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桃源の乙女たち  作者: 星乃 流
十二章「怯者の炎」
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第一話(第四十四話)

 「結局、紙ヒコーキって何なんだろうな」 

 そんなカルナの呟きにセラは視線を上げる。

 「折り紙の定番として誰でも知っていますが……ヒコーキってなんなんでしょうね」

 「やっぱりアンタでも分からんよな」

 「大人たちも誰に聞いても知りませんでしたし、私が読んだ限りでは古書にも載っていませんでしたね。鳥には見えませんが、やはり空を飛ぶ生き物なのかもしれません」

 「まぁなんでもいいさ」

 そう言ってカルナは立ち上がった。

 「ちゃんと役割は果たしてくれたようだしな」

 再び一人で姿を表したエリンに、カルナは怖気づくことなく対峙した。

 一日も経たずに再戦を希望したカルナに、セラは正直驚いた。未知の技能を扱うエリンは臆病者のカルナにとって、相当な恐怖を与えたはずだ。だのに、彼女は逃げなかった。

 きっと今でも内心はびくびく震えているだろうに、今、彼女は堂々と立っている。これはもう虚勢などと言ってのけていいものじゃない。もっと強い何かだ。

 ――カルナは昔から、本当に臆病で不器用な子だった。

 今でこそ暴れん坊の利かん坊で名を馳せているが、小さい頃は持病のため長く臥せていた。セラがちょうど齢十のとき――まだカナミやエリンにも勉学を教えていた頃に、彼女にも勉学を教えて欲しいと頼まれ引き合わされたのが最初だった。

 会ったのは初めてだったが、彼女の存在は聞き及んでいた。産まれながらに病を患っていて、ほとんど外に出ることができない娘がイル家にいる、と。それがようやく快復してきたらしい。

 カルナへの授業は、まず勉学以前に最低限の正常なコミュニケーションを覚えるところから始まった。

 最初はずっと家に篭って育てられてきてしまったせいで、外の人間との接し方が分からないのではと思ったものの……それどころの話ではなかった。

 頑張って話し掛けているうちに分かってきたが、どうやらこの子は家の中でさえ、まともな人間関係を知らずに育ってきたようだった。言葉は周囲の人間の会話から自力で覚えたようだが、やはりその扱いは年相応に及ばない。。

 セラはこの歳上の幼児のような彼女を放っておくことができず、それ以来、彼女に付きっきりとなった。他の子らに勉学を教えることも徐々になくなっていった。

 そして地道に触れ合いを続けて得た情報から、セラは真実を手繰り寄せた。

 この子が患っていたのは正確には病ではなく「適性過多」という身体の内在的「特性」だった。古書をいくつも読み漁って調べた結果、ほぼ確実だった。適性過多とは巫術の適性が高すぎるという特異体質のようだ。

 本来、このアルヴの里の人間は産まれた直後にはまだ巫術は使えない。もし使えたら大変なことになってしまう。やがて育つにつれ、大体の子供は齢三つから齢五つあたりの頃よりその能力の片鱗を見せ始める。産まれてしばらくは適性の判定すらできないため、齢二つから齢四つごろに神事を取り仕切るワァル家に適性判定を行ってもらうのが習わしだ。そして見出された適性に従い、子供たちはいつか芽生える力の使い方を予め教育される。

 だが、適性過多の場合、産まれた直後からその適性の能力が顕れてしまう場合があるようだ。

 何も分からぬ赤子が巫術の力を発現できてしまうのは非常に危険だ。実際、カルナは生まれた直後、周囲にあるものをごく小規模ながら無差別に発火させてしまったらしい。

 そして、その際火傷を負った実母は、腹を痛めた初の我が子だというのに以後関わることを拒絶した。

 それっきりまともに抱かれることもなく、カルナとその母の関係は目立って対立するわけではないものの、ひたすらお互いに関知関与しない状態で今日まで至っている。

 カルナは一見平気そうに装ってはいるが、本当は寂しくて堪らないことをセラは知っている。それが判ったときセラは決めた。母になることはできないが、代わりにありったけの愛情をこの子に注ぎ続けようと。

 やがてカルナは普通に、それなりに他人と会話ができるようにはなっていった。しかし、会話ができるだけで他人と良好な関係を築くことができるわけではない。

 同年代の女子男子、家族親族、その他大人たち。結局セラ以外、誰とも上手く関係を築くことができず、彼女は荒れていった。女にしては大柄な体格、高い身体能力、そして元凶である適性過多のおかげで一般水準を圧倒する炎の力。そういった暴力的要素も重なり、里一番の利かん坊のカルナが生まれた。

 だがその実は、結局のところ誰も相手にしてくれなくて拗ねて暴れている、本当は構って欲しいだけの子供に過ぎない。ただそれだけのことだった。

 物心ついたころには既に腫れ物扱い、やっと会話を覚えてからも挫折し続けた人間関係。その結果、彼女は心の底から臆病になり、でもそれを自分で認められず素直になることもできず。そして粗暴な態度で虚勢を張って遠巻きにされる堂々巡り。

 本当は皆に好かれたい、優しくされたい、そして仲良くなりたい。そんなことが素直に言えない、不器用な、生粋の臆病者。それがカルナという人物である。

 今、そのカルナが一度恐怖を味わった対象と再び対峙している。

 セラにとってそれは喜ばしくも少し寂しくもあった。

 ――あぁ、子供が成長していく親の気持ちってこんなものなのだろうか。

 それでも、これは応援すべきことだ。結果によっては、カルナは今までの自分から脱却できるかもしれない。

 だからちゃんと見守ろう。彼女が、今度こそ自分自身で選んだ道の行く末を見守ろう。

 本当は心配で心配で仕方がない。何かあればすぐに加勢したくて仕方がない。だけど今回は絶対に我慢する。

 ――だから。

 今回はもっと近くで見守らせて。ね?

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