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番外編~ウロフカーニャ~

番外編~ウロフカーニャ~


 デリシア国立学園。

 デリシア王国王都西区にある大きな学園で、古くは一貴族が建てた学び舎だった。その後様々な思惑が重なり、最終的にはデリシア国立学園として、経営されている。

 初等部四年制、中等部は三年半制。四期入学制度を実施し、一月、四月、七月、一〇月に新入生を迎える。それに合わせて卒業も四期に分かれるが、これは余談としておく。

 初等部で基本的なことを学び、中等部でその応用編を学ぶ。多くの生徒はこの八年間をかけて様々な事を学び卒業する。そして医学などより専門性の高い分野は、高等部のそれぞれの専門学部に進学し、学ぶ。

 そんなデリシア国立学園には、様々な地方から留学生が在学しており、カル=アストロフ自治州からも数人ほどがその中に入っている。

 こうした、遠くから来た留学生のほとんどは、寮で生活する。寮は二人部屋で、おおよそは同学年の者と生活を共にすることになる。

 ウロフカーニャも学園に入学してから四年間、友人と共に暮らしてきた。

「え……」

 その友人が、彼女に告げる。

「……うん、家庭の事情で。私も働かないとダメみたい。だからね……」

 友人は、悲痛な表情で涙を浮かべる。彼女もその涙に、この場では頷くしかなかった。

 ウロフカーニャはどちらかといえば内向的で、あまり友人は多くはなかった。その分できた友人とは深く関わる傾向があり、やや依存する質でもあった。そんな中で、ルームメイトだった友人が一番の仲良しで、心を完全に許していたのも彼女だけだったかもしれなかった。そんな友人が彼女の元を離れ、故郷へと帰ってしまった。

 彼女が去ったその日の晩、ウロフカーニャはボロボロと涙を流し。

 そして一人で、中等部へと進学した。


 中等部に進学してからウロフカーニャは、大きく荒れてしまった。

 元々カル=アストロフの一族は、デリシアに対して否定的だ。そんな家庭で生まれたウロフカーニャもまた、デリシアに対して思うところは多い。そうした事から、次第にデリシアに対しての暴言を発するようになり、注目を浴びるようになった。

「デリシアのクソ共は、私達龍族を含め獣人たちを蔑ろにしやがる。王朝共々ぶっ潰してやりてえ!!」

 デリシア王都、西区にある学園の敷地内。そこで彼女は、堂々とデリシア王国、そして王室を批判する。普通であれば不敬罪で捕まり、すでに処刑すらされていたかもしれない。そうならなかったのは、彼女の微妙な立ち位置のおかげでもあっただろう。

 彼女は、人間に敵対しないことを約束した代表氏族の娘だ。互いに不可侵となっているため、おいそれと手を出すことができなかった、それだけだ。それが分かっているのか、彼女も口だけで実際に行動には移していない。そして学園側も、そうした微妙な立場のこともあってか、容易に退学にすることもできず、静観せざるを得なかった。親デリシア派からも、思うところはあっても表だって行動はできなかった。

 そんな、批判の声が昼食の時間帯に時々上がるようになると、初等部でできた数少ない友人たちも、彼女から距離を置くようになってしまった。親からは、デリシア王国を批判するとは何ごとか、そんな危険な思想を持つ子供からは縁を切りなさいと、そのように言われて。巻き添えを心配したためだろう。

 気がつけば、ウロフカーニャは本当に一人になってしまった。だから奇行を繰り返しては注目を浴び、その刹那の喜びを得て、多くの時間を孤独と虚しさを抱えながら過ごす毎日となった。


 ミリア・サンディーは、カル=アストロフ自治州メルセア市出身で、彼女も妹と共に留学生としてデリシア国立学園に在籍していた。

 彼女は中等部に進学したときに、それまでずっと成績優秀で品行方正だったことなどから、風紀委員に勧誘された。このデリシア王国では、人族以外のものが何かしらの役職を得られることはとても難しいことだ。なにせ、龍族をはじめとした獣人全般を排斥するような思考が強く、学園でもそうした考えを持つ生徒も多いためだ。唯一認められているのが、人龍族だけなのだ。だからこそ、ミリアが風紀委員に勧誘されたこと自体、時代が変わりつつあることの象徴とも謳われたほどだ。

