第四話(第二十五話)
ラスタ・ウェ・ウォルは観念して静観していることを諦めることにした。
齢十七の彼女はカルナの一つ下で、亡くなったレミと同い年、そしてナルザの一つ上にあたり、この中では年長組になる。
この儀式が始まってから彼女はずっと静観の立場を取ってきた。
彼女には長の正妻の座なんてものへの興味は最初からこれっぽっちもなかった。それどころか「里に訪れる厄災」にすら直接の関心がなかった。
ただ、守りたい「一人」の居場所を守るために必要なことならば、自分にやれる全てのことを為す。その覚悟だけを秘めていた。
ナルザの主導の下、今晩は全員がアル家邸宅に泊まることになった。既に日が落ちてしまっていたため、各自の安全を考えると順当な措置だった。
さらに明日、数人で連れ立ってエルの家を訪問することになった。エルの長女、リサの安全と刻印の有無を直接確認する為である。
その人員の募集の呼びかけにラスタは挙手をした。
(いい加減動くとしよう……)
自分が守りたいのはたった一人。そのたった一人に直接危害が及ばない限り静観を続けるつもりだった。
しかし、事態は底知れぬ混迷に陥っている。
増え続ける死者、その犯人と思しき正体不明の襲撃者、襲撃者の破格すぎる能力、数の合わない刻印。
もう静観している場合ではない。自分から動いて情報を集めなければ、きっともうあの娘を守れない。降りかかる火の粉を払う術は確保しなければならない。
エル家への訪問組は結局ラスタ、ライラ、カナミの三人となった。ライラはラスタが立候補したのでついて行くとすぐに言った。カナミはエル家との繋がりがこの中では一番深いためなのか、進んで立候補した。
ここまで場を仕切ってきたナルザとセラの二人は、年長組のラスタが向かうことに安心して居残ることになった。ラスタも責任ある立場は避けたかったが、二人が来ないことに反対はできなかった。
ナルザは気丈に振る舞って皆をまとめ上げてはいるが、その顔は既に憔悴を隠し切れていなかった。いつも精気が有り余っている彼女でも、さすがにこの状況には参ってしまっているようだ。
次によく働いているセラは疲労もだが、それよりカルナがこの場に残っている以上離れないほうがいいだろう。セラはカルナの安定剤だ。あの癇癪女をエル家に送り込むなんてとんでもないし、かといってセラだけを送り込むと残されたカルナが何をしでかすかわからない。あの女は図体の割に精神があまりにか細い。
そうすると消去法で考えて、ラスタが行くしかなかった。だから自ら立候補した。ラスタ、ライラ、カナミの三人以外にも、各家から大人の付き添いが何名か同行する予定なので訪問組はこれで十分だろう。
宿泊の部屋割りが決まり、ぼちぼちこの応接間から人が出て行き始めた頃。自分も出ようとしたところ、ナルザがエリンに話しかけている様子が目に止まった。
「エリン」
彼女はエリンの前に片膝を付いて目を合わせ、真っ直ぐに問いかける。
「ずっと心を殺したような表情をしているね。私の言葉は届くかい。あんなことがあったんだ。辛いのは当たり前だ、しょうがない。だから……泣きたければ思いっきり泣いてもいいんだからね。心を殺しちゃ駄目だ。悲しかったら、辛かったらとにかく泣くんだ、泣いていいんだ。あんな……レミがあんなことになって、それで……悲しいなら泣いていいのだから、何も我慢しなくてもいい、頑張らなくていい。頑張らなくても大丈夫だから、だから、だから……」
(……馬鹿が)
ずっと心が死んだように、悲しみさえ見せないエリンを放っておけなかったのだろう。だが、慰めるつもりで話しかけたというのに、自分の気持ちのほうが抑えが利かず、決壊した。
(……頑張り過ぎなのは君だよ、ナルザ)
「頑張り過ぎてるのはナルのほうでしょ!!」
パァーン
――驚いた。
声を上げて正面からナルザの頬を引っ叩いたのは、ついさっきまで彼女に泣き縋って宥められていたはずのイマリだった。
「うん、そうだね、休む……。エリン、ごめんね……」
ナルザは最初は目を丸くしてぽかんとしていたが、やがてしおしおと大人しくなってそう言ってふらふらと出ていった。
(……あんなナルザ初めてみた)
彼女は小さい頃からずっと良い子ちゃんだった。そしていつの間にか大人の言う儘ではなく、自分の意思で自分の頭で考えて、常に周囲皆のために最善を尽くす程にまでなり、自然と皆の中心に居続けている子。
そんな彼女も齢十六の女には変わらない。本来は婚姻しているほうが普通で大人として扱われる歳ではある。だが、だからといってまだまだ若い彼女にできることには限度があるというものだ。彼女はその限界も弁えずに頑張りすぎだ。何がそこまで彼女を突き動かすのか。
それにしても……ついさっきまでひたすら怯えてナルザに宥められる一方だったイマリが、よりによってそのナルザの顔を引っ叩くとは……。もしかするとあの子は将来、なかなかに図太い人間に成長するのかもしれない。
(私もそのうちそんな日がくるのかな……)
ラスタは袖を掴んで離さないライラの頭をぽんぽんと軽く叩いた。




