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第十二話 灰狼の正体と俺の異常性

「さて……と、自己紹介も済んだわけだし、今度はこちらから質問させてもらっても良いかしら、クロウ」


 一頻り笑われたところで、ピンク髪少女……もとい、エリーゼさんが話題を切り替えるようにそう声を上げた。


 そういえば……元々俺が彼女たちに引き留められたのも、向こうから俺に聞きたいことがあるから……という理由だったな。


 かなりの時間、俺の疑問に答え続けてくれていたのか……ありがたいというか、申し訳ないというか……。


 まぁともかく、いろいろ説明してもらったわけだし、俺も彼女たちの疑問には真面目に答えよう。


「はい、何でも聞いてください」


「ん、ありがと。それじゃあ早速だけど……ねぇクロウ、さっきのあのシルバーハウンドは何?」


「シルバーハウンド……ああ、あの灰狼のことですか?」


「そう、それのこと。後回しになっちゃったけど、どうしてあんな化け物の背中に乗っていたのよ……!?」


 ば、化け物……ということはやはり、あいつは相当格の高い野獣……いや、魔獣ということなのだろうか。


 というか、気になっていたのはあいつの存在についてだったか。……まぁ、予想できていなかったといえば嘘にはなるな。そりゃ、半裸の男が獣の背に乗って近付いてくれば、奴がどういう存在なのか分かっていなかろうと驚くもんな。


 そんな驚嘆を抱えながらも、彼女たちは俺の疑問解決を優先してくれていたのか……ますます頭が上がらない。


「そ、そうだよね……だってあれ、ブラックハウンドの上位種でしょ?」


「ええ、ギルドでもランク8の魔獣として注意喚起がなされていたはずよ」


「ランク8……?」


「はい。魔獣には危険度に応じて1から10までのランクがつけられているんです。その中でも、ランク8を超える魔獣は一匹いるだけでも災害レベルと称されるほど、非常に危険な魔獣とされているんです」


 さ、災害レベル……そんな恐ろしい存在だったのか、あいつは……。それとは知らずに、奴の背に乗ってしまった……。


 で、でも……よくよく考えると、災害レベルは言い過ぎなのではないか? というか、過言であってほしい……。


 だって、それが本当だったとしたら……奴の攻撃を無傷で受け止めきってしまった俺もまた、ある種の災害として認識されてしまいかねないのだ……。


 お、俺は無害だ……。そのはずなのだが……、彼女たちの反応もまた、決して誇張しているようには見えなくて……。


「じ、じゃあ……奴に襲われて無事だった自分は……一体、どういう枠組みに入れられてしまうのでしょうか……」


 つい、彼女たちにそう尋ねてしまっていた。


「お、襲われた!? しかも、生き残ったって……嘘でしょ!?」


「にわかには信じられませんが……実際にシルバーハウンドの背中に乗っていたわけですものね……。シルバーハウンドは、自分より上位の存在でないと、背を許すことはないと聞きますし……本当のことなのでしょうね……」


「ちなみに、襲われたって……具体的にはどんなことされたの? 上着がボロボロになっちゃうほどの攻撃をされた……ってことくらいは予想つくんだけど……」


 すると案の定、彼女たちの間に大きな動揺が巻き起こる。その反応からして、俺の成したことが普通じゃないものだということは容易に理解できた。


 これはもう……化け物認定待ったなし……かな。これから俺、畏怖の対象として見られてしまうのだろうか……。


 いや、しかし……それも仕方ないか。理由はどうであれ、彼女たちがこれだけ恐れるような存在をたった一人で退け、挙句従えてしまったわけだからな。冷静に考えれば、怯えられて当然だ。


 まだ恨まれないだけマシと思うしかないだろう。それでも、一度は優しさを向けてくれた人たちから怖がられるというのは、それはそれで少し心にくるものはあるがな……。いつものように、無感情で現実を受け止めることはできないみたいだ。


 というか……妙だな、気のせいか知らんが……こちらの世界に来てから少しばかり感情の起伏が激しくなったような気がするな。以前までの俺なら、他者から怖がられるようなことがあってもきっと動じたりはしなかっただろう。


