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第十五話 トラブル、未だ収まらず……

 セーフラインを踏み越えていないか心配で、投稿をやや躊躇ってしまっていた問題回。

「……っとと、すみません、いろいろと時間を取らせてしまって」


 シロとの自己紹介を済ませたところで、俺は彼女の件で出発を遅らせてしまったことについて三人に謝罪する。


「良いわ、気にしないで。最初は驚いたけど、こちらとしても頼りになる仲間がまた一人増えたわけだからね」


「それに、魔獣と魔力についていろいろお話する機会なんて今まではなかったわけですからね、貴重な体験ができました」


 だが、幸いなことに誰も特に気にしていないようだった。むしろ、シロに対しては皆好印象のようで……ラフィリアさんに至ってはかなりの満足顔を浮かべていた。


「ん、アタシもラフィとの話は楽しい」


「ふふっ、そう言ってもらえて光栄です」


 というか……、先ほどの流れで大分打ち解けているみたいだな、シロとラフィリアさん。魔獣だからと倦厭されることなく、普通にこの輪の中に溶け込めているシロの姿には思わず安堵してしまう。


 ちなみにだが、少女たち三人も既にシロとの自己紹介は済ませている。シロがラフィリアさんの名前を違和感なく呼んでいるのはそういうことだ。


「むぅ、ラフィばっかずるいなぁ。シロちゃん、わたしともお話しようよぉ」


「ん、断る理由はない。それに……ふーん、フィアもなかなか興味深い。いろいろと教えがいがありそう」


「ほ、ほえ? お、教えがい……? わ、わたし、魔法についてはからっきしなんだけど……お、お手柔らかにね?」


「ほらほら、そろそろ出発するわよ。あとは歩きながら話しなさいね」


 親心とはこういうものなのだろうか……などと不思議な感覚に囚われながら、ラフィリアさんやフィアーナさんと楽しそうに話すシロの姿をしばらく眺めていた俺。


 しかし、流石に時間を気にし始めたのか、エリーゼさんが急かすように改めて全員にそう号令をかけてきた。


 そんなエリーゼさんだが、ちらりと上空の様子を伺っていた。俺も彼女に倣い、空へ視線を向けてみる。


 木々に邪魔されて相変わらず空の様子ははっきりとは伺えないが、僅かに覗けた太陽は少しばかり頂点から傾いているようだった。……とはいっても、今の場所からの東西南北も分からない以上、その傾きが何を表しているのかなんて知る由もないのだが。


 そもそも、この世界の時間の概念が分からない。元の世界と同じと考えて良いのか?……まぁ、それは追々考えれば良いか。


「暗くなる前にこの森を出ないとだからね」


「それもそうね。それじゃあ皆さん、出発しましょう」


「はぁい」


 全員の準備が万全であることを再度確認すると、それぞれ街のあると思しき方向へ向けて一歩足を踏み出す三人。そんな彼女たちに俺も追随しようと思ったのだが……、


「街はそっち? ……んん、大まかにしか分からないけど、人の気配はなさそう」


 その場から一歩も動こうとせず、淡々とそんな呟きを漏らすシロの姿に、全員の足が止められてしまう。


 しかもシロの奴……先ほどしまったはずの耳と尻尾をまた外界に顕現させてしまっていた。


「えっと……シロ、どうかしたの?」


「さっきエリー、暗くなる前に……って言ってた。なら、森の出口付近まではアタシがみんなを乗せて走れば良いって思った。そのための安全確認」


 ふむ、なるほどな。確かに、それならば大幅な時間短縮にはなるだろうな。こいつの足の速さを身をもって体験済みである俺としては、シロのその意見には一理あると頷くことができた。


 しかし、一人納得する俺とは違い、三人の少女たちは少しばかり戸惑いを見せていた。


「えっ、い、良いのですか? 聞いた話によると、シルバーハウンド……というか上位の魔獣は、自分より強い存在でないと背に乗せたがらない……って」


「シロちゃんと仲良しにはなったけど、わたしたち……シロちゃんに勝ったわけじゃないよ? というか多分……ううん、絶対シロちゃんの方が強いと思う」


「わふっ、気にすることはない。三人とも、もう仲間。仲間を拒絶する理由はない。だから、遠慮は要らない」


 シルバーハウンドの特性に対する懸念を口にした彼女たちだったが、対するシロはというと実にあっけらかんとした様子であった。


 どうやら、そこまでプライドに拘る質ではないらしい。


「そ、そう? なんか、そう言われると照れちゃうね……」


「ふふっ、そうね。でも、ありがたいことは確かだわ。それじゃあシロ、お願いしても良い?」


「承知。じゃあ、人化解くから待ってて」


 エリーゼさんからの要求に小さく両省の意を口にすると、シロはその場で着ていたローブをすとんと地面に落とした。あ……、脱ぐんだ。てっきり魔力で作ったものだから、魔力で消すのかと思っていた。


