第四章~合流~
ガドネア歴 九七五年 四月 二八日 マリア・ファルアスタシア
カンターリエンキェを出発した私たちは、デニアス王都を目指してます。アーサーも回復はしているけれど、余り芳しくない感じ。ホントならもっと長い間休憩しておかないと駄目なんだけど、まあ冒険者ってのは時として無理をしなくちゃ駄目、とかそんなことを言ってしまう生き物だから。
サーシャは昨日話を聞いたけど、ウーニャも医者を目指していたそうだ。ただ、彼女の場合はいろいろな問題を抱えてしまったため、その夢は叶えられそうにない、と笑っていたのだけど、その笑みがちょっと苦しかった。
ふと思ったことがあるの。
ファーネルの回復魔法。あれは特別な魔法。普通の回復魔法は、時間が経ってしまうと、傷に対してほとんど効果がなくなってしまうのだけど、彼の魔法は根本的に身体の不具合をなくせるもの。だから、少しだけ期待しているの。
もう一つ。これはミリアに謝っておく。
昨夜、角笛の念話で、ウーニャが自分たちのことは黙ってて欲しいっていわれたの。顔を合わせたときにビックリさせたいって。そういうのは良くないよ、と話したのだけど、ウーニャは悪戯っぽく笑うだけで。
……ごめんね? 実はどうなるか分かってる。そうはうまく運ばないのよね。
第四章~合流~
町を出ればもう草原だった。遠くの森は秋らしく色づいてた。
「アーサー、平気?」
「ん、ああ、まあまあかな」
揺れる馬車の中、アーサーはマリアに答える。本調子ではないが、普通に動けるし、ある程度の戦闘も可能ではあると付け加えた。
「二人はどう? 長旅で疲れてない?」
「いや、まだ二日目だし、大丈夫だよ」
「私も、大丈夫、でふ」
アレクサンドルも、ウロフカーニャも疲れているという表情はなかった。
「逆に、わくわくしていますね」
「そうだね、私も、わくわく、していまふ」
彼はともかく、彼女はミリアをビックリさせようと、会えたことを黙っていて欲しいと言っているのだ。こんな状態ではあっても押しがかなり強い。元気なときは、どんな風だったのか。色々興味は尽きない。
ウロフカーニャは、精霊が使えることを二人にも話した。それ故、いざ戦いとなったときでも精霊を使用しての攻撃、防御、回復、支援、なんでもこなせるというのだ。彼女は自分で身を守れるよ、というアピールである。但し現状では、戦場で棒立ちとなってしまうため、馬車の車内など発見されにくい場所からの支援に限定されてしまうが。
そんなことを話していると、馬車が急制動した。おそらくは魔獣などの襲撃だ。馬車に乗り込んでいた警備の冒険者が俄に立ち上がり、窓から外を覗く。乗客たちにも緊迫感が伝わり、静まりかえっていた。
「……得体のしえないまじゅーに、囲まれてまふね」
ウロフカーニャは窓の外を見ながら、龍族がもつ本能的な索敵能力で、正確な位置を指し示した。
「解るの?」
「場所だけは。正体まではさすがに解あないでふ」
マリアも、先日組み立てた索敵魔法を展開する。ウロフカーニャが指さしたその場所から、確かに魔獣、または魔物に取り囲まれていることが解った。まだマリアはこの魔法を使い出して日が浅く、その反応からどんな相手までかは同定できない。
「……昨夜、ミリア達が遭遇したと話していたが、マンイーターかもしれないな。この時期から数ヶ月は繁殖期だ」
首をかしげるほか三人。砂漠には出てこない魔物だから、砂漠生まれの二人には馴染みがないだろう。そしてウロフカーニャも比較的涼しい地方生まれらしいから、暖かい地方にしか生息しないマンイーターの話も聞かないかもしれない。アーサーはマンイーターがどんなものなのかをかいつまんで説明した。
そんな話をしていたら、先ほどの冒険者が彼らの元を訪れた。
「君たちは冒険者か? 戦えるんなら手伝って貰えないか?」
