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第5話 神聖な地

 そこは、何者もの侵入も許されない荘厳な雰囲気を漂わせている場所だった。

 草原と言うより森に近く、腰の高さまでの雑草が行く手を阻む。

 ティラは背をピンと伸ばし、よっと首を伸ばして向こうを覗き見た。


「向こうにあるあれが、トレントなの?」


 神木のようなイメージをしていたが、それとは真逆の印象であった。

 トレントは神などではなく、平たく言えばモンスターの一種だ。木の印象のままに性格は温厚で、恒久の平和と安寧を望み、そのために行動しようとする。そのため森の守護者として、森に棲まう者は神として崇めていることが多い。

 しかし――そこに佇むものは、“神”と称するにはほど遠かった。


「もっと青々とした、美しい大樹だと思っていたけれど……」


 ティラの言葉に、首を伸ばしていた周りの者も頷く。

 幹にはツルが絡み付き、葉の色は藍色に近い。また、大きく広がった枝葉は天からの光を大きく遮っている。そのため、空はすっかりと明るいのに地表は蒼白く、底が苔むしていた。一言で言えば“汚い”。

 ハウンドはそれを見上げながら「大事にしていたんですが……」と声を落とした。

 すると、パッカーが『違います』と音声を発し、ハウンドに黒い面を向ける。


『光が当たらず、土が痩せているからです』


「何ですと!?」ハウンドは仰天した。

 カルラも「聖域にしたせいだなー」と、頭の後ろで腕を組みながら言う。


「お前ら、人間の真似して、誰も踏み入れられないようにしたろ?」

「え、ええ……神聖なものはそうすると聞いて……」


 カルラはそれに呆れたように、大きなため息をついた。


「あのなー……聖域はちゃんと維持管理してこそ存在するんだぞ。これじゃ管理放棄じゃないか。

 いいか? 大地には草食がいて、肉食がいて、腐肉食がいて――それら生き物の糞便や死肉が分解されて、土を豊かになるんだぞ。それは、お前らが一番知っているだろ。

 なのに、それを全部取っ払えば、その地が死んで当然だ」

「じゃ、じゃあ……」

「トレントのじーさんがヘソ曲げたのは……ズバリ、お前らに蔑ろにされたからだ!」


 まさか……と、たじろぐハウンドに、パッカーが『剪定もしなければなりません』と続けた。

 獣人たちは本能的に自然のサイクルに従って行動していても、それを言語として理解していなかったのだ。

 枝葉を落とす虫も来ないようにもした、とハウンドはきゅーんとうなだれた。


「ったくー、何も考えずあれこれ導入するからそうなるんだぞ。

 そんなことしてたら、いつかティラみたいになるぞー!」

「あはは、確かに! ……って、あれ? 私いま、カルラにバカにされた……?」


 ティラは周りに答えを求めたが、誰もが彼女と目を合わそうとしない。

 相棒のパッカーを見たが<*E R R O R* サイキドウシマス>と、すぐに電源を落とした――。


 ・

 ・

 ・


 その日から、コボルドたちによる大大的な草刈りが行われていた。

 まずは剣や鎌を使い、背丈ほどの雑草を刈り取ってゆく。カルラが研ぎ直したため、斬れ味は保証済みだ。ハウンドから魔法使用の許可を得たため、エクレアとグランドゥルも、風や火の魔法などで草刈りを手伝っている。――その一方で、ティラは魔法禁止を命じられた(“火球”の魔法を使って、近くのコボルドをハゲ頭にした)ので、ブチブチと草むしりをさせられている。

