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天使④

「雲海とは良く言ったものだな」


 翔は上空10000m、ジェット機と同じ高さを浮かんでいた。波打つ雲を遥か下に見て、目的の物を探す。

 気温はマイナス50度を下回るが、翔の吐く息が白く濁る事はない。

 死を司る彼に体温など無い。



「ケイの気配を感じ無いな。隠しているのか?」


 翔はあえて力を抑えず、月を背負って気配を発散させていた。

 黒い霧と服を纏う翔は、視力に頼る者にとっては気付く事すら難しいが、力を持つ者達には満月よりも目立つ。

 主張しているのだ。


 俺はここにいる、と。




「日本にいないなら仕方ない。このまま西へ行くか」


 闇が動く。月虹を飲み込んで。


「海を渡るには、少々寒いな。『羽毛』をもう少し持っていくか」


「ぐっ、佳子様は日本にいらっしゃる」



 翔の手には天使の片翼が握られ、もう片方は全身が血に塗れた天使本体が握られていた。



「広いなぁ、『日本』じゃ広い」


「それ以上は知らないんだ!上位天使のソルエラ様は佳子様と同じ様に人間へと化けている!その間我々には気配を察知出来ないんだ!」


 紅い瞳が手に持っている物に興味を無くした。


「…俺はね、生き物を殺せない様に枷がつけられているんだ。今、お前を殺す事は出来ない」


 傷だらけの天使は僅かに安堵の息が漏れる。はっきりとした油断だった。


「だから。…頑張って泳げよ?」



 翔は手を離した。

 片翼しかない天使はバランスを崩して落ちていく。雲の海の、さらに下、コンクリートの森へと。


 天使とは思えぬ叫び声が響いた。


「おお、忘れ物だ。受け取れ!」


 もう片方に持っていた純白の翼を、翔は天使目掛けて投げ付けた。

 さながら、流れ星の様に白い尾を引いて翼は天使へと向かって行った。

 ゴン、と硬いものがぶつかり合う音がして、天使の手足がもがくのをやめた。


 翔はそれを見送る事なく、また雲海を見つめた。



「何処にいるんだ。…ケイ」










「あ。いたいた。翔さん」


 冴え渡る真っ青な空にアイスブルーの髪がなびいた。


「…フリュー?」


 翔は暖かい陽射しをさける為、大きなうろの中に身を隠していた。見上げた先にいるフリューに尋ねたい事は沢山ある。


「ケイは見つかったか?」


「残念ながら」


 分かってはいたが最初に聞いておきたかった。だから翔は残念には思っていない。


「何でここが分かった?」


「私の得意技なんです!探したい人が何処にいるか分かるんですよ!」


「は?じゃあなんでケイが見つからん!」


「知りませんよ。ちなみにずっと探してますからね?!」


 フリューはちょっと怒って言った。

 フリューにとって探したい人を探し当てられるというのはただの特技だ。カンでしかない。だから見つからない時もあると納得していて、理由なんかは考えない。

 ただ、その特技を佳子が言いかえるなら『占い』となる。探索の占いを阻害されているという事実がそこにあるのだが。フリューが気付く事はない。




「そうそう、リュミエールが呼んでますよ」


「まだ待ってたのか…」


「当たり前です!私達は何処にも行きませんよ」


「いや、帰れよ」


「ヒドイ!ここは、感動してありがとうと言う所です!」


 翔は立ち上がり、歩き出した。


「あれ?飛んで行かないんですか?」


「お前を抱えてか?」


「はーい。歩きまーす」




 翔は我が家に久しぶりに戻った。リュミエールは

きちんと掃除をしていて、家具などもけして動かさないが、翔は知らない家のように感じた。


「少々動くのが辛くなってまいりました。佳子様が戻るまでと思っておりましたが、そろそろ海へと戻ろうかと思います」


 リュミエールは言わば熱帯魚、温暖な海域の人魚だ。寒さは苦手だった。

 季節は冬に巡る。


「そうか」


 翔は短くそれだけ言った。佳子を見つけられない不甲斐なさを認めるわけにも、ましてや悔しさをぶつける訳にもいかない。


「最後に翔様にお礼を」


「俺は何もしていない」


 リュミエールは緩く首を横に振った。


(わたくし)の血をお飲み下さい」


 そうか、とまた翔は言った。王同士の会話は酷く短い。



 翔はリュミエールの頭にそっと手を置き、首筋の髪を払った。


「…いい匂いだ」


 唇を寄せて、牙を剥いた。


 人間よりも冷たい体温、薄い味。物足りない気がするが、数年ぶりの食事はそれでも身体を、力を満たしていく。





「リュミエールが吸血鬼になりませんか?大丈夫ですか?」


 フリューは事前に聞いていたのか吸血中は何も言わなかったが、不安になって聞いた。


「なるかよ。血を吸っただけだ。俺がそんなミスするか」


「翔様。大変お世話になりました」


 リュミエールが、お辞儀をする。立ち上がる事は出来ないので土下座の様にも見える。


「ケイを連れて会いに行く」


「………はい」


「ずっと待ってますからね!絶対来てくださいよ!」


「分かってるよ」


 翔は、何度も絶対!絶対ですよ!と言い続けるフリューにくすりと笑った。初めて向けられた笑顔に人魚達は満足した顔で海へと帰って行った。







『ああ、なんだか虹が出そうな天気ですね』


 別れ際、フリューは言った。


 翔の心はざわざわと波立つ。


 街に虹が掛かった。濃い虹の上に、色を逆さまにしてもう一本。


 青い空を彩る。


「来た。ついに!あはは!長かった!」


 翔は楽しげに笑った。虹を見て無邪気に笑うというには、あまりにも邪悪を含んで。




 やっと、捜し物が見つかりそうだ。

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