言われ、マリアが立ち上がる。
「私が手伝うわ。二人は護衛対象だから一人残すけど問題無い?」
マリアは、即座に嘘をつく。アーサーが病み上がりで動けないのではなく、護衛対象から離れられないということにして、戦線に参加しないとしたのだ。
「ああ、それで構わない。一人でも多い方が良いからね。すまない、この娘を借りていく」
冒険者達が先に馬車を降りていき、マリアが振り返って手を振る。アーサーも手を振り返し、見送った。
「……大丈夫かな?」
「ああ、マリアの実力は本物だ。多分、このガドネアでも最強の部類だ」
「……そんなにですか? 彼女さんだかあといって買いかぶいすぎでは?」
くすぐったいことを言うウロフカーニャだが、アーサーは一言。
「ま、大丈夫だ」
キャラバンの先頭部分では、既にマンイーターの群れとの戦闘が始まっていた。数で圧倒するマンイーターだが、しかし先頭に乗り込んでいた冒険者はベテランばかりだ。一人でもかなりの実力者であり、それが複数で陣形をはっている。易々とマンイーターを通すことはない。
加えて、彼らは事前に、酸に強い武具を取りそろえていた。
北部街道のキャラバンがマンイーターの群れに囲まれたのは昨日の話だが、人龍便などの伝達により、情報がカンターリエンキェに伝わっていたのだ。出発までの短い時間だったが、何とか準備を間に合わせたのだろう。
ただ、その情報は、早朝冒険者協会に立ち寄っていないと分からないものだった。
彼らは出立前には必ず冒険者協会により、真新しい情報がないか尋ねる習慣が付いていたからこそ、知り得ることができたのだ。
鉄製の武器を構える者たちは、自分らの武具が壊れることを覚悟して、立ち向かうほかなかった。
ウロフカーニャが窓の外を見ながら、息をのむ。
「動きまいた。来まふ!」
そして彼女の声から一呼吸おいたタイミングで、巨大な食虫植物が茂みから飛び出してきた。その直後、その背後にマリアの姿が現れ、消える。するとマンイーターは背中側から大量の酸液を吹き出しながら地面へと倒れていき、自らの酸に溶かされ、のたうち回る。一方マリアは、既に別のマンイーターの背後をとり、同じように支柱となる茎と坩堝を真横に切断、酸が飛び散る寸前には姿をかき消していた。
空間転移を駆使して返り血ならぬ返り酸液を全く浴びず、次々とマンイーターを地面に潰していく様は、まさに圧巻だった。車列の右側のマンイーターを僅か十数秒で駆逐すると、たんっと馬車を飛び越え、左側へ。そして、マリアによる蹂躙が始まった。
数体を葬り、一瞬だけ索敵魔法を展開する。近場にいる大半のマンイーターは、これで駆逐が完了したようであるが、遠巻きに見ている反応もあった。これらは明らかにマンイーターの反応とは異質で、別の魔獣だと解る。だが、近寄ろうとはしていない様子だった。
マリアは知らないが、マンイーターは何でも食らう。命名の理由となった人間はもちろん、周辺に住まう魔獣もだ。周りにいるのが魔獣であれば、マンイーターを恐れ見ているだけだろうか。それともマンイーターをあっという間に駆逐するマリアを、更に驚異度の高い相手だと考えているか。その辺りも定かではないが、様子見で動かないのは、今は助かっていた。
案の定、その反応は馬車から遠ざかっていき、やがてマリアの索敵範囲から離脱していった。
先頭側でも、戦いは終盤を迎えていた。酸に耐性のある武具を着込み、魔法の支援もあれば、高速で突き込んでくる蔦さえ気を付ければ、それ以外に脅威となるものはない。
一体一体を確実に潰していき、数を減らしていく。そして最後の一体が叩き潰され、ようやく戦いが終わった。
さすがに負傷者は出てしまったが、ほとんどが軽傷だ。軽く回復魔法で治療すれば問題はない。
取り急ぎ皆は馬車に戻り、キャラバンは出発した。