「ご主人、これ持ってて」


「分かった。……でもこれ、魔力で消せなかったのか?」


「魔力の消費が勿体ない。魔獣だから魔力はそれなりにあるけど、節約できるところでするのは当たり前」


「そういうものなのか……。まぁ、とにかく了解」


 なんて感じに疑問を投げかけつつ、俺はシロから先ほどまで彼女が着ていたローブを受け取り、さっと小さく折り畳む。


 にしても……なるほどなぁ、魔力の節約か。魔獣でもそういうことは考えるらしい。確かに、野生として生きる以上、常に危険と隣り合わせだろうからな……大事な場面で枯渇するのは致命的かもしれない。


 そんなことを考えていると、気付けばシロの人化解除は終わっていたようで、目の前には再び灰色の巨狼の姿があった。……いや、名前的に銀色と言うべきなのか? ……まぁ、どちらでも良いか。


「ん、準備できた。じゃ、みんな乗って」


 巨狼……シロはその場に座ると、俺たちにそう語りかけてくる。その声には謎のエコーがかかっていた。


 人化を解いても喋れるのか……。恐らくは契約による効果なのだろうが、獣が人語を解しているのはなかなかにシュールだ。


「あれ、その姿でも人の言葉話せるんだね」


「人化の術を手にしたおかげ。今なら、こうして念話で言葉を伝えられる」


「その姿でも意思疎通ができるのはありがたいわね」


「ですね。じゃあシロ、早速だけど乗らせてもらうぞ」


 シロから人語を解せるようになった理由の説明を受けつつ、俺は先陣を切って彼女の背に飛び乗った。一応、エリーゼさんたちは魔獣への騎乗は初めてということで、躊躇もあるだろう……と思っての行動である。


 まぁ、それが効果覿面だったかは知らないがな。……ただ、そんな俺の行動に倣うように、三人も次々とシロの背へと上がってきた。


「わあっ! 乗ってみると、改めてシロちゃんの大きさを実感するねぇ」


「こ、これ、落ちたらしゃれにならないわね……」


「そ、そうね……。特に私なんて、身体能力は高くないから、落ちないか心配になってきたわ……」


 シロの背の上から地面を見下ろし、各々そんな感想をこぼす三人。確かに、圧巻の光景だよな、これ。不安になるのも分かる。


 というか、一度落ちたしな、俺に関しては。というわけなので、経験者として一応助言はしておこうと思った。


「ちゃんと掴まっていた方が良いですよ。そういえばシロ、さっきは咄嗟のことだったんだけど、毛を掴んでも問題なかったか?」


「平気。引っ張られる程度じゃ痛くはならないから。どこでも好きな場所掴んでて」


「了解。というわけなので皆さん、こんな風に……シロの毛を手綱代わりにすると良いと思います」


 シロも毛を掴まれることに対しては特に何も気にしていなかったようなので、俺は実際に彼女の体毛を手綱代わりに持ちつつ、彼女たちへそうアドバイスを投げかけた。


「あっ、確かにこれなら安定するね」


「そうね。シロ、痛くない?」


「問題ない」


「そう、良かったわ。それじゃ、森の出口までお願いね」


「お願いしまーす!」


「ん、任された」


 俺を真似て両手にシロの体毛を握ったフィアーナさんとエリーゼさんは、その安定感にそれぞれ安堵の声を漏らしていた。


 しかし……約一名、未だ不安気に声を上げている人もいるわけだが……。


「手が滑ってしまわないか……不安だわ。私、握力ないし……」


 俺の背後で小さく震えているラフィリアさん。よほど自身の身体能力に自信がないらしい。


 なんか、見ていて可哀そうになってきたな……。


「あの、ラフィリアさん? もし心配でしたら、自分の背にしがみ付いていただいても良いですからね?」


「うええっ!? そ、そんなっ……ク、クロウさんの背中に……い、良いのですか!?」


「構いません。落下して怪我をされたらそれこそ目も当てられませんからね」


「クロウさん……本当にお優しい方です。で、でも私、殿方の身体に触れるなんて経験、今までしたことなくて……さ、さっきみたいに暴走してしまわないか……」


 そういえば……そういう人だったな、ラフィリアさんは。……でも、落下されるよりかはずっとマシだと思う。


「ま、まぁ……それについては、何とか我慢してもらう……ということで、どうか」


「うっ……が、頑張ります」


 自信なさ気にぽつりとそう応えるラフィリアさん。……不安だ。


「本当、こんなとこで暴走するのは止めてよね」


「良いなぁ、ラフィ」


「アーナも変なこと考えないことね。落っこちても知らないわよ?」


「わ、分かってるもん……」


 後ろから聞こえてくるエリーゼさんとフィアーナさんのやり取りには反応を見せず、実に緊張した様子でおずおずと俺の背に身体を預けてくるラフィリアさん。


「ひゃうううっ……つ、ついに触れてしまいました……。す、すごい……がっちりしてて……素敵……」


「あの、ラフィリアさん? そういう実況は……」


「あっ、す、すみませんっ!」


 と思いきや、何かうっとりとしたような声を出し始める彼女。何というか……早速こちらの心配を煽ってきていた。


 それと、これについては本当にどうでも良いことかもしれないが……途轍もなく柔らかな感触に背中がさらされ、つい驚嘆の念を覚えてしまった。


 ローブの上からでも起伏の激しさは充分に表れてはいたが、触れたことでその質量がよりはっきりと伝わってくる。思わず圧倒されそうになる俺。


 ただ……、ダイレクトアタックによる瞬間的な衝撃はあったものの、それもほんの一瞬のことだったようで、"そういう感触ね……"と一度冷静になってしまうとそれ以上は何の感情も湧いてこなくなってしまった。


