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彼女と僕の奇妙な日常【小説家になろう!】  作者: MOH
4月 突然の来訪者

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23/29

ただいま休憩中

 彼女が地図に書き込んでいる店の情報をよく見ると、本好きの人ならすぐに分かる、小説家にゆかりのある店ばかりだった。

 店名と小説家との由来を読んでいると、彼女が横から地図を覗き込んできた。

 爽やかなシトラス系の香水が漂ってくる。

 やっぱり距離が近い。

 彼女はパーソナルスペースを気にしないのだろうか。


「どう? エムくんは昨日の夜、すぐにお眠(ねむ)だったけど私はあれからこの地図を作ったのよ。凄いでしょう」

 昨日はあんなに疲れていたのに、そこからこの地図を作ったのは立派だと思う。

 でも、よく見ると銀座の店は2、3軒しかない。

 あとの店は地図の外に書かれている。

 それなら、銀座の地図に書き込んだ意味がないんじゃないかな?

 僕が微妙な表情をしているのに気づいたのか、彼女は地図を取り上げて説明を始めた。


「思いついて作り始めたんだけど、文豪が通った銀座のお店って、あまり残っていないの。少し範囲を広げてネットで調べてみたら、いろいろなお店が紹介されていて、面白い逸話も読めたから、余白に書き足したのよ」

 新橋や浅草は近くだから分かるけど……だから新宿の店まで出てくるのか。

 地図のことは分かった。でも、肝心のお昼は、どこへ食べに行くのかな?


「エムくんの表情は分かりやすいなぁ。どこへ食べに行くのか分からなくて、途方に暮れたのでしょう?」

 はい、正解です。途方に暮れているわけではないけど。


「エムくんの初めての銀座到達記念に、お店を予約しました」


「わざわざ、予約を?」

 銀座が初めてではないことは、あえて話さなかった。

 あれはトラブルに遭遇した深夜の出来事だったし、彼女も自分がどこにいるのか分かっていなかったと思う。


 それより、予約が必要なお店に入るような服装をしていないんだけど。

 僕の挙動で察したのか、彼女が言った。

「お店は普通の洋食屋さんだから、心配しなくて大丈夫。さあ、行きましょう」


「これ、どうするの?」

 僕は、自分たちが座っている折りたたみ椅子を指差した。


「大丈夫。ちゃんと持ってきました」

 彼女は椅子から立ち上がると、肩掛けバッグの中から折りたたんだ紙とセロテープを取り出した。

 そして、椅子の座面に貼り付ける。


『ただいま休憩中』


 なるほど。

 こういうところは、彼女らしく用意周到だ。

 僕も立ち上がり、紙とテープを借りて椅子に貼り付けた。

 紙を貼り終えると、彼女は歩行者天国の車道に降りて駆け出した。


 少し先で振り返り、

「こっち、こっち!」

 と、両手で手招きをする。

 彼女は身振りが大きい。美少女の風貌が周りの目を引く。

 近くを歩いている人たちが彼女を見て、その視線の先にいる僕を見る。

 みんな、そんなにがっかりした顔をしないでほしいんだけど。


 彼女に追いつき、銀座の歩行者天国を並んで歩く。

 国道1号線、中央通り。

 道幅は広いけれど、両側に立ち並ぶビル群が壁のように続いている。


挿絵(By みてみん)


 二人でしばらく歩いていると、彼女が何かを思い出したように街角を曲がり、脇道へ入っていった。

 僕も追いかけて脇道に入る。

 すると、両側のビルがますます高い壁のように感じられ、お日様も見えない。

 昼間なのに、夕暮れ時のように薄暗い。

 先を行く彼女に急ぎ足で追いつく。

「予約したお店、この辺にあるの?」


 彼女はスマートフォンで誰かと話していた。

 僕をチラッと見ながら、

「はい、もうすぐ着くので、よろしくお願いします」

 そう言って通話を切った。


 スマートフォンをジャケットの右ポケットにしまい、僕の方を向く。

「予約した時間を過ぎたから、お店に電話したの」


「じゃあ、急がないと」


「大丈夫。今日、お店は空いているそうよ」


 歩行者天国から入った脇道から、さらに右へ折れる。

 細い路地だった。

「銀座にも、こんな裏通りがあるんだな」

 ちょっとした社会勉強になる。


 その路地は、さっきまでの通り以上に薄暗く、クルマが通れないくらい細い。

 こんなところで商売するのは、不便じゃないのかな?

 そんなことを考えながら、路地裏に並ぶ店の見慣れない看板を眺めて歩いていたら、突然、彼女とぶつかった。

 正確に言うと、急に立ち止まった彼女の肩甲骨と腰のあたりに、前を見ていなかった僕の身体がぶつかった。


「ゴメン」


 振り向いた彼女が、ニヤッと笑う。

「エムくんは、薄暗くなると襲ってくるタイプなの?」


 それって犯罪者じゃない?

 18歳を過ぎたら改正少年法で刑が厳しくなるから、そんなことはしません。

 18歳未満でも、もちろんやらないけど。


「銀座にも、こんなところがあるんだなって、よそ見をしていただけです」

 不慮の事故なのに、自分で言っていて言い訳がましい。



「その『こんなところ』にあるお店に着きました」

 彼女が指差す。

 その先には、木製の古びた看板が掛かった店があった。


『煉獄亭』


(つづく)

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