3万円
テーブルに置かれた料理を見て、また驚いた。
パイナップルが乗ったポークチャップ。
そして、彼女がオーダーしたバゲットパン。
「えっとー……これ、頼んでませんよね?」
思わず口に出してしまった。
「はい。オーダーの調理に時間が掛かっておりまして、こちらもお店からのサービスです。申し訳ありません」
メイド服姿の女の子が、深々と頭を下げる。
「エムくん、お店のサービスだから、ありがたくいただきましょう。女の子を困らせちゃダメよ」
彼女にそう言われ、女の子はフロアへ戻っていった。
いくらお店のサービスとはいえ、これまでに出てきた料理だけで、僕たちがオーダーした料理の金額を、とっくに超えている。だんだん心配になってきた。
彼女はポークチャップを器用に切り分け、ポークの上にパイナップルを乗せて口に運ぶ。
「これ、本当にサービスだよね? お金、取られないよね?」
彼女は答えず、ポークチャップを口に運んでから、システム手帳に何かを書き込んでいた。
レースのカーテン越しに見える窓の外は、細い裏道がますます暗くなってきた。
そういえば、僕たちがお店に入ってから、誰も入ってきていない。
お客さんが来ないのは、ランチタイムとディナータイムの間の、中途半端な時間だからだろうか?
そんなことを考えていると、厨房からシェフハットを被った恰幅のいい男性が出てきた。
シェフがフロアに出てくるなんて、どうした?
僕たちのテーブルの前まで来ると、シェフは帽子を取って、深々と頭を下げた。
「実は、食材がなくなりまして……。急いで百貨店の地下へ買いに行こうと思っています」
そこまで言うと、シェフは困ったような顔をする。
「ところが、お店の現金を銀行の金庫に預けたばかりでして……。申し訳ありませんが、お金をお貸しいただけませんでしょうか。もちろん、その分を今日のお勘定にしていただいても構いません」
「えっ?」
いきなり何の話?
僕が彼女にどうするのか聞こうとすると、彼女が先に口を開いた。
「今日の主役、エムくんが決めてよ」
彼女は、いつもの美少女スマイルを浮かべている。
「サービスで出された料理は美味しくいただいたから、このままお店を出てもいいし、困っているシェフさんにお金を貸して食材を調達してもらって、あらためてオーダーした料理をいただいてもいいのよ」
これだけ食べておいて、お金を払わずに店を出るのは、さすがに気が引ける。
返してもらえるのなら、貸してもいいかな?
今日のお勘定分くらい渡せばいいんだろうか?
「いくらお貸しすればよろしいんですか?」
「とりあえず、3万円ほど」
「えっ!」
「お店が購入する食材が、あまり少額ですと、百貨店の方から『あの店、危ないのかな?』と思われてしまいます。そうすると、いざという時に掛け払いができなくなるものですから」
銀座では、そういう取引があるの?
よく分からないけど、昨日のピザ代2万円を立て替えても、財布にはまだ3万円残っている。
上京するときにもらった餞別金が、全部なくなってしまうけど……
料理は美味しい。
それに、お店がこのまま逃げるわけでもないだろう。
……たぶん。
「3万円ですね。念のため、借用書を書いてもらえますか?」
念のためにそう言うと、シェフはポケットから一枚の紙を取り出した。
そこには、すでに『3万円』と書かれた借用書があった。
手際が良すぎるんだけど……
(つづく)