 女性に後ろから抱き着かれ、背中に胸を押し当てられるというシチュエーション……元いた世界における普通の男なら喜ぶべき場面なのだろう。


 故に、今の俺の反応は決して健全とは言えないもののように思える。果たして、この反応が良いものなのか否か……その判断は今の俺にはつけられなかった。


「我慢しないと我慢しないと我慢しないと我慢しないと我慢しないと我慢しないと我慢しないと我慢しないと我慢しないと我慢しないと……」


 そんな俺を他所に、どうにか理性を保とうと自己暗示をし出したラフィリアさん。


 ……一点訂正。何の感情も湧いてこない……というのは言い過ぎだったらしい。今の彼女の様子を見ていると、言い知れぬ不安が胸中に湧き出してくる。俺が無感情でないという問題についてはとりあえず隅に置いておくとして……大丈夫かなぁ、この人。


「何か唱え始めたね……怖っ」


「よっぽどギリギリなのね……大変ね、スケベって」


 なお、後ろからはラフィリアさんのそんな必死の暗示に対する他二人からのドン引きの呟きが聞こえてきていた。シロの背の上、混沌としすぎだろう……。


「あの、そろそろ出発しても良い?」


 なんて考えていると、不意にシロから困ったようにそう尋ねられてしまう。どうやら、こちらが落ち着くまで律義に待ってくれていたらしい。


「ああ、ごめんな、シロ」


「準備はできているわ、お願い」


「待たせちゃってごめんね、シロちゃん」


「ん、分かった。じゃあ、行くよ」


「我慢しないと我慢しないと我慢しないと我慢しないと我慢しないと……」


 俺たち(約一名除く)の返答に一つ頷きを返したシロは、一呼吸置いた後、勢い良くその場を飛び出した。


 ぐわんとその巨体が大きく揺れたかと思うと、一瞬遅れてシロの勢いにより生まれた風圧が俺たちに襲いかかる。


「おおおっ!! すっごい! これすごいよぉ! あははっ、速い速~い!」


「こ、これは油断できないわね……しっかり掴まってないと……で、でも、なんか気持ちいいわね。この爽快感、癖になっちゃいそうだわ」


 その感覚を初めて体験したフィアーナさんとエリーゼさんが、それぞれはしゃぎ声を上げていた。実際に体感してみると、恐怖よりも爽快感が勝ったらしい。


「んふぅ、まだまだスピード出せる」


「「わああっ!!」」


 そんな二人のはしゃぎ様に気を良くしたのか、シロも調子に乗ってさらに速度を上げる。その尋常じゃない速さに、二人とも大盛り上がりであった。


 まるで絶叫系アトラクションを楽しんでいるような……そんな光景にも見えてくる二人の様子には、どこかほほえましさすら感じられた。


 ……だがしかし、そんな少女たちの様子に意識を向け続けるのも正直限界だった。それもそのはず……。


「んああっ……ダ、ダメっ……」


 耳元で発されるラフィリアさんのそんな艶声に、俺の意識は引っ張られてしまう。


 この感じ……明らかに発情している……よな。な、何故こんなことに……? 思わず、混乱から頭を抱えたくなってしまう俺。


 無論、この速度の中で手を放せばラフィリアさん諸共シロの背から弾き飛ばされてしまうのは必然なので、そんなことはしないがな。


 だが、どうしてこのような状況に……? 先ほどまで怖いくらいの早口で自己暗示していたはずなのに……。


 しかも、エリーゼさんもフィアーナさんもはしゃいでおり、ラフィリアさんの様子には気付いていない。つまり、ほとんど暴走しかけの姫君を止められる存在は現状俺しかいないわけで……。


「え、えっと、ラフィリアさん……? その……大丈夫ですか?」


 何とかそう声をかけてみるも……、


「ご、ごめん……なさいっ……あっ……んん……。が、我慢しようと思ってたのに……あふぅ……、こ、これ……あんっ……流石に無理っ……んうううっ……」


 ……我慢は無理らしかった。何が彼女をそうさせたのか分からない以上、彼女の発情を止める術はもはやなかった。


 結局、俺は彼女にぎゅっとしがみ付かれながら、毎秒激しさを増す彼女の甘ったるい声を耳元で受け止め続けることとなってしまったのだった。……多くは語るまい。彼女の沽券のためにも。


 普段はノクタの方にいる者なので、若干ラインが分からなくなってしまっています。

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