煉獄亭
「なんだか、物騒な名前のお店だね」
「『煉獄亭』が?」
「だって、お店のなかで焼かれそうでしょう?」
訝しげな顔をする僕を見て、彼女は顎をクイッと上げ、得意げな笑みを浮かべた。
右手の人差し指を左右に振りながら、
「チッチッチ」
と、効果音まで付け加える。
「エムくんは、キリスト教のことを知らないの?」
うちは代々、仏教徒ですが、何か?
自分の家がどこの宗派なのかも知らない、いわゆる葬式仏教だけど。
僕が何と答えようか考えていると、彼女は胸をそらしながら僕の方を向いた。
去年の秋から彼女と一緒にいる時間が増えて、彼女の癖も分かるようになってきた。
この一連の動作は、彼女の講義が始まる合図だ。
お店の予約時間を過ぎているんだけど、大丈夫?
こんな路地裏で講義を聞かされるとは…
「では、エムくんの後学のためにも、お話ししましょう」
やっぱり始まった。
「そもそも煉獄とは、カトリック教では、天国には行けなかったけど、地獄にも落ちなかった人が行く、中間的な場所とされています。苦罰によって罪を清められた後、天国に入る手前のところ、という位置づけです」
「ふーん。要するに、中途半端なカトリック教徒が亡くなったら、天国に行く手前で足止めされているところ?」
「中途半端っていうのは、どうなのかなぁ?」
彼女は少し考えてから続ける。
「とにかく、天国でも地獄でもないところよ」
どうやら彼女も、それほど詳しく知っているわけではないらしい。
意地悪な質問を思いついて、口を開きかけた、その時…
『煉獄亭』のドアが開いた。
中から出てきたのは、小柄な女の子。
カールした赤い髪、大きめの赤いセルフレーム、赤い厚底のストラップパンプス、そして、赤いストライプ柄のメイド服。全身、赤尽くしだ。
パリッとしたブラウスの胸元は少し窮屈そうで、生地がパツパツになっている。
このお店の制服なのだろうか?
彼女は洋食屋さんに行くと言っていたよね。
まさか、メイドカフェではないよな?
「失礼ですが、ご予約のエム様でしょうか?」
メイド服姿の女の子が、彼女に尋ねた。
「はい、エムの名前で予約した2名です」
僕の名前を使ったの? なぜ、自分の名前を使わなかったのだろう。
「お待ちしておりました。よろしければ、お入りください」
彼女とメイド服姿の女の子を交互に見ていると、彼女に腕を引っ張られた。
「エムくん入ろうよ。私、朝が早かったから、お腹が空いたわ」
そう言えば彼女は今朝、どこかから帰ってきたみたいだったけど、出掛けていたのだろうか?
「エムくんの名前で予約したから、今日はエムくんが主役よ。遠慮せずに入って、入って」
主役と言っても、彼女と僕の2人だから、主役も何もないと思うけど。
そこを突っ込むと、彼女からまた『細かい』と言われそうなので、引っ張られた腕をそのままに、『煉獄亭』へ入っていった。
(つづく)




