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第十四話 シルバーハウンド少女と魔獣の話

「「「ええええええっっ!?」」」


「ど、どういうことだ……?」


 突然現れた少女の存在に、俺含めた四人全員から驚愕の声が上がる。いや……そりゃまぁ、今目の前で起きた謎現象を見れば誰だって驚くだろうさ……。


 なんせ、先ほどまで俺たちの前に座っていたはずのシルバーハウンドが幼い少女の姿に変わってしまったわけだからな……。


 彼女の話からして、シルバーハウンドが人に化けたのだということは何となく察せるが……それでも、そんな摩訶不思議な現象をそう簡単に受容はできない。


「ご主人。これならご主人と一緒にいれる?」


 なんていう俺たちの動揺などどこ吹く風とでもいうかのように、シルバーハウンドと思しき獣娘は実にのんびりとした口調でこちらへそう語りかけてくる。


 ご主人……って、多分俺のこと……なんだよな? 懐かれているとは思っていたけど……俺、こいつのご主人様にされてしまっていたのか。


 んー……、これが獣の姿だったらまだ許されるのかもしれないが……少女の姿でそう呼ばれると、恰好も相まって何とも犯罪的だ。


「ん? どうしたの? ご主人」


 だが、そんな彼女も、流石に俺たちからの反応が一切ないことには疑問を覚えたようで、不思議そうにこちらの表情を覗き込んでくる。


「え、えっと……君は、さっきのシルバーハウンド……で良いんだよね?」


 丁度良いタイミングと思い、彼女の興味がこちらに向いている間に気になっていたことを尋ねてみることにした俺。


「ん、そう。ご主人と主従契約を結んだおかげで、この姿に変わることができた。ねぇねぇ、これならご主人といつでも一緒にいられるよね?」


 俺の問いに嬉しそうにそう答える獣娘。感情の高ぶりからか、ぱたぱたと獣尾を振りながらこちらにぎゅっと抱きついてくる。


 そんな彼女の突然の行動に少しばかりたじろぎながらも、頭の中では今し方彼女が発したとあるセリフを反芻していた。


 主従契約……もしかして、先ほど俺がお手と勘違いしたあれのことなのか? 手が触れた瞬間、不思議な光が発生していたしな……そう考えるのが妥当なのだろうか。


「……これでもダメ? ご主人と一緒、ダメなの?」


 おっと、思考に集中してしまっていた所為で、彼女に返事をするのを忘れてしまっていた。


 不安げに眉尻を下げながらこちらを見上げてくる獣娘に、俺は慌ててリアクションを示す。


「ん、んん……、俺には何とも……。ただ、少なくとも今の恰好のままはまずい気がする……かも」


「恰好?」


 俺の言葉に、獣娘は首をかしげながら自身の身体を見下ろす。……しかし、よく分からなかったようで、疑問の色を強くするだけだった。


 うーむ……、この辺りはやはり獣の感性ということなのだろうか。……でも、それも当然のことか。野生動物には服を着るなんていう常識は備わっているはずもないだろうしな。


 ……とまぁ、そういうわけだ。現状、彼女の身体は何にも守られていない状態……つまりは全裸ということである。


 この世界でも、裸で街を歩くのは流石によろしくないはずだ。それ故に、今の状態の彼女を連れて行くのは難しいだろう。


 せめて、彼女の身体を覆い隠せる何かがあると良いんだが……。


「えっと……横から失礼します。そのですね、人の街に出るには肌を隠す必要がありまして……その、今の状態の貴女を連れて行くわけには……」


「肌を隠す……? ご主人たちみたいに、身体を布か何かで隠せば良いってこと? ん、それなら問題ない」


 俺の代わりにそう獣娘に説明を加えてくれるラフィリアさん。そんな彼女からの指摘に、自身と俺たちの恰好を再度一瞥する獣少女。


 かと思うと、何やら自信あり気な様子で唐突にその目を閉じてしまった。


 何をするつもりだろうか……とじっと彼女の様子を伺っていると、不意に彼女の身体がまたも輝きを放ち始めた。


 幾度か見た光景なので、流石にもう大きな動揺はない。だが……この感じ、先ほど俺に対して黒い衝撃波……ダークスクリームを放った時に似ているな。違うのは、彼女が攻撃態勢に入っているかいないか……というところだろうか。


 まぁ、恐らく今回のこれも攻撃ではないのだろう。俺をご主人と呼称していたわけだし、そんな俺に危害を加えてくるとも思えない。特に心配することなく、その光が晴れるのを静かに待つ。


