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第十七話 俺の処遇と異界の扉の制約

「そ、その恰好……い、いや、それよりも……貴方が異世界から来たという……」


「まだ確証を持てているわけではありませんが、恐らくは……」


 動揺の色を見せつつ俺に確認の視線を向けてくる神父様へ、俺は苦笑がこぼれそうになるのを堪えながらそう曖昧に頷いた。


 どうやら、この場においても開口一番に気にされるのは恰好についてらしい。男性の肩出しスタイルはよほど信じ難い光景のようだ。


「そうですか……なるほど。っとと、フィアーナ嬢にラフィリア様もいらしていたのですな、これは失敬。どうぞ皆様、中へお入りください」


 なんて風に微妙な気分に苛まれていると、多少の落ち着きを取り戻したらしい神父様が俺の背後で成り行きを見守っていたフィアーナさんとラフィリアさんの存在にようやく気付いたようで、俺やシロ共々部屋の中へ招き入れてきていた。


 そんな彼の案内に従い、俺たちも部屋の中へと足を踏み入れる。見た感じ、執務室……のような場所みたいだな。


「お久しぶりです、神父様」


「ご無沙汰しております」


「おお、これはご丁寧に。こちらこそ、挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。何分、気が動転してしまっていたもので……」


「いえいえ、お構いなく。……それよりも、彼のことについてなのですが……先ほど身元の確認をさせていただいたところ、この世界の人々が持ち合わせている常識を持っていないことが分かりまして……」


 神父様との簡単な挨拶を行ったところで、ラフィリアさんが俺に関する話の続きを切り出した。


「もしかしたら、何かしらの不具合が生じてしまって、異界の扉の前に出現できなかっただけなのでは、と思ったんです」


 ラフィリアさんの事情説明に追随して、エリーゼさんが先ほど俺たちにも語り聞かせてくれたそんな考察を付け加える。


「不具合ですか……そんな事例、今までなかったはずなのですが……」


 少女たちからのその説明に、神父様は少しばかり眉を顰め思考にふけってしまう。扉の不具合については、流石の彼でも分かりかねるようだ。


「……いえ、過去の事例にない事態についてこれ以上考えても無駄ですな。それよりも今は、儀式が無事成功していたことを喜びましょう」


 しかしながら、結局考えるだけ無駄だという結論に至ったようで、扉の不具合についてはばっさりと切り捨ててしまった神父様。い、良いのだろうか、それで……。


 そうして、異世界人の招集に成功していたという事実に安堵の息をこぼす彼。なんか、俺が異世界から来た人間であるということが当然のように受け入れられてしまっている……。


 もしかして、神父様には相手がこの世界の者であるか、あるいはそうでないか……という区別をつけられる何か特殊な能力みたいなものが備わっているのだろうか。


 いや……うん、思わずそんな都合の良い考えが脳裏を過ってしまうくらい、彼は俺を異世界人だとすんなり信じてしまったのだ。


「え、えっと、随分と簡単にお認めになられるんですね……。常識に違いがあることしかお話しできていなかったと思うのですが……」


「いえ、それだけで十分なのです。それに、彼の恰好からも分かりますからな。あのような露出の多い服装、この世界の男性であれば嫌がるのは必然。抵抗感を覚えていないというだけで、十分すぎるほどの証拠になるのです」


 エリーゼさんも俺と同じことを気にしていたらしく、説明が不十分であることへの懸念を口にしていた。


 しかし、そうでもなかったらしい。俺の予想は外れていたものの……そうか、自分たちとは異なる常識を持っているというだけで大きな証拠になってしまうんだな。人前で堂々と肌をさらせる男は本当に希少価値らしかった。


「……それに、その方は魔力を持っていないようです。記録によると、異世界人は異界の扉の前に降り立ったところで初めて魔力を与えられる……とありました」


 などと考えていると、不意に部屋の奥から神父様ともエリーゼさんとも違う一人の少女のそんな声が聞こえてきた。


 見ると、神父様の後ろにあったもう一枚の扉のその奥から、神父様によく似た白髪を長く伸ばした小柄な少女が顔をひょっこりと覗かせていた。


 彼女もまた、その小柄な身体に合わせたサイズの白い法衣を身に纏っている。


「あらクリス、いたのね。……というか今の話、本当なの?」


 あっ、彼女がエリーゼさんのご友人のクリスさんなのか。見た感じでは、神父様とは血縁関係にありそうだが……どうなのだろう。


 俺がそんなことを考えている間に、エリーゼさんとクリスさんとの間で友人同士のやり取りが続けられる。


「奥でいろいろと調べ物をしてて、出てくるのが遅れちゃったの。ごめんね、エル。……それで、さっき言った話なんだけど、生まれながらにして魔力を保有しているこの世界の人々とは違って、異世界人には魔力が一切ないんだって」


「確かにさっき、彼も元の世界に魔法の概念はなかったって言っていたけど……そう、魔力自体を持っていなかったのね。でも、魔力がないってどうして分かったの?」


 確かに……そうだな。俺には魔力がない……と断言するクリスさんの言葉には少々首をかしげたくなってしまう。どうやって判断しているのだろうか?