この戦いで、マリアの戦い方を見ていた、或いは分析していた冒険者は多い。ファルアスタシアの剣技はどちらかといえばマイナーである事、ジャマダハルという武器自体が珍しいことも重なって、休憩時間の度に囲まれることとなってしまった。
夕刻過ぎ。途中から速度を上げたキャラバンは、何とか定刻を僅かに過ぎた時間に、デニアス王都の門を潜ることができた。
町に入れば事故防止のため速度がぐっと遅くなる。あらかじめ行き先が決まっているような人たちは、終点に到達する前に馬車から飛び降りていく。
そして終点、デニアス馬車便総合発着場に至る。ここからはデニアス王都の各方面に駅馬車も出ている。ここで乗り換えて行く客も多いが、アーサー達四人は、まずここでひと休憩を取ることにした。
発着場に隣接する休憩所、その売店で適当に軽食を購入し、テーブルを囲む。
「……さて、デニアスにようやく到着した訳なんだが」
「遠かったね……」
ガドネアの端から端までという長旅は初めてのマリアは、昼前の戦闘も相まって、疲れたという表情だった。
「まだ冒険者協会にも顔を出さないと駄目だし、後宿の確保も必要か。タイミングを合わせてファーネルが部屋を確保してくれていると助かるんだが……」
「でも、二人が来ていることを向こうは知らないんだよね。私たちの部屋を確保してくれていたとしても、別に部屋を確保する必要があるし」
色々と考えることはあるが、ここで悩んでいてもしょうがないと、マリアはすぐに考えを切り替えた。
「ま。まずは協会よね」
デニアス王都はそれなりに広い。そのため地区ごとに冒険者協会があり、地区ごとの依頼を分散させている。ここから近いのは中央区の協会だが、海を見たことがないアレクサンドルのために、港湾区の冒険者協会を目指すことになっていた。移動は乗合馬車を利用するし、その馬車発着場は目の前なので、負担は少ないはずだが、アーサーは二人に確認してみた。
「ああ。馬車はここから歩いてすぐだけど、ウーニャは大丈夫だろうか?」
「うーん、大丈夫、かな?」
自信なさげに苦笑する。
「まあ、その時はサーシャを頼りまふ」
「まあ、任せて」
善は急げとばかりに、ウロフカーニャは松葉杖を頼りに、席を立つ。皆も軽食のゴミをかき集め、ゴミ箱に捨ててから移動を開始した。
港湾区に到着し、馬車を降りる。
日が暮れた王都は、急激に冷えてきた。冷たい風が吹き抜け、マリアがぶるっと震える。そのままアーサーにピタッと引っ付き、照れ笑いの笑みを彼に向けた。その頭を軽く撫でながら、二人はウロフカーニャとアレクサンドルの前を歩く。
その先の風景、王都の明かりは視界の半ばで途切れる。日が出ている時間であれば、あの真っ黒な空間は真っ青な海の筈だ。冷たい風は海からのものだろう。
「……見せつけてくれますね」
と、小声で彼女が呟く。
「ね、サーシャ。私たちも」
言いながら、ウロフカーニャがアレクサンドルに身を寄せてきた。彼は仕方ない、という表情で松葉杖を受け取り、その代わりに腕を支える。
そんな感じで二組は、冒険者協会へと向かうのだった。
そして。
からんからんっと、冒険者協会のドアベルが鳴り響いた。馬車便警護の冒険者が報告を行っているため、屋内はかなり賑やかだった。順番に報酬を受け取り、一人、また一人とドアベルを鳴らして外へと出て行く。
そんな中、彼らの流れに逆らうように、四人の訪問者が協会を訪れた。四人はこの喧噪の中、誰にも注目されることなく、奥の談話スペースへと向かう。
「まだ、早かったかな?」
「かも。まあ、ちゃんと時間を合わせての待ち合わせでもないしね、それに地区ごとに協会事務所があるから、どの協会にいるかを知らせなくちゃならんか。マリア頼む」
マリアは角笛を取り出し、魔力を込める。すると、すぐに彼女からの反応があった。