「……これで良い?」


 それから間もなく、少女の身体を覆っていた光が消失した。すると、そこには先ほどとは異なり、しっかりと衣服を身に纏った獣娘の姿があった。


 なお、その恰好はラフィリアさんを真似たようなローブ姿であった。……ふむ、これも魔法か? 服を作れるとは……なかなか便利だ。


「え、ええ……。で、ですが、そんなこと……どうやって……」


 と思ったが、ラフィリアさんでもよく分からなかったらしい。突然彼女の身体に出現した服の存在を驚愕と興味の入り混じった瞳で観察していた。


「アタシくらいになれば、魔力使えばこれくらいのことはできる」


「なるほど、上位魔獣ともなればそういうこともできるわけですか……すごい」


 ふふんと自慢げに鼻を鳴らす獣娘のそんな姿に、心から感心したような声を漏らすラフィリアさん。


 先ほど初めてシルバーハウンドと対面した時に見せていた怯えはもうどこにもなく、純粋な尊敬の念を彼女に向けている。あの目の輝き様……きっと、魔法関連の話になると熱が入ってしまうのだろう。


「アタシたちみたいな魔獣は、魔力を自由自在に練ることができる。一定の型に流し込むことでしか魔力を放出できない人間とは根本から違うの」


 そんなラフィリアさんからのキラキラした視線を受けて気を良くしたのか、先ほどよりも興が乗ったように雄弁に自慢話を行う獣娘。


 なんか、しれっと人間のこと見下していないか……? 彼女たちが気を悪くしないと良いのだけど……。


「人よりも魔力の本質がはっきり見えているということなのでしょうか……。まぁ、だからこそ魔獣と呼ばれているのでしょうが」


「そういうこと。アナタ、なかなか見どころがある……。ご主人といい、人間も侮れないみたい……気に入った。ふふっ、ご主人と契約したのはやっぱり間違いじゃなかった」


「あ、あら……まさか、魔獣に気に入られてしまうとは……」


 などという俺の心配とは裏腹に、魔力の話を通じて打ち解けてしまったラフィリアさんと獣娘。ま、まぁ、険悪なムードにならなかったのだし、良いことではあるのだけど……。


「あ、あの、もう少しお話を伺っても?」


「ん? 良いよ、何でも聞いて」


 他三人を他所に、さらに魔獣談義に熱が籠っていく二人。出発……しなくて良いのだろうか。


「では……えっと、先ほど契約をしたおかげで人化できるようになったと言っていましたが、契約なしに人化を行うことはできないのですか?」


「ん、できない。アタシたち魔獣は人っていう概念を知らないの。でも、人間と契約することでようやく人についての知識を得ることができる」


「なるほど、知識さえ頭に入れてしまえば、あとは魔力でどうにかできる……というわけですね」


「そうなる。ただ、魔獣は自分以上の強者とじゃないと契約なんて結ばない。だから、アタシみたいに人化することはそうそうない。だからこそ、アタシを負かしたご主人は凄いの……わふんっ」


 盛り上がる二人を呆然と眺めていたのだが、唐突に獣娘の意識が俺に向けられ、少々困惑してしまう。


 そんな俺などお構いなしに、再びぎゅっと身を寄せてくる獣娘。彼女は嬉しそうに鳴き声を上げながら、甘えるようにすりすりと俺の胸板に頬擦りをしてきていた。


 しかも、それだけにとどまらず、"頭撫でて"なんていう要求までしてくる始末。彼女的には動物としての感性からスキンシップを取ってきているのだろうが、俺からしてみれば幼い少女に甘えられているようにしか見えない故、どうしても躊躇が生まれてしまう。


 とはいえ、求められてしまっては断ることもできない。"これはセクハラではない……"と自己暗示をかけながら、俺は彼女の要求通りそのふわふわした白銀の髪をそっと撫でる。


「聞けば聞くほど、クロウさんの凄まじさを実感してしまいますね。それにしても……う、羨ましい……。男の人の胸にあんなに顔埋めて……しかも、頭まで撫でてもらえるなんて……」


 見かけはともかく……ペットと飼い主のようにじゃれつく俺たち。その横では、ラフィリアさんがブツブツとそんなことを呟きながら、やけに強い視線でこちらを見つめてきていた。


 別に、男に抱きついたり頭を撫でられたりしたところで良い気分にもならないだろう……と一瞬思いかけたが、そういえばここはこういう世界だったな……と思い直す。


「わ、私もクロウさんと主従契約すれば……あんな風に……。ご、ご主人様って言えば許してもらえるでしょうか……」


 ……いや、なんか発言の雲行きが怪しくなってきたな。獣娘への羨望がスイッチだったとはいえ、この人……妄想逞しいな。というか、見た目は清楚そのものなのに性欲が強すぎて……何というか、ギャップが凄い。


