第五章~きょうだい~
ガドネア歴 五月 一日 マリア・スナー
先日話を聞いた私たちは、これから森へと入る。
戦えるのは、私、ファーネル、アーサーの三人。ミリアはどうも、北部街道で魔力を枯渇させてから回復が芳しくないそうだ。そのためよほどのことがない限りは、後方にて待機。あと、サーシャは戦えないって以前聞いているし、ウーニャも同じく。ファーネルが魔法をかけてくれたおかげで、言葉遣いは大分回復したが、まだ右半身のしびれが大分残っている。例え精霊が呼び出せるとしても、戦いの場に出るのは危険。本当は連れてくるのも躊躇ったけど、本人たっての希望もあって、結局は同行を許した。なので当然、彼女も後方待機だ。龍族二人がそろって後方、私たちがドラゴンと対峙する、という事になる。
冒険者協会も、状態の良くないミリアとウーニャを連れていくのはよろしくないと止めてきたけど、当事者二人がいなければ、この戦いに意味はない。他に数人の冒険者を、という話も持ち上がったが、そちらはミリアとウーニャの二人が拒否した。この仕事は自分たちで片付けなくてはならないと、そう考えてのことだ。なので最低限の案内だけが同行することになった。
念のため、銛に入る前に、この手記を残す。
夢見でも、この先はまだ見えていない。昔はもっと未来が見えていたのだけど、今は闇に閉ざされた。
きっと、この戦いは何かの分岐点になっているのかもしれない。
次のページに手記が残せるよう、皆で生き残ろうと、私は願う。
第五章~きょうだい~
「……この先です」
「ああ、ありがとう」
六人は、ドラゴンを見たという冒険者の案内の元、この地を訪れていた。その冒険者が立ち去っていく中、六人は霞む森の木々の中、確かにその存在を感じとっていた。
何もかもを寄せ付けないような、濃厚な気配にアーサー、マリア、ファーネルが息をのみ、これから死地に入ろうかというところで、アレクサンドルは極度の緊張の中、かなり息が荒かった。
そして。
「クソ兄貴ですね」
「クソトカゲ野郎ですね」
そして重なる暴言。
「って、ミーシャも私のこと口が悪いって言うけど、それどうなのですか!?」
「も、元はといえばウーニャの口が悪いせいですよ、移ってしまったじゃないのっ」
二人がその緊張感をぶち壊した。
「……じゃれ合いはそのぐらいで」
六人の空気が一気に弛緩してしまった。そればかりかぐだぐだになりかけた。
アーサーが二人をやんわりと制止し、森を睨む。その先の気配に変動が無いことを確認する。ぐだぐだどころか、眠っているであろう相手を起こしてしまいそうだった。
「静かにな?」
こく、と龍族二人頷き、アーサーに続く。
すると、先ほどの緊張感は良い感じにほぐれていた。アレクサンドルも、良い感じに力が抜けたのか、落ち着きを取り戻していた。
ウロフカーニャとは、ここまでの道中いろいろな話をした。普通に話すには丁寧な言葉を使うのだが、少しでも感情が怒りに傾くと途端に口が悪くなる。特にデリシア王国と、デヴィル・ドラゴンに堕ちてしまったミリアの元兄に関しては暴言しか発しない。例えばクソトカゲだが、これは龍族にとって最低な蔑称であるが、血の繋がった家族のミリアが目の前にいても、名前を呼ばす、そして遠慮なくそう連呼する。鈴の鳴るような、可愛らしい声で発せられる暴言に、アレクサンドルも最初こそドン引きしてしまったが、諦めたと言うべきか、慣れてしまった。
今回は、流石に相手の気配を明確に察し震え上がってしまったが、彼女の時と場所と空気を読まない発言は、逆に彼の心を見事に落ち着かせた。
今は皆、口を閉ざす。
もう、目先にいるのだ。
しばらく進んだところで、それはいた。