 ミリアが三年生に進学した頃、中等部新一年生に問題児が現れたという話が持ち上がっていた。それがウロフカーニャであることはすぐに解ったのだが、彼女の立場がいろいろとデリケートなものなので、風紀委員長は学園側の指示の下、ウロフカーニャの監視と更生をミリアに任せてみることにした。ミリアが、同郷の龍族だから。そんな単純な理由で。

 ミリアにとって、これはチャンスだと考えた。

 カル=アストロフ家は、カル=アストロフ自治州州長家であり、同時にカル=アストロフ市・州都の市長家でもある。そしてウロフカーニャは、その家系の一人娘だ。

 ミリア・サンディーはその東隣、同自治区所属であるメルセア市の市長家の娘であり、親世代では政治的な繋がりがある。ただしそれ以上の仲でもなく、会談は設けても家族同士の付き合いはなかった。そのため、名前は知っていてもまだ会ったことがない。

 古い時代は、サンディー家は龍族の王族であり、分家がカル=アストロフだった。しかし王家を廃した今では、長い歴史の中で政治的立場も逆転した。数世代前はそれを良しとしていなかったこともあって、そこから関係が冷えてしまったらしい。そこからの関係性はある程度回復しているが、知人止まりだ。

 その娘同士、何かしらのパイプを作り出して関係を持つのは、サンディー家としても望むところだろう。ミリアは、そうした政治的繋がりも視野に入れ、彼女の監視について承諾したといっても良い。


「こんにちは」

「……」

 学園の敷地内には、ちょっとした公園がある。その場所には、古い時代にエルフの郷があったのだが、魔獣に襲撃されるなどして滅んでしまったらしい。その後石碑が建てられたものの、そのまま忘れ去られていた場所だ。それから時代が過ぎて、デリシア王都が大きくなり、この場所に学園を建てる段階になってからこの場所が発見された。この学園を建てた貴族はこの場所を保存することを決め、学園内の公園として整備された。そして今現在、生徒たちからはエルフ庭園と呼ばれ、憩いの場所として利用されている。

 三大英雄が一人サティー・ヴィリアスの出身地であることが判明したのはその後の時代で、それからは観光客も尋ねてくるようになった。

 そんな一角、ウロフカーニャはベンチに座り、小さな菓子パンをかじる。その姿は小動物のようで、普段あれほど荒れているような人物には到底思えなかった。

「こんにちは」

 ミリアは、そんな彼女にもう一度声をかける。ウロフカーニャは、胡乱げな表情でミリアを見上げ、しかしすぐにパンに視線を戻した。

「あなたがウロフカーニャさんですね?」

「……」

 彼女は無言でパンを食べ続ける。小さなパンを、ゆっくり味わうように。

「……おいしいですか?」

 話しかけるミリアに、ウロフカーニャは再び視線だけを向ける。

「足りないなら、こちらにもう一つありますよ?」

「……!」

 キラリと、ウロフカーニャは目を光らせた。

 ミリアは、彼女に接触する前に、ある程度の事を調べている。中等部に進学した際、一番仲良しだったルームメイトが卒業してしまったため一人でいること、他にどんな食生活を送っているか、などだ。

 彼女は、特に外に出て食べるということはせず、このパンだけを食べ続けている。元ルームメイトがこのパンが好きで、二人でよく食べていたらしいのだ。それを知るだけでも、彼女はかなり依存していたのだろう。彼女の奇行は、ルームメイトがいなくなった寂しさを紛らわすためのものであることは、軽く調べただけで分かったことだ。

 そんな心の隙間に侵入して懐柔すれば、大人しくなるのではとミリアは考えている。

 そう、この時のミリアは、彼女を大人しくさせるためだけに、近づいていたのである。

「……今食べてる分だけで、いい。それは貴方が食べて」

「そう?」

 ウロフカーニャは食べるのを中断し、顔を上げて頷く。黒い髪はくせ毛なのか少し跳ねている。目は茶色。ミリアも同じ黒龍だが、髪は綺麗なストレートだ。

「……食べないの?」

「あ、えっと……」

 ウロフカーニャは、何かを期待した目でミリアを見つめる。その期待の目に、ミリアはもう一度パンを差し出そうとするが、途端にしかめっ面になって、あなたが食べて、と話す。

