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彼女と僕の奇妙な日常【小説家になろう!】  作者: MOH
4月 突然の来訪者

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28/29

アドバイス

 借用書と交換に3万円を渡そうとした、その時だった。

 突然、お店の灯りがすべて消えた、店内が真っ暗になった。

 フロアの奥から、誰かが近づいてくる靴音が聞こえてきた。

 誰?


「エムくんは優しいなぁ」

 暗闇の中から聞こえてきた声。


「都会には、いい人も悪い人もたくさんいるから、気をつけないとね」

 叔父さんの声だ。

 どういうこと?


 しばらくすると、灯りが点いた。

 シェフの隣には、いつの間にか叔父さんが立っている。

 左手には、数枚の1万円札。

 そして、自分の右手を見ると、シェフに渡そうとしていた3万円が消えていた。

 叔父さんが盗ったの?


「今日は人物観察に銀座まで出てきたけど、どうだった?」

 叔父さんは、疑いの眼差しを向けている僕のことなど気にする様子もなく、尋ねてくる。

 いきなり「どうだった?」と聞かれても、

 「いろいろな人がいるな」くらいしか思いつかない。

 それより、叔父さんの左手にあるお札が気になる。


 すると、彼女がスッと手を挙げた。

 ……挙手するところは、高校生の名残り?


「日曜日の銀座、歩行者天国を歩く人たちは、あらゆる意味で幅があります。例えば、年齢。例えば、国籍。着ている服もさまざまで、耳に聞こえてくる会話もいろいろです」

 彼女は、いつになく真剣な顔で話している。

「そんな多くの人たちを一言で『ホコ天を歩く人』とか『銀座に買い物に来ている人』と一括りに表現するのは難しいと感じました。今日、多種多様な人たちを眺めての感想です」

 そこまで話すと、彼女は少し考えてから続ける。

「だから、物語を書くときには、主人公を丁寧に描写するのと同じように、周りの人物についても考えておく必要があると思います。例えば、友人や家族。物語に登場させるかどうかに関わらず、それぞれの人物設定を掘り下げておくことが大切なんじゃないでしょうか」


 彼女が書いている小説は、まだ読んだことがない。

 でも、今の話を聞く限り、かなり大作を書いているのかな?


「よく気がついたね。そういうことだよ」

 叔父さんが、満足そうに頷く。

「新人の物書きは、とかく主人公に肩入れしすぎて、勢いのまま突っ走る。その勢いは悪くないんだけど、周りの人物の描写にまで手が回らないことがある。そうすると、せっかくの物語なのに、読んでみると薄っぺらい読み物に感じられてしまうんだ」


 叔父さんは僕を見る。

「エムくん、分かる?」


 なんだか悔しいけど、彼女がそこまで考えていたとは思わなかった。

「はい。もう少し、周りのことにも注意を払いたいと思います」


「そうそう。その気持ちを忘れずにね」

 叔父さんは満足そうに頷く。


「では、改めて合宿所のオープニングパーティーを始めようじゃないか」


「パーティーは昨日、やりませんでしたか? 宅配ピザで」

 立て替えたお金を、まだ返してもらっていませんが。


「昨日のピザ? あれはエムくんが引っ越し蕎麦の代わりに払ってくれたんだろう?」

 やっぱり、ピザ代を返す気はないんだ。


「合宿所のオープニングパーティーが、あれではショボすぎるよ。せめて銀座でやろうじゃないか。お店の立地はともかく、ここも銀座だからな」


 ……そういう問題なのか?

 じゃあ、今、左手に持っている3万円は?


「今日は私の事務所主催だ。この店は貸し切りにしたので、遠慮しなくていいからね」


「お店のサービスだと説明された、今までに出てきた料理も、パーティーの一部なのですか?」

 予行演習の料理だったのか?


 テーブルの向かいに座る彼女が、僕の腕を指でチョイチョイと突ついた。

「エムくん、そろそろ気づこうよ」

 彼女が美少女スマイルを浮かべて、僕の顔を覗き込む。


「このお店に入ってから、何か変だと思わなかった?」


「それは変だと思ったさ。頼んだランチが出てこないのに、余計な料理ばかり出てくるし……美味しかったけど」


 今度は叔父さんが近寄ってきて、僕の肩を軽く突ついた。

「変だと思ったのに、なぜ食べ続けたの?」


「それは……彼女が気にせず食べていたし、銀座のお店って、そういうものなのかなと思って……」

 言い訳をしている自分が情けない。

 叔父さんは、ウンウンと頷いてから口を開いた。


「小説家を目指すなら、疑問に思ったことをそのままにしたり、何も考えずに周囲の人に同調したりしていると、オリジナリティーのある物語は書けないよ」

 叔父さんは、僕の目を見ながら続ける。

「不思議に思ったことは、聞いたり、確認したりしないとね」


 彼女は、テーブルに開きっぱなしのシステム手帳に、何かを忙しそうに書き込んでいる。

 叔父さんのアドバイスを、メモしているのだろう。

 小説家になるためのアドバイスは、ありがたい。

 ……でも、ちょっと待てよ。

 そもそも、今日はどこからが仕込みで、僕はいつから騙されていた?


「ご教授、ありがとうございます」

 僕は叔父さんに向き直る。

「お尋ねしたいのですが、今日の課題と、このお店。どの辺からが演技というか、設定だったんですか?」

 

 「プッ!」

 彼女が噴き出した。

 テーブル越しに見る彼女は、目を細め、笑いを堪えている。


 もしかしたら……

 彼女は最初から全部知っていて、叔父さんとグルだったのか?


(つづく)

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