朝靄に紛れるように、その巨体がうずくまっていた。その目はゆっくりと開き、鎌首をあげる。そして近づく六人を確認し、その中に見知った二人を確認した。
「……ミリアじゃないですか。もう放っていて頂けませんか?」
「そういうわけにはいきません。あなたは私たちの定めた掟を破った者として、そして敵対した者として、倒さなくてはならない存在です」
ミリアに続き、マリアが口を開く。
「そうですね。ここまでの侍女さん達もそうですけど、ミリアの故郷では多くの人の命を奪ったと聞いています。言語道断ですね」
そう啖呵を切ってから。
「ではお願いします、先生方」
下っ端盗賊が雇った用心棒に丸投げという絵面がぴったりな台詞に、力が抜けそうになるアーサーだった。いや、敢えて好意的な言葉に直すなら、ほどよく緊張感が抜けた、という所だろう。
気を取り直し、アーサーは短剣を抜刀し、構える。
「ま、俺たちはお前さんには恨みも何にもないんだがな。事情が事情だ。ここで死んで貰おう」
そして、ファーネルがそれに乗っかり悪役そのままな台詞を吐いたことで、アーサーは再び力が抜けそうになる。無駄にノリが良いのだが、何もこんな時に、とアーサーは心の中だけで苦笑しておいた。
抜刀したファーネルの剣は、王都で新調したものだ。それはきらびやかに陽光を反射する。朝靄も晴れてきて、一気に視界が広がってきた。
「アーサー、無理しないでね」
「ああ、解ってる」
マリアの声に、アーサーは力強く答えた。
「ま、念のため名乗っとくわ。俺はファーネル。ファーネル・テナイだ」
ファーネルは投げやりに。
「俺はアーサー・スナー」
アーサーは普通に。
「私はマリア・ファルアスタシア、よ」
マリアは不敵に微笑んで自己紹介をした。
「ご存じかと思いますが、僕はウィステリア・サンディーと申します。そちらのミリアの兄です。お見知りおきを」
そこには殺気も何もなく、ただただミリアの兄という立場の存在として、好意的な雰囲気で挨拶を返したのである。
敵愾心むき出しだった方が、却ってやりやすいかもしれないなと、ファーネルもアーサーも考える。
マリアも少しだけ困惑しているが、ミリアはやるせない、という表情だ。
「……ところで皆さん、ここはどこでしょうか?」
と、彼はおかしなことを言い出した。
鎌首をゆっくりと動かし、辺りを見渡しながら、どこか困惑しているといった気配を醸し出す。これは演技でも何でもなく、本当にそう感じているのだろう。
「よく見れば、メルセアの森ではなさそうですよね。……あなたたちに構ってはいられません、ああ、ロゼ、ごめんね、すぐに戻るからね」
ロゼ、とは彼の婚約者の愛称だ。彼女は元々ソロで旅をするベテラン冒険者だったのだが、しばらくメルセアで仕事をしているときに彼と出会い、彼に恋をして、彼も彼女に恋をした。そして恋人となり、婚約もして。彼女のお腹に新しい命が宿っていることを知って喜び。
そして彼女たちが亡くなって、彼は壊れてしまった。
ドラゴンは倒していた身体を少しだけ動かし、翼を大きく広げる。右は引き裂かれ、左には大穴を開けたそれは、風を掴むことはできない。
「どうして、こんな大怪我を? これじゃあ戻れないなじゃないですか」
皆は、いや、ミリア以外は、彼の様子がおかしいと気付く。
「……そのロゼを生き返らせようとしていた研究施設、あなたが自分で破壊したのでしょう?」
「え?」
ミリアの言葉に、ドラゴンは鎌首を向ける。
「……え、ええ、そうです? ええ、そうです。どうして? どうして、どうしてどうしてどうして? どうして僕が愛する人を殺さなくちゃ駄目なんですか? え、どうしてどうしてどうしてどうして?」
