぎる、と言うべきでしょうな」


 彼は帳簿を机に置いた。数字が、静かに右上へ伸びている。


 北方海洋国家との旧交易路。かつて王都の中央集権政策で弱められ、凍結扱いだった条項を、私たちは合法の範囲で再稼働させた。物流を、王都経由の一本から二本にした。


 保険のつもりだった。


 それが今、辺境の血流の、半分を担うまでになっている。


「良いことでは」


「良いことです。ただ」


 ガルドは、太い指で数字の伸びをなぞった。


「良すぎるものは、目を引きます。特に――失いたくないものを持っている者の、目を」


 私は、数字を見た。


 王都の目、と彼は言わなかった。言わなくても、分かった。


 辺境が「自立できる」と証明したこと。それ自体が、誰かにとっては揺らぎに見える。


 私はそれを一度、身をもって知っている。


 誰かにとっての「安定」が、別の誰かにとっては「邪魔」になる。


 その理不尽を、私は一度味わっている。


 だから、ガルドの言葉がただの心配性には聞こえなかった。


「……ありがとう。頭に入れておきます」


 ガルドが出ていくと、部屋はまた静かになった。


 私は帳簿をもう一度開いた。右上へ伸びていく数字を、指先でそっとなぞる。


 良すぎる数字。


 ガルドの残していった言葉が、静かな部屋に小さな棘のように引っかかっていた。


 森が揺れている。光が、柔らかい。


 ここには、私を急かすものが何もない。


 まだ、何も。


静かな再開です。

派手なことは、まだ起きません。

けれど、良すぎる数字には、いつも誰かの目がついてくる。

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