久しぶりの呼び出し
去年の11月、彼女から衝撃的な同棲宣言(⁉︎)が出たまま年を越し、三学期が始まって間もない頃、下駄箱に封筒が入っていた。
面と向かって会うと今もドキドキするけれど、(会うと彼女はいつも距離が近い。コンタクトが合わないのかな?)下駄箱に入れられた封筒には慣れてきた。
彼女は気紛れに封筒を下駄箱に入れてくるので、毎日昼休みに自分の下駄箱と靴が臭わないかをチェックするのが日課になっていた。面倒だけど良い習慣が身に付いたと信じたい。綺麗好きはポイントが高いってネットで読んだからね。
封筒の中身はいろいろで、一番多いのは『小説家になろう』に投稿しているSF長編の感想。
例えば『亜香里はヒロインなのに、ご飯を食べ過ぎでは?』とか『優衣ちゃんは、いい子すぎ。エムくんはこういう子が好みなの?』とか。小説を書き進めていく上で、あまり役に立たない感想が多い。
昨日、新しい投稿をしたからその感想かな?と思い、校門を出てから封筒を開くと…
「例の地下室でお待ちしています』
例の地下室って『合宿所』の候補生に(応募してないのに)認められた、あの暗い部屋だよね?
あれ以来、あのビルには行ってないけど未だあるのかな? 叔父さんが固定資産税のことで文句を言っていたから、売り払ったのかと思っていたけど。
夕暮れが寒空を覆い始めた頃、人気のないシャッター通りを抜けると、去年と変わらない3階建ビルが歴史的遺物のように建っていた。
照明のない地下への薄暗い階段も、前回と変わらない。
違うのは隣に彼女がいないことだけど、地下室で待ってくれているから、同じと言えば同じ。
階段を降り、暗い通路の突き当たりまで歩いて、扉の前で立ち止まる。
去年、彼女はいきなり扉を開けたけど、見たところ呼び鈴は無さそう。
インターホンがないので、鉄製の扉をノックする。
「どうぞー」
彼女の声が聞こえたので扉を開けると、彼女と叔父さんがソファに座り、テーブルの上の資料を覗き込んでいる。叔父さんに会うのはあの日以来。
「久しぶりだな、小説の投稿を続けてるんだって? 受験が近いのに感心だね」
叔父さんから初めて褒められた気がする。
「投稿が途切れてしまうと、毎日読んでくれる読者さんたちを待たせてしまう気がして…」
「良い心がけだ。連載に穴をあける作家は編集部から嫌われるからな。そういう心がけは覚えておいて悪くはない」
彼女はノートを開き、叔父さんが僕に言ったことをメモしている。作家になる気満々みたい。
メモを書き終わり、ようやく僕の方を向いた。
「今、叔父さんに相談していたの。受験の攻略を」
叔父さんの出版社は、受験雑誌も発行しているの?
「受験の攻略法?」
そんな本、あったっけ?と思いながら聞いてみる。
「エムくんは意外と短絡的なのね。そんな本、ある訳ないじゃない」
ある訳ないと思って、聞いてみたのですが。
「叔父さんに相談していたのは『受験する迄のプロセス』。受験の道程よ」
「ドウテイ(童貞)?」
女子高校生にしては、微妙なご発言。
僕が微妙な顔をしたのを、彼女は直ぐに見取った様子。
その観察力と、思いもよらぬ言動のアンバランスが彼女の魅力なのかも知れない。
「エムくんのことを言っているのではありません。そんなの知らないし!」
彼女が顔を赤らめる。
自分で言っておいて、赤くなることはないと思うけど。
「受験に向かうまで、いろいろあるでしょう? そこに至るまでの道筋が」
「あぁ、そっちの道程かぁ、大学への行き方とか?」
「そんなの当然よ。受験当日、遅刻したら試験を受けられないもの」
「あらかじめ『駅探』で電車の複数ルートを把握して、早めに宿を出れば良いのでは?」
「そこよ、そこ。エムくんは試験の前日、どこに泊まるの?」
「東京に親戚(前日譚の話に出た従姉妹)が居るけど、気を使いたくないから都内のビジネスホテルかな。受験生パックとか『じゃらん』にあるし」
「エムくんは小説家になりたくないの?」
いきなりどうした? 受験で泊まるホテルと小説家になるのに何の関係があるの?
「文豪になるには、文豪がよく使うホテルに泊まるでしょう?」
アレ? 受験で泊まるホテルの話をしていなかったっけ?
「そのホテルに泊まると、試験に合格するの?」
「当然よ。由緒あるホテルなら文豪の思いが残っているから大学入試なんて簡単よ。それに『千里の道も一歩から』と言うでしょう? 東京進出の第一歩で最初に泊まるホテルを疎かにすると、文壇への道が遠のくの」
フーン、泊まるホテルで合格が保証されるなら、受験生がそのホテルに群がりそうだけど。
僕が微妙な顔をすると、彼女が直ぐに反応する。
彼女の観察力は鋭い。
読唇術ならぬ読心術を極めた方が、小説家になるより有名になって稼げそう。
「エムくん、ホテル選びのことを信用していないでしょう?」
「いや、泊まるホテルで試験に合格するのなら楽だな、と思ってさ」
「ちゃんと受験勉強をしていない人が受かる訳ないでしょう? エムくんや私のようにA判定が出ても神社にお参りに行くよね? お正月明けの神社には合格祈願の絵馬がいっぱいぶら下がっていたもの」
お正月にお参りには行ったよ。合格祈願の絵馬は下げなかったけどね。名前を書いた絵馬を友達に見られたら恥ずかしいし。
そうそう、受験する学部は違うけど彼女も同じ大学でA判定なんだよね。しっかり、お勉強はしているみたい。
「お参りにはいったけど、神社って神様がいる設定だし。でもホテルには何がいるの?」
「だーかーらー、文豪よ。文豪の想いが残っているの。ホテルの部屋で文豪たちに思いを馳せれば、受験の国語なんて目をつむっていても全問正解出来るわ」
言っていることがちょっとオカルトっぽいけど、彼女大丈夫?
「試験中、目をつむったら不味いよね。試験官から『寝るな!』って注意されそうだし」
「エムくんは堅いなぁ。モノの例えよ、例え。でね、文壇デビューに向けて東京で最初に泊まるホテルは『山の上ホテル』にするの。エムくんもね」
いや、彼女がどこに泊まっても構いませんが、何で僕まで?
「山の上ホテルは知っているけど、高くない?」
「それで、叔父さんに相談しているの。川端康成、三島由紀夫、池波正太郎と錚錚たる作家が執筆をする際に、出版社が部屋を用意するって聞いたことがあるわ。だから叔父さんに良い部屋を手頃な価格でお願いしているの」
「俺は旅行会社じゃないぞ」
叔父さんは、この話に乗る気はなさそう。
「叔父さーん、そう言わずにカワイイ姪っ子のために一肌脱いでよ。売れっ子になっても、叔父さんの会社から本を出すからさぁ」
猫撫で声で甘えつつ、将来の出版約束までしている。
彼女の気分は、すっかり流行作家。
叔父さんは、身内とは言え若い子に甘えられ、それ以上キツイことを口にはせず「どうするかなぁ」と、思案顔。
その日は結論が出ないまま解散したけど、1週間ほどして彼女から『山の上ホテルが取れたよー。これで合格間違いなし』のメッセージが来て、受験生の宿泊には分不相応な山の上ホテルに宿泊することになったんだ。
(つづく)