どうして、と何度も繰り返すドラゴンに、ファーネルは小さく呟く。
「……壊れてやがるな」
そのつぶやきに、ミリアが悲痛な表情で頷いていた。
ロゼは、元ベテラン冒険者というよしみで、町近くにきていた弱い魔獣を追い払う依頼を受けて出かけた。駆け出し冒険者でも、油断さえしなければ倒せるような、そんな相手たった、筈だ。
しかし発見された彼女の骸は、とても直視できる状態ではなかった。原因は分からないが、背後から襲われ、ほとんど抵抗できないまま殺されてしまったのである。
周りの制止を振り切って、彼は彼女の無残な姿を見て、心が壊れてしまったのだろう。
彼は、身寄りのない彼女の遺体を引き取り、サンディー家の敷地角に小さな墓を建てて埋葬した。いや、埋めたのは培養槽の中だ。そこから彼は、キメラの技術を身につけ、彼女の身体をその技術を持って再生した。いや、それはただのエンバーミングでしかない。どこからか生きた心臓を調達して埋め込み、どこからか十分な血液を調達し、見た目こそ完全な姿に戻しただけの存在だった。
時を同じくして、何人もの冒険者がメルセア近郊で行方不明になっている。その原因は、推して知るところだろう。
しかし、一度死を迎えた肉体に命は再び宿ることはなく。それはただ、生命活動を続けているように見えるだけの、蠕く屍体でしかなかった。何人もの命を犠牲にしながらも、その狂気は何ら成果を上げることは無い。彼は、その事にはもう気付かず気づけず。彼女の復活だけを夢見て、そして蝕まれていった。
彼の下には、いつしか『ネクロノミコン』と呼ばれる魔導書があった。それは禁忌の書。ありもしない死者復活の技法が書かれ、最終的には魔族との契約へと誘導する、悪意の下に書かれた、愚書で禁書だった。
そして彼は、契約してしまった。魔族と。
その瞬間、彼は本当の意味で、壊れてしまったのかもしれない。
大事にしてきた研究施設も、ロゼの遺体も何もかも、全て破壊して飛び出してしまったのである。
「もう、引き返せないところにまで、彼は行ってしまいました。せめて私、いえ、私たちの手で、彼を安息の地に導いてあげたい、それが願いです」
「……そうか」
「そうだな」
「うん、手伝う」
「助力ながら、僕も皆さんのお手伝いをします」
アーサーを皮切りに、マリア、そしてアレクサンドルが答えた。ウロフカーニャは、黙って下唇を噛んでいる。
「そうですよ! そうです! ロゼの怪我を治そうとしていたのを邪魔されたんですよ! 何であんな大勢で研究を邪魔したのですか? 何でロゼがあんなヒドい目に遭わなくちゃならなかったんですか? 愛する人の怪我を治すのは当然でしょう? なんで、なんで邪魔をしたのですか!?」
ドラゴンが、声を張り上げた。
「……なんで、なんでっ、なんで僕の理想を寄って集って邪魔するんですぁっ!!」
ドンッと言う音と共に黒い巨体、ウィステリア・サンディー=デヴィル・ドラゴンが足を叩き付けるようにして身体を起こす。そして、治癒半ばの翼を広げ、そして大きく口を開け。
咆哮が森を揺るがした。
マリアが先行する。
一気にデヴィル・ドラゴンの懐へと飛び込み、踏み潰そうと動いたその瞬間、小さな間隔で空間を渡った。振り上げた足に、アーサーが飛びかかって短剣二刀流を煌めかせる。矢継ぎ早に薙いだ短剣は、かなり特殊な素材だ。通常のドラゴンの鱗であれば、容易く切断が可能だった。
しかし、相手は魔族と契約したドラゴン、デヴィル・ドラゴンだ。大きな傷を与えることはできたが、しかし表面だけだ。
