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第十三話 出発の前にもう一波乱?

「さてと、話もついたことだし、そろそろ行きましょうか、教会へ。……いやまぁ、厳密にはまだなんだけど……それはまぁ、移動中でも聞けるわよね」


 そんな風に、一人胸の奥でそう固く誓っていると、すっきりしたような表情を浮かべたエリーゼさんからそんな号令がかかる。


「クロウも、それで平気? 何かまだ、この場で聞いておきたいことはある?」


「いえ、そこまでのものは特に。道中で構いません」


「そっ、良かったわ。それじゃあみんな、移動の準備をなさい」


 俺からの返答に満足げに頷くと、彼女は勢い良く椅子から立ち上がり、ラフィリアさんとフィアーナさんにそう目配せをしていた。


「本当……どっちがリーダーなのかしらね……。っと、そうしましたらクロウさん、椅子を片付けますので、それをこちらに」


 そんな、リーダーよりもリーダーらしく振る舞うエリーゼさんの姿を横目に小さな苦笑を浮かべたラフィリアさん。


 それでも、彼女が反発を口にすることはない。素直にエリーゼさんの指示に従い、テキパキとこの場の片付けを始めていた。元より、指揮を執るよりも指示通りに行動する方が彼女には合っているのかもしれない。


 なんて考えながら、俺は先ほどまで自身が腰かけていた木椅子から降り、言われた通り彼女の方へそいつを少し寄せた。……マントに包まれているので、生憎腕は使えず、足を使うことになってしまったのは少しばかり申し訳ないが……でも、仕方ない。


 だが、当のラフィリアさんはというと、それを気にした様子はない。礼を言いながら椅子を受け取り、それを出現させた時同様、手元に光の穴を作り出し、坦々と回収した椅子たちをその中へ放り込んでいっていた。


 やはり、これも一つの魔法なのだろうか……。そうは思うが、当然この世界の事情に疎い俺には、本当に魔法なのかという確証は持てないのだが……。


「ラフィリアさん、それっていわゆる魔法……っていうやつなんですか?」


 だから、つい気になって彼女にそう問いかけてしまっていた。まぁ、これくらいの質問ならば、作業を続けながらでも答えてもらえるだろう……そう思って。


「あ、はい、そうですよ。これは収納魔法といって、魔法空間にアイテムをしまうことができるんです」


「なるほど……。やはり、そうだったのですね。そうか……これが魔法……」


 而して、彼女からの返答は俺の予想通りのものだった。まぁ、そうだったとしても驚くことに変わりはないがな。


 俺の世界じゃ、魔法なんて想像の産物でしかなかったからな……まさか、こうして目の当たりにすることができるとは……。


 きっと、ファンタジー系の創作物が好きな人だったら、もっと驚いたり感動したりできるのだろう。


「もしかしてその反応……、クロウさんの世界には魔法はなかったのですか?」


「ええ、ありませんでしたね」


 なんて、目の前の魔法に少しばかり意識を奪われていると、俺の反応に疑問を覚えたらしいラフィリアさんからそう問いを返された。


 そんな彼女からの問いに首肯を返すと、今度は三人から驚きの声が上がる。


「ほへぇ、魔法ないんだ……。じゃあ、クロウくんの世界では、火とか水とか……どうやって出してたの?


「そ、そうよね……。水ならまだ、川とか湖なんかで調達することもできるでしょうけど……流石に火は……ねぇ」


 そうか、魔法があるとだいたいのことはそれ一つで事足りてしまうのか。火も水も、何もないところからでも生み出せる……ふむ、そう考えると、魔法とは非常に便利だな。


「そうですね、火については……化学技術の賜物でしょうか」


「か、かがく……な、何それ?」


「世の中のあらゆる物質の微細構造や、複数の物質が組み合わさることで生じる現象を応用し、生活に必須となる様々なものを生み出す技術……と言えば良いでしょうか……まぁ、そういう感じのものですね」