 よく分からないな、とミリアはそのパンを口にしたとき、ウロフカーニャも自分のパンにかじりついた。

「……一緒に食べたいの?」

 ウロフカーニャはパンをかじったまま動きを止め、少ししてから小さく頷いた。

 それから二人は、無言でパンをかじる。

 ウロフカーニャの食べるペースは遅い。その小さなパンで、できるだけ長い時間かけてミリアと共に過ごす時間を捻出するかのように。

 結局、ミリアが先に食べ終わってしまった。それからほんの少しだけ遅れて、ウロフカーニャも食べ終わる。すると、彼女は少し寂しそうな表情で、空になった紙袋を見つめる。そんな様子の彼女に、ミリアは声をかけた。

「明日もご一緒しましょ?」

 すると、ウロフカーニャは期待の眼差しで、ミリアに勢いよく振り向いていた。

「いいの?」

 ミリアは、この時は首を振らず頷きもせず、曖昧な返事をする。

「……ええ」

「……うんっ」

 彼女の満面の笑みに、ミリアは後ろめたさを感じた。


 約束は約束だと、ミリアは翌日も同じ場所に、同じパンを購入して現れた。

 ウロフカーニャは先にベンチに座っており、ミリアが登場したことで破顔していた。そのとても嬉しそうな表情に、ミリアは心がズキリと痛む。彼女の弱いところにつけ込んで、大人しくさせようとしている自分の計画が、心ない大人と同じだな、と。

 ミリアは、彼女のすぐ近くに座る。距離はまだ二人分のスペースを空けて。ミリアが早速パンを取り出すと、彼女もパンを紙袋から取り出す。まだ一カ所も囓ってはおらず、ミリアが来ることを待っていたことが窺えた。

「いただきます」

「いただきますっ」

 ミリアは静かに、ウロフカーニャはどこかはずんだ様子でそう言って、パンにかじりついた。その様子はとても嬉しそうだった。そして目が合うと、本当に嬉しそうに微笑む。これまで荒んでいたのがまるで嘘のように。

 それからもミリアは、昼食は彼女のそばでするようになった。

 学園が休みの日も、ウロフカーニャは同じ時間、同じ場所でミリアを待っていた。どこかに出かける様子もなく、ただミリアを待っている様子だった。もしかしてと思ったミリアが尋ねてきて、正解だったようだ。

「学園が休みの時は、来なかったかもしれませんよ?」

「でも、来てくれた」

「……まあ、もしかしてと思いましたから」

 ミリアは、溜息交じりに話せば、ウロフカーニャは少し謝罪がまじったような笑みを浮かべる。

「今日は学園はお休みです」

「うん、しってます」

「なのでパンは買えません」

「……うん、しってます」

 いつもパンを売っている購買は、この日は休みである。ベンチに座っているウロフカーニャも、いつもの紙袋を持っておらず、どこか所在なさげに指をもじもじとさせている。

「なので、どこかに食べに行きましょう」

 ミリアは、この時ばかりは打算も何もなく、ただ彼女をどこかに誘いたいと、思ってしまった。 

「……!」

 ウロフカーニャは、どこか期待するような、嬉しそうな目でミリアを見返す。

 その表情はミリアの心をくすぐる。

「行きたい場所とかありますか?」

 ぷるぷる、とウロフカーニャは首を振る。

「お店とか分からないから、案内してほしい、です」

「ん、わかりました」

 ミリアは、王都内の店をいろいろと考える。彼女と行くならどんな店が良いだろうかと。

 どちらかといえば、ミリアはたくさん食べる方で、そうした店の方が多く知っている。しかしウロフカーニャがどこまで食べられるかは、分からない。

 昼食はともかく、朝と夕は寮の食事だ。しかしその日の心境で、ほとんど食べなかったり完食したりと、大きな変動があることは承知している。このことからも、かなり情緒不安定なことが窺えた。最近は安定して完食しているようだが、その切っ掛けはやはりミリアと出会ったことで、心が安定したからではないかと考えている。彼女にとって良い刺激となっているのであれば、それはそれで嬉しかった。

