東京會舘
二月の千代田区丸の内。
雪こそ降っていないものの、今にも冷たい何かが落ちてきそうな分厚い灰色雲が空を覆っている。そんな寒空の下、彼女と僕はキャスターバッグを引きながら、皇居のお堀端を歩いていた。
「東京はもっと温かいと思っていたけど、冬はやっぱり寒いのね」
グルグル巻きにしたマフラーと深く被ったウールのバケットハットの隙間から目元だけ出した彼女が、寒そうに身を縮める。
周りに誰もいないお堀端を二人で歩くことになったのは、彼女の新幹線での思いつきから。
『東京駅から山の上ホテルまでは2〜3キロだから、歩きましょう! 文豪たちも執筆の合間にあの辺を歩いてエピソードを思いついたはずよ』
『そうだね。新幹線にずっと座りっぱなしだから、運動がてらに歩きますか』
あの時、僕が安請け合いしたのが災いしたのかも。
空調の効いた快適な新幹線からホームに降り立ち、「うん、東京も普通に冬だね」と当たり前の感想を口にしながら丸の内中央口を出て、駅前広場から行幸通りの先にある皇居を眺めたころまでは予定通り。
「そうだ! 東京會舘は、ここから近いみたいだから、覗いてみない?」
「東京會舘に何があるの?」
「エムくん、授賞式会場くらい覚えておきなさい」
「何の会場?」
「芥川賞と直木賞の授賞式会場よ。物書きの常識でしょう?」
いやいや『小説家になろう』に沢山あるタイアップ企画の賞と、芥川賞・直木賞とではレベルも次元も違う世界だからね。彼女は本気で受賞する気でいるの? そう言えば、まだ彼女の小説を読んだことがないんだよね。
東京會舘のある丸の内二重橋ビルへは、東京駅からオフィス街を抜けるだけなので迷わずに辿り着くことが出来た。
授賞式会場の三階ローズルームには入らなかったけど、吹き抜けの豪華なロビーから館内を眺めることが出来て、彼女はすっかりご満悦。
「そっかー、ここで表彰されるのね。やっぱり出席する時はドレスよね」
彼女は壁面に施された煌びやかな装飾を眺めながら、授賞式の壇上に立つ姿をイメージしているようだ。
そこまでは良かった、そこまでは……
(つづく)