『ミリアです』
「今到着したとこ。港湾地区の冒険者協会にいるよ」
『港湾地区ですか? 解りました。しばらく時間がかかると思います。そのまま待っていてくださいね』
それだけの会話で、念話を終わらせる。
「ちょっとだけ時間がかかるけど、来てくれるって」
「解った」
「……いよいよ、だね」
「そうだね」
やはり、ウロフカーニャは緊張している面持ちだった。
談話スペースからは、玄関がよく見えた。
報酬を受け取った冒険者達は、どんどん協会から出て行き、やがて喧噪も静かになっていった。
それからしばらくして。
「冒険者協会へようこそ。今日はどうされましたか?」
受付嬢が談話スペースにやってきて、アーサーたちに声をかけた。
「ああ、知り合いと待ち合わせをしている。俺たちは中央街道でこちらについたばかりでね。知り合いは昨日北部街道でこちらに到着しているはずなんだ」
受付嬢は頷いて、しばらく無言で皆の顔を順番に巡る。
「どうかしたの?」
マリアの声に、彼女ははっとなり慌てて答えた。
「ああいえ、ちょっと気になることがありまして。……幾つか質問させて貰ってもよろしいですか?」
「まあ、俺たちで答えられる範囲なら」
「では」
最初は、冒険者かどうかの質問だった。アーサーとマリアは冒険者であることを話して、馬車便の護衛に参加していたかと問われる。
「いや、俺がちょっと病み上がりで、今回は辞退させて貰った」
「私だけ受けるのもどうかなと思って、今回は私もパスしたわ。後この二人は冒険者ではないから、その護衛もしている感じ。特に依頼とかじゃないけどね」
「なるほど、解りました。いえ、ちっとも報告に来ていただけないので、どうしたものかと思いまして」
ふむ、と受付嬢は顎に手を添えて、少しだけ考える仕草をする。
「差し支えなければ、冒険者登録証を見せて貰っても構いませんか?」
「ああ、少し待ってくれ」
アーサーは懐をあさり、一枚のカードを取り出す。それをそのまま受付に手渡した。
「……なるほど、アーサー・スナーさん、マリア・ファルアスタシアさんですね」
すぐにカードを返却し、アーサーに顔を向ける。
「折り入って相談なのですが、大丈夫でしょうか?」
アーサーは他の三人に大丈夫か、と目で確認する。マリアはすぐに頷く。
「まあ、僕たちは冒険者ではありません。聞かれたくない話であれば、席を移動しますよ」
「そうですね、そうして頂けると助かります」
「じゃ、ウーニャ、奥の席に移動しようか?」
「うん」
先にアレクサンドルが立ち上がり、その手をウロフカーニャが掴んで立ち上がる。松葉杖の音を響かせながら、二人は更に奥の席へと移動していった。
「……話とは?」
「ええ。……あの、マリアさんも冒険者になりたてですよね。危険な話なので、ここはアーサーさんにだけお話ししたいこととなるのですが……」
「大丈夫だ。こいつは俺より強い。頼りになる相棒だ」
「……え?」
受付は二人を交互に見てしまう。アーサーも特に嘘をついている様子でもないし、マリアも慌てる様子はない。おそらく嘘は言っていないものと、受付嬢は無理矢理納得する。
軽く咳払いをして、ようやく本題を切り出した。
「北部街道と、中央街道の間に大きな森があるのは知っていますよね? 先日からマンイーターの繁殖期に入っているので、その討伐に多数の冒険者を派遣しています。……その冒険者の一部が、森の奥でドラゴンを見かけた、という報告がこのほど上がりました」
アーサーとマリアは、互いに顔を見合わせた。
「特徴は?」
「遠目でよく確認は取っていないそうですが、かなりの深手を負っていたそうです。左の翼に、大きな風穴を開けていたほか、右の翼にも剣か何かで斬られたような痕がるとか。ただ、眠っていることから下手には近づかず、そのまま離脱したという話です」
