天使③
佳子がいない。あの日から居なくなってしまった。
事情聴取なんて初めて受けた。何か事件が目の前で起きたらきちんと見た事を話すんだ、と子供ながらに考えていた。でも可奈に言える事なんて何も無かった。
当然言えるような事でも無いし、呆然としていた所に翔が佳子を抱えて何処かへ飛んで行ってしまったその後ろ姿を思い出して何も言えなくなってしまう。
私にも何か、出来たんじゃないだろうか。いや、そんな訳がない。可奈の幼い心が何度も揺れ動く。
最後に見た佳子の姿を思い出す。
指先から血が落ちていた。なのに、何故。思い出す佳子はいつだって笑っている。
涙が流れて落ちた。
この一週間、可奈は泣いて過ごしていた。ふと油断すると涙が勝手に出てくる。
当日は検査で入院して。その次の日は事情聴取で警察に呼ばれて。さらにその次の日は教師や友達に話しをして。人の前ではなんとか我慢出来たのに、夜、思い出しては泣いた。
何処にいるのかなんて、分からない。可奈は翔の家も知らない。
せめて無事で居てと願うしか無くて。可奈は自分が子供である事を恨んだ。
佳子がいない。ある日から居なくなってしまった。
近所中を探して捜索願を出して、仲の良い友達に聞いて回ってようやく本堂家は、その日にあった爆発事故に巻き込まれたんじゃないかと言うことまでは分かった。
恋人だと言っていた男は、住所も連絡先も大学も何もかも全て嘘だった。
住んでいたという場所はボロアパートで人の気配は無かった。佳子の目撃情報はあったが、あの日以来きていないという。
本堂家と佳子は血の繋がりはない。と言うより、本堂の夫婦は佳子がどこの子供で、家にくる前はどう過ごしていたかも知らない。
それでも、佳子は本堂家の子供だ。
血の繋がった子だけで家族だなんて、到底思えなかった。
佳子がいない。
「…あれからどれくらい経った?」
「2週間です」
リュミエールはまるで起きるのが分かっていたかのように側に居て目覚めてすぐの翔の問に答えた。
ナイフで切られたままだった髪は切りそろえられ、美しい鱗の並ぶ尾も伴えば、誰も女王を疑う者はいない。
「翔さん!!起きたんですかぁ!?」
「泣くな、馬鹿。うるせぇ、阿呆」
「うあーん!翔さんだ、良かったぁ」
「罵倒されて喜ぶなよ…」
フリューは翔に抱きつき、また頭を掴まれた。
「冷静な様ですわね。お加減はどうですか?」
「8割方戻ったって感じだな。…ずっとここに居たのか?」
「起きるの待ってたんですよ!」
「実際は監視もさせて頂いておりました。目覚めてそのまま暴れられては、きっと悲しむのは佳子様ですもの」
「それで、この結界か」
翔は今、シャボン玉の中にいる。一見すればメルヘンチックだが、攻撃を受ければその弾力で方向性無く跳ね返す凶悪な防御結界だ。
人魚の女王であれば国を護る程の強力なものを出せるが、今はそれを翔の身体を覆う2.5mに圧縮してある。
「流石に壊すのは面倒そうだ。暴れねぇから出してくれ」
「分かりましたわ」
シャボンの泡が弾けて消えた。
「そういえば、吸血鬼ってホントに棺で寝るんですね!」
「あ?ああ、結晶化な。完全防御形態だよ。弱わると『ああ』なる。はー…聞いてはいたけど初めてなったわ。すげぇ胸糞悪い」
「何か、体調が?」
「今、冷静なのはその結晶化のせいでな。感情何かが全部削ぎ落とされる。弱り切って復活するんだ。冷静にならなきゃ対処出来ないだろうという本能だな。腹ではあのクソ鳩野郎の羽根1枚1枚毟る事しか考えてないのに、頭まで上がってこない」
「やたら素直なのもそのせいですか?」
「……フリュー。お前はどこまでもフリューだな」
翔は立ち上がる。
「行かれるのですか?」
「ああ」
「お待ちする許可を頂けませんか」
「……許可しよう」
翔の身体を纏う黒が簡易な服から、儀仗兵の様な軍服へと変わる。
「それでは、行ってくる」
蝙蝠の翼を羽ばたかせ、翔は飛び上がった。
空に満月が悠然と浮かんでいる。翔の力が最も強く高まる。
数百年ぶりの夜の王の出陣を、誰もが悪夢で祝う。




