加速する悪意への抵抗
悪意は形も無く押し寄せる
ただ加速して押しつぶそうとする影のような悪意に
あたしは屈したりはしない
登校すると、あたしの机の上に、雑誌が置かれていた。
週刊誌っぽいような雑誌で、所定のページが開かれていた。
周りから遠巻きに眺めていた女子生徒数人が、クスクスヒソヒソと声を漏らす。
何だろう。
自然と目を落としたページには、病院から出てきた時の写真が掲載されていた。
「奇跡の生還、十七歳の天使――インタビューには寡黙な対応」
そう書かれていて、わざわざあたしが嫌悪感むき出しにしてカメラを睨み付けている写真を掲載している。
「これあんたじゃん?」
いつも通り――恒例の、高松のいじめが始まった。
「この雑誌、週間ナントカってやつ、アタシんとこの近所のコンビニで見つけてさあ。なんとなーく立ち読みしたら、アレ? これって香坂? とか思ったりしてぇ、せっかくだから、買って来てあげちゃった」
ヘラヘラと笑いながら、河野が雑誌を指差してくる。
「すっごいよねこの写真。あんたの憎しみ、にじみ出てんじゃん。プロって凄いよねぇ?」
「ていうかなんかあ、寡黙ってシンジランナクない? なんで何も答えないのぉ? ユーメイなれんのにぃ」
雑誌事態の記事は一ページしかなく、大したことは書かれていなかった。
ネタにしたくても、あたしは何もしゃべっていないし、氷室さんが助けてくれたおかげであれこれと聞かれずにすんでいる。
「……暇なのね」
ついぽつりと、口から出た言葉。
「は?」
反応したのは高松だった。
あーあ。
あたしはため息をついた。
頭の中で考えていたことが、口に出てしまったらしい。
「今なんつったの? 暇なの? ハア?」
「独り言でぇ~抵抗してるんだよ。ちっちゃい抵抗だよね~」
クスクス、ヒソヒソと笑い声が湧き上がってくる。
「それでさ、アタシ香坂に一つ聞きたいことあったんだよねぇ。アンタさあ、いつも帰るとき、迎えに来てる人いるじゃん? アレ何なの? 付き人?」
「……」
「聞いてるでしょ~。結構カッコイイ人だったみたいだし~。どんなテク使ったの? それともお金?」
「顔がああだから、口の舌か下の口しかねーんじゃね?」
「誰がうまいこと言えっていったよ~」
ギャハハと笑い声が響く。
右から左に聞き流していればよかったことも、今日はイライラさせられる。
空っぽだったハズの心がチクチクと痛みだす。
この痛みは、悲しいからとか苦しいっていうのも勿論そうだけど、もっと強く感じるのはそう、怒り。
「その運転手が新しい彼氏ってわけ? 羨ましいわあ。そんなとっかえひっかえできるなんて――」
高松の言葉が止まった。
あたしの平手打ちが、ちょうどいい角度であたったのは、ちょっと爽快だった。
初めて人を殴った。
一瞬何が起こったのか分からなかったクラスメイトたちはピタりと止まっていたけど、すぐに飛んできたのは高松の平手打ちだった。
顔にビリビリと、痺れに似た痛みが走る。
それからはもう、酷い有様だった。
お互いに叩くわ、殴るわ、蹴るわ、取っ組み合いになるわ、あたし自身もどこでどうなったのか分からない。
担任が来てようやく事態は収まった。
職員室でたっぷり怒られたけど、元々問題児だったらしい高松のほうが集中的に怒られていた。
その時に初めて、高松には両親がいないってことを、担任の言い回しで分かった。
それ以降はピタリと、野次がやんだ。
あたしにとっては平和な日だったけど、まるで嵐の前の静けさみたいで、どっちみち落ち着かない。
下校時間。
下駄箱の靴に画鋲が入っているかも、と警戒したけれど、今はそんな古風なイジメはさすがになかった。
校舎の外では、いつものように氷室さんが待っていた。
「おかえり」
「ただいま」
あたしは車が走り出すと、勤めて明るく話をした。
しばらく黙って聞いていた氷室さんは、小さく笑った。
苦笑いにも見えた。
「学校で何かあったな? 喧嘩か何かか?」
全然関係ない話をしていたのに、なんでこの人は分かるんだろう。
返事の代わりに、あたしは無言で頷いた。
「顔のことや事故のことで何か言ってくる奴がいるのか?」
「それもあるけど……」
本当に我慢できなかったのは、言われたことがあたしのことだけじゃなかったから。
「良かったじゃねえか。何でも我慢しすぎるのはよくねえことだ」
「喧嘩はダメだって、止めないんだ?」
「俺はこう見えて平和主義者だ。けどなあ、みんながカラスが白だと言っても俺は黒だというし、薔薇を菊だと言われても首を縦にはふれねえ。
誰だって絶対譲れねえことってあるだろ。そのときは爆発させてもいい。スイッチ押した相手がわりい」
「氷室さんはカラスが白だって言われたら爆発するの?」
「違うっ、例えだ。そんなことで爆発したりしねえ」
「例えばどんなこと?」
気になった。
あたしは気付かないうちに、そのスイッチに触れたりしていなかったのかな。
「お前が今日、怒ったのと同じ理由だよ」
「あたしと同じ理由? 見てたの? あたしは…自分のことは我慢できるけど、孝治とか氷室さんのこと、言われたらやっぱり…」
「何だそうだったのか?」
ハンドルはそのままで、氷室さんは顔をこちらに向けた。
「知ってたんじゃないの?」
「知るわけねえだろ。学校の中でのことだぞっ」
騙された。
というか、引っかかるあたしも間抜けだった。
ちょっと考えれば分かったことなのに。
「……」
あたしは流れる外の景色を眺めることにした。
「なあ、綾」
「……」
答えない。
「人の為に怒ることができるってのは、これでいて結構、大切なことだぞ」
氷室さんの顔は、少し寂しげそうに、そして優しそうに微笑んでいた。