 いろいろなことを考えながら、ミリアは結局行きつけの喫茶店を案内した。

「いらっしゃいませ。奥のテーブルにどうぞ」

 ミリアは慣れているが、ウロフカーニャは珍しそうに店内のあちこちに視線を巡らせる。そんな様子の彼女を、ミリアは手招きして正面に座らせた。

「ご注文が決まりましたら、お呼びください」

 ウェイトレスがメニューを置いて、ミリアはそれに目を通す。種類は少ないが、イラスト付きでどんなものかが分かりやすいように工夫されていた。

「ウロフカーニャはなにが食べたいですか?」

「……私は、よく分からない、です。ミリアが決めてください。こういった店は初めてで、勝手が分かりません」

 尻すぼみに、ウロフカーニャはそう話す。こうして長い台詞を話したのは、何気に初めてかもしれない。だから彼女が、鈴が鳴るような綺麗な声色をしていることに、ミリアは初めて気づいたのだ。

 もっと話をしたいと、ミリアは純粋にそう思えた。

「じゃあ、全部食べたことがある私にお任せください。こちらはですね……」

 ミリアは、一つ一つ軽く説明する。ウロフカーニャもいろいろと興味を持ったようだが、結局自分では決められなかった。

 最終的に注文したのは、この喫茶店オリジナルブレンドの紅茶と、パンケーキのセットだ。ウロフカーニャは、結局ミリアと同じものが食べたいと、そう話して決めた。

 量的にはそこまで多くはないが、いつも学園のエルフ庭園で食べるパンと比べて倍以上の量がある。ミリアにとってはそれでも少ない方だが、ウロフカーニャは、最初こそおいしそうにしていたものの、半分を超えたあたりから少し苦しそうにしていた。やはりいつものパン一個が、彼女の丁度良い量なのかもしれない。

「苦しいなら残しても大丈夫ですよ?」

「い、いえ。せっかく誘ってくれたのに残してしまうのは忍びない、です」

 と、彼女は苦しそうにしながらも、そう話した。

 最終的には、何とか完食して見せた。

「……お腹、いっぱいです」

 そして幸せそうに、ウロフカーニャは息を吐く。

 ミリアは、こんな表情の彼女を、いつまでも見ていたいと、そう感じるようになった。


 それからミリアは、毎日ウロフカーニャと食事を共にするようになった。いつしかミリアの行動も、風紀委員の思惑やその他の打算めいたものを考えず、ただ純粋にウロフカーニャの笑顔を引き出してあげたいと、そう考えるようになった。

 そんな日々が一週間ほど過ぎた、ある日の午後。

 風紀委員の定例会議で、ウロフカーニャについて報告が上がった。

「ミリアさんのおかげで、彼女の奇行が行われなくなりました。引き続き、彼女の監視をお願いします」

 何気ない報告だ。

 ウロフカーニャの奇行が収まっていることは、風紀委員としては良い報告だ。そのためにミリアは彼女と接触させられたのである。だが、その言葉に対し、ミリアは心がとてもざわついた。

 ―――監視している? ……違う!

 心の中で、ミリアは思わずそう叫んでいた。呟くなんて、そんな生やさしいものではなかった。それで、彼女に対してどう考えているのか、明確に気付くことができた。

「そうですね、引き続き……」

 答えかけて、しかしミリアは首を振った。

「いえ、今後も彼女を見守っていきましょう」

 言葉としては、立場が違えば監視を続けると理解されるだろう。この場ではそれでいい。自分の心がどう考えているか、それで十分だとミリアは考えた。

 そして翌日。

 いつものパンを買って、いつもの場所で、いつものベンチに腰掛ける。その距離は、手を伸ばせば届く距離になっていた。

 ウロフカーニャは、ミリアと出会ってからは真面目に授業を受けていることなどを、短い昼食時間に話す。彼女から学園生活について触れるのは、これが初めてのことでもある。そして、彼女が荒れてから疎遠になっていた、初等部時代からの同級生も声をかけてくれるようになった事を、彼女はとても嬉しそうに報告してくれた。