「それ、ウィステいアですね」
「わ……と」
いつの間にか、ウロフカーニャが受付の背後にいた。
「そうなのか?」
「うん。左翼は私のえーザーブレスで焼き払った後ですね。右翼はみいあの侍女の人が入れたものです。間違いありません」
「えっと、あの?」
どかっと、ウロフカーニャはマリアの正面に座る。
「私、当事者です」
そしてウロフカーニャの隣に、アレクサンドルも腰掛けた。結局二人とも元の席に戻ってきたのだ。
「まあ、僕は彼女の付き添いかな。こんな怪我じゃまともに歩くことすらできないからね」
「……むう。未来のダンナ様って言って欲しいな」
「そ、それはちょっと……」
そして唐突に始まる惚気に、受付は最大限の力を込めて咳払いした。こうした事には慣れっこのようである。
「分かりました。お二人も関係者というのでしたら、詳細をお聞かせください。……その、ドラゴンですが、あなたたちとはどの様な関係でしょうか?」
「俺から話そう」
この集まりの代表として、アーサーが口を開く。
アクエイスでのドラゴン騒ぎについては、すでにアーサーたちが報告しており、ある程度の部分はガドネア大陸の冒険者協会全体で共有されている。もちろんこのデニアス王都港湾区支部も同様だ。
ただ、本当に細かい部分、例えばことの始まりや関係者の情報までは伝えていない。
アーサーは、その詳細を改めて話す。
ディトリア・クレール大陸、デリシア王国東端カル=アストロフ自治州メルセア市から、裏切り者と称されるドラゴンが逃げ出した。それを五人のドラゴンが追い、三人が海上にて撃墜され、アクエイスで討ち落とされたのが、ミリアだ。
「もう一人、追いかけていたのが、このウロフカーニャだ」
アーサーは、ウロフカーニャに視線を送って紹介した。
「……っ」
受付嬢は、息をのむ。
「彼女は、私が助けてからつい最近まで、記憶がかなり混乱していたようです。今はその辺りも大分良くはなりましたし……、それもあって、彼女の本名を知れたのは、ほんの三日ほど前です」
「私、頭を負傷したせいで、うまく言葉が出なくて。自己ひょーかいもままならず」
その姿は、松葉杖も相まってとても痛々しかった。龍族の年齢は把握しづらいが、見た目どおりずいぶんと若いはずである。なのにこのような大怪我を負って、と、受付嬢は同情してしまう。
「その裏切り者ですが、ウーニャとは相打ちとなったようで、相当なダメージを負って、どこかへと飛び去ったと聞いています」
「……それが、あのドラゴンである可能性が高い、というわけですね」
受付嬢は、頷く。
「最初の事件から、およそ一月ですか。今まで見つからなかったのは、結界魔法を使っていた可能性は高いでしょう。おそらく、怪我を癒やすためだと考えられます」
受付嬢がそう話して、沈黙が降りる。そんな中。
「……あンのクソトカゲやろ゛う、生きていやがりましたか」
鈴の鳴るような声で、そんな言葉が聞こえた。
え? と皆がその声の主を探した。そこにいるのは、松葉杖を椅子に立てかけている少女しかいない。全員が彼女を瞠目する中、代表してアレクサンドルが、もう一度話してみて、とお願いしてみた。
「え? はい、あのクソトカゲやろ゛う、生きてやがりましたね、と。……サーシャ? あの、何でそんな怖い顔をして?」
それは聞き間違えでは無かった。怪我の所為で話しづらいはずの『ラ行』すら、この時ばかりは巻き舌を添えての聞きやすい発音で。
「いや、……言って良いのかなぁ」
首をかしげるウロフカーニャに、意を決してアレクサンドルが事実を語った。
「前々から思っていたのだけど。……ウーニャってさ、意外と、口、悪いよね?」
あうっと奇妙な声を上げ、ウロフカーニャは口を押さえる。チラリと目線を他の人に移せば、露骨に視線が外され。彼女は顔を真っ赤にして撃沈するのだった。
