丸の内警察署
「おい、大丈夫か! しっかりしろ!」
激しく身体を揺さぶられて、目を覚ました。
視界に飛び込んできたのは陣笠を被った侍、ではなくて防寒着姿のお巡りさん。
「エッ! あれ?」
辺りを見回すと、そこは木造の番所ではなく、激しい吹雪が吹き荒れる大手門の前だった。
彼女と僕は、キャスターバッグを抱え込むようにして雪の上に倒れていたらしい。
「ここで倒れていたら凍死するぞ! 大丈夫か!?」
お巡りさんに抱え起こされながら、隣で目を覚ました彼女が、朦朧としながら口を開く。
「あの… 同心番所は? 『坂下門外の変』の水戸浪士の人たちはどうなりました?」
「……は? 水戸浪士?」
お巡りさんは呆然とし、心配そうな表情で彼女に話しかけた。
「お姉さん、大丈夫か? 吹雪で身体が冷え過ぎたんだろう。ひとまず署で温まろうか」
僕たちはパトカーに乗せられ、そのまま丸の内警察署へ連れて行かれた。
温かいお茶をもらい、ようやく人心地がついたところで、東京の身元保証人「(彼女の)叔父さん」へ連絡がいった。
それから一時間ほどして、署の受付に叔父さんが姿を現した。
「お待たせ。災難だったな、二人とも」
コートの襟を立てた叔父さんが入ってくると、対応していた署員が「なんだ、あんたが保護者か」と親しげに笑う。
「また、オカルトのフィールドワークで学生を連れ回したのか? 相変わらず危なっかしい人だ」
「人聞きが悪いな。二人は受験生だよ」
叔父さんは、この丸の内署界隈で有名人(常習犯?)らしい。
僕たちを連れて来てくれたお巡りさんにお礼を言い、丸の内署をあとにした。
叔父さんの車に乗り込み、暖房の効いた車内でようやく身体が解きほぐれていく。「山の上ホテル」へと向かって走る車中で、助手席に座った彼女はさっき遭遇した『江戸末期のタイムスリップ』と『同心番所の取調べ』を叔父さんに説明した。
後部座席で聞いていた僕は「呆れられるか、『受験前のまぼろし』と一蹴されるだろう」と思っていたら、オカルト同好会所属の叔父さんは、ハンドルを握ったままニヤリと笑うだけ。
「皇居のあの辺りは怨念がそのまま残ってる、結界の歪みみたいな場所だからな。近くに平将門首塚もあるし。事件が起きたその日に、同じような大雪の条件が揃えば… 『そんなこと』も、まあ、あるかもな」
「えっ、信じてくれるの!?」
「お前らが無事だったから何でもいいさ。オカルトの神様に歓迎されたんだと思って、明日の試験には気をつけて行けよ」
叔父さんはそう言って、何でもないことのように笑った。
車は静かに坂を登り、彼女と僕は無事に『山の上ホテル』へ到着したんだ。
クラシカルで温かみのあるロビーに足を踏み入れると、極寒の江戸の記憶が幻のように消えていく。
翌日。
彼女と僕は体調を崩すこともなく、大学入試本番に臨むことができたんだ。
彼女が受けた試験に「江戸末期、坂下門外の変」が出題されたかどうかは… まあ、試験が終わって彼女のあのドヤ顔を見れば、聞くまでもないことだけど。
(「受験で滑るのは嫌だけど、タイムスリップは?」:了)