 そう思って、成り行きを見守っていると……、


「それはね、これのおかげなの」


 そう言って、法衣の内側から掌サイズの水晶玉のような丸い塊を取り出し、こちらにそれを見せてきた。正確には、エリーゼさんに……であるが。


 なお、その塊は彼女の手の中で謎の光を発しているようだった。室内灯を反射している……というわけでもなく、自発的に。


「それは?」


「魔晶石……これを向けた相手の魔力量に応じた光を発する特殊な玉石なの。今はエルに向けてるから、こうして光を発しているってわけ」


 エリーゼさんの疑問にそう答えたクリスさんは、一瞬言葉を区切ると"でも……"と付け加え、改めてその口を開いた。


 そんな彼女の掌は、今度は俺の方へ向けられていた。


「でも……この方に向けると……ほら、光が消えちゃうの。だから、魔力がないって分かったわけ」


「へぇ、そんなものが……。長いこと教会に通い詰めていたけど、まだまだ知らないものだらけね」


「まぁ、特殊なものが多いからね。……っと、そういうわけなのでお父さ……神父様、この方は異世界人ということでよろしいかと思われます」


「ふむ……そうか。確認助かった、ありがとう、クリス」


 エリーゼさんとの会話もそこそこに、クリスさんは改めて神父様への報告を行う。……あ、神父様はやはり彼女の父親だったか。


 そんな神父様は、クリスさんにそう一言礼を述べると、再度俺の方へ向き直り、その居住まいを正した。


「さて……遅くなってしまいましたが、自己紹介をさせていただきましょう。私はこの教会にて教会神父をさせていただいております、ラウス・ハウゼンと申します。そして、こちらが私の娘の……」


「クリスティア・ハウゼンです。お初にお目にかかります、救世主様」


 そうして、俺にそう名乗りを上げた二人。ラウス・ハウゼンさんに、クリスティア・ハウゼンさん……そういえば、神父様の名前はエリーゼさんの口から何度か出ていたな。


 クリスさん……いや、クリスティアさんについても、先ほどここまで案内してくれたシスターさんがぽろっと漏らしていたっけ。


 まぁ、それはともかく……救世主様、か。俺には少々荷の重い肩書きだな。


「これはご丁寧にどうも。……えっと、自分は渡会 玖朗と言います。ここに来るまでにある程度の事情は伺いました。その……人口回復のために呼ばれたのでは……と」


 内心で苦笑を浮かべつつ、俺も自己紹介を行う。それから、この世界に招集された理由についての憶測も話した。


「そうでしたか……ええ、ほとんどおっしゃる通りです。事情の説明は受けているようなので詳細は省きますが、現在この世界は人口減少の危機に瀕しております」


「その危機を打破するため、勝手ながら異界の扉でクロウ様をこちらの世界へお呼び立てさせていただいた次第です」


「ですが、扉の誤作動により、既定の場所へお呼びできなかったようで……重ね重ね申し訳ございません」


 俺の口にした言葉に首肯を返したハウゼン親子は、改めての事情説明と、それからさらにそんな謝罪まで重ねてきた。少々気後れしてしまうが、彼らの気持ちも分からなくはない。


 まぁ、気にしていないことだけは伝えておこう。


「いえ、お気になさらないでください。……と言いますか、むしろ謝るのはこちら側なんです。その……事情がありまして、この世界の皆さんが求められているような行為は行えなくて……」


 と思ったが、流れで自身が救世主として不十分な存在であることまで話してしまった。……まぁ、どのみち話しておかないといけない内容ではあったのだが。


「むっ、そうなのですか? しかし、我々とは異なる常識を持っていたと先ほど……」


「私たちとは異なる常識……つまり、クロウ様の世界における常識は数百年前から変わっていない……ってことですよね。そして、呪いを受ける前のこの世界の価値観とも同じ……記録が正しければ、子孫繁栄のための行為に対する抵抗感は薄いはず……」


「……すみません、個人的な事情があるんです。お二人の言う通り、自分の元いた世界の常識は今のこの世界の常識とは反転しています故、本来ならお力添えしたいところなのですが……」


「そうですか、個人的な……ふむ」


 俺からの説明を受け、難しい顔で何かを考え込んでしまったラウスさん。やはり、俺を呼び寄せた張本人からすると、役割を果たせそうにない俺は厄介者になってしまうのだろうか。


 って、いかんいかん。また被害妄想を膨らまそうとしてしまっていた。もう少し、相手の反応を伺ってみよう。


「あの、クロウのこと……元の世界に帰してあげることはできないのでしょうか」


 なんて思っていると、ラウスさんやクリスティアさんよりも先にエリーゼさんから声が上がった。……そうか。そういえば、そのことについて尋ねるのもここに来た目的の一つだったっけ。


