第十六話 ようやく、森を抜けました
シロのおかげであっという間に森の出口付近までやってくることができた俺たち……だったのだが、
「申し訳ございませんでしたあっ!!!」
……どういうわけか、俺はラフィリアさんに土下座をかまされてしまった。それはもう、惚れ惚れするほどの綺麗すぎる土下座であった。
いやまぁ……どういうわけも何も、こうなってしまった原因は分かってはいるんだけどな? 随分と熱が入ってしまっていたからなぁ……。正気に戻って自己嫌悪に陥ってしまった、というところだろう。
そんなラフィリアさんだが、心無し肌艶が良くなっているような……? 何があったかは……うん、考えるべきではないな。
「ったく……、あんだけ言ったのに……」
「うぅ……、本当にごめんなさい……。で、でも、私だって我慢しようとは思っていたのよ!? ……けどその、ゆ、揺れが凄くて……そ、それで……クロウさんの背中に擦れちゃって……」
「いやいやっ、言わなくて良いからっ! あんたの快楽事情とか聞きたくないわよっ、お馬鹿っ」
「というか……その大きいの、クロウくんに押し付けてた……ってことだよね。うわぁ……さ、流石にそれは……」
そんなラフィリアさんを睥睨しながら、口々にそう彼女を罵るエリーゼさんとフィアーナさん。
それくらい、彼女のやらかしてしまったことはこの世界においては重大な間違いだったらしい。俺の世界でいうところの、男性が局部を女性に押し付ける……みたいなセクハラ行為にあたるってことだもんなぁ。
「相手がクロウだったからまだ不幸中の幸いで済んだけど、これがこの世界の男性相手だったら……確実に自警団に突き出されているところね、ラフィ」
「セクハラ王女? セクハラ姫? ……どっちで呼ぶのが良いかな?」
「セクハラフィで良いんじゃない?」
「うぅ……、返す言葉もございません……」
相変わらず地面に額を擦りつけているラフィリアさんと、そんな彼女に容赦ない口撃を繰り返す他二人。ず、随分と冷徹だ……。
というか、流石に可哀そうになってきた。確かにこの世界ではいけない行為なのかもしれないが、俺相手だったわけだしそこまで咎める必要はない気がする。
「ま、まぁまぁ、二人ともそのくらいにしてあげてください。自分は気にしていませんから」
そう思い、二人を止めに入ったのだけど……、
「そ、そうは言うけど……、今回の一件に関しては未遂でも何でもなく、実際に変態行為に及んじゃったわけだし……」
今回ばかりは相当ご立腹のようで、俺の一言だけでは彼女たちもそう簡単には折れてくれなかった。
「状況が状況だったから、最悪胸が当たっちゃうのは仕方ないことかもしれないけど……ラフィはそれを押し付けて如何わしいことをしちゃってたわけだからね」
「それに、あろうことかクロウの素肌まで汚しちゃって……」
ラフィリアさんの行った蛮行を一つずつ挙げていくフィアーナさんとエリーゼさん。そんな彼女たちの視線が、不意に俺の肩口へと注がれる。……そこには、ラフィリアさんの涎の残滓がきらりと光っていた。
先ほどシロに騎乗中、抑えが利かなくなってしまったラフィリアさんによって作られた彼女の口吸い跡である。……罪の証拠としては十分すぎる痕跡だわな。
とはいえ、俺自身は何ら気にしていないのだけど……。実際問題、特に不快感などもなかったしな。……だからって、快感を覚えていたわけでもないけどな。
そう考える俺を他所に、エリーゼさんがさらに言葉を重ねてきた。
「この調子だとまたやらかすわよ、この子。そうならないように、強く言い聞かせておかないと」
そう強い口調で語るエリーゼさん。……しかし、そんな彼女に待ったをかける存在が現れた。……シロだ。
「んん、多分……さっきので十分。ラフィも、反省している。……よね?」
シロはそう言うと、未だ土下座の姿勢を続けるラフィリアさんと視線を合わせるようにその場にしゃがみ込む。
「え、ええ、それはもちろん……。もう、痛いほどに……」
そんなシロからの問いかけに、ラフィリアさんは何度も激しく首を縦に振っていた。
「ん、なら心配することはない。それに、ご主人が許してるんだし、これ以上責めることはない」
はっきりと反省していると分かる彼女の様子にシロは満足気に頷くと、すっとその場に立ち上がってエリーゼさんたちに目配せを送った。
「……はぁ、シロにそこまで言われちゃ仕方ないわね。確かにクロウも怒っていないみたいだし、これ以上あたしたちが責めるのもおかしな話よね」
「だね。でもラフィ、気を付けないとダメだよ?」
ふむ、どうやらシロの訴えは効果覿面だったらしい。何とか二人も矛を収めてくれたようだ。
そのことに安堵しつつ、俺はラフィリアさんのすぐ傍まで歩み寄る。
「というわけですので……ラフィリアさん、どうかお顔を上げてください」
「クロウさん……その、改めて申し訳ございませんでした」