 そう考えると、今の心の調子はどうもおかしいな……。こんな簡単に感情が突き動かされるような質だったか?と、少々違和感を覚えてしまう。


 ……まぁ、違和感とはいっても微々たるものだ。先ほどから非現実的な事象に触れすぎた所為で、まだ若干の動揺が残ってしまっているだけだろう。徐々にいつもの調子を取り戻していくはずだ。


 そんなことよりも今は、彼女たちとの話に集中せねば。もはやどう思われても仕方ないが、とりあえず経緯の説明はしておかないとだからな。


「えっと……そうですね、初めは左腕に噛みつかれてしまったのですが、歯が通らないと分かると今度は口から黒い衝撃波のようなものを吐き出してきましたね」


「ひっ……う、腕を噛まれたとか……想像するだけで鳥肌が……わわわっ」


「でも、噛み千切られなかった……というか、牙すら通らなかった、と。確かに、歯型一つ残っていなかったわね……さっき見た時」


「その時点で信じられないのですが……えっと、黒い衝撃波……というと、ダークスクリームでしょうか、それを……受けたんですよね? 話の流れ的に」


「え、ええ、正面から思いきり……。でも、上着が消し飛んだ程度で、身体に傷はありませんでした」


 あの黒い衝撃波はダークスクリームというらしい。ラフィリアさんの反応からして、やはりあれは灰狼……シルバーハウンドの十八番技だったのだろうか。


 だが、それを知ったところで、その後の展開を誤魔化すつもりはない。真正面から攻撃を食らったことまで、俺は彼女たちに包み隠さず話した。


「えっ、ダークスクリームを受けて無傷!? で、でも……噛み跡は確かになかったけど、身体傷だらけだったわよね? てっきり、攻撃を受けた時の傷だったのかな……なんて思ったのだけど……」


「いえ、身体の傷はまた別のものです」


「そ、そう? ……だとすると、服が守ってくれたのかしら? でも……そんな代物、聞いたことないわ……。異世界には、そんなに優れた防具があるとでも言うの?」


 ……身体の傷については深掘りしてこなかったな。何よりだ。……これまで俺が受けてきた仕打ちを彼女たちに話すのは流石に気が引けたからな。


 それはそうと……ふむ、上着が俺の身代わりに……ねぇ。そんなことはあり得ないと思うのだが……。


「いえ、自分のいた世界の衣服なんて、基本的に布製のものばかりですよ。それも、軽さとかデザイン重視のものばかりで……とても防御力に優れているとは思えません。この森で目覚めた時に自分が着ていたのも、特に何の変哲もないTシャツでしたね」


「あっ、そ、そうなの?」


「はい。それに、奴に噛まれた時には既にその服、少し破けてしまっていましたからね」


「それは……確かに、防具としては不十分ですね。となると、エルの予想は外れみたいね。ちなみに……クロウさん、痛みも感じませんでしたか?」


「あ、いえ、痛みはありましたね。噛まれた時にはチクチクした痛みを感じましたし、黒い衝撃波……ダークスクリームでしたっけ? それを受けた時は焼けつくような痛みがありました」


 上着が防具代わりになっていた……というエリーゼさんの考えていた線は失われ、今度はラフィリアさんから痛みの有無について質問される。


 その問いに首を横に振って応じた俺だが、しかし内心では痛みはあれど傷の一切も受け付けなかった自分の身体を顧み、その異常性を再認識させられていた。


「そうですか、痛みはあったんですね。ということは、ダメージ判定すら受けないというわけではなさそうですね。何か特別な力に守られていて、それによる大幅なダメージ軽減が施された……ということでしょうか」


「もしかして、異世界人だから……そういう特別な何かがあるのかな?」


「いえ、分からないわ。今のはあくまで私の予測でしかないし……。エルは教会の方々から何か聞いていない?」


「ごめんなさい、そこまでは聞けていないわ。……でも、教会に行けば何か分かるかもしれないわ。クロウも、気になるわよね? というか、災害級の魔獣の攻撃を受けて無事だった理由も分からないままなんて……不安よね?」


