第6話 創造物の役目
カルラはしばらく働き通しだった。
トレントの枝葉を落とし終えたかと思うと、急に『ゴーレム墓場に行ってくる』と言い、タウロスを連れて二日ほど集落を離れた。そして荷車いっぱいにゴーレムの廃パーツを積んで帰ってくる。
すると今度は、一息つく間もなくエクレアの《スパイク》を鍛冶場に運び、今度は六日間出てこない――。
ひょっこりと姿を表した時、彼女はやはりドワーフだったと思わせる顔になっていた。
「女のヒゲ面なんて初めて見たわよ……」
口元に薄らと赤いヒゲを蓄えたカルラの姿に、ティラは絶句してしまう。。
「あっはっはー! 男と比べて柔らかいぞー?」
「アンタ、ヒゲ生えないんじゃなかったの?」
「うんにゃ? 生えるのが遅いだけだぞ」
カルラはそう言うと、猫の毛のような柔らかなヒゲを撫でた。
ティラも触りたい衝動に駆られたが、それよりも彼女の後ろにあるモノが気になってしょうがない様子だ。
それに気づいたカルラは「どーだ!」と、手をそこに向けながら身体を返す。
一・五メートルほどの砲身取り付けられた荷車――ティラはこれに見覚えがある。
「ま、まさかこれ、アンタの国にあったバリスタなの?」
「あっはっはー! そうだぞー!」
そこで見たのと違うのは、発射口が一つしか無いところだ。
それ以外は、記憶のままの<一斉射撃型弩砲>と、まるで同じ形をしている。
後ろに佇んでいる《スパイク》の両腕にもまた、小型の同じものが取り付けられているようだ。
そして、足下にはトレントを剪定した枝を使った“矢”が大量に置かれていた。
「ここは、ミスティルテインの生産地ね」
「あっはっは! 確かにな!
まぁ、トレントのじーちゃんの枝の効果は、生命力を吸うぐらいだけどな」
それにティラは、「神々の黄昏の前兆になるのかしら」と、重いため息を吐いた。
この獣人の地の長・ハウンドの言葉が頭の中を駆け回り続ける。
「パッカーがフンババ、と言えば、まぁそうなんでしょうけどね……」
「目覚めが予言されていた通りであれば、結末も予言通りになるってことだ。
パッカーと《ゲートキーパー》が、炎の災禍・《バルログ》をぶちのめしてくれるさ!」
カルラはニカリと笑うと、「そして、そのためにアタシがいる」と拳を突き出し、ティラは「頼りにしてる」と、笑みを浮かべながら拳を合わせた。
「そのためには、まず目の前の敵を倒さなきゃね」
ティラは冷たい兵器に手をやりながら、カルラに「数と作戦は?」と訊ねると、
「持ってきたパーツなら、あと三台って所だな。
戦域はここから風の神殿まで――パッカーと《スパイク》で神殿に攻め入り、一度崖下まで誘導する。
その間に、このバリスタを神殿に並べておいて、優位性を取ろうと身を翻したところにズドン! ってとこだなー」
「なるほど……。でも、ケチつけるわけじゃないんだけど……」
「分かってる。正直、これで勝てるとはあまり思わないからなー……。
大事なのはオフェンスとなるゴーレムだ。高所での戦闘だから、落ちたらひとたまりもないぞ」
真剣なカルラの表情に、ティラはぐっと顔を引き締めた。
「万が一の場合……最終手段はあのグランドゥルのオッサンと、トレントのじーさんだ」
「え……?」
「トレントのじーさんを切り倒し、根幹から槍を作る。
そして、グランドゥルのオッサンに持たせて飛び込む。
いくら古木でも、まだ根幹から作ったばかりのそれなら確実だ」
「えぇぇぇっ!? そ、それって……」
「どっちも死ぬ、のであまりこの方法は取りたくない」
シャイアのことを想いながら、「そうね……」と小さく口にするのが精一杯であった。
「再び作業にあたる」と部屋を追い出されたティラは、なんとも言えない気持ちを胸に残したまま、森を切り拓いただけの簡素な村を歩き続けた。
ケットッシー族やタウロス族も撤退し、ここには戦う覚悟を決めたコボルドたちしか残っていない。
中にはカルラから既に作戦を聞かされたのか、合図と共に石を乗せた荷車を押す訓練をしている者たちも見受けられる。
乾いたあぜ地を見つめながら歩いていると、ふとゴーレムのパーツが落ちていることに気づいた。
「運搬中、落としたのかしら」
錆びだらけであるが、形状からして肩の関節部分だろう。
僅かに力を込めるだけで、簡単に崩れ落ちる。ティラは胸の中でゴーレムの末路を嘆いた。
「造っては壊し……やがて、墓場で雨ざらし、か……」
《バルログ》が怒るのも分かるわ、と思いながら、近くを通りがかったコボルドにそれをカルラに届けさせた。
余計に足取りが重くなっていた。目的もなく歩いているつもりであったが、その足は自然と、相棒・パッカーのいる倉庫部分へと足を向けていたようだ。
<イラッシャイマセ>
パッカーの音声に、ティラの心が少し軽くなった。
「アンタ、ここでも商売してんの?」
『依頼されました』
簡素なテーブルを設け、その端に置かれた浅い箱の中には、鉄のコインが二十枚ほど放り込まれている。
これは獣人たちが使う貨幣だ。おおかた、パッカーの噂を聞きつけ、“パッキング”の依頼をしてきたのだろう。
ティラはくすんだ灰色のコインを眺めていると、一枚だけひときわ輝くコインに目がいった。
「これ、共通貨じゃない!?