「いえいえ、本当お気になさらず。大して気にしていませんから。他の方相手の際に気を付けていただければ、それで十分です」
言いながら、俺は彼女の手を取り、その場に立ち上がらせる。女性にいつまでも土下座の姿勢を取らせたままというのはやはり落ち着かないからな。
「あ、ありがとう……ございます……」
俺の手を借りてその場に起き上がったラフィリアさんは、一度軽くローブに付いた土埃を手で払うと、伏し目がちに俺へそう感謝の言葉を投げかけてきた。その頬は、ほんのりと紅く色づいている。
……あぁ、そうか。男の方から手を握るのも、この世界だと滅多にないのか。だから照れてしまっている……と、そういうわけなのだろうな。
そう結論付けた俺は、"どういたしまして"と彼女に軽く微笑みだけ返し、それからエリーゼさんへと視線を戻した。
「さて……それじゃあエリーゼさん、ここからの案内、お願いできますか」
「え、ええ、分かったわ。……こほん、シロのおかげで予定より早く森を抜けられたわけだし、この調子で教会まで急ぎましょ、ついて来て」
というわけで、騒動も落ち着いたところで、俺たちは改めて教会へ向けて出発するのだった。
*
「着いたわ」
森を抜け、とある街へとやってきた俺たち。
活気溢れるそんな街中をしばらく歩いていると、少しして見えてきたとある大きな建物の前で先頭を歩いていたエリーゼさんが足を止め、そう到着を知らせてきた。
なるほど、ここが教会なのか。何というか、外観はまるで城みたいだな。
「人間の街、すごい!」
「シロちゃん、はしゃいでるね。子供みたいで可愛い」
「でも、はしゃぎすぎ注意よ。シロの存在が露見するのはまずいからね。シロ、なるべく静かにね」
「ん、ごめん。つい」
人間の文化を目の当たりにし興奮した様子を見せるシロを、エリーゼさんがそう宥める。確かに、人間がどうのと言っているのを大衆に聞かれるのはよろしくないかもな。シロのストッパーになってくれたエリーゼさんには感謝だ。
シロも特に反発することなく、エリーゼさんからのお願いに静かに従っていた。うむ、良い子だ。
「それにしても、やはりクロウさんへの視線が気になりますね」
そんな三人のやり取りを他所に、ラフィリアさんがそうぽつりとこぼす。確かに彼女の言う通り、道中俺に注がれる視線の量はなかなかのものだった。
男というだけでも大分視線を集めてしまうようだが、そのうえこんな恰好だもんな……そりゃ、注目されないわけがないか。
その所為で、彼女たちには随分と迷惑をかけてしまった。具体的には、周囲からの視線を遮るように、俺を取り囲むような陣形でここまでやってきたのだ。
「すみません、苦労をかけさせてしまって」
「い、いえ、お気になさらないでください。私たちにはこれくらいしかできませんから。……と言いますか、いろいろとご迷惑をかけてしまったのはこちらなので、これくらいはさせてください」
申し訳ないと彼女にそう声をかけたのだが、気にするなと首を振られてしまった。これ、先ほどの一件をかなり引きずっているな。
ありがたいことではあるが、これ以上気にさせてしまうのも可哀そうだ。
「あの、そんな気に病まれないでくださいね」
「ええ、分かってます。これは、私なりのけじめと……その、ちょっとした自己満足も含まれていますので。……それより、いつまでもこの場に立ち止まったままなのも変ですね。余計に視線を集めてしまいますし」
「それもそうね。んじゃ、中に入りましょうか」
俺の心配に小さくはにかんでそう返してきたラフィリアさんは、教会の前で立ち止まったまま周囲からの視線を集め続けているこの状況を懸念し、中へ入ろうとこの輪全体へそう促してきた。
その言葉に真っ先に頷いたエリーゼさんが、再び俺たちを先導するように先頭を行き、教会の門を潜っていく。
そんな彼女の後に続くようにして、俺たち四人も教会内へと足を踏み入れた。
「あっ、こんにちは、エリーゼさん。今回は随分と大所帯……って、ええっ!? そ、その方は……」
「と、殿方ですわ……。し、しかも、あんな恰好を……」
教会内へ入ると、エントランスと思しき広間にて修道服を身に纏った複数人の女性に出迎えられる。
初めは皆、エリーゼさんににこやかに挨拶をしていたが、すぐ後ろに俺の存在を見つけるや否や、誰もが目を丸くさせていた。シスター方でも、流石に俺の存在には驚くらしい。
「ごめんなさい、事情の説明は後よ。とりあえず、クリスとラウス様に会わせてほしいの」
「わ、分かりましたわ。どうぞ、こちらへ」
そんな視線の数々を軽くあしらいつつ、エリーゼさんは一人のシスターに奥への案内を任せていた。ふむ、これが顔パス……というやつだろうか。
まぁとにかく、今の彼女の背中はとても頼もしく見えた。ラフィリアさんには少々申し訳ないが、やはり彼女はリーダーよりもリーダー気質のようだ。
なんてことを考えつつ、俺たちもエリーゼさんに続いて教会の奥へ。
