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星の降る道ⅰ 死者の星環  作者: 超魔王
遠回りの道
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最初の野営

バルサを出てから、道はずっと北へ続いていた。


三人と、五頭。


昨日までなら、それだけでもずいぶん不思議な数え方だったと思う。


けれど今は、五頭の中にバルシャがいる。


僕の馬だ。


そう思うと、少しだけ嬉しかった。


「今日は町まで行かないの?」


日が傾き始めたころ、僕は前を行くダルガンに聞いた。


「行かねえよ」


「宿は?」


「泊まらねえ」


「じゃあ、どこで寝るの?」


ダルガンが振り返った。


「そのへん」


そのへん。


王宮では聞いたことのない宿の名前だった。


しばらく進むと、街道から少し離れたところに川が見えた。


ダルガンは馬を降り、川辺を歩き回った。


地面を踏み、空を見て、川を見る。


「この川辺なら、なかなかいいなあ」


僕には何がいいのか分からない。


「何を見てるの?」


「寝る場所だよ。水が近い。馬も休ませられる。地面も悪くねえ」


ナディラも馬から降りた。


「もう少し上」


「なんで?」


「そっちは夜露がひどいわ。雨が降ったら水も来る」


ダルガンが地面を見る。


「……じゃあ、こっちだな」


「最初からそう言ってるでしょう」


二人は当然のように荷を解き始めた。


僕だけが立っていた。


「おい、アシャン」


「なに?」


「乾いた木と松ぼっくりがあるだろうから、探しに行くぞ。ナディラは馬の世話を頼む」


「はいはい」


ダルガンは妙に楽しそうだった。


「火を起こしたら、俺がとびきりうまい飯作ってやるからな」


僕はダルガンについていった。


木なんて、どれも同じだと思っていた。


だから落ちている枝を適当に拾った。


何本か抱えて戻ると、ダルガンが僕の腕の中を見た。


そして笑った。


「おい、アシャン。そんな湿気てる枝持ってくるんじゃねえよ」


「乾いてるよ」


「どこがだよ」


一本取って曲げる。


折れない。


「こういうのは駄目だ。燃えねえことはねえけど、煙ばっかり出る」


「じゃあ、どういうの?」


「ほら」


ダルガンは地面から細い枝を拾った。


ぱきん。


乾いた音がした。


「こういうやつ」


「音で分かるの?」


「音でも分かる。見ても分かる。そのうち分かるようになる」


今度は開いた松ぼっくりを拾った。


「乾いた松ぼっくりもいい。それと、こういう細くて樹脂っぽい枝だな。火を起こすときは最初にこういうのを使うんだよ」


「太い薪の方がよく燃えるんじゃないの?」


「火が育ってからな」


細いものから始める。


火がついたら、少し太いもの。


それから薪。


僕はしゃがんで見ていた。


ダルガンは僕がじっと見ていることに気づいたらしい。


「そんなに見てるなら、教えてやるよ」


火が生まれた。


最初は頼りなかった。


それが細い枝へ移り、少しずつ大きくなっていく。


僕は不思議だった。


王宮でも火はいくらでも見た。


灯火も、厨房の竈も、冬の暖炉も。


でも、火がないところから火ができるところを、こんなにじっと見たことはなかった。


「楽しいだろ?」


ダルガンが言った。


「うん」


「だろ?」


なぜかダルガンの方が嬉しそうだった。


やがて火が安定すると、ダルガンはカップを手にして炎の前へ座った。


「こうやってな、火を起こして、あったかい飯食ってると、なんだか町の喧騒を忘れるんだよな」


ナディラも馬の世話を終えて戻ってきた。


「それは、たしかにそうね」


「だろ?」


そこからダルガンは珍しくよく喋った。


「こういう火起こしの道具とか、鍋とか、コップとかもな。集めだしたらきりがないんだよ」


「集めるの?」


「集めるつもりはねえんだよ。でも町へ行くと、いいのがあるんだよなあ」