「それは……確かにそうですね」


 不安……というほどではないが、やはり自分の身体に起きている異常現象の正体くらいは把握しておきたい。


 そういう意味では、エリーゼさんのその申し出はとてもありがたい。ありがたくはある……のだが、その一方で別の考えも脳裏を過ってしまう。


「でもよろしいのですか? 災害級の魔獣を退けてしまった……ということは、現状自分も化け物レベルという他ありませんし……そんな自分が一緒にいても逆に皆さんを怯えさせてしまうのでは……」


 彼女たちの中で災害レベルと認識されているシルバーハウンド……そんな魔獣からの襲撃を無傷でやり過ごしたような奴が傍にい続けては、彼女たちも精神的に落ち着かないはず。


 それならば、ここから先は彼女たちとは別行動をするべきなのでは……そう考え、彼女たちに提案を持ち掛けようとした。


「……あなた、さては馬鹿ね? 頭は回るようだけど……察しは悪いのね。よく分かったわ」


「えっ……」


 しかし、俺が言葉をすべて言い切るより早く、エリーゼさんからそんな罵倒が飛んできてしまった。思わず、頓狂な声が俺の口からこぼれてしまう。


 だが、そんな俺などお構いなしに、彼女はさらに言葉を重ねてきた。……その表情には、隠しきれないほどの怒りの色が浮かんでいた。


「あのねぇ、あたしたちのどこを見て、怯えているだなんて思ったのよ……」


「え、えっと……その、皆さん驚いていらっしゃったようですし……」


「そりゃ、驚くわよ。だって、ランク8の魔獣はそれだけ強いんだもの。そんな化け物の攻撃を耐え抜いたって言われれば当然驚くし、あなたの頑強すぎる身体に疑問だって覚えるわ。……でも、それだけ。驚きと困惑しかないの、あたしたちには」


 椅子から立ち上がった状態で弁を振るう彼女の勢いに気圧され、つい反射的に身体を仰け反らせてしまう。……だが、そんな俺の様子を見ても、彼女が止まることはなかった。


「良い? 驚きと怯えは違うわ。そこのところ、履き違えないで頂戴。まったく……なんであたしたちがあなたのことを怖がらないといけないのよ」


「エ、エル、落ち着いて……。クロウさんが気圧されちゃってるわ」


「ラフィ……はぁ、分かったわよ……」


 流石にまずいと思ったのか、声を荒げてこちらに詰め寄るエリーゼさんを横から止めに入ったラフィリアさん。


 そんな彼女の制止で、少し冷静さを取り戻したらしいエリーゼさんは、大きな溜息を吐きながらやや乱暴に椅子に腰かけ直す。


「もぅ、エルったら……まぁ、気持ちは分かるけど。あの、クロウさん……私たちのこと、そんなに信用できませんか?」


 苛立ちを隠さないエリーゼさんの姿に苦笑を浮かべたラフィリアさんだったが、俺に向き直った時にはその雰囲気は真剣なものに一変していた。


「い、いえ、そんな……」


 透き通った金色の瞳に真っすぐ射抜かれ、俺は後ろめたさからつい視線を逸らしてしまう。


 言われてみると確かに、先ほどの俺の言動は彼女たちを信用していないと突き放しているようにも聞こえなくもない。……そりゃ、エリーゼさんだって怒るよな。


 ただ、決して信用していなかったわけではない。俺の困惑に気付き、丁寧に状況の説明をしてくれた彼女たちを信じられないはずがないのだ。


 ……いや、今更何を言っても言い訳だな。ろくに彼女たちの反応も見ず、勝手な被害妄想を膨らませてしまったのは確かだ。


「確かに、まだ出会ってからそんなに時間は経っていないかもしれませんが……それでも、私たち三人は貴方が害のない方であることをちゃんと分かっているつもりです。でなければ、私たちの安否を心配したりしないでしょう?」