「エリー、すごい。カッコいい」
「そうなの。エルは頼りになるんだよ。……ラフィよりも」
シロの感心に応えるついでとばかりにラフィリアさんをからかい出すフィアーナさん。これも、先ほどの一件の余韻だろうか……。
「私を引き合いに出す必要あった!? さ、流石に傷付くわよ、私でも……ぐすん」
「フ、フィアーナさん、あんまりラフィリアさんのことからかいすぎるのはよろしくないかと……。え、えっと、大丈夫ですよ。ラフィリアさんも十分頼りになる方ですから。そう落ち込まないでください」
ただ、しょんぼりと肩を落とすラフィリアさんについ同情してしまい、流石に今回は彼女を庇ってしまう。……心の中でフィアーナさんと似たようなことを考えてしまっていたという罪悪感も相まって、余計に庇護すべきだと思った。
「あはは、ごめんごめん」
「分かってることだけど……アーナは意地悪ね。……それに引き換え、クロウさんは優しいです。こんな私を庇ってくださるなんて……」
「二人は仲間。ラフィを虐めるのはダメ、フィア」
「ありゃりゃ、シロちゃんにまで怒られちゃった。いや本当、ごめんね、ラフィ。ちょっと調子に乗りすぎちゃった、反省反省」
「……まぁ良いわ。いじられるのにはある程度慣れてるし。それに、二人が庇ってくれたから、ちょっと気分が良いわ」
シロからも叱責を食らい、流石に罪悪感を覚えたのか肩を竦めてラフィリアさんに頭を下げるフィアーナさん。
ラフィリアさん的にもそこまで大きなショックではなかったようで、フィアーナさんからの謝罪を受け入れていた。というか、俺たち二人に庇護してもらえたのがよほど嬉しかったらしい……先ほどまでの落ち込み様とは裏腹に、その顔には笑みすら浮かんでいた。
「あなたたち、教会内だってのに賑やかねぇ。まぁ、大騒ぎしていないようだから多めに見るけど」
そんな後ろ四人の様子をちらりと覗き見しながら、呆れたように嘆息をこぼすエリーゼさん。
これ、きっといつものことなんだろうな……、見ていれば分かる。この二人、かなり自由人だからな……特にフィアーナさんは。エリーゼさんからすれば、こういう呆れも日常茶飯事なのだろう。
「神父様とクリスティア様は現在こちらにいらっしゃいます」
そうエリーゼさんに若干の同情を向けていると、いつの間にか目的の部屋の前まで到着したらしい。案内役のシスターさんが足を止めたことで、俺たちも必然的にその場に立ち止まることとなる。
「あら、まだ異界の扉の管理部屋にいたのね」
「相変わらず、失敗の原因が分かっていないようで……朝からずっとこちらに籠っていらっしゃいます」
「苦労してそうね。……まぁでも、それももうお終い。さて、それじゃあお邪魔させていただきましょうか」
「? ……畏まりました。神父様、エリーゼ様とそのご一行をお連れいたしました」
意味深なエリーゼさんの言葉に一瞬首をかしげたシスターさんだったが、特に疑問を口にすることはなく、彼女の言葉に従いコンコンと扉を叩いた。
そうして、中へそう声をかけたシスターさん。すると、中から一人の男性の声が返ってくる。彼が神父様……なのだろう。
なるほど、少ないとはいえ、流石にちゃんと男性もいるみたいだ。ここに来るまで女性の姿しか見かけなかったので、男の存在すら怪しいのでは……と思っていたものだから、その声を聴いて少しばかり安心してしまう。
「入ってくれ」
「失礼いたします」
なんていう俺の安堵を他所に、シスターさんによって扉が開かれる。それから、ここでも先陣を切るように、エリーゼさんが一足先に部屋の中へと足を踏み入れていた。
なお、ここまで案内してくれたシスターさんはというと、エリーゼさんが室内へ入ると同時に、"失礼します"と一言言ってこの場を立ち去ってしまった。
「今朝方ぶりでございます、ラウス様」
「これはこれは、エリーゼ嬢。如何なされましたかな?」
中でエリーゼさんを出迎えたのは、白い法衣を身に纏った白色髪の中年男性だった。彼は、突然の来訪にもかかわらず、エリーゼさんを快く迎えてくれていた。
「お忙しい中、突然の訪問申し訳ございません。今朝言っていた異世界人の件についてなのですが、その可能性があると思しき人物を一人、街外れの森の中で見つけてまいりました」
「な、何!? そ、それは本当なのですか!?」
しかし、エリーゼさんからの緊急の報告に、そんな彼の柔和な笑みは一瞬にして崩れ、血相を変えて彼女に詰め寄っていた。
救世主の呼び出しに失敗したという状況によるものなのか、最初の落ち着いた印象に反してかなり焦りを感じているらしい。恐らく、部屋の外から中の状況を眺めている俺たちの存在にも気付けていないのだろう。
「お、落ち着いてください。えっと、彼がそうです」
そう慌てる神父様を宥めながら、エリーゼさんは後ろを振り返り、彼に俺の存在を紹介した。
それでようやく、彼も俺に気付いたらしい。俺と神父様の視線が重なった。