「な、なんか、難しそうね……。こ、これ以上深くは聞かないでおくわ……。なんか、このままだとあたしたちとあなたの間での知識量の差を見せつけられそうだし……」


「そ、そんなことはないと思うのですが……まぁ、そういうことなら了解です」


 これ以上の説明は不要と彼女たちに止められ、思わず苦笑がこぼれてしまう。……が、内心では正直安堵してしまってもいた。


 というのも、俺は中学を中退している身だからな……これ以上詳しい話を求められても、上手く説明できる自信がないのだ。元素記号すら、恐らくはまともに羅列もできないだろうな。


 まぁでも、金に余裕がなかったのだからしょうがない。義務教育すら途中で投げ出してしまった故、今後社会に出てからが少々気がかりではあるがな。


 いや、そもそも元の世界に帰れるかどうかも分からないのだけど……。


「……さてと、片付け終わりました。いつでも出発できます」


 などと考えている間に、片付けを終えたらしいラフィリアさんからそう声がかかる。そんな彼女だが、ローブのフードを頭に被り、手にはいかにも魔法使いらしい杖を持った状態で、準備万端というように俺たちを見回してきていた。


「OK、ありがとう。アーナは、準備良い?」


「うん、問題ないよ。いつでも行ける」


「うん、何より。んで、あたしももちろんOKと……。クロウは……まぁ、特に問題はなさそうね。そのマントはひとまず貸しておくわ。上半身裸のまま街に出られたりしたら、きっと大騒ぎになっちゃうからね」


「はい、ではありがたく……あっ、でも、腕だけ出してもよろしいでしょうか? このまま移動となると、少し動きづらいもので……」


 それから、フィアーナさんと自分自身の準備も万全であることを確認したエリーゼさんが、最後に俺へと視線を向けてきた。


 俺に関しては、この身一つでここまで来たようなものだからな。準備というほどのことはない。


 だが、動くとなった時、腕がマントの中に埋もれたままというのは正直不便だ。なので、どうにか腕だけは出しておきたいと思い、エリーゼさんに確認を取ってみることにした。


「あー、そうよね。そのままだと動きづらいわよね……うーん、まぁ腕だけなら平気……かしらね。了解、それじゃああたしたちは一旦向こう向いてるから、その間に直しちゃって。ほら、二人も向こう向きなさい」


「あ、う、うん、分かった……」


「……ええ」


「ったく、残念そうな顔しちゃって……二人ともスケベね。あっ、着替え終わったら言ってね、クロウ」


 それだけ言って、三人は俺から目を逸らした。若干二名ほど、俺から視線を外すことに多少の躊躇を覚えているようだったが……あれだ、気にしてはいけない。


 というわけで、彼女たちの視線もなくなったので、俺はさっと手早くマントのつけ直しを行った。


 つけ直しとはいっても、元々首元から巻きつけていたのを脇の下の辺りまで下げたというだけのことだが。肩と腕が剥き出しになってしまってはいるが、オフショルダーの服を身に着けている女性も俺の世界にはいたわけだし、この程度なら許容の範囲内だろう。