 その笑顔は、ミリアだけに向けて。彼女に全幅の信頼を寄せてのものだ。

「良かったね、ウーニャ」

「……え?」

 ミリアからの呼び名、そして少し砕けた口調に、ウロフカーニャは目を丸くした。

「あ、えっと。駄目、かな……?」

 それは、ドゥルガー帝国様式の愛称だ。ウロフカーニャは、名字も含めて帝国様式の名前である。ウーニャは、ただ名前を縮めたものではなく、最初の「ウー」に、標準言語では「ちゃん」の意味がある「ニャ」「チカ」「シャ」などを付けるのだ。なので、うーちゃん、と呼んでいるのと変わらない。そしてこれは親しみを込めてものである。多くは友達になったことで、そう呼び名を変えるのだ。

「ウーニャとは、友達だと思ってるから」

「……っ!」

 その言葉に、ウロフカーニャはビクッと大きく身体を震わせる。そして小声で。

「……友達」

 そう噛みしめるように呟き。

 そして顔をしかめ、ボロボロと涙を流し始めた。嗚咽は止まらず、ウロフカーニャは顔を手で覆う。しかし指の間から涙はどんどんあふれ、それが腕を伝って地面へと落ちていった。

「だめ、だった?」

 ふるふる、とウロフカーニャは首を振る。

 ウロフカーニャにとって、どれだけ嘱望したか分からない言葉だ。それが今、ミリアから呼ばれたことで、彼女は感極まってしまったのである。

 そんなことない、と彼女は言葉にしようとする。が、嗚咽が酷く、言葉にならない。代わりにその気持ちを態度で示す。がばっと、ミリアの胸元に飛び込み、ぎゅっと抱きしめた。

 ミリアは一瞬驚くも、そんなウロフカーニャの頭を撫でてあげた。

 そうしながら、ミリアは彼女を守っていきたいと、心に決めるのだった。


 こうして、ミリアとウロフカーニャは、無二の親友となった。


 それから月日は巡る。

 ミリアが中等部四年生になり、ウロフカーニャも二年生となろうとする頃合い。

 この頃にはウロフカーニャもすっかり大人しくなっていた。

 彼女のことをウーニャと呼ぶようになってから、彼女もミリアのことをミーシャと愛称で呼ぶようになった。そんな彼女だが、元々地頭は良かったのか、年度後半以降は優秀な成績を修めるようになっていた。クラスメイトからもいろいろと話しかけれるようになり、うっかり以外で暴言を漏らすことは、もうなくなっていた。逆にそのうっかりが笑いの種になり、皆でそのうっかりを引っ張り出そうと躍起になっているなど、良い傾向でもあった。

 ただ一つだけ問題があるとすれば、ウロフカーニャはミリアにべったりになってしまったことだろう。どこに行くにしても、いつでも一緒だ。流石に学年が違うし寮の部屋も違うので四六時中、というわけではないが、それ以外の時間では大体一緒だ。

 特に最近では、ミリアを見上げる視線に熱いものが混じっており、そちらの面でいろいろヤバい発言が増えている。例えば先日一緒に買い物したおそろいの下着を身につけている、寮の部屋は一人だから一緒に一夜を過ごしてほしいと「Yesまくら」なんて代物を抱きしめながら、などだ。明らかにミリアをそちらの面で誘っているのだ。若干一二歳のくせにどこでそんな知識を得た、という勢いだ。それはさすがにまずかろうと、ミリアはいろいろ頭を悩ませている。

 すっかり依存されてしまったミリアは、このままでは昨年の二の轍を踏むことになると、心配している。

 彼女が荒れてしまったのは、唯一の友人だったルームメイトが、中等部には進学せず彼女の元から去ってしまったことに起因していた。その寂しさを紛らわすため、あのような奇行に走ったのだ。

 来年、今度はミリアが卒業を迎える。中等部までは在籍したが、留学生としてこの学園に在籍するのはそこまでで、来年はメルセアに帰ることになっている。なので、その後が本当に心配なのだ。

