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星の降る道ⅰ 死者の星環  作者: 超魔王
遠回りの道
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川の夕飯

朝、目を覚ましたとき、最初に聞こえたのは川の音だった。


一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。


天井がない。


正確には、頭の上にはテントの布がある。


昨日、僕はここで寝たのだ。


身体を起こして外へ出ると、朝の空気は少し冷たかった。


火はもう小さくなっていた。


ダルガンが、その前にしゃがんでいる。


「おはよう」


「おう」


「早いね」


「馬がいるからな」


少し離れたところでは、ナディラが荷物をまとめていた。


僕はバルシャのところへ行った。


青みがかった黒い毛が、朝の光を受けている。


「おはよう、バルシャ」


鼻先に触れる。


昨日より少しだけ、近くなった気がした。


もちろん、僕がそう思っているだけかもしれない。


朝食を済ませ、テントを畳む。


僕も手伝った。


昨日は何をしていいのか分からず、ほとんど見ていただけだった。


今日は杭を抜いた。


布を畳んだ。


荷物を馬へ載せるのも手伝った。


僕が紐を結ぶと、ダルガンが見に来た。


引っ張る。


「やり直し」


「駄目?」


「途中でずれる」


ほどいて結び直す。


もう一度。


「これなら?」


ダルガンが引っ張った。


「まあ、いいだろ」


それだけだった。


でも、少し嬉しかった。


僕たちはまた道へ戻った。


二日目になると、馬に乗ることにも少し慣れた。


少し、である。


お尻は痛い。


足も痛い。


「ダルガン」


「なんだ」


「旅商人って、毎日これなの?」


「そうだよ」


「身体、痛くならない?」


「最初はなる」


「いつならなくなる?」


「そのうち」


ダルガンは何でも「そのうち」で済ませる。


神学なら、こんな答えは許されない。


教典のどこに書かれているのか。


どの時代の解釈なのか。


誰がそう定めたのか。


全部、理由が必要になる。


でも馬のお尻の痛みについて書いた教典は、たぶんなかった。


昼を過ぎても、道は続いた。


村をいくつか通った。


旅人ともすれ違った。


荷車も見た。


ときどきダルガンが誰かと話し、道の様子を聞いた。


僕には、どの話が重要なのかよく分からない。


橋が壊れている。


昨日、雨が降った。


この先の川が少し増水している。


ある村では馬草が高い。


別の村では安い。


ダルガンはそういう話を一つずつ覚えていた。


夕方が近づくと、また川が見えてきた。


「今日はどこに泊まるの?」


僕が聞くと、ダルガンは川を見た。


「このへんでいいだろ」


ナディラも周囲を見る。


「少し上ね」


「分かってるよ」


「昨日は私が言ったでしょう」


「今日は分かってた」


二人が馬を降りる。


僕もバルシャから降りた。


そして、言われる前に周囲を見た。


木がある。


落ちた枝がある。


僕は一本拾った。


曲げる。


折れない。


捨てた。


別の枝。


ぱきん。


「これだ」


何本か集める。


乾いた松ぼっくりもあった。


抱えて戻ると、ダルガンが僕の持ってきた枝を一本取った。


ぱきん。


「……お」


もう一本。


ぱきん。


「今日は分かってるじゃねえか」


「昨日覚えたから」


「調子に乗るなよ。一本くらい湿ってるかもしれねえぞ」


全部確認された。


一本だけ駄目だった。


「ほらな」


「でも一本だけだよ」


「昨日はほとんど全部だったろ」


それは言わないでほしかった。


僕は火の準備を手伝った。


細いものから。


少しずつ太くする。


ダルガンが火を起こす。


「僕もやってみたい」


「今度な」


「どうして?」


「これは俺の楽しみだ」


昨日あれだけ教えてくれたくせに、そこだけは譲らなかった。


ナディラが笑う。


「諦めなさい。火を起こすのだけは、この人なかなか譲らないから」


「子供みたい」


「なんだと?」


火ができた。


でも、今日は昨日と違うことに気づいた。


「夕飯は?」


鳥肉がない。


昨日使った串も出てこない。


「これからだ」


ダルガンは荷物の中から細長い竿と糸を出した。


「飯、捕りに行くぞ」


「捕るの?」


「川があるだろ」


僕は川を見た。


「魚?」


「魚以外に何捕るんだよ」


「僕も行く」


「そのつもりだ」


僕はダルガンについて川へ下りた。


釣りをした経験なら、まったくないわけではない。


王宮の行事で池に糸を垂らしたことくらいはある。


でも、あれは誰かが竿も餌も全部用意してくれた。


釣れなくても夕飯は出てきた。


今日は違うらしい。