 また、シャイアとカルラ、そしてパッカーは、雑草を掻き分けトレントの下へと向かっていた。


「Nc t mt y――」


 シャイアは古代語で話しかけた。

 樹の幹のうねるような凹凸をよく見れば、偏屈そうな老人の顔が浮かんでいる。


「Pls lstn t stry――」


 言葉を続けたが、エルフの問いかけを無視するかのように、じっと目を閉じ続ける。

 しかし、何の反応も示さないため「根が深いようですね……」と、シャイアは諦めるように首を振った。

 それを見たカルラは、脇にオークの大なたを置き、頭の後ろで腕を組みながらつまらなさそうな顔を浮かべた。


「相変わらず偏屈じーさんだなー」

「北のドワーフはトレントと関係が近いはずですが……このような時、どうされるのです?」

「んー、色々あるけど。多いのはキツツキを放つことかな。

 頭コツコツやって貰えば、唸りながら起きるぞー」

「キツツキ……この近くにおられますか?」


 シャイアは横に控えていたハウンドに訊ねた。


「《ヒポグリフ》のせいで鳥も逃げ去ってしまったので、少し時間がかかります」


 ハウンドは頭を左右に振りながら言う。


「それは困りましたね……。やはり、根気よく許しを請うしかないでしょうか……」

「そんなことしなくても、物理的にやればいいぞー?」カルラは声を明るくしながら言った。「起きない時は、ハンマーやドリルを使ってゴリゴリやるんだ」

「そ、そんな荒々しいことするんですか!?」


 シャイアは驚きの声をあげ、心配そうにトレントを見やった。

 心なしか、じっとりと樹皮が湿っているようだ。


「まー、たいていは叩く前に起きるんだけどなー。今回ならやれそうだ、あっはっは!」

「で、ですが、道具は……?」

「ない。取りに行くのも面倒だし――パッカー」


 カルラはパッカーに目を向けた。


『はい』

「お前の手首回転するし、そのクローアームならえぐり取れるだろ?」

『可能です』


 トレントの樹皮が、雨に濡れたように湿り始めた。


「よぉーしっ! 後頭部ゴリっと行けー! ゴリっと!」

『了解しました』


 トレントの背後に回ったパッカーは、閉じたクローアームをすっと突き出した。

 ぎゅりっと音を立てて回転しだした、まさにその時――


【わ、分かった!? 分かったから起きる! 起きるから止めろッ! 今すぐ止めろッ!?】


 地響きのような声が、周囲に響き渡ったのである。

 幹の樹皮がせり上がり、木のむろの中から白く大きな目が覗かせ、眼前にいる者たちを見据えた。

 シャイアとハウンドは「トレント様!?」と声を揃えて驚いた声をあげた。


【やれやれ……】


 トレントは唸るような声をあげた。

 そこに背後に回っていたパッカーも戻って来る。


【まったく……ドワーフは無茶ばかり――って、何じゃそのアーム!?

 そんなエグいモンでえぐられたら、起きる前に永眠するだろうが、バカタレェッ!?】


 トレントは生い茂る木の葉を大きく揺らし、カルラは腹を抱えて笑い転げた。


「あっはっはっはっは! 引っかかった、引っかかった!」

【む、むううう……】

「あははは、お、起きてるのに、寝たふりするから、ダメなんだぞー? あははははっ!」


 唐突なそれに、シャイアやハウンドは口を開いたままになっていた。


「ど、どうせ、誰も構ってくれないからスネてたんだろー?」

【知らん!】

「まー、こいつらも悪気があって放置してたワケじゃないんだから、な?」

【…………】

「やっぱ、穴開けるしかないかー?」

【わ、分かった!? 許す、許してやるッ!

 ――そこのゴーレム止まれッ! そこで止まれッ!?】


 枝葉をぶんぶんと揺り動かし、パッカーの制止を求めた。


【まったく……“森の守護者”が目覚めたと聞いたというのに、ロクな使い方しておらんな……!】

「まー、持ち主が持ち主だからなー。あっはっは!」

【で? 『風の神殿の空飛ぶ馬をシバき倒してくれ』って、穏やかではない依頼か?】

「そうそう。知ってんなら力貸してやってくれよ」

【うぅむぅ……あと二千年ぐらい若けりゃ可能だがのう……。

 もうこの老体じゃ、護ることはできても、空飛ぶ鳥を仕留めるまでは無理じゃ。

 枝ぐらいは貸してやるので、光の神を貫く矢にでもするがよい】


 トレントは上目にしながら【夏が近いのでバッサリやって欲しい】と、切り落として欲しい枝を揺り動かした。

 するとカルラは「よしきた!」とロープを樹の幹に回し、オークの大なたを背に担いだまま、するするとよじ登り始めた。

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