マリアが攻撃を開始したと同時に、ミリア、そしてウロフカーニャとアレクサンドルは後方へと下がる。特に戦闘力を失ったウロフカーニャと元々戦闘ができないアレクサンドルは、近場の草陰に身を移した。二人は、戦闘が始まったら最初からそちらへ退避するようマリアから指示を受けていた。
ミリアは、その中間よりやや左にずれた位置に立ち、精霊を召喚している。防御に特化した精霊達だ。それで自分自身と、ウロフカーニャ達を守るのだ。
アーサーがデヴィル・ドラゴンから離れていく中、ファーネルが走り込む。
真新しい剣が奔り、すくい上げるような斬撃が放たれた。決してそこまで速くはない剣捌きだが、切っ先から衝撃波が生まれ、奔り、デヴィル・ドラゴンが振り下ろした足へと命中した。何枚かの鱗が弾け飛び、その衝撃の強さを物語る。
本来、鉄や鋼程度の剣では、ドラゴンの鱗を粉砕できるほどの強度はない。その前に曲がるか割れるかのどちらかである。だが、それを可能とさせているのが、彼が習得したユニス流剣技だ。この剣技では、普通の剣に、強引に魔力を注ぎ込み強度を高め、同時に威力と切れ味を格段に高める。その状態で数々の技を繰り出し、大型の魔獣や魔物を蹴散らすのだ。
ファーネルは魔力の力場を整えながら、もう一閃放った。
光の条が縦に、デヴィル・ドラゴンを袈裟懸けにするように襲いかかる。しかし。デヴィル・ドラゴンが咆哮を上げ、ファーネルの放った一撃はかき消された。咆哮の力の一つだろう。
ファーネルが後ろへと後退するタイミングで、アーサーが前へと躍り出る。
一気に懐へと飛び込み、薄いが幅広の短剣を矢継ぎ早に繰り出す。
ファーネルの剣技が重く一撃必殺を狙うのに対し、アーサーの剣技は、一撃一撃は確かに軽いが連続で斬り込み手数で稼ぐ。鱗を的確に削り、最終的に割る。
二人の緩急付けた攻撃に、デヴィル・ドラゴンは翻弄される。
ここまで、相手を寄せ付けない攻撃を二人で繰り返すが、しかしどちらも決定打にかける。デヴィル・ドラゴンは、例えその猛攻でも耐え忍べば大丈夫であると認識してしまい、アーサーが離脱すれば、傷を治す魔法であらかたの鱗を補修してしまうのだ。
「……くっ」
「どうした、切れが無いぞ!?」
「そういうファーネルこそ、威力が全然無いぞ?!」
並んだ二人が、互いに文句をぶつける。それが彼らの戦闘中でのコミュニケーションだ。そしてどうしてそうなったのかは、すでに互いに察している。
ファーネルは、先日のマンイーターの襲撃の際に魔力を枯渇させた。そしてアーサーは熱中症で倒れ、どちらも完全には回復しきっていないのだ。二人ともそれぞれの剣技の頂点に近いところまで上り詰めているが、しかしまだ若い。ちょっとしたことで足下が揺らぐのだ。いついかなるときでも安定した強さを誇るには、まだまだ経験が浅い。
二人が怒鳴り合う中、デヴィル・ドラゴンの背後、その空間が揺らいだ。それと同時に、茶番を演じていた男二人、息を合わせて飛び込む。
「スナー流奥義・雷撃剣!!」
まずアーサーが技を放つ。手に持つ短剣に、爆発的な勢いで魔力を叩き付け、雷電と化す。そして剣を右手、左手と順に大きく振るい、二つの雷撃をデヴィル・ドラゴンめがけて解き放った。
ファーネルは、だんっと大きく踏み込み、同じく魔力を剣に叩き込む。魔力は目映い光刃と化し、ファーネルの振り上げと共に撃ち放たれる。
「ユニス流奥義・ドラゴン・スレイヤー!!」
ドラゴン討伐を成し得たものに贈られる称号、龍殺しの名を冠した技だ。
「ファルアスタシア・ブレードぉ!!」
そして空間をねじ曲げ現れたマリアが、自身の持つ魔力を全て、左手のジャマダハルへと叩き込む。しかし心の中で、その手は悪手だと『姉』が警告する。或いはという希望から、マリアはファルアスタシア流必殺の技を繰り出していた。