ナディラが僕を見る。


「この人の『見るだけ』は信用しちゃ駄目よ」


「買わねえよ」


「そのカップは?」


「……買った」


「火起こしの道具は?」


「必要だったんだよ」


「三つあるでしょう」


「予備だ」


僕は笑った。


「だったら、もっとたくさん持ってくればいいんじゃない?」


ダルガンは首を振った。


「それじゃ面白くねえんだよ」


「どうして?」


ダルガンは自分のリュックを軽く叩いた。


「こういうのは一つのリュックに収まるくらいがいいんだ。少しずつ自分に合うのを買い足して、入らなくなったら何か出す」


「不便じゃない?」


「不便なのがいいんだよ」


僕にはよく分からなかった。


「不便なのに?」


「制限がある方が、吟味するのが楽しいんだよ。何でも欲しいなら旅館と一緒だろ」


ナディラが笑った。


「私はダルガンが好きでなんでもするからいいけど、一人なら宿の方がいいわ」


「なんでだよ」


「だって虫がいないもの」


ダルガンが笑った。


ナディラも笑っていた。


「屋根もあるし、ベッドもあるし、お湯もあるもの。私は便利でも困らないわ」


「分かってねえなあ」


「分からなくて結構です」


夕飯になると、ダルガンは荷物から鳥肉を取り出した。


「よし。今日は鳥の串焼きを作ってやる」


「作れるの?」


「おい。そこらの飲み屋より年季入ってるからな」


鳥肉を切る。


串へ刺す。


塩を振る。


それだけだった。


「量らないの?」


「量らねえよ」


「香辛料は?」


「いらねえ」


ダルガンは塩の袋を軽く振った。


「カルバーブの鳥には、ザルカドの塩がありゃいいんだよ」


ナディラが笑う。


「あなた、塩だけは故郷びいきよね」


「馬もだ」


「はいはい」


串を網に並べると、ダルガンが半分を指さした。


「アシャン。そっちはおまえが見ろ」


「僕が?」


「焦げそうになったら返せ」


「いつ?」


「焦げそうになったら」


「だから、それがいつなの?」


ダルガンが声を上げて笑った。


「見てりゃ分かるって。焦がしたら、おまえが食えよ」


「そんな決まりあるの?」


「今できた」


ナディラまで笑った。


僕は網を見張った。


脂が落ちた。


じゅっ、と火が鳴った。


いい匂いがした。


「これは?」


「まだ」


「こっちは?」


「まだ」


「これは?」


「それ返せ!」


慌てて返す。


少し黒かった。


「あーあ」


「焦げた?」


「ちょっとな。おまえのだ」


「ダルガンがもっと早く言ってくれればよかったのに」


「俺が見たら、おまえが見てる意味ねえだろ」


そう言ってから、ダルガンは僕の串を一本取って焼け具合を確かめた。


「鳥はよく焼けよ」


そこだけは真面目だった。


「腹壊したら、せっかくの旅がつまらなくなるからな」


焦げるのはいい。


生焼けは駄目。


その違いは分かった。


僕は自分の串を食べた。


少し焦げていた。


でも、うまかった。


「おいしい」


「だろ?」


ダルガンは今日一番得意そうな顔をした。


王宮でもっと手の込んだ鳥料理なら、いくらでも食べたことがある。


でも、自分で薪を拾ったことはなかった。


火が起きるところから夕飯を待ったこともない。


まして、自分で焼いた鳥を川辺で食べたことなどなかった。


食事のあとも、僕たちはしばらく火の前にいた。


川の音がした。


頭上には星があった。


ダルガンが空を見上げる。


「町は騒がしいけど、こういうところで飯食って空を眺めてるのは旅商人の特権なんだよ」


それから笑った。


「星と空気も独り占めだ。まるでカルバーブの王様みたいだろ?」


僕も笑った。


「そうかもね」


本当のカルバーブ王が、こんなふうに川辺で寝たことがあるのか。


僕には分からなかった。


その夜、僕は生まれて初めてテントで眠った。

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