 なので、一つ策を練ることにした。

 それでミリアは、ウロフカーニャともう一人を自室に招いたのだが。

「ねえお姉ちゃん、こいつ誰?」

「こいつとは失礼ですね、貴様こそどこの女狐ですかっ!?」

 そしてミリアの目の前で、初対面でいきなり口げんかする二人がいる。彼女の一言目も大概だが、売り言葉に買い言葉でウロフカーニャもいきなり暴言をかました。

 片方はウロフカーニャ、もう片方はミリアの実妹レアだ。レアは三つほど年が離れており、ウロフカーニャからしても一つ下だ。

「め、女狐っ!?」

「私のミーシャに色目使いやがりまして、それのどこが女狐じゃないって抜かしますか?」

「お、お姉ちゃんに色目だとか言ってることおかしいでしょっ!? そういうアンタこそ何なのよっ!? 私の? 言ってることがおかしいでしょ!?」

 出会って三秒痴話げんか。

「くくくっ、私はミーシャと抱き合いましたからっ! 悔しいだろう?」

 そしてウロフカーニャが煽りだす。

「わ、私だって一緒にお風呂入ったことがあるもんっ!!」

 放っておいたらどこまでもヒートアップしそうだったため、ミリアは慌てて止めに入る。

「ちょっと、二人とも大人しくしなさい」

「はいっ、ミーシャ♡」

「はいっ、お姉ちゃんっ♡」

 そしてミリアの一言に、従順さを見せつけあってにらみ合う。息が合うのか合わないのか。しかし、この二人なら何となく友達になれるんじゃないかとミリアは考えた。ついでにハートマークはよせと。

「レアも一人部屋になるし、今度から中等部でしょ。で、ウーニャもずっと一人部屋だから、レアをルームメイトにどうかなーって」

「ミーシャに従います♡」

「お、お姉ちゃんがそう言うなら」

 二人とも即答してしまった。逆にもっと悩めとミリアは考えてしまう勢いだ。あとハートマークはよせと付け加えて。

「本当に二人ともそれでいいの? 無理だと思うなら早めに言ってね?」

「はいっ♡」

「はいっ」

 考えているのかいないのか分からない返答に、ミリアは顔を引きつらせるのだった。そしてハートマークについては諦めた。


 新年度を迎え、ミリアが計画した通り、ウロフカーニャの部屋に入る形でレアがルームメイトとなった。最初こそ、本当に大丈夫かなという心配はあった。ウロフカーニャはミリアに依存しているような感じであるし、レアもお姉ちゃん子だ。しかし蓋を開けてみたら、ふたりはあっという間に仲良くなった。

 ミリアとレアは、正反対とは行かないまでも結構性格は違う。大人しめのミリアに対し、レアは快活だ。そしてウロフカーニャは内向的なくせにやはり負けず嫌いなところがある。以前はその負けず嫌いがおかしな方向に傾いて荒れていたのだが、レアにはその部分が良い方向に刺激されているのだろう。そして気兼ね無く本気をぶつけられる相手を、本当の意味で見つけたのだろう。

 それまでミリアにべったりだったウロフカーニャだが、レアを中心とした友達グループともよく行動するようになった。そのグループ内ではウロフカーニャが一つ上になるのだが、内向的な彼女の行動は、どこか小動物的なところがある。そうしたところで皆に可愛がられ、そしてうまい具合に暴言を誘導されては弄られている。それでいてレア以外とは喧嘩になることもなく、本当に良い関係を築けているようだった。

 そう、レアとはよく喧嘩をする。ほとんどは口論だが、一度ヒートアップして取っ組み合いにもなった。さすがにミリアは心配になったが、喧嘩直後に二人ともあっけらかんとして手をつないでいたりするので、心配を返せ、と呟いたことすらあった。


 そんな二人の様子にもう大丈夫だな、と思うと同時に、どこか寂しさを感じてしまった。


 ある日、いつもの場所で。

 ウロフカーニャは、出身地となるカル=アストロフ自治州の誕生秘話を皆に語っている。

 カル=アストロフの町は、その名の通りカル=アストロフ氏族、ウロフカーニャの祖先が興した町だ。そんな彼女から語られる話は、デリシア王国の歴史では隠蔽された部分もあることから、皆興味津々で聞いている。

 隠蔽されているのは、制圧しようとした際に六〇〇〇人規模の兵士を送り込んだが、手も足も出なかったという部分だ。それなのに何故カル=アストロフはデリシア王国に収まったかという話は、実に興味深いところだった。

