第8話 地と空の獣(2)
上空から「やったっ!」と、ティラの喜びに満ちた声が響く。
それとは対照的に、エクレアは緊張に満ちた、張り詰めた表情を浮かべていた。
――こんな無茶苦茶な作戦があるか!
誰も聞こえないのをいいことに、思い切り叫んだ。
ティラとパッカーで時間を稼ぎ、その間にカルラの部隊がバリスタを設置する。
トレントが周囲の木から集めた情報で、《ヒポグリフ》は定まった飛行ルートを通ることが分かった。そのルートに入るため、大きくカーブした直後――最もスピードが落ちる場所に、バリスタを構える。
時間を稼いだティラは、パッカーの“水”のパッケージで水を浴びせかけ、《ヒポグリフ》の羽を濡らし身体を重くさせた。また、“土”のパッケージで磁場を歪め、混乱させた――。
ここまではいい、真っ当だし作戦は上手くいった。
しかし……その次のステージが無茶苦茶なのだ。
――ええいもうッ、なるようになれですのッ!
エクレアは《スパイク》をダッシュさせ、淵を大きく蹴って岸壁に向かって飛び降りた――。
黄色い巨体が大の字になって、緑のない茶色の地面に向かってゆく。
ティラのパッカーと違い、ゴーレム操作の術が届くのは長くても八十メートルほどだ。
瞬きもせず、落ちてゆく愛機を見守り続ける。
失敗すれば大破だ。失敗しなくても恐らく大破だ。
操作可能な距離ギリギリに差し掛かったその時、崖から何かが浮かび上がった――
「今ですわッ!」
エクレアは《スパイク》の身体を縦に向け、何かにしがみつこうする姿勢をとった。
岸壁まで一メートルほどある。操作の術が途絶えた。
しかし……吹き上がってきた何かに左手が引っかかり、ぐうんと機体が上昇する。
それは、身体中に矢を残す《ヒポグリフ》であった。
《スパイク》の左手は、その右羽根の付け根ギリギリに引っかかっていた。
「よしッ!!」
操作可能圏内まで浮かび上がる。
……が、まさに崖っぷちだ。わずかに身体を動かせば指が外れるほど、かかりが甘い。
そして《ヒポグリフ》もまた、そのようなのを放っておくはずもない。
身体をひと動かし、《スパイク》を振り落とした。
「これで失敗したら――娼館にぶち込んででも弁償していただきますわよッ!!」
ここで《スパイク》は両腕を突き出し、狙いを定めた。
両腕にはそれぞれ、カルラの作った矢の発射口が付いている。
『掃射式三十連、それの二門だから一発ぐらいは当たるだろー』が、カルラの言い分である。
エクレアは、「クソッタレェーッ!」と叫ぶと同時に、腕から短い矢が射出され始めた――。
◇ ◇ ◇
若い世代が奮闘している光景に、トレントたちは目を細めていた。
落下しながら射出された《スパイク》の矢は、思っていた以上に《ヒポグリフ》に突き刺さったようだ。
しかし、その勢いはまだ保たれたままである。
「致命傷を負っているはず、だが……」
カルラが用意した、度の違う虫眼鏡を組み合わせた簡易望遠鏡を覗きながら、グランドゥルは言葉を重くした。
首の付け根にも腹部にも突き刺さっている。いかにアドレナリンが放出され続けていたとしても、あれだけのダメージを負っていれば、息も絶え絶えになっているはずだ。
なのに……《ヒポグリフ》はまだ飛翔を続けている。
【やはり、古木では無理じゃったか……】
パッカーが落ちてゆく《スパイク》を掴み、共に地面に落ちたのを見やりながら、トレントは声を落とした。
それは、カルラの懸念事項でもあった。
神を仕留めたと言う枝も新芽であり、古木となった枝では威力が格段に落ちているのだ。
トレントは【世代交代の時がきたか……】と樹の幹をねじり、コボルドの長・ハウンドやエルフの男女に目を向けた。そして【儂を切り倒し、それで矢を大量に作れ。剣を槍を作れ】と命じる。
「な、何を――ッ!」
シャイアが思いとどまるよう声をあげたが、トレントは幹を小さく横に振った。
【このままでは、ただ枯れるのを待つだけじゃ。最期に死に花を咲かすのも良かろう】
「し、しかし、あなた様がいなくなってしまうと……!」
【大丈夫じゃ。ふふっ……皆に黙っておったがな、実は儂には息子がおるのじゃよ。
まだ十メートルもない幼木、それこそ新芽のような可愛い子じゃ。
後釜にはちと早いかもしれんが、お前たちと共に育つのも良いじゃろう――】
トレントは目を細め、風の神殿に繋がる山道の方へと顔を向けた。
そこでは、怒り狂った《ヒポグリフ》と、地上から石が投げつけられている光景が繰り広げられている。
◇ ◇ ◇
そこ――パッカーと《スパイク》が落下した地点では、例のオークたちが奮戦していた。
「早く《ヒポグリフ》の羽根を集めるんだブッ!」
「わ、分かってるブッ!」
兄貴分が石を投げ、弟分が《スパイク》の指に付いた白く巨大な羽根を拾い集めている。
オークや獣人にとって、仕留めた獲物・モンスターの骨などは武勲の証となる。
それで作ったアクセサリーは、自身の力を誇示する重要なアイテムにもなった。
天敵にも近い、鳥獣類……特に《グリフォン》や《ヒポグリフ》と言った、獰猛なモンスターの羽根はとてつもなく貴重――ティラたちが討伐にゆくと知ったオークの兄弟は『栄誉と一攫千金が同時に手に入るブ!』と、虎視眈々と待ち構えていたのである。
「し、しかし、アニキ! あのゴーレムはどこに行ったんだブか!」
「し、知らん! だけど、我々を放置してはゆくはずがないブッ!」
「戻って来て貰わないと、逃げ切れないブよッ!」
「分かってるブッ! だから、羽根取ったら俺に預けるんだブッ!」
「俺を囮にする気だブかッ!?」
オークの投石が止んでいた。
《ヒポグリフ》は、それを見逃さない。
まずは兄貴分を仕留めに、鉤爪を突き立てようとしたその時――
<イラッシャイマセ>
との音声と同時に、一本の若木が猛烈な勢いで飛び出してきた。
【息子オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!?】
トレントの叫びが森中に響き渡ったのは、《ヒポグリフ》の胴体に突き刺さった直後のことである――。