 気を利かせて、彼女の方から二人に尋ねてくれたようだ。


「できるよ。……ただね、一度扉に祈りを捧げると、少しの間使えなくなっちゃって……しばらくは新たな救世主様をお呼びできないの」


 どうやら、帰ること自体はできるらしい。しかし、次の招集の機会が巡ってくるまでにかなりの時間を要してしまうのだとか。


 なるほど、だから俺の扱いに頭を悩ませてしまっていたわけか。せっかく呼んだ救世主を何もさせずに帰らせてしまうとなると、損得のバランス的にはあまり良くはないわな。


「そうなのね。……でも、彼を帰してあげられない理由にはならないんじゃないかしら。こちらの都合で無理に彼をこの世界に縛ってしまうのは申し訳ないわ」


 やはり良い顔はされなさそうだ……などと思っていた俺だったが、エリーゼさんは今のクリスティアさんからの説明には納得できなかったらしい。


 自分たちの損得よりも、俺の帰宅を優先してくれる彼女。……まただ、何だ……胸の奥にじわりと広がるようなこの熱は……。


「……そうだよね。私もそう思う。神父様、クロウ様に私たちの勝手を押しつけるのはやはりよろしくないかと。帰して差し上げましょう、彼を」


 再び胸に去来した謎の感覚に戸惑いを覚えている俺を他所に、エリーゼさんからの説得を受けて迷いが晴れたらしいクリスティアさんがラウスさんへと向き直り、エリーゼさんとともに俺を元の世界へ帰すよう懇願し始めてくれていた。


 そんな少女たちからの言葉に彼も決心がついたのか、ラウスさんは一つ大きく首肯してみせた。


「うむ、そうだな。……クロウ殿、こちらの都合で世界を跨がせてしまい、大変申し訳ございませんでした。今から、元の世界へお送りいたします。どうぞ、異界の扉の前までお越しください」


「は、はい。その……ご配慮いただいてしまってすみません」


「お気になさらないでください。この世界の問題なのですから、異世界の方に強制はできませんよ」


 そんなわけで、俺は皆さんのご厚意により元の世界へ戻らせてもらうこととなった。


 彼らの導きに従い、俺は部屋の奥へと案内される。先ほどクリスティアさんが出てきたあの扉の奥に、どうやら異界の扉は保管されているようだ。


 しかし……どういうわけか、今さっきまでは温かみを帯びていたはずの俺の心が、今度はずしりと重みを増したような……そんな感覚に囚われていた。


 不思議と、部屋の奥へと進む自身の足が重く感じてしまう……。よく分からない感覚の立て続けの襲来に、俺の頭はパンク寸前だった。


「クロウさん? どうかなさいましたか?」


「あ、いえ、何でもありませんよ」


 隣に並んだラフィリアさんにも、俺の様子の変化を悟られてしまう。すぐに誤魔化しはしたが……うむ、少々何かが引っかかるな。


「そうですか? それなら良いのですが……。でも、寂しくなってしまいますね。せっかく出会えたのに、もうお別れだなんて」


「だねぇ……」


「ご主人、いなくなっちゃうの?」


「クロウくんは、元々この世界の人じゃないからね。帰るべき場所に帰してあげないとなんだよ」


「……ついていっちゃ、ダメ?」


「そ、それは……どうでしょうね。私たちにはちょっと分かりません。……ついていけるのなら、私も……いえ、何でもありません」


 内心で疑問を浮かべている中、傍らを歩く三人の少女たちによるそんな会話が聞こえてくる。


 それを聞いていると、俺の足取りはますます重さを増していくような……そんな錯覚を覚えてしまう。


 まさか……俺、帰りたくない……って思っているのか? 彼女たちとの別れを惜しんでいるとでもいうのか……?


 何事にも無感情を貫くことができていたはずの俺が、別れを受け入れることができていない……と? そ、そんな馬鹿な……。


「……おあっと!?」


 そんな風に思考に没頭してしまっていたからだろう、俺はいつの間にか余所見をしてしまっていたようで、気付けば障害物に衝突してしまっていた。


 自身の感情に振り回されすぎたな……と反省しつつ、俺はすぐさま顔を上げて障害物の正体を確認しようとした。……のだが、


「あ、あれ?」


 目の前に障害物の存在はなかった。あるのは、既に開かれた扉と、その奥に広がる部屋の内装だけ。


 ……俺、一体何にぶつかったんだ? 混乱しつつ、俺はきょろきょろと辺りを見回す。


 すると、真っ先にこの場にいた他の人たちの姿がふと目に入った。そんな彼、彼女たちの表情は、皆一様に驚きに染まっている……。


 一瞬にして、この場が静寂に包まれてしまっていた。


「……ク、クロウが……何かに阻まれた……」


 やがて、その静寂を破るように、ぽつりとそう一言……唖然とした声でエリーゼさんが呟いた。

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