価値を知らないからと言っても、獣人たちから受け取っちゃダメよ!」
『これはグランドゥル様から頂きました』
「グランドゥル様が……?」
『一輪の赤いバラを包んで欲しいと』
ティラは「ああ……」と納得したようだ。
シャイアに渡すつもりなのかと思ったが、それならば“戦争”が終わった時に渡すはずだ。
聡明なシャイアがその花言葉の意味が気づかないはずが無い。いくら日にちがあるとは言え、すべてが解決するまでその想いは重荷となるだろう。
となれば考えられるのは一つである。
「決死の覚悟ってわけね……」
カルラの“プランB”はまだ伝えられていないが、武人としての使命が同じことを考えさせたのだろう。
枯れたバラほど見窄らしいものはないな。後でこっそりと、シャイアの鞄あたりにコーティングしておこう、とティラは考えていた。
(私にできることは、これだけなんだからね)
思わず苦笑してしまう。
勉強もダメ、“発生系”の魔法もダメ――自分が出来るのはこのコーティングだけなのだ。
家業継承しか役に立てなさそうな魔法であるが、他にそれが役立つ場所がある。
「パッカー! ヒポグリフ戦、じゃんじゃんパッケージ開けなさい!
私がその都度、ガンガンコーティングしてるからね!」
『了解しました』
「だから……落下して壊れたりするんじゃないわよ」
『問題ありません。火のパッケージと膝のショックアブソーバがあれば、着地の衝撃をほぼゼロにまで緩和できます』
ティラはそれに「そう」と安堵した。
すると、パッカーはティラに黒い面を向けながら『ありがとうございます』と述べた。
驚きの表情のティラを前に、『マスターは優しいです』とパッカーは言葉を続ける。
「そんなことないわよ」
『しかし、マスターは物持ちがいいです』
「それは……まぁ、ただ貧乏性なだけよ」
『貧乏性はただ長く使おうとするだけです。マスターは長く使い切ろうとしています』
「んー……そう言われればそうね」
ティラはそう言うと、『どうしてだろう?』と考え始めた。
しばらくした後、「やっぱあれかなぁ……」と懐かしむような声でそう呟いた。
「ぼんやりとしか覚えてないんだけどね。
私がまだ子供だった時、周りのみんなが持ってるような、お人形さんが凄く欲しかったの。
でもうちは本当に貧乏だったんでしょうね。お母さんは『ダメ』の一点張り。
ついに泣き出した私に、お父さんが不憫に思ったのか、甲斐性なしと思ったのか……木を組んで作った、木偶人形を持ってきたのよね……」
それは木の皮が残ったままの、切った木を繋ぎ合わせただけのお粗末な物であった。
あまりの衝撃に呆然としているティラを見て、泣き止んだから満足したのだと親は盛大に勘違いしたのである。
無いよりマシだからと自分に言い聞かせ、部屋で一人で遊んでいた。
無論、それを持って友達と遊ぶわけにはいかない。
いや、ティラは一度だけ、思い切って披露してみたことがある。
「あの年で、身の程とは何かと理解したわ……」
ティラは遠い目で木を眺めた。
「まぁ、それが引き金になって『こんなもの!』って投げ捨てたのよね……。
その時、私の方に向いた木偶人形の顔が悲しく見えてさ……家に帰ってからも、ベッドに入ってからも頭から離れなかったのよ。
で、その時、雨が降ってきて……雨に打たれる光景を思い出すと、もう耐えきれなくて、こっそり家を飛び出して探しに戻ったのよね」
パジャマをずぶ濡れにしながら、必死で探した。
そこは思っていた以上に遠く、暗くて怖い中、必死で手探りで探していた。
そして指先にその感触があった時――
「抱きしめて泣いちゃった……。ごめんね、捨ててごめんねってね。
多分、あんな適当なのでも親が苦心した結果なのだと思うと、申し訳なくなったんでしょうね。
それからずっと大事に、壊れても自分で直して使ってたんだけど……もう修繕不可になって、また泣きながら捨てちゃった」
それを思い出したのか、ティラは指先でそっと目元を拭った。
するとパッカーは、『理解しました』と言葉を発した。
『――その木偶人形は、幸せな最期を迎えました』
「え?」
『作られた物は皆、何らかの目的を持って生まれます。
そして壊れます。彼らの幸せは、目的を果たすことにあります。
マスターにボロボロになるまで使って頂き、木偶人形は幸せだったでしょう』
「でも……最初は、嫌になって捨てたのよ?」
『マスターは戻ってきました』
ティラは「馬鹿……」と言うと、強く目元を抑えた。
「……アンタも、いつかは壊れるのよね」
『はい。それが造られたものの宿命です』
「なら、それまでにアンタの目的、果たさなきゃね!」
自分に言い聞かせるように、ふやけた指を手の中に硬く納めた。
そしてそれをパッカーに差し向け、互いの手を軽くぶつけ合った――。