一応経緯などはこれで話し終わっているので、後は協会側がどの様な対応を取るかである。
受付嬢も一度奥に引き上げ、おそらくは協会支部長と話をしているのだろう。
既にほとんどの冒険者は辞しており、関係者が数人が作業をしているぐらいで静かなものだった。そんなとき、ドアベルが鳴り、扉が開かれた。
思わずアーサーが顔を上げれば、入ってきた人物の顔が見えた。見知った顔に、手を振ってここだと知らせる。彼らも気づき、こちらに歩いてきた。
「久しぶりだ、アーサー。ん? 熱中症で倒れたって? 鍛え方がたらんぞ?」
「絶対言うと思った」
座るアーサーと、ファーネルがハイタッチを軽くした。そしてミリアも追いつく。アーサー達は正面を向いて座るが、あと二人がミリアとファーネルに背中を向ける形で座っている。
「……え?」
その後ろ姿に、ミリアがいち早く気付いた。そこで、ようやくウロフカーニャが体勢を変え、ミリアに顔を向けた。
「……ぐす。うぇぇええん、……みいあ~~~~」
そして両手を伸ばし、涙をボロボロと流し始めると、ミリアは駆けより、無言でウロフカーニャを抱きしめた。
「……ああもう、昔っから泣き虫なんだから」
そういうミリアも、涙目だった。
ウロフカーニャは、ミリアをビックリさせようと企てていたが、結局ぼろ泣きしてそれどころではなくなった。そんな未来を垣間見て知っていたマリアは、ただ苦笑するばかりだった。
しばらくして、二人とも落ち着いてから、ミリアはウロフカーニャの隣に座る。すると彼女はミリアにべったりと抱きつき、ペタペタとミリアの身体を触る。
「怪我とか、もう平気? アーサーさんにかないひどい怪我をしたって聞いたけど」
「うん、まあ。だけどファーネルが助けてくれてね」
「それはアーサーさんにも聞いたけど……」
ウロフカーニャはファーネルを見上げ、しばらくじっと見つめ、いや睨み付けてきた。
「……ねえ、どうしてミーシャからあの野郎の匂いがするの? おまけにあの野郎からもミーシャの匂いがする。ねえ なんで?」
そして抑揚が無くなった言葉をファーネルにも投げかける。
「それはだな……」
言って良いか、という視線がミリアに投げかけられる。ミリアは首を振り、自分が言うと、アイコンタクトで答えた。
「あのねウーニャ、聞いてほしいことがあるの」
ぎぎぎ、と音を立てそうなぎこちなさで、ウロフカーニャはミリアに顔を向ける。どこかうつろなウロフカーニャの目は、アーサーもマリアも震え上がらせる。
「その、……私たち、お付き合いすることになったからね」
「……え?」
ウロフカーニャは、この世の終わりとも言わんばかりの表情で、二人を見比べる。
アーサーとマリアもそれを聞いて、少し驚きながらも、素直に喜ばしいと感じていた。
「冗談、だよね?」
「本気だよ」
ミリアの言葉でしばらく固まっていたウロフカーニャだったが、一度しゅんっとなって頭を下げ、直後ファーネルを睨みあげた。
「……ファーネルさん、と言いましたね? ……お前、私のミーシャと……、こ、こここっ、交尾しやがりましたねっ!? 私とはまだだったのにっ!!」
そして、ウロフカーニャが破壊力抜群の大声を上げ、立ち上がった。松葉杖無しで。そのおかげで協会内に残っていた人たち全員から大注目だ。そしてファーネルが一気に非難の目で見られてしまう。彼女の言い方だと、彼が二股かけていたかのようにも捉えられてしまうのだ。
「ちょっ!?」
「私のミーシャとよくもこのク……ふぐーーーーっ!!」
ミリアは慌ててウロフカーニャを黙らせようと口を塞ぐ。そして私の~の部分で、見守る連中の幾人かがそっちかよ、とツッコミを入れる。アーサー含む。
「ああもうこの娘はっ!! その口の悪さ昔から直せって言ってますよね!?」