「それは……まぁ」


「ですから、たとえ貴方の力が凄まじいものだったとしても、その力を私たちに向けることはないと信じています。……これでも、私たちのこと信じてはいただけませんか?」


「ラフィリアさん……その、申し訳ございません」


 悲し気に紡がれたその言葉に、俺はただただ謝ることしかできなかった。本当、何を早とちりしているのだろう……。


 思えば、先ほど俺が救世主としての役目を果たせそうにないと分かった時も、恨まれるかも……と勝手に決めつけてしまっていたよな、俺。あの時も、彼女たちには"信頼されていない"という風に感じさせてしまっていたのかもな。……二重で申し訳ないことをしてしまった。


 ……だが、それと同時に、あの時にも感じた心が軽くなるような感覚……あの感覚が俺の胸に去来しているのが分かった。


「あっ、そ、そんな……顔をお上げください」


 罪悪の念から頭を下げた俺を、ラフィリアさんは慌てたようにそう制止してくる。なので、彼女の言葉に従い、俺はその頭を持ち上げた。


「被害妄想が過ぎました。災害級の存在と渡り合えてしまった故、自分も魔獣と同じような扱いをされるんじゃないか……って」


「そんなわけないよ。むしろ、そんな人が傍にいてくれるなんて頼もしいくらいだもん。だから……ね、わたしたちのこと、もっと信じてよ」


「はい、もちろんです。もうあのようなことは口にしません」


 朗らかな笑顔を浮かべたフィアーナさんにそう諭され、俺も一つ力強い頷きを返す。そんな俺の返事に、今度は彼女たち三人が一斉に微笑んでくれた。


 ……その笑顔を目にした時、ふと俺の胸の内にこれまで感じたことのない温かさのようなものが流れ込んでくるのを自覚した。これは……何だろうか。


 知らない感覚への戸惑いもあった。……でも、不思議と嫌な感じはしない。むしろ、何だか心地よかった。


「分かっていただけたようで何よりです」


「うんうん、良かったよ。でも……はぁ、焦ったぁ。エルがあんな怒ってるとこなんて、なかなか見ないもんねぇ……」


「うっ、そ、その……ついかっとなっちゃって……ごめんなさい、クロウ」


「いえ、無神経な発言をしたのはこちらですから。エリーゼさんは気になさらないでください」


 ほっと安堵した様子のフィアーナさんに横から突かれ、エリーゼさんは少し気まずそうに俺に怒鳴ってしまったことへの謝罪をしてきた。……が、さっきの一件は全面的に俺が悪い。故に、彼女が謝る必要なんてどこにもなかった。


「でも、思えばあたしたちがシルバーハウンドに対して過剰に反応しすぎたからこそ、ああいう勘違いをしちゃったわけよね。本当、一方的に怒鳴りつけちゃった自分が恥ずかしいわ……」


「いえいえ、そんなの関係ありませんよ。落ち着いて考えれば、人と魔獣が同じような扱いをされるわけもないって理解できますから。そこはもう、冷静になれなかった自分の責任ですよ」


「ふ、二人とも落ち着いて! こういう時はお互い様……ってことで、ね? もうこの話はおしまいにしよ?」


「アーナの言う通りです。一件落着したわけですし、これ以上先ほどの話を掘り返すのは辞めにしましょう」


 やがて謝罪合戦に発展しそうになった俺とエリーゼさんを、フィアーナさんとラフィリアさんがそう止めに入る。……確かに、彼女たちの言う通りだな。一度解決した話を態々蒸し返すこともないよな。


「そ、そうよね……じ、じゃあ、お互いにごめんなさい……ってことで、良い?」


「ええ、それが良いかと思います。それと……ありがとうございます、皆さん。では、今後ともご同行よろしくお願いいたします」


「だから、固いですってば。でも……はい、お任せください」


「むしろ、森を出るまでは逆にクロウくんに護られることになっちゃうかもだけどね」


「ふふっ、確かに。頼りにしているわ、クロウ」


 俺とエリーゼさんがお互いにぺこりと頭を下げ合ったところで、この話は今度こそ終わりを迎える。


 本当、今度からは気を付けよう。人が違えば、考え方も変わる。いつまでも元の世界の感覚に囚われていてはダメだな。


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