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桃源の乙女たち  作者: 星乃 流
八章「魔窟」
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第一話(第二十六話)

 エル家への道中、カナミたち一行は無言だった。

 まずカナミとその実母と義母がもう一人。カナミは長女だが、その実母は側妻の一人である。父は数年前に死去しており、次期当主である弟は他の義母と共に昨晩のうちに帰らせた。

 次にラスタとラスタの両親と義母が一人。ラスタの実母は非常に風変わりだが異名をも囁かれる稀代の術士だ。もしかすると、十四番に襲われても彼女ならば単身でどうにかしてしまうかもしれない。

 そしてライラとその実母と義母が一人。ライラの父は早くに亡くなっており、今は齢十四の弟が十五になり次第当主を継ぐ予定になっている。カナミの家と似たような状況だ。次期当主として弟も弔式には来ていたが、こちらも昨夜のうちに義母の一人と共に帰されていた。

 ライラの実母はその次期当主である弟の実母でもあったが、ライラのことがあまりにも心配で残ったようだ。以前から分かってはいたが、あの人はライラに対して甘すぎる――過保護だ。跡継ぎである男子ばかりを可愛がることのほうが多いというのに珍しいことだった。

 この三人の長女たちは皆、普段からあまり口数が多い方ではない。だが、カナミは本当は知っている。ライラは今もラスタと話したくて仕方がないことを。ただ、人前ではどうも恥ずかしいらしい。

 結局道中ろくに会話もなく、まだ正午までそこそこの時間の余裕を持ってエルの屋敷まで辿りついた。午前の間に戻るのは無理だろうが、そう遅くもならずに済みそうだ。

 カランカランと玄関の呼び鈴を鳴らすと一人の女性が出てきた。カナミの母が話をつけて応接間に通され、しばしの間待たされた。やがて現当主とその正妻――つまりエル家長女リサの両親が現れた。まだ面識があったカナミの母が、昨日から起こった全てを出来得る限り詳細に話した。

 話を聞いていたエル夫妻は途中からあからさまに顔色が悪くなっていった。

 ――怯えすぎだ。

 こんな惨劇が起これば怯えるのは当たり前ではある。しかし、カナミの眼には――正確には五感以外の感覚だが――それ以上に、何か他のモノに怯えてるように映った。

 カナミは看破の紫眼などと影で呼ばれている「人を見透かす力」を持っている。それは実際のところ、確かに他人よりは人の心の内を「気取る」ことに長けていたが、所詮はその程度。何を考えているか、その委細まではっきりとわかるわけではない。

 やがて娘たちだけがリサの部屋に通された。親たちはまだ色々と話があるらしかった。

 「いらっしゃいませ。カナミさんは……何日ぶりでしたっけ」

 寝台の上の少女は今にも消えてしまいそうにか細く……しかし、優しい声で迎えてくれた。

 「二日ぶりです」

 長く伸びた銀髪の美しい儚げな少女が、その痩せた身体を椅子のような寝台に凭れかけて微笑んでいた。その寝台は天板が上半身と下半身を預ける境で二つに分かれており、上半身の部分の天板だけを斜めに持ち上げることで、寝台ごと凭れ預けた上半身をある程度起こすことができる。昔から臥せることが多い彼女が少しでも体を起こしていられるようにと作られた一つしかない品だと、以前聞かされた。レバーを回すことで天板の上半身部分だけが稼働する仕組みになっているが、これが少々重いので本人だけでは中々に操作することは難しい。

 「あぁ、まだ二日なのですね」

 カナミは儀式の始まった翌日に加え、六日目である一昨日にも訪れていた。だからこそ彼女の刻印二画が無事であると皆の前で断言することが出来た。

 しかし……しかし、これは意外な返事だった。

 何もせず、何もできずに自室でただただ時を過ごすだけが多い彼女は、時間の間隔が少々麻痺している。変化がほとんどないため、長い時間が経ったことをあまり実感できないようだ。日頃からふと気づくと思っていた以上に時が過ぎているらしい。今までも時たま彼女を訪れていたが、大抵の反応が「もうそんなに経ったのですか」といった具合だった。

 なのに、今回は「まだ」だった。二日という短い間隔だったからだろうか。

 彼女は昔から、何か大きなものを抱えているような目をすることがあった。少なくともカナミの紫眼にはそう映った。

 特別な家に生まれ、尚且つ体が弱く気も弱い彼女には友達と呼べるものがほぼいない。そんな中、カナミは家の繋がりがあったことやいくつかの偶然が重なり、彼女と話すことが同年代の少女の中で最も、飛び抜けて多かった。周囲にはあまり知られていなかったが、いつしか気が向けばふらりと家を訪ねる間柄になっていた。

 そういう訳でリサにとって最も、そして唯一「友達」と呼べる存在に近いのがカナミであった。「友達」という言葉が一般的に指すそれとは少し何かが違ったが、お互いに自然とその認識が一致していたため、程よい距離感を保てて関係は良好と言えた。

 だが、何度会おうがカナミには彼女が奥底で抱えているものが未だに分からない。その目、表情を見ていれば何か大きなことを抱えて、背負っているのは分かる。それが自身のことなのか、家のことなのか、それとも別の何かなのか……。カナミの眼を持ってしてもそんなところまでは見透かすことはできなかった。

 (看破の紫眼なんて大仰なこと、最初に言い出したのは誰なのかしらね)

