第9話 大切な存在
《ヒポグリフ》は鳴管を震わせながら地に墜ちた。
トレントの若木をぶつけられ、羽や馬脚が折れたことが致命傷となったらしい。地上で悶えている所を、パッカーに“捕食”されたのだが――神殿の上にいるティラとエクレアは、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「出発前に森の方を見ていたのは、トレントの若木に気づいていたからなのね……」
「外道、って言葉がまず頭に浮かびましたわ……」
パッカーはやはり、相手を倒すためなら手段を選ばないようだ。ひしと抱き合うトレント親子に、ティラたちは心底同情していた。
その一方で、初めて目の当たりにする“捕食”に、カルラが大はしゃぎしているようだ。賑やかな声が神殿の上まで届いている。
「私も、《スパイク》の様子を見てきますわ」
エクレアは一つ息をつくと、ゆっくりとした足取りで神殿を降った。
残ったティラは神殿の縁に腰掛け、「終わりよければ、でいいか」と、広大な森の海を眺めながら身体を伸ばす。
風の神殿と言うだけあって、そこは強弱様々な風が吹き抜ける。風に乗る森の匂いに目を細め、こちらに向かってくる相棒を待ち続けた。
パッカーは二十分ほどでやってきた。“火”のパッケージを使わなかったため、非常にゆっくりだ。
<オマタセシマシタ>
「お帰りパッカー。お腹いっぱいになった?」
『エネルギー:100%です』
「満腹ね。それで……新たに得たパッケージはどうなの?」
『火のパッケージ残量:7% 併用すれば、飛翔時のエネルギーを軽減できます』
「そう。それにしても、“火”がかなり減ったわね……」
使い勝手いいから仕方ないか、とティラは肩をすくめた。
するとパッカーは『もう一つ』と音声を発すると、神殿の真っ平らな壁の方を向いた。
「何なの?」ティラは何も言わないパッカーと接続すると――
「な、何これっ!?」
何とそこに、エルフの目には見えない字が浮かび上がっていたのである。
『はい。我々を造った者からのメッセージです。
“風”のパッケージで読めるようになっています』
「暗号、ってことね。
さしずめ〈ウィンド・トーカー〉ってとこかしら」
『61点です』
「アンタの採点基準、カルラですら分からないのよね……」
やはり適当に決めているのではないか。
そんなことを思いながら、ティラはその〈隠し文字〉を目で追ってゆく。
【我が子を繰る者へ――。
これを見ていると言うことは、恐らくすべての“矢”が揃ったことでしょう。
ですが、《バルログ》を発見したとしても、絶対に一人で挑んではいけません。
《パッカー》と《ロッカー》。必ず双方の力を合わせて戦うのです。
負の遺産を遺してしまったこと、どうかお許しください】
読み終えると「相続放棄したいわね」と、しかめっ面でため息を吐いた。
「しっかし、秘密にしたいのは分かるけどさ……。
こんな大がかりな仕掛けを施しておいて、この文章はお粗末すぎやしない?
いかにも“マニアワセ”って感じだし、下もメモ帳かってくらいスペース空いてるしさ。
多分これやったのはエルフだろうけど、ご先祖様はまだ何か隠してそうね」
「ね、パッカー」そつ言いながらパッカーに顔を向けたが、彼の黒い面はずっと壁に向けられたままであった。
「……パッカー?」再び声をかけ、やっとティラのことに気づいたようだ。
小さな機械音を立てながら、ゆっくりと黒い面を向けた。
『はい』
「はい。じゃないわよ。どうしたのよ?」
『何も問題はありません』
「ホントに? うーん、落下時にどこか故障でもしたのかしら……」
ティラは「念のため、カルラに診てもらいましょ」と続け、パッカーの背によじ登った。
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皆と合流した時、トレントの若木はパッカーに怯え震え、ずっと父の後ろで隠れ潜んでいた。
アームで鷲掴みにされ、引っこ抜かれ、思い切りぶん投げられれば無理もないだろう。パッキングの作業は丁寧だが、モンスター討伐に関しては基本的に雑なのである。
この件がトラウマとなり、反エルフ・反ゴーレム思想を抱かないことを、ただ祈るばかりだ。
「何と言うか……持ち主として謝罪するわ……」
【ふん! 奴が“森の守護者”でなければ、今頃はゴーレム墓場行きにしておるわ!】
トレントはそれ以降、ムスッとした顔を浮かべるだけである。
ティラはもう一度「ごめんなさいね」と謝罪すると、“緑のトンネル”を通って長の集う部屋へと足を向けた。そこにはハウンドの他に、ケットッシー族やタウロス族、タヌキのラコーン族やハーピー族の長が席を並べ、これからの話し合いが行われている。
「脅威が去ったと同時に集うなんてね」
部屋に入るなり、ティラは思わず嫌味を言ってしまう。
席を並べるエルフの年長者・シャイアとグランドゥルも、これを窘めようとせず、ただ苦笑している。
獣人たちはムスっとした表情のままだが、長であるハウンドだけは申し訳なさそうな顔をしていた。
「これが伝統でもあり、我々なりの種の存続方法なのだ」と言うと、シャイアの三角眼鏡がギラリと光った。
「ほう……羊のように自ら犠牲になるような選択は、やはり古くから――」
こうなっては長くなる。
メモ帳を片手にした彼女に見つからぬよう、ティラはこそこそと席を離れる――。
あの様子からして、グランドゥルは薔薇を渡していないのだろう。
(帰るまでが冒険。長い帰路を考えてのことかしらね)
先生もよきパートナーを見つけられそうだ。
嬉しく思う一方で、少し羨ましくも思えていた。
※【風と空の獣】の章はここまです。
明日から、最終章に突入します(。・ω・。)




