第十一話 どうやら、救世主にはなれそうにないです
「それにね、それだけじゃなくて……男性の性的欲求の大幅な減退化まで受けてしまってね……。その所為で、この世界は一気に少子化社会に一変してしまったの」
なんて、くだらないことを考えていると、金髪少女の説明にさらなる付け加えを行うように、ピンク髪少女からそんな情報が語られた。
「しかも、魔人族が地上から姿を消してから、魔獣がうじゃうじゃ湧いてくるようになっちゃったみたいでね……。でも、元々そういう魔獣の退治は男の人の役目だったから、男の人が少なくなっちゃうとどうしても処理が追いつかなくなっちゃって……」
「今や、あたしたちのような女も討伐に参加するようになったのよ」
そこに銀髪少女も加わり、幾つかの補足説明を行いながら、少女たちは挙って深い溜息を漏らしていた。
しかし……なるほど、魔獣の存在か。あのサイトを深く読み込んでいなかったということもあって、その情報は頭になかったな。
いや、だが……そうか。だから彼女たちはけったいな恰好……いや、武装をしていたわけか。ようやく合点がいった。
でも……何だかなぁ、聞けば聞くほどファンタジーチックな世界だ。
ともすれば、金髪少女は差し詰め魔法使い……といったところだろうか。黒ローブを羽織り、杖まで持っていたからな。それに……さっき、何もないところから木椅子を取り出していたしな。……魔法が存在していたって、もはや驚くようなことではない。
そんでもって、俺が出会ったあの灰狼……あいつがいわゆる魔獣なのだろう。ということはだ、奴が食らわせてきたあの黒い衝撃波……あれももしかして一種の魔法だったのでは? 名前に"魔"って付いているわけだしな、使えてもおかしくはない。
うむ、一つの謎が明かされると、芋蔓式に様々な謎が解けていくな。
「でもね、男の人と比べるとやっぱり力不足で……だからさっきも、ブラックハウンドの群れに襲われちゃって……」
「何とかして人口回復を図ろうと、今までいろいろと対策はされてきたんです。男性の欲求を刺激できるよう女性がより美を意識するようになったり、世界全体で一夫多妻制度を定めてより積極的な子作りを促したり……」
「でも、結局状況は改善しなかったのよね。むしろ、女性の勢いに気圧されて次第に男性は女性を怖がるようになり……、今じゃ女性の前で肌をさらすことすら嫌がるようになってしまったの」
「なるほど、だから自分とは性的価値観が逆転していたわけですか……」
「まぁ、そういうことね。この数百年の間にあった出来事から、女は性に対して遠慮がなくなり、反対に男が恥じらう……そんな世界が出来上がってしまったの」
なるほどな、彼女たちの価値観が俺と逆転してしまっていたのにはそういう理由があったのか。対策を講じたつもりが、余計に事態を悪化させてしまった……とは、呪いとはなかなかどうして難儀なものだ。
「さっきあなたは、肌をさらすのを嫌がるのはむしろ女性だって答えてくれたわよね。一応ね、昔はこの世界の女性にも恥じらいがあったみたいなのよ。でも……今はそんなものないのよね」
「肌をさらして恥ずかしがる気持ちが分からなくて……。ですから、今ここで脱げと言われても、何の抵抗もなくその指示に従ってしまうと思います、私たちは」
「あなたの世界じゃ、そんなことそうそうあり得ないのでしょう? それこそ、そういう趣味でも持っていない限り……」
「そうですね、そんな人はなかなかいないかと。大半の女性は、そういうことをすれば男性に襲われてしまうことを理解していますからね」
「本当、真逆なのね。男性が積極的な世界なんて考えられないわ。まぁ、だからこそそんな真逆の価値観を持つ世界から男性を連れてきたのでしょうけどね」
ここにきて再び生じた二世界間ギャップに、彼女たちはまたしても感心したような声を上げる。
俺は俺で、脱げと言われれば脱ぐ……という金髪少女の言葉には内心少しばかり動揺してしまっていた。やはり、向こうの価値観がまだ残っているが故、そんな彼女の無防備な発言には危機感を覚えてしまう。……そんな彼女を襲う存在なんて、ここにはいないはずなのに。