「釣れなかったら?」


「別のもん食う」


「あるの?」


「米と豆はある」


「じゃあ魚いらないじゃない」


「魚あった方がうまいだろ」


それもそうだった。


ダルガンに教えられて糸を垂らした。


待つ。


何も起きない。


待つ。


まだ何も起きない。


「ダルガン」


「なんだ」


「暇だね」


「釣りってのはそういうもんだ」


「楽しい?」


「楽しいぞ」


ダルガンは本当に楽しそうだった。


この人は、不便なことならだいたい好きなのではないだろうか。


水面を見ていると、急に手元が引かれた。


「あ」


竿が動く。


「ダルガン!」


「引け!」


「引いてる!」


「そっちじゃねえ!」


「魚に言ってよ!」


「おまえに言ってんだよ!」


何がどうなったのか分からないまま、僕は必死に竿を持った。


魚が水面で跳ねた。


「うわっ」


「緩めんな!」


「どうすればいいの!」


「そのまま! そう、上げろ!」


どうにか岸へ引き上げた。


魚が草の上で跳ねる。


僕も立ち上がった。


「釣れた!」


「見りゃ分かるよ」


ダルガンが笑った。


僕は魚を見た。


大きくはない。


ダルガンが釣った魚より小さい。


でも僕が釣った。


「これ、僕の?」


「魚に名前でも書いとくか?」


「そうじゃなくて」


「おまえが釣ったんだから、おまえのだよ」


その言葉で、急に魚が立派に見えた。


結局、ダルガンが何匹か釣り、僕ももう一匹釣った。


野営地へ戻ると、ナディラも食事の準備をしていた。


鍋のそばに、見覚えのない葉が置いてある。


「それ何?」


「食べられる草よ」


「そこに生えてたの?」


「そう」


僕は周囲を見る。


さっきまで、ただの草だと思っていた。


「何でも食べられるの?」


「まさか」


ナディラが笑った。


「分からないものは食べちゃ駄目よ」


ダルガンも頷いた。


「知らねえ草は草だ。飯じゃねえ」


それは覚えておこうと思った。


魚を焼く。


鍋には米と豆、それにナディラが持っていた野菜や摘んだ葉が入った。


昨日残ったものも少し加える。


ダルガンは相変わらず、調味料を量らない。


「どのくらい入れたの?」


「このくらい」


「だから、このくらいってどのくらい?」


「十年くらい作れば分かる」


「十年?」


「俺だって最初からできたわけじゃねえよ」


それは少し意外だった。


ダルガンは何でも最初からできたように見える。


やがて魚の焼ける匂いがした。


鍋から湯気が上がる。


三人で並べてみる。


川魚。


米と豆の煮込み。


野菜。


野草。


昨日の残り。


豪華な料理ではない。


なのに、思っていたよりずっと立派な夕飯になった。


「何もなかったのに」


僕は言った。


ダルガンが魚を食べながら首を傾げる。


「あるだろ」


「何が?」


「川もある。草もある。荷物の中にも食いもんがある」


「そういう意味じゃなくて」


「じゃあ、どういう意味だよ」


僕にも、うまく説明できなかった。


王宮では、食事は厨房から運ばれてきた。


火は誰かが起こしていた。


水は誰かが汲んでいた。


馬は誰かが世話をしていた。


僕は完成したものばかり見ていた。


でも、ここでは違う。


魚は川から出てきた。


薪は地面に落ちていた。


火はダルガンが起こした。


草はナディラが見つけた。


僕も魚を二匹釣った。


何もないと思っていた場所から、夕飯ができた。


僕はダルガンを見た。


「なに?」


「ダルガンって、どこでも暮らせそうだね」


「どこでもは無理だ」


「でも、川があれば魚捕れるし、火も起こせるし、食べられる草も分かるでしょう」


「それはナディラも分かるぞ」


「私は一人なら宿へ行くわよ」


ナディラが即答した。


「屋根とベッドがあるもの」


「虫もいねえしな」


ダルガンが言う。


「そう。虫もいない」


二人が笑った。


食事が終わっても、火は残っていた。


僕は自分のカップを持って、その前に座った。


昨日と同じ川辺だった。


でも昨日より、自分の居場所になった気がした。


ダルガンが薪を一本入れる。


「自分で寝床作って、自分で火起こして、自分で飯作る」


炎が少し大きくなった。


「楽しいだろ」


僕は火を見た。


「うん」


今度は、昨日より早く答えた。


ダルガンが満足そうに笑った。


向かい側でナディラが僕たちを見比べていた。


「……増えた」


「何が?」


僕が聞く。


「なんでもないわ」


「昨日も言ってたよね」


「そのうち分かるわよ」


そのうち。


ダルガンと同じことを言う。


僕は少し笑った。


明日は神官領へ着く。


そこは僕がよく知っている場所のはずだった。


少なくとも、その夜の僕はそう思っていた。

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