ジャマダハルから伸びる光刃が、真っ先にデヴィル・ドラゴンを捕らえ、直後アーサーの、そしてファーネルの一撃が直撃した。
三すくみの関係にある三つの剣技、その奥義がそこに集中した。
たちまち爆発が起こる中、マリアは空間を渡り、アーサー達の元へと着地する。
「……手応え、無し!!」
マリアの声に、三人が散開する。直後、その場に光が迸った。爆発と共に土が吹き飛ばされ、大きく抉られた。抉られた穴は、土すら溶け出すほどの高温だった。
後方で防御陣を張るミリアの方にも、巻き上げられた土が雨のように降る。
「シート」
ミリアは防御魔法を使い、身を守る。
一度散開した三人は、デヴィル・ドラゴンを取り囲む形で走る。デヴィル・ドラゴンを中心に、三人それぞれが見事な正三角形を描き、そして三人同時に中心へと駆ける。阿吽の呼吸で見事な連携だ。これまで一度として合わせたことがないはずなのに、一糸乱れぬ動きを見せる。
ここに、三すくみとなる剣技が一つとなり、一つの技を形成する。
マリアが空間を渡り、デヴィル・ドラゴンの眼前へと現れる。デヴィル・ドラゴンの右後ろにアーサーが、左後ろにファーネルが同時に駆け込み、それぞれの武器へ魔力を叩き込む。
そして三人同時に、武器を叩き付けるように、魔力を叩き付けた。
技の三重奏、すさまじい旋律を奏で、三つの力は共に高め合い、デヴィル・ドラゴンを包み込む。真っ白な魔力の奔流が、デヴィル・ドラゴンを完全に包み込んだ。
「ぐおおおおおっ!?」
デヴィル・ドラゴンが上げるのは悲鳴か咆哮か。
「ミリア!!」
彼女は答える代わりに、尻尾を地面に叩き付け、前屈みで構える。そして翼を目一杯広げ、両脇を締めて口を開いた。部分龍化を行ったミリアは、これから自分が発する衝撃波に耐えるため、足に尻尾に脇に腹に、全身くまなく力を込める。
そしてありったけの魔力を集中させ、眼前に魔法陣を出現させる。その魔法陣から直視できないほどの強い光が迸った。ミリアの、全力のレーザー・ブレスだ。その強い衝撃に、ミリアは耐えきれず後ろへとずり下がる。
その一歩先の地面が抉れ、超高熱で溶け、蒸発する。それが溝のようにデヴィル・ドラゴンへと到達し、すさまじい光がその姿を包み込んだ。衝撃波は全て後方へと突き抜け、森の木々が大きく揺れ、或いは吹き飛ばされる。
数秒ほど続いた光の奔流は、唐突に消える。
目を腕で覆っていたファーネルは、すぐさまミリアの元へと駆け出そうとしたとき。
「油断しないでください! まだ健在です!」
「なんっ!?」
ファーネルは振り返り、デヴィル・ドラゴンが放ってきた魔法弾を避けて転がる。すぐさま立ち上がり、振り返った。
胴を大きく抉られたドラゴンが、まだそこに立っていた。抉られた胴から流れるのは、真っ黒な、霧だ。ここまで身体を剔られれば、普通なら即死だ。しかしこれは、デヴィル・ドラゴン。魔族と契約した存在は、頭を吹き飛ばさない限り、生き続ける。
ミリアを包んでいた魔法陣が消失し、彼女は脱力してその場に膝をつく。ファーネルはすぐに彼女の元へと駆けつけた。
「……あ、ありったけの魔力を注いだのですが、……駄目ですね、覚悟が足りませんでした」
「言うな。そう簡単に割り切れるものでも無いだろ」
ミリアは、無意識のうちに射線をずらしてしまったようだ。
それはやはり、目の前のデヴィル・ドラゴンが肉親だからである。ずっとお兄ちゃん子だったミリアにとっては、まだ慕う心を捨て切れていなかったのだ。だからこそ、非情に徹することはできなかった。
ミリアのこの一撃を稼ぐため、三人は奔走していたのだが、それも無駄になった。ミリアは魔力を枯渇させ、もう次弾を放てない。