 共生派の龍族は、独自の誓いを立てている。敵対しない人間を傷つけるな、共に生きる道を模索すべき、と。あの時軍を退けることは簡単だった。僅か数人の龍族が先頭に立ち、ブレスを斉射すれば良い。本気の龍族は文字通りの一騎当千、僅か数分の間に殲滅すら可能なほどの戦力が、当時のカル=アストロフにはあったのだ。しかしそれをしてしまえば、第二第三のデリシア軍が派遣され、泥沼の戦争となるだろう。それを止めるならデリシア王国自体を滅ぼすことに繋がる。そうなると関係のない人々すら殺すことになり、誓いを破ることになる。そこまで考えた上で、無血にて降伏し、デリシア王国の一部となった。

 ただ、当時のカル=アストロフの代表者は釘を刺す。龍族に対し一つでも酷いことをした場合、共生派とて黙っていられないし、人類敵対派にとっては格好の攻撃材料となることをゆめゆめ忘れるな、と警告という名の脅迫をして、完全な自治権を得たのだ。

 話を聞いた生徒たちは、息をのみ、その話を噛みしめている。

「そうした経緯があり、私ら龍族とクソ蛆デリシア王家は、協定こそ結びましたが今でも相容れぬ存在なんです。龍族全体の共通見解として、この王家にだけは龍族の血を混じらしてはならないと、古くからそう厳命されてたりするんですよ」

 言われてみれば、と誰かが気付く。

「ガドネア大陸の王国は三つだけど、全部龍族の人が嫁いだって歴史ありますよね」

「こっちの大陸も、確か帝国もだよな、だけどこの国は確かに、そんな歴史はないけど、……そういう理由なのか」

「考えさせられますね」

 話が一段落したところで、ウロフカーニャはエルフ庭園の石碑を見る。そこからミリアが皆を見守っていた。

「まあ、正直私自身はこの国の王家がどんな人物かは知りませんが、できればこれ以上関係が拗れるような時代にはなってほしくないと、そう思うです」

 ウロフカーニャはベンチから立ち上がり、ミリアがいる方向へ足を向ける。

「少なくとも、皆さんのような友人ができました。その友人たちを悲しませたくはないですからね」

 彼女はうっすらと笑う。

 ウロフカーニャは、将来カル=アストロフ自治州を背負う立場にある。その笑みの中に、早くもその鱗片が見えたかのように、友人たちは息をのんだ。そして歩いてくウロフカーニャに、羨望の眼差しを向けて。

「ミーシャ~~♡」

 と甘えた声でミリアに抱きついたことで、盛大にすっ転ぶのだった。


 それから時は過ぎる。

 ミリアが卒業を迎えた。その式典に、ウロフカーニャと、妹のレア以下友人たちが参列していた。

「みいあ~~~っ」

 ぐずるように、ウロフカーニャがミリアに抱きつき、涙する。

「ほら、もう友達が沢山いるんだから泣かないの」

「だ、だって~~」

 本当に子供のよう、いや、年齢的には子供か、とミリアは小さく微笑む。彼女だって、ここまで仲が良くなった友人と離ればなれになるのは、やはり悲しい。しかしそれ以上にボロボロと涙を流すウロフカーニャの前だからこそ、しゃんとできている。

 支えてあげたいなんて考えたのは、もうずいぶん昔のことにように感じた。それから無二の親友となり、いつの間にか自分も支えられていたのかな、とミリアは考える。

「もうっ、お姉ちゃんから離れなさい!」

 そんなウロフカーニャを、レアが無理に引き剥がす。

「うわああああんっ」

 そんな騒ぎなので、卒業生や、見送りに来ていた在学生たちからは注目を浴びている。

「わ、私達だって友達なんだからねっ!? 何かあったら私達を頼りなさいよっ!」

「ぐすっ……うう」

 レアが顔を赤くしながら、ウロフカーニャに力強く話して頷く。

「ほら、ウーニャ」

「……うん」

 背中を押されたウロフカーニャは、しずしずとレアたちの元に戻り、そしてレアがぎゅっと彼女を抱きしめた。

 そんなレアとウロフカーニャを見ながら、ミリアは感慨にふける。

 レアは、いつもミリアの後を付いてきてはべったりと甘えるお姉ちゃん子だった。

 自分が留学の運びとなったときは泣きつかれたな、と思い返す。そしてそれが、全部今のウロフカーニャに重なるな、なんて考えてしまった。

 そんなレアだが、中等部に進学してウロフカーニャと出会ってからは、大きく変わった。

 いつの間にか姉から独立し、一つ年上だが手のかかるウロフカーニャを妹みたく扱い、仲良くなった。時に笑い合い、時に語らい合い、時に喧嘩し。そしてすぐ仲直りして。いつしか大切な友人同士になった。