ミリアに押さえつけられ、バタバタと騒ぐウロフカーニャ。龍族の力なので無駄に音が大きい。その騒ぎに受付嬢が飛び出してきて。
「何事ですか?」
「いや、まあ……」
もう、グッダグダだった。
それからミリアがウロフカーニャを宥め、場が落ち着くのにしばらく時間を要した。
「……認めます。ファーネルがミーシャの旦那さんということ、認めます」
「えっと、ありがとう?」
少々飛躍しているが許可が出たことで、ファーネルは、苦笑。そのままの表情でミリアへ顔を向ける。ミリアも諸手を挙げ、こんな子だから許してあげて、と目で返事した。
それから、ようやく四人は情報交換を始めた。そこでウロフカーニャの怪我の深刻さを知る。
「ファーネル、どう?」
「いや、時間が経ちすぎているから何処まで治せるかは解らないが……」
ミリアの端的な言葉に、ファーネルは全部を理解して答える。阿吽の呼吸に、ウロフカーニャは少し恨めがましい顔をファーネルに向けた。認めるとは言ったが、それでも無二の親友をいつの間にか寝取った存在として彼を見ているのだ。
「ファーネルさんは、かなり強力な回復魔法を使えると、アーサーさんから聞いています」
そんな様子のウロフカーニャに苦笑しつつ、アレクサンドルが間に入る。
「ああ、神の息吹が使える」
「すごい、ですね」
「まあ、……それでどうする? 救助されてからもう大分経っているから、どこまで効果があるかは分からない。まあ、副作用は無いはずだから試してみるのは良いが……」
ファーネルは、アレクサンドルとウロフカーニャの二人に尋ねた。
彼も、医学をこれから学ぼうとしている。それなりの予備知識は既に習得済だ。それ故に、彼女が抱えている問題は深刻であることを知っている。
一般的な回復魔法は、時間が経ちすぎた傷には効果がない。これは、身体の自然治癒の影響である。ここにこうした傷があるものだと身体の方が認識してしまうと、その傷は永久に治らなくなるのだ。だから、どんなに強力な回復魔法をかけようとも、古傷はそのままとなるのだ。また、早い段階でも、回復魔法が自然治癒力を高めるというものである以上限界があり、深ければ古傷として残ることもある。
だが、ファーネルが使える魔法は、このあたりの事情をある程度覆してしまうほどのものだ。
この『神の息吹』は、術者の魔力だけですべてを賄う。よほどの魔力があれば、瀕死の重傷でもたちまち治癒できてしまうのだ。ただし古傷に影響しないのは同じだ。
「そうですね」
アレクサンドルは、しばし考える。
彼女の症状は、様々な文献を読んで身につけた知識から、一応の仮説はできていた。墜落の衝撃で頭を強く打ち付け、頭の中でで内出血を起こした。それが原因でうまく言葉を発言できず、今に至るのだろうと。この内出血痕を取り払うことができれば、改善する可能性を考えている。
ただ、安易に期待を持たせて、効果がなかった場合はそれ以上に落胆してしまうだろう。そうした事を含めて、魔法を使うかどうかを尋ねているのである。
「やる価値はあるかと思います」
ふむ、とファーネルは頷く。
「お前さんはどうする?」
「おねがい、します」
ウロフカーニャは、迷いなく答えた。少しでも身体が良くなる可能性があるのなら、試してみたい、と。
ファーネルは頷き、ウロフカーニャの頭の上に手をかざす。そして複雑な呪文を唱え、そして発動させた。
「神の息吹」
薄い水色とも緑色ともつかない光が瞬き、ウロフカーニャの身体を包み込んでいく。彼女自身も、頭の中がすっきりしていくものを感じた。
魔法の光が消えていく頃には、ウロフカーニャは、右半身に僅かだが力が入るようになったことを実感する。すぐには歩けそうにはないが、それでも確かなものを感じて。
素直に、ありがとう、と感謝の言葉を伝えたのだった。