「失敗した! 気を付けて!!」
マリアは、やっぱりと思いながら叫ぶ。デヴィル・ドラゴンに止めを刺すのは、全く別の人たち、全く別の場所、全く別の時間。自分たちができるのは、その時代につなげるための、ただの時間稼ぎだ。それが今、確定した。
ファーネルはミリアをアレクサンドルたちに任せ、戦線へと奔る。
大きく傷ついたデヴィル・ドラゴンは、それ以来動きを止めていたが、ゆらり、とその鎌首をマリアに向ける。
無言のままだが、マリアがこの中で一番やっかいな相手だと認識したようだ。
正解だ。
現状、一番満足に戦えているのはマリアだけである。アーサーもファーネルも、回復し切れていない状態で戦いに挑んでしまった。これは、タイミングが悪すぎたことが大きい。その結果、二人とも精彩を欠き、攻めあぐねいていた。それでもデヴィル・ドラゴンの注意を向けさせ、周囲の魔力力場の変化に気付かれないように誘導していた。そして止めが、ミリアの最大火力による砲撃、という即席の作戦を考え、実行していたのだ。
だが、肝心なところで、彼女は非情になりきれず、葬ることができなかった。唯一デヴィル・ドラゴンを葬れる力があったミリアは、魔力を枯渇させてしまった。
万事休すだった。
マリアは、歯ぎしりする。
「やっぱりこれも、そういうことなのね」
悔しそうに、彼女は呟く。それは何に対してか。彼女本人と、その二重人格であるもう一つの心しか、今はまだ理解できない。
デヴィル・ドラゴンが口を開け、その口の中に魔法陣が生まれる。ミリアの砲撃と同じ、これはレーザー・ブレスだ。
マリアはその顎門を見つめ、そして何ら抵抗もせずただただ眺める。
魔法陣が光り輝き、そして。
「四大精霊封印術!!」
ウロフカーニャの声が響き渡った。
同時に、デヴィル・ドラゴンを取り囲むように、巨大な三角形、いや四面体が現れた。デヴィル・ドラゴンの口内にあった魔法陣が消滅し、四面体の光が強くなった。
「……されど、夢見、か」
その四面体を見上げながら、マリアは小さな声で呟いた。
デヴィル・ドラゴンが、四面体の中で何かを叫んでいた。しかし、その声はもう聞こえない。代わりに、ウロフカーニャが精霊をコントロールするための詠唱が響き渡る。そして、ひときわ大きく声が上がった。
「封印術式、発動!」
四面体が輝き、一瞬にして小さくなり、消滅した。デヴィル・ドラゴン、もろとも。
マリアはウロフカーニャの元へと駆ける。
「……どれぐらい、持ちそう?」
「皆さんのおかげで、ほぼ完璧な術式を形成することができました。私の魔力が続く限り、解けることはありません。縁者であれば、この術式をそのまま継承させることもできます」
マリアは、一安心、という溜息を吐いた。そこに丁度、アーサー達が合流する。
「……ごめんなさい、結局ウーニャにその術を使わせてしまうことになって。私の一族の問題だったのに」
ううん、とウロフカーニャは首を振る。
「良いよ。私とミーシャとの仲だもの」
そう答えたウロフカーニャを、ミリアはぎゅっと抱きしめ、それでも、ごめんね、と謝る。
マリアは、この戦いの直前に、五人に話したことがある。
アーサー達は既に知っていることだが、それはマリア自身についてである。
マリアは、夢見、その中でも未来視という異能が使える。この異能はその名の通り未来を予知するが、ある程度それに逆らうような行動を取ると、必ずしもその未来には収束しない、その程度の予知でしかない。しかし、もっと大きな運命の下で成り立っているものは、いくら対抗策を用意しようが、ほぼ必ずその未来に収束する場合もある。ウィステリアの問題も、限りなくそちらに近いものだと、マリアは伝えていた。