などと僅かな焦躁を浮かべていた俺だったが、続くピンク髪少女の言葉に思考が一瞬にして切り替わった。
そういえば、様々な考察に意識を持っていかれてしまっていたために後回しになってしまったが、今最も重要なのは救世主としての役割についてだろう。
元より、ここがどういう世界なのかを認識した瞬間から当たりはついていたが、今し方彼女が発した"だからこそ、真逆の価値観を持つ世界から男性を連れてきた"という言葉を聞いて、俺はようやく確信に至ることができた。
「なるほど……つまり、自分が呼ばれたのは、より多くの女性との間に子を成させ、少子化の回復を図るため……というわけですね。価値観が異なれば、性的な行為に対しても抵抗感を覚えないだろう……という感じで」
「ええ、その通りだと思うわ。……でも、あれ? あんまり嬉しそうではないみたいね。あなたの話からして、そちらの世界の男性はみんな積極的な方ばかりだと思っていたから、てっきり喜んで引き受けてもらえると思っていたのだけど……」
答えを口にした俺の反応が意外にも淡白だったことに、ピンク髪少女が少しばかり驚いたような反応を見せる。まぁ、普通の男性だったら彼女の想像した通りの反応を伺えるだろう。
しかし、俺は決して喜ぶことはできない。……でも実は、いつものように無感情……というわけでもないのだ。
俺の内心にあるもの……それは、焦りだ。なんせ、俺に種馬の役割なんて勤まるはずがないのだから……。
そんな俺が、偶々サイトを開いていたがためにこの世界へと招かれてしまった……。俺以上に適した存在など幾らでもいたはずなのに、偶然が重なってしまった所為で……。
これはまずい……。このままじゃ、彼女たちの……この世界の人々の期待に応えられない。
そして、応えられなければ、やってくるのは怨恨の眼差し……。想像した瞬間、俺の胸が疼くような痛みを自覚し始める。
「って、ちょっと大丈夫!? 顔、すごい真っ青だけど……」
「ほ、本当だ……。そ、そんな風になっちゃうなんて、やっぱり女の人が怖いんじゃ……」
「いえ、そういう類の怯えには見えないわ。でも、じゃあどうして……」
とうとうその表情に恐怖と苦痛の色を滲ませ始めてしまった俺に、三人から心配の声が寄せられる。
今回の一件については、世界全体という非常に大きな規模の期待がかかっている。つまり、それに背けば、それだけ大きな質量の恨みを一手に受けることとなるわけで……流石に、無表情を保つこともままならなかった。
その所為で、彼女たちにも心配をかけさせてしまった……。どうにかして誤魔化したいところではあったのだけど、ここまであからさまな反応を見せてしまっては……誤魔化しは利かないよな。
こうなったら……仕方あるまい、恨まれること覚悟で事情の説明を行うしか……
「まぁとにかく、あなたには女性との間に子を成せない何らかの理由があるってことね、承知したわ」
「……え?」
だが、それを話す前に、ピンク髪少女にそう頷かれてしまった。……しかも、そこには恨みの念など全く見られない。
見ると、金髪少女も銀髪少女も、俺を心配こそすれども、決して恨みの視線を向けてきてはいなかった。
「あら、何かしら、その顔。もしかして、役目を果たせないことに対して恨み言を言われるとでも思った?」
「確かに、残念ではあるけどね。でも、こんなこと強制して良いことじゃないと思うの。だから、決めるのはあくまであなたで良いとわたしは思うな」
「それに、今までの話からして、異界の扉は同意もなしに異世界の方を呼び寄せてしまう様子……ともなれば、こちらも負い目を感じずにはいられません」
「まぁ、そういうわけだから、あなたは気にする必要ないわ」
困惑する俺に、次々と気遣わし気な言葉がかけられる。その言葉すべてが、俺に不思議な感覚を与えてきていた。
今まで俺は、相手の望む行動ばかりしてきた。それは、望みに反せば事を荒立てることになり、それが結果的に俺に対する恨みを生むことになると分かっていたから。そう、それはすべて渡会家での生活で学んだこと。