 って、そんなこと考えている場合ではなさそうだ。このままだと、さらにエスカレートしてしまいかねない。その前に止めねば……。


「馬鹿なこと言ってるんじゃないわよ、ラフィ。クロウと会ってからというもの、ちょっと箍が外れすぎなんじゃない?」


 ……っと、俺が止めるまでもなく、エリーゼさんがストッパーになってくれていた。どうやら、彼女もようやく硬直から解き放たれたらしい。……うん、エリーゼさんがいてくれると安心感があるな。


「はっ……!? ご、ごめんなさい……羨ましすぎて思わず……」


「ラフィが彼女と同じことをしたら、絶対に暴走して大変なことになるから辞めておくことね。……まぁ、気持ちは分からなくもないけど」


 良かった、エリーゼさんによる待ったのおかげで、ラフィリアさんも正気を取り戻してくれたらしい。彼女の金色の瞳の奥に知性が戻ったのを見て、思わず安堵してしまう。


 そんなエリーゼさんだが、この獣娘にはまだ少しばかり怯えの感情が残っているらしい。若干距離を測りながら、俺に甘える彼女の様子を伺っているようだった。


「むっ……、そんなに怯える必要ない。ご主人にも言われてるし、もう人間を襲うつもりはないから。それに……そこの金髪もそうだけど、人間はいろいろと興味深い。踏み躙るには惜しい存在」


 だが、獣の敏感な気配察知能力故か、エリーゼさんの怯え様にも瞬時に気付いたようで、獣娘は俺から身体を放すとエリーゼさんへ無害を主張し始めた。


 言っていることはちょいちょい物騒だが、それでも彼女の口調からは本気の思いが伝わってくる。……良い子だ。


「え、ええ、それは分かってるつもりなのだけど……どうしても、今まで敵対関係だったものだから、どうも慣れなくて……ごめんなさい」


「じゃあ、徐々に慣れていけば良い」


「あ、ありがとう……。そ、それと……その、一つ尋ねても良いかしら……?」


 危害を加えるつもりはない……と彼女本人から言われたことで多少は安心できたのか、エリーゼさんは遠慮の色を覗かせつつも彼女にそう尋ねていた。


「ん、何?」


「人化とか服の出現とか……その辺の理屈は何となく分かったわ。そのうえで……なんだけど、その耳と尻尾は……消すことってできない?」


「ん? これ? まぁ……できるよ。でも、どうして?」


「人の街に出る以上、人の持ち得ない部位を持っているだけでも大分怪しまれてしまいかねないの。耳だけならローブで何とかなるかもだけど、尻尾は流石に誤魔化しきれないと思うから……だから、できることなら見えなくできるのが一番なんだけど……」


 あー、そうか……。服さえ着れば……と思っていたけど、そういえば耳と尻尾の存在も隠すべきだったな。流石はエリーゼさん、細かいところまで気が回る人だ。


 だが、その一方で……獣娘は少々不服そうだった。……何か問題があるのだろうか?


「耳と尻尾って、アタシにとっての重要な魔力器官なの。だから、消すのが不安……。でも、ご主人と一緒にいるためだし、これも仕方ないこと。待ってて」


 なるほど、そんな理由が……。それでも、不安を振り切ってこちらの要求に応じようとしてくれる辺り、本気で俺のことを主人として気に入ってくれているのだと分かるな。……ふむ、悪い気はしない。


 などと考えている間に、今日一日で幾度となく目にした謎の光を再度身に纏った獣娘。そうして、光が晴れた次の瞬間……先ほどまで存在していた人ならざる器官は綺麗に消えてしまっていた。


「……これで平気?」


「ええ、ごめんなさいね、無理言っちゃって」


「構わない。ご主人といるための我慢なら幾らでもできる。……でも、やっぱりちょっと力が弱まっちゃうみたい。ご主人、怖いから護って」


 言って、俺にしがみついてくる獣娘。坦々とした口調とは裏腹に、その身体は僅かに震えているみたいだった。庇護欲か何なのか……それは分からないが、そんな彼女の姿を見ていると無性に頭を撫でたくなってしまう。