それでも皆は、それを覆そうと幾つかの策を用意して戦いに挑んだ。しかし終わってみれば、その策自体が、夢見で見た未来へと収束させる事に繋がっていた。
「……ま、取りあえず、当分の間は目を背けることはできる。でも、いつかはあいつが復活するのは間違いない。それが近い未来か、遠い未来かは解らないけど。……だから、デニアス王国には根回しをして、ドラゴンに対抗できるようにしてほしいところ」
そこで、マリアは気付く。そういうことか、と。
今の自分たちでは、デニアス王国に働きかけるには力が及ばない。ファーネルがユニス王を引き継ぐのは、『事変』の後『取り戻す』ことを決意したときだ。その時はデニアス側も簡単に身動きが取れないことは、マリアは夢見で予見済みだ。また『事変』に対抗する上でも、デニアス王国は先んじて準備をして貰う必要はあった。
だから、近い将来デニアス王となる人物の、その縁者に、その役を願う。
「その役は、サーシャにお願いできるかな?」
「……うん、解った。ただ、従兄弟という免罪符が何処まで通用するかは解らないけど、相談してみるよ」
「ありがとう」
ここに、デニアス王室の縁者がいた。これは偶然か必然かは分からないが、しかし、『詰み』にはならずに済む。彼が王室に伝えることで、デニアスはこれから魔法兵団を増強する未来が見えた。そして戦いの場が、デニアス王都だと朧気ながら見えてきた。
デニアスの人には迷惑をかけることになるのは不本意だが、と、マリアはそう考えるのだった。
こうして、ドラゴンの飛来にまつわる事件は、一応の幕を降ろした。ただ、これは先延ばしに過ぎない。
六人は、デニアス王都へと向けて歩き始める。
ふと、マリアは後ろを振り返った。
「……どうした?」
「ううん、ただ、ちょっと地面とか抉れちゃったねって」
「まあ……、そこは仕方ないだろ。ほら、いこう」
「うん」
マリアは、後ろ髪引かれる思いはしたが、アーサーの隣に並び、歩き始める。そして誰にも聞こえない声で、小さく呟く。
ごめんね、と。
それが誰に向けての謝罪なのか。マリア自身、解らなかった。
ガドネア歴 九七五年 五月一五日 マリア・ファルアスタシア
あの戦いからそれなりの時間が経過し、サーシャとウーニャはデニアス王国王立学園に入学した。サーシャは魔法医を、ウーニャは内科医を目指して勉強を始めるとのことだった。二人とも、元々その道を目指していたそう。
ウーニャは、将来カル=アストロフ自治州の州長を継ぐ。なので、医者として働ける時間は短いだろう。それでも、夢を追いかけて邁進する姿は、素直に素敵だと思った。
また、二人とも正式に婚約もした。ただ、ウーニャはまだ一五歳。ガドネアもだけど、故郷のの法律上、あと二ヶ月は結婚はできない。二人はウーニャが一六になった誕生日に入籍し、医師の免許を取得したらカル=アストロフの地へと戻る、との事だった。結婚式については、その時次第。学費の支払いで何処まで余裕があるかは解らない。バイトと学園での勉強で忙しくなる、とそう話す。
ウーニャの病状は小康状態。ファーネルの魔法で、呂律などはほぼ完治した。ただ、右半身のしびれは相変わらず残っている。今はもっと動けるよう、色々とトレーニングしている。時間はかかるだろうが、きっと良くなるだろう。
デニアスに留まる二人からは、手紙を預かった。一通はサーシャの実家に向けて郵便で送れば良い。ウーニャの分は、私たちが届ける約束をした。どのみち、ミリアが実家に戦果を報告するため帰郷する必要があるからだ。その時にカル=アストロフの町を通過するので、丁度良い。
さて、明日からの船旅。………酔わなければ良いのだけど。