 そう思いつつ、俺は準備ができたと彼女たちに声をかけた。すると、三人が一斉にこちらへ振り返ってくる。


「って、ちょっ!? そ、その恰好……」


 しかし開口一番、エリーゼさんからの驚愕の声が飛んできてしまう。……ふむ、これでもあまりよろしくはないのか。


「ダ、ダメ……ですかね? でも、腕を出すにはこうするしかなくて……」


「あ、あんまり良くはない……と思う。肩とはいえ、そこまで露出していると……かなりの注目を浴びちゃうんじゃないかしら。それこそ、この二人みたいな感じで……」


 少々残念に思いながらも、こうする他に方法はないのだと彼女に説明を加えてみた。……が、反応は芳しくない。不安げな視線でこちらを見つめてきていた。


 と思ったら一変、少し厳しい目つきで両サイドの二人を交互に見やるエリーゼさん。なお、そんなラフィリアさんとフィアーナさんだが……、


「さ、鎖骨のラインが……ま、丸見えに……」


「な、なるほど……こういうタイプの露出もなかなか……」


 ギラギラとした欲情の眼差しで、俺の剥き出しになった肩や腕、鎖骨の辺りを見つめてきていた。……確かにダメそうだ。


 そうか、オフショルダーはこの世界じゃ通用しないのか。乱々と怪しく輝く二人の少女の瞳の力強さに苦笑を浮かべながらも、俺は内心で困り果ててしまう。


「だ、大丈夫だよ、クロウくん! 他の女の人たちから襲われないように、わたしたちが護るから!」


「そ、そうですね。クロウさんには指一本たりとも触れさせはしません」


「むしろ、あなたたちが彼を襲わないかが不安だわ……」


 何か他に良い手段は……などと考えあぐねている俺に、鼻息を荒くしたフィアーナさんとラフィリアさんからそんなことを言われてしまう。その圧はなかなかのものだった。


 なお、そんな二人の様子を溜息交じりに眺めるエリーゼさん。……本当、彼女は苦労人器質だ。


「へ、平気だってば。た、確かに、見ててドキドキはするけど、さっきみたいに暴走することはもうないから、安心してよ、エル」


「というかエル、どうせ貴女だって内心では喜んでいるのでしょう? クロウさんのエッチな姿が見れたって。貴女、平然としているように見えてむっつりだものね」


「なっ!? そ、そんなことないわよっ!! クロウの前で変なこと言わないでよ、失礼しちゃうわ……。そ、それはともかく、そうしないと腕が出せないっていうことなら仕方ないわね。あたしたちでなるべく彼を隠すよう注意を払いながら移動しましょう」


「お、お手数をおかけします……」


 などという彼女たちの問答もあったわけだが、なんか結局このままの恰好で移動するということで良いらしい。


 まぁ、彼女たちがなるべく他者からの視線を遮ってくれるみたいだし、それならば無駄に他の女性たちの性欲を煽ってしまうなんていう事態もある程度は防げるだろう。彼女たちにはかなり目の毒だろうが……正直、ありがたい。


「お気になさらないでください。むしろ、眼の保養です」


「ウィンウィンってやつだね」


「馬鹿二人の言っていることはともかく、謝る必要はないわ」


「助かります、本当に。あっ、それと……もう一つ、これとは別件なのですが、出発前に済ませておきたいことがありまして……もう少しだけお時間をいただいてもよろしいでしょうか」