 というか、既に撫でてしまっていた。


「……わふっ、安心する」


「頑張ってくれてありがとうな。ここから先は任せておいてくれ」


「そうですね、私たちもお力添えいたします。……ところで、今更なのですが……お名前を伺っても?」


 ……そういえば、まだ聞いていなかったな。主従契約を本意ではないとはいえ結んだというのに、彼女の名前すら分からないままだったとは……失念していた。


 そのことに、ラフィリアさんが一早く気付いてくれたわけだ。ありがたい。


「名前? シルバーハウンドだけど……って、さっき普通に分かってなかったっけ? 本当、今更どうしたの?」


 しかし、当の獣娘はというと、その質問の意図が分からないとでもいうかのような反応でそんな答えを口にしていた。


「あれ? それって種族名なんじゃ……名前とは違うような?」


 そんな彼女の言葉に、ここまで無言を貫いていたフィアーナさんがようやくここで声を上げた。恐らく、ここまでの話には上手く入っていけなかったのだろう。


 そんなフィアーナさんの発した疑問だが、それはきっとここにいる全員が思ったことに違いない。流石に、シルバーハウンドが名前というわけではないだろうしな……。


「そんなこと言われても……アタシの名前はこれしかない」


「ええっ!? そ、そうなの!? じ、じゃあ……わたしたちみたいに、個人個人で別々の名前を持っているわけじゃ……ないってこと?」


「ん、そうなる。アタシは生まれた時からずっとシルバーハウンド」


 ……ふむ、まさか固有の名前が存在していなかったとは。しかし……困ったな、固有名詞がないんじゃ、どう呼べば良いのやら……。


 流石に、街中でシルバーハウンドと呼称するわけにもいかないだろうしな。


「それはちょっと……寂しいね」


「そう? これが当たり前だったから、別に何とも思わない」


「まぁ、そこは人と魔獣との差でしょうね。ただ……あなたのことをシルバーハウンドと馬鹿正直に呼ぶわけにもいかないのよね」


「……確かにそれはそう。せっかく正体隠したのに、名前で気付かれるなんて馬鹿馬鹿しいにも程がある」


 だが、獣娘もエリーゼさんの言葉で状況のまずさを理解したらしい。どうすべきかと首をひねっていた。


「そうだ! それなら、わたしたちでこの子の名前考えてあげようよ」


 そんな中、フィアーナさんから一つの案が提示される。……まぁ、名前がない以上、こちらで彼女の仮名を考えてやるのが一番手っ取り早いだろうからな。


 見ると、エリーゼさんもラフィリアさんも同じことを考えていたようで、フィアーナさんからの提案に小さく頷いていた。


「アタシの名前……付けてくれるの?」


「名前がないと、いろいろ不便ですからね。人間世界に溶け込む以上、貴女も種族名じゃない自分だけの名前は持っておくべきですよ」


 フィアーナさんの提案に、その発想はなかったとばかりに目を丸くする獣娘。そんな彼女へ、ラフィリアさんが優しくそう声をかけていた。


「でも……あれよね、あたしたちが名付け親になっても良いのかしら? ここはクロウに一任すべきかも。この子の契約者は彼なわけだし」


 ……っと、このまま全員で彼女の名前を考える流れだと思っていたのだが、不意にエリーゼさんからそうパスが投げられる。


「あー、確かにそうですね」


「それは一理あるかも。あなたも、クロウくんに名付けてもらう方が嬉しいよね」


「ご主人が……アタシに……ん、嬉しいかも」


「でしょう? だってさ、クロウくん。ということだから、よろしくね」


 うーむ……、他の三人も俺一人に名付けを委ねる流れに賛同してしまった。ペットを飼った経験もないので、良い名前とか思い浮かばないのだが……。


 できれば彼女たちの協力を仰ぎたかったのだが、まぁ……任されてしまっては仕方ない。真面目に考えよう。


「シルバーハウンド……、銀色……。じゃあ、(しろかね)から取って、シロ……とか?」


 安直かもしれない……とは思いつつも、響き的に俺の名前に近しいものを感じ、そう案を上げてみた。


 果たして、彼女たちの反応は……、


「んん、この世界ではあまり聞かない響きだけど、良いんじゃない?」


「シロちゃん……うん、可愛い感じ出てるかも!」


「それに、クロウさんと合わせてクロシロ……ふふっ、覚えやすいところも良いですね」


 ……おや、意外にも評判は悪くないな。まぁでも、本人の反応を見てからでないと決めることはできないな。


「……お前はどうだ? この名前、気に入ってくれるか?」


 その場に屈み、彼女と視線を合わせながら俺はそう問いかける。


 彼女はというと、しばらく自身の口の中で"シロ"という二文字をもごもごと反芻しているようだったが、少ししてがばっとこちらに勢い良く顔を向けてきた。


「わふんっ、シロ……気に入った! ありがと、ご主人」


 かと思ったら、満面の笑みでそう俺に礼を述べ、そのままひしと俺に身体を寄せてきた獣娘……改めシロ。どうやら、ちゃんと気に入ってくれたらしい。


 そのことに安堵しながら、俺は甘えたがりなシロの頭を、今度は自発的にぽふぽふと撫でていた。


「そうか、良かった。ということでシロ、改めてよろしくな」


「ん、よろしく、ご主人」


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