だから今も、本来なら恨みを抱かれるはず……そのはずなのに、向けられているのは……優しさだ。それが、今の俺には理解できなかった。
「その……申し訳ございません……」
しかし、戸惑いの最中でも癖は出てしまうもののようで……つい、俺は反射的にそう頭を下げてしまっていた。
「だから、謝らなくて良いんだってば。元の世界に帰る手段があるかどうかまでは分からないから、その点はむしろ申し訳ないのだけど……まぁ、できれば気楽に生きてほしいわ。こっちに残ることになったとしても、あたしたちが全力でサポートするから」
けれど、すぐに顔を上げさせられてしまう。やはり……訳が分からない。謝罪すら求められないなんて……。
「えへへ、あなたのこと護ってあげる」
「法が整備されているとはいえ、女性に襲われてしまっては大変ですしね」
「あなたたちがそれを言うの?」
「「うっ……」」
ただ、そんな優しい言葉の数々に戸惑うのと同時に、心がふっと軽くなっていくのを自覚する自分もいた。さっきまで感じていた痛みや怯えは、もうどこにもなかった。
「ありがとうございます、皆さん」
だから今度は、先ほどのような反射的な謝罪ではなく、心からの感謝の思いを伝えることができた。
「ふふっ、気にすることはないわ。……さてと、これでひとまず、この世界とかあなたが呼ばれた理由についてはあらかた話すことができたわね。というわけで……、流石にそろそろ自己紹介くらいしておきましょうか」
「そ、そういえばまだしていなかったわね……。説明を聞くのに集中していたものだから、すっかり忘れてしまっていたわ」
「それに、ずっと"あなた"とか"この人"とか呼び続けるのも変だしね」
「……そうですね」
そうして、話が一区切りついたところで、俺たちはお互いに自己紹介すらできていなかったことに気付く。
確かに俺も、さっきから彼女たちのことは"金髪少女"、"銀髪少女"、"ピンク髪少女"という風に呼称してしまっていたしな。
一応、彼女たちはお互いのことを名前で呼んでいたようだが、実際に名乗られてもいないのに"そう言っていたから"という理由で名前を呼んでしまうのも気が引けたのだ。
「さて、それじゃあ……まずはこっちから名乗りましょうか。そういうわけだからリーダー、よろしく」
そんなことを考えていると、ピンク髪少女はそう言いながら金髪少女の肩をポンと叩いた。リーダーとは何なのか……という疑問もあるのだが、それ以上に……
「もはやあなたと私、どっちがリーダーか分からないのだけど……」
まさしく、同じことを思ってしまった。てっきり、ピンク髪少女がこの輪の中心的存在だとばかり思っていたのだが……。
「まぁ、ラフィはリーダー基質ではないものね。でも、立場上あなたがここのリーダーなんだから、しっかりしてよね」
「わ、分かってるわよ……え、えっと、お初にお目にかかります……というのは今更ですね。私の名前は、ラフィリア・P・ビルサディーテと申します。一応、この国……ビルサディーテ王国の第二王女……ということになっています」
ピンク髪少女に叱咤され、肩を落としながらその場に立ち上がった金髪少女は、それまでの様子とは一変……実に綺麗な所作でそう名乗りを上げた。
……が、そんな所作よりも、今し方彼女が語ったその内容に俺の意識は持っていかれてしまう。
「お、王女様……だったのですか?」
「ま、まぁ……一応は、ですけどね。王位継承権は姉である第一王女が持っています故、私の肩書きはただのお飾りでしかありませんよ。だからこうして、冒険者として魔獣討伐を行っているわけですし」
「そ、そう……なんですか。で、でも、形だけとは言えど、お姫様であることに変わりは……」
「お、お姫様だなんて……や、やめてくださいよぉ……。本当、そんな大した肩書きなんかじゃないんですってばぁ……」
肩書きでも、平民である俺からすれば敬意を払う対象……そう思い、少し意識して語り掛けようと思ったのだが……、結果はこの通り。彼女はそう声を上げると、再び椅子に座り直し、いやいやと悶え出してしまった。
なお、その隣では……、