 三人の気遣いに感謝の言葉を述べた俺。と同時に、もう一つやり残していた要件があったことを思い出し、あと少しだけ時間をもらえないかと彼女たちに頭を下げる。


 そんな俺の様子に首をかしげながらも、了承してくれた三人。というわけなので、俺は急いでその場から一度離れた。目指すのは、奴……シルバーハウンドの待つ場所だ。


 これから彼女たちとともに教会へ出向く以上、奴を一緒に連れていくわけにはいかないからな。せめて別れの挨拶くらいは……と思ったのだ。


 だが……、当のシルバーハウンドはというと、


「わっふ! わふわふっ!! わふぅ……わっふわっふ!」


 なんて鳴きながら、すりすりと俺に縋りついてきた。言葉は通じずとも、この反応が何を意味しているのかは分かる……。奴は、俺との別れを拒んでいるのだろうな。


 こ、こんな反応を見せられてしまうと、こちらまで後ろ髪惹かれてしまう……。し、しかしなぁ……、果たしてこいつを連れて行っても良いものか……。


「お前の気持ちもよく分かるよ。俺だってお前といたい。……けどなぁ、俺には判断がつけられなくてな」


「わふぅ……」


「だからちょっと、相談だけしに行ってみないか? その返答次第で、どうするか決めよう。……あ、そうそう、相談相手は人間だけど……襲わないでくれよ?」


「わっふ!」


 結局、奴の懇願を振り切ることができなかった俺は、ひとまず彼女たちに相談だけしに行ってみることにした。念のため、奴も連れた状態で。


 その結果……、


「きゃあああっ!?」


「ひえええっ……」


「こ、これは……間近で見るとますます大迫力ね……」


 先ほど俺と彼女たちが初対面を果たした時とはまた別種の悲鳴を上げられてしまった。……そりゃそうだよな、災害級の魔獣って言っていたもんな。そういう反応にもなるわな。


 しまったな、不注意だった。……でもまぁ、一応奴には襲うなと言ってあるし、事情を説明すれば何とかなるか。


「すみません、皆さん。急に連れてきちゃって……でも、襲わないよう言っていますので、安心してください」


「わっふ、わっふわっふ」


 俺の言葉に続き、奴も自身が無害であることをアピールするように、無防備にその場に腰を下ろした。おお、良い奴だな、こいつ。


 つい、俺は奴の頭を撫でてしまう。すると、気持ちよさそうな声を上げるシルバーハウンド。……ふむ、なかなか愛嬌があるじゃないか。


 そんな俺たちの様子を呆然と眺める三人の少女たち。……おっと、一瞬とはいえ、彼女たちを放置してしまっていたな。いけないいけない。


「て、手名付けてる……」


「信じられない光景が広がってるよ……」


「こうして見ると、ランク8には見えないですね……。クロウさん、すごい……。っとと、それで……クロウさん、私たちのもとにシルバーハウンドを連れてこられて……何かあったんですか?」


「そうでした、すみません。えっとですね、こいつの同行って……流石にまずいですかね? 何分こいつ、自分から離れたくないみたいで……」


 一早く動揺から復帰したラフィリアさんに尋ねられ、俺は彼女たちに状況の説明を始めた。


 けれども、俺からの話を受けたラフィリアさんの表情は渋い。やはり……難しいよな。


「魔獣を街に連れて行くのは難しいでしょうね。飼育の事例も聞いたことありませんし、もしかしたら国の反逆者として追われてしまうやもしれません」


「そう……ですか」


「せめて、人に化けさせる魔法があれば良かったのですが……生憎、私もそのような魔法は知らなくて……すみません、お力になれず」


「い、いえいえ、ラフィリアさんはお気になさらないでください。しかし……そうか、ダメだってさ……って、ん? どうした?」


 一緒に連れていくことは難しいと分かり、どうしようかとシルバーハウンドへ再び視線をやる俺。


 だが、そんなシルバーハウンドは、何かを訴えるようにこちらへじっと視線を向けてきていた。しかも……俺の方へ右前足を差し出してきている。これは……お手のポーズに似ているな。


 何事だろうかと思いながらも、試しに俺も奴へ右手を差し出してみる。すると、まるでそれが正解の行動だったかのように、そっと俺の手に奴の足が重ねられた。その瞬間だった……。


「ひゃっ!?」


「うわっ……ま、眩しっ……!?」


「な、何!? この光は……」


「お、おい、これは……一体……」


 俺と奴の間で、突然眩い白光が爆ぜる。その光に、ここにいた全員が悲鳴を上げた。


 が、当のシルバーハウンドはやけに冷静だった。微動だにせず、じっと目の前の光が晴れるのを待っていた。


「わっふ……わふん!」


 やがて光が晴れると、不意に奴からそんなどこか弾んだような鳴き声が漏れる。と思ったら、今度は奴の身体が光を帯び始めた。


 えっ!? ま、まさか……この場でダークスクリームを!? 襲うなって言い聞かせたはずなのだが……やはりこいつには通じて……いや?


 それにしては、奴は攻撃モーションを取っていない。相変わらず、その場に座ったままだ。しかも……気のせいか、奴を包んだ光がだんだんと小さくなっていっているような……?


 いや……気のせいじゃない。確かに、身体を包む光ごと奴の身体が縮んでいっている……。3mほどあった巨体が、今はエリーゼさんの背丈くらい……もしかすると、それ以上に小さいかもしれない……それほどまでに縮んでしまっていた。


「なっ、なになになに!? 何が起きてるのっ!?」


「ダ、ダメ……流石に頭が追いついていかないわ……」


「わ、私も……。い、一体、何が起こるというの……」


 置いてけぼりを食らい、混乱してしまっていた俺たち四人の前で、ついに奴を包んでいた光がぱっと弾けた。


 そうして、その中から姿を現したのは……、


「ん……人化できた、ご主人」


 白銀色の獣耳と獣尾を生やした、齢10歳程度と思しき少女だった。

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