 「そしてラスタさんとライラさん……でしたね? いらっしゃいませ」

 彼女はカナミの後ろの二人にも優しく微笑みかけた。

 「顔をちゃんと覚えていてくれたことは喜んでおきます。それでは失礼ながら直入で訊ねさせて頂きます。――その手の刻印を見せて頂けませんか?」

 どうも昨日の様子からもエルの家に何か思うところがあるらしきラスタが、単刀直入に切り込んだ。それに対してリサは優しい、柔らかい微笑みを浮かべたまま右手の甲を差し出す。そこには確かに二画の刻印が刻まれていた。

 「それで……何かありました……ね?」

 彼女は相変わらず優しい表情を絶やしてはいなかったが、その瞳に翳りが浮かんでいる。

 カナミだけではなく、いきなりの複数人での来訪だ。何かあったことは誰でも察しはつく。カナミもラスタに倣ったわけではないが、単刀直入に事の次第を話し始めた。

 「昨日、首長の弔式の最中、レミが殺されました。……正体不明の十四人目の襲撃者によって」

 一瞬のうちに彼女の顔色が曇り、悲しみに包まれたのをカナミの眼は確かに捉えた。それはただ一人の死を嘆くものではない、それ以上の何か。カナミの紫眼は確かに捉えた。

 「詳しく……お願いします」

 顔を背けて窓の向こうに視線を逸し、彼女はそう頼んできた。

 その後はラスタが昨日起きたことを丁寧に説明してくれた。よく見知った相手でも長く喋ることが好きではないカナミにとってはありがたかった。

 (リサへの説明はすべてラスタに任せることとして……)

 壁に凭れ、腕を組んだ状態でカナミは思案に耽る。

 (十四番、か)

 リサの刻印を確認したことでエリンの見間違いでない限り、刻印の数が合わないことは確定した。その矛盾はきっと謎の十四人目の正体へ繋がっているのだろう。

 誰も知らない特徴を持ち合わせていることから外界からの異邦人だという説も出たが……どうもそうは思えない。

 エリンの話を聞く限り、襲撃者の使った技能は全てこの里由来のもののようだ。それに今までの襲撃。今回に限ってはどうも計画性がなかったようだが、初めのサリャは多くの刻印を得た帰り道を狙い殺された。ハレに関してはいつ、どうやって殺されたのかの詳細すらよく分かっていないが、彼女が夕餉の頃が過ぎても戻らなかったので家の者が探し出たところ、そう遠くないところで遺体が発見された。これに関しては何かする為にふらっと外へ出たか、最悪誘い出されたところを殺害されたのかもしれない。

 ハレは最年少の齢十二で精神的にも歳相応。最も狙いやすい対象といえる。そこを的確に突いてきた。

 この二件のことから――そもそも刻印のことを知っている時点でそうだろうが、襲撃者は儀式のことと現状をある程度知り得ているということになる。

 里の中の現状を知る、誰も知らない人物。

 アル家に関係ある者だろうか。しかし、夫人のあの様子だと、たとえそうだとしてもアル家の感知していない外側にいる。

 ふと気づくと、未だラスタの説明を聞いているリサの様子が何かおかしい。おかしいというのとは少し違うかもしれないが、彼女の纏う気とでもいうのだろうか。何か、顔さえ見えていないのにとても、よりいっそうに深い悲しみのようなものを感じた。いや、それ以上の何か……。

 そういえば彼女の両親の様子もおかしかった。恐れ、不安、悲しみ。いろいろな感情が心の底深く深くから渦巻いているような、なんとも形容し難い暗がりを感じた。

 やはりエル家が何か関与しているのだろうか。それとも外に伝えていない天啓でも降りたのだろうか。この家独特の事情として、それは有り得る。

 ――ん?

 アル、エル、誰も知らない人物……。

 始まりより代々首長としてこの里を治めてきたアル家。同じく代々天啓の家として村を救い続けてきたエル家。

 そして私たちは既に知っている。アルの家にはその実例があった(・・・・・・・・)ことを。

 (もしや――)

 「ん、ライラはどこいった?」

 ラスタに言われて気づいた。一緒にこの部屋に通され、たしか入り口付近で壁に凭れ掛かっていたはずのライラの姿がいつの間にか消えていた。考えごとに集中しすぎていて気づかなかった。

 「なにか物珍しかったのでしょうか……」

 「まったく、あの子はいつも……」

 ラスタが溜息をつく。ライラは大体いつもぼーっとしているイメージが強い。だが、どこか人の輪からズレていたエリンとは違う、もっと朗らかな雰囲気を纏っていた。

 「少し探してきます」

 そう言ってラスタが部屋から出て戸を閉めたことを確認してから……カナミはリサの方を見据えて声を掛けた。

 「リサ、こちらを向いて」

 彼女は肩をびくっとさせ、少しの間をおいてからゆっくりとこちらを向いてくれた。その瞳は今にも零れ落ちそうな程の涙を湛えていた。

 悲しみ、恐怖、哀れみ、不安、絶望、怒り……。その瞳には様々な負の感情が強く、深く渦巻いていた。一体何があれば、何を抱え込めば人はこんな瞳を宿せるのだろうか。

 気づけば彼女に近づいて、そっと頭を撫でていた。彼女は目を瞑り、黙ってそれを受け入れた。彼女はきっと――いや、確実に私たちが知らない何かを知っている。

 しかし、きっと今問い糾したところで彼女はそれに答えてはくれないだろう。

 ――だが。

 もし私の推理が、推測が正しければ……リサのこのどうしようもなく救い難い、深い混沌を湛えた瞳も辻褄があってしまう。彼女の両親のあの怯えようにも。

 「ウワァァアアアアアアアアア」

 女の大きな叫び声――絶叫が広い屋敷中に轟いた。

 ――く、遅かったか!

 あの声はおそらくラスタだ。部屋を出てリサのほうを振り返って一瞥してから、カナミは廊下を駆けていった。

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