「あははははっ、ラフィがお姫様っ……お姫様だってぇ!! あ~、お腹痛いわ~」
「ダ、ダメだよエル……わ、笑っちゃ……くすっ……ダ、ダメなんだから……ふふふっ」
どういうわけか、ピンク髪少女と銀髪少女に大笑いされてしまっていた。
「ふ、二人とも酷いわ! た、確かに私なんかじゃお姫様としては役不足かもしれないけど……で、でも、そんな笑うことないじゃない! と、というか、本来は貴女たちだってもっと私に敬意を払ったって良いはずなのに……」
「く、くふっ……お、幼馴染なんだし……ぶふっ……そ、それは言いっこなしでしょう? それとも、言ってほしいの? お姫様~、って」
「いつまで笑ってるのよ、エル! それに、アーナも……必死に笑い堪えようとしているの、気付いているんだからね?」
「ご、ごめんごめん……つい。えっと、それじゃあ次はわたしの番かな。フィアーナ・ラピスレージュって言います。よろしくね」
そんな賑やかなやり取りに乗じて、今度は銀髪少女から自己紹介がなされた。ふわふわとした印象を抱かせる彼女だが、その立ち居振る舞いは金髪王女様ことラフィリアさん動揺とても綺麗だった。
もしかして、この人もかなり身分の高い方だったりするのだろうか……。そんな俺の疑問を知ってか知らずか、銀髪少女……フィアーナさんがにこやかな笑みを崩すことなく話を続けた。
「えへへ、実はわたしもね、ラフィほどではないけど、結構偉いお家の娘なんだよ。この国でも最上位、第XII番貴族なの!」
すごいでしょ?と誇らしげに胸を張るフィアーナさん。なるほど、貴族か……それは確かに凄いな。つまり、ご令嬢……というわけだ。
しかし……第XII番貴族とはどういう意味だろう? いやまぁ、彼女の言葉通りなら最上位を表す数字なんだろうけど。
「アーナ、第XII番とだけ言っても、彼には通じないと思うわよ? えっと、説明しますね」
そんな俺の疑問に気付いたのか、ラフィリアさんが補足説明を加えてくれた。
曰く、この国……ビルサディーテ王国にはIからXIIまでの十二の貴族階級が存在しており、数字が大きくなればなるほど位が高くなっていくらしい。
そして、フィアーナさんの家……ラピスレージュ家はそんなビルサディーテ王国の中でも最上位に位置する第XII番貴族、ということらしいのだ。
「へえ、それは本当に凄い。お二人とも、とても良い御家の出身だったのですね。通りで、一つ一つの所作が綺麗だと思いました」
「あっ、そ、そうかな? え、えへへ……褒められると照れるなぁ」
「そ、そうですね……ヤダ、顔が熱いわ」
素直に思ったことを口にしたら、二人とも照れてしまわれた。世界が世界故、俺みたいな男に褒められることに成れていないのかもしれないな。
だがまぁ、嫌がっているようには見えないので、そこについては何よりだ。
「ほ、ほらエル、次はあなたの番よ」
「ええ、分かってるわ……なかなか魔性の男ね、この人。……こほん、それじゃあ改めて……あたしはエリーゼ・シトラーシェ。第XI番貴族シトラーシェ家の娘よ。まぁ、肩書き上はこの二人同様それなりに高い地位にいるけれど、身分とかは気にする必要ないから、是非気軽に接して頂戴」
照れ隠しついでにラフィリアさんに促され、今度はピンク髪少女がそう名乗った。す、凄いなここの三人……多分だけど、この国トップ3の家々の出ってことだろう? あ、あまりに高貴すぎる……。
気軽に接してほしい……とは言われても、少々気後れしてしまう。……まぁ、頑張るけどな。
「さてと、それじゃあ今度はあなたの番ね」
「ですね。では、僭越ながら……自分、渡会 玖朗と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
そんなわけで、最後にはなってしまったが、俺も彼女たちに自己紹介を行うことにした。……のだけれど、
「固いわね」
「あはは、ガチガチだね」
「そんな、緊張なさらないでくださいよ」
なんて、三人に笑われてしまった。……彼女たちの身分を意識せずに話せるようになるには、もう少し時間がかかりそうだ。