 そして身長も伸びた。二人を引き合わせた当時はほぼ同じ背丈だったのだが、今はレアが頭一つ分大きくなった。ついでに胸も。プロポーションがとても良くなり、上級生下級生、そして男女関係なく注目を浴びるようになり、幾度となく告白を受けては断った、という話もある。

 姉冥利に尽きるが、しかし自分の所には一切そうした浮いた話がなかったことはホント大概だなと感じると同時に、少しだけ嫉妬してしまう姉だった。

 そしてはたと気付き、焦りが生じる。

 このままウロフカーニャが取られてしまうんじゃないかと。一瞬手を伸ばしかけ、苦笑する。自分も大概だな、と。認めよう、自分はいつの頃からか、ウーニャのことが大好きになっていたと。

 その手を下げ、ミリアは皆を優しい目で見守る。その目に気付き、レアが見返してきた。

 大好きな親友をよろしく、とミリアはレアに目で語り、レアも軽く頷いた。


 そして時は巡り。

 一五歳となったウロフカーニャは、無事卒業式を迎えた。そんな彼女の卒業を祝うため、ミリアは学園を訪れていた。式が始まる直前、ミリアは来賓席へと入り、壇上を見上げる。そこには、緊張した面持ちの親友が立っていた。

 ウロフカーニャは、あれからもずっと頑張りつづけ、なんと首席での卒業となったそうだ。そのため卒業生代表にも選ばれ、こうして答辞を述べている。

 およそ四年前、荒れていた彼女を何とかしろと言われて、彼女に近づいた。そして彼女の心に触れ、守ってあげたいと思った。そして心を通わせ、親友となった。それから妹にも引き合わせ、その妹ともあっという間に仲良くなって、本当に賑やかで楽しい二年間だったと、ミリアは思い返す。

 そんな彼女も、こうして卒業だ。

「本当に、よくやったわね……」

 ミリアは、ハンカチを目尻に当てる。

 本当に、感無量だった。

 送辞は、妹だった。レアも、ウロフカーニャに振り回され、振り回し、本当に仲が良くなった。そしてウロフカーニャに刺激されてか、彼女もよく勉強するようになり、首席とまでは行かなくともかなりの優秀な成績を修めていると聞いている。だからこうして、複数人から選ばれる送辞を任されるに至った。

 二人は個人的な繋がりが多く、そんな送辞と答辞を繰り返し、周りから笑い声が上がる。それでも最後は、お互いに感謝の言葉を述べて締めくくり、拍手の嵐に包まれた。


 式が終わり、卒業生が講堂から歩み出てきた。

 ウロフカーニャの両親が迎えに行き、よくやったね、と褒めている。ミリアは妹と合流し、彼女の元へと歩み寄った。

 ウロフカーニャは親子で嬉しそうにしていたが、ミリアの顔を見るなり。

「……ぐす。うぇぇええん、……みいあ~~~~っ」

 人目憚らず、ボロボロと涙を流し始め、そしてミリアの胸に飛び込んだ。

「わだじっ、わだじっ、ぐずぅ、そ、卒業、できたよ~~っ」

 涙やら鼻水やらで色々台無しだが、彼女は本当に嬉しそうに、笑顔だった。

「うん、よく頑張った」

 ミリアもウロフカーニャを抱きしめ、その頭を撫でる。それでウロフカーニャはまた大声で泣いてしまうが、今は好きなだけ泣いてしまえば良いと、ミリアも、両親たちもそう思いながら。

「じゃあ、私達の故郷へ帰りましょう」

「……うんっ」

 ミリアの呼びかけに、ウロフカーニャは勢いよく頷く。証書筒を振り上げ、涙の滴を飛ばし。とびっきりの笑顔で。


 そして、彼女は、彼女たちは故郷へと足を向ける。


 この数ヶ月後、あのような過酷の道に進むとは、この時は誰も予想だにしなかった。

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