この展開は?(とある受験生のつぶやき)
僕は合宿所の候補生2人目になったらしい。叔父さんが話を続けようとしたところで、彼女が話に割り込んでくる。
「良かったねー、これで東京に出て小説を書きまくっても、路頭に迷わなくて済むから安心よ。寝る所と水があれば、簡単には死なないからね」
彼女が美少女スマイルを満面に浮かべて、僕の候補生入りを歓迎してくれる。歓迎してくれるのは嬉しいけど、安心レベルのハードルが高くない? 命を賭けないと小説家になれないの?
「今、彼女の祝福を心から喜んでいないだろう?」
叔父さんがサングラスの奥からジロリと睨んでいる感じがする。
否定はしません。彼女も一緒だから合宿所はタコ部屋ではないと思うけど、昔から上手い話には気をつけろと言うじゃないですか。
「彼女に言われて簡単に候補生にしたのがまずかったかな? そもそも今の小説、書いていてどうなの?」
どうなの? と言われても困りますが。
「あれだけ長く書いていて、登場人物が少ないとは思わない?」
それは思っています。
「彼女たちで一応バランスが取れていますし、主人公たちがやることも多いですから」
「バランスねぇー。それと話が始まってから、誰も死んでいないし、いなくなったりもしていないよね? なんで?」
やっぱり聞いてきたけど、ここは答えておかねば。
「あれだけバトルをやっても彼女たちが元気なのは能力者ですから。この物語は能力者に絶対的な力があるのが前提なので、簡単に死なれては困ります」
「誰もいなくならないのは?」
「それは……誰かがいなくなったら、彼女たちがかわいそうじゃないですか」
「そこだよ! 素人の作家気取りの良くないところは。君の小説を読んで、主人公たちへの強い想いは分かるけど、それって仲良しグループで一緒に遊んでいるだけじゃない? SF、恋愛、歴史モノ、なんでも良いけど、読者は物語に意外性やハラハラドキドキを求めているの。バランスが崩れそうになっても話の中に新しいキャラクターを突っ込んだり、とんでもないことをして誰かがいなくなったりするの。それでもなんとかして、話を進めていくのが物書きだと思うけどな」
そんなことを初めて言われた。少し悔しいけど、納得してしまう自分がいる。
叔父さんはポケットからまたタバコを取り出して火を付ける。
隣に座る彼女はタバコの煙に文句も言わず、叔父さんが言ったことを小さなノートにメモしている。
メモを書き留めたあと、こちらを向いて口を開く。やっぱり距離が近いんですけど。
「ねっ? 勉強になるでしょう? 合宿所に入ればいつでも叔父さんからアドバイスを貰えるから、アッという間に小説家デビューが出来るわ」
「俺はいつもいないからね。基本は自分で考えるんだ。考えて考えて考え抜いて、脳ミソの皺が額に浮き出るようになったら、いい話が書けるんだ」
そんなことしたら二十歳になる前に、お爺さんの顔になりますが?
「叔父さん、脳ミソは絞るけど、皺が増えるのは嫌よ。叔父さんがいつも言っている『四六時中考えろ』でしょう? 分かっていますって。大学にいる間に賞を取って文壇デビューするんだから」
こんな地下室で凄い宣言をしているけど、彼女、大丈夫?
「彼女がこんなにやる気満々だから、君もせいぜい置いて行かれないように頑張ってくれよ」
ここで『候補生を辞退します』とか言ったら、彼女と叔父さんから、なんて言われるか分からないよね?
「良かったね。叔父さんから励まされたから、頑張らないとね」
いえ、励まされても。
「俺は今から東京に戻るから、ここの戸締まりをしておいてくれるかな? それにしても親父も面倒な建物を残してくれたな。こんな使えないビル、毎年固定資産税の通知が来るとイヤになるよ。それじゃあ」
そう言って、叔父さんは扉の脇に置いてあるバッグを肩に掛け、部屋から出て行った。
薄暗い部屋でソファの隣に座っている彼女と二人っきり。普通だったら『ここで良い雰囲気になったら』と思わないでもないけれど、今日聞いた話が脳ミソの許容範囲を超えていて、頭の整理で精一杯。
彼女はスッと立ち上がり、叔父さんが使っていたデスクへ向かう。
「そういうことだから、この部屋の片付けを手伝ってもらえる? 叔父さん、片付けをしない人だからゴミ出しとか大変なの」
「えっとー、叔父さんが話したことだけど」
「『素人の作家気取り』? あれは叔父さんの十八番なの。毎回そのあとに言うことは違うけど、的を射ているからアドバイスノートを作って書き足しているわ。文壇デビューしなきゃだしね」
彼女がこちらを向いてウインクをする。
その愛らしい表情と、抱いている野望のギャップが……
「イヤ、それではなくて合宿所のことなんだけど」
「合宿所? 今、物件を探しているみたい。叔父さんは世田谷の古いビルに一人で住んでいて『そこを合宿所にする』って言うからダメ出しをしたの。小説家になるための刺激を受けるために山手線の内側に住まないとね」
僕が合宿所に入るのかどうかも決めていないのに、彼女の中では場所選びの段階らしい。いろいろ聞きたいことがあるけど、これ以上聞いても仕方ないか。
「そうなの? いい所が見つかると良いね」
「うん、南青山から広尾方面が第一候補。向こうに行ったら家具の買い出しとかいろいろあるから、よろしくね」
デスクの上を片付けながらこちらを向いて、美少女スマイル。
今日は、美少女スマイルのバーゲンセール?
ニコニコしてる彼女からそう言われると、答える言葉は限られる。
「こちらこそ、よろしく」
こんな展開があって、叔父さんと彼女と僕の奇妙な日常生活が始まることになったんだ。
(前日譚『この展開は……!』:了)
このあとすぐに「東京で奇妙な日常生活」とはならず、「彼女と僕」は小説家を目指す前に、まず大学受験。次章『受験で滑るのは嫌だけど、タイムスリップは?』 優先事項は「ちゃんと試験が受けられること」とは?




