次の町へ
五頭になった馬を連れて、僕たちは馬屋を出た。
町外れには、旅商人たちが荷を積み直す広場があった。
ダルガンとナディラはそこで荷を確認した。
食べ物。
薬。
交易品。
水。
鞍袋。
僕にはどの馬に何を載せても同じに見えたけれど、二人には違うらしい。
「食料は分ける」
ダルガンが言った。
「一頭にまとめないの?」
「その一頭がいなくなったら、全部なくなるだろ」
「ああ」
また一つ覚えた。
一段落すると、ダルガンが近くの屋台を指した。
「飯にするぞ」
串焼きと焼き飯を買った。
ダルガンは荷物の上に腰を下ろした。
ナディラも座る。
僕だけ立っていた。
「ここに座るの?」
「あたりめぇだろ」
仕方なく僕も座った。
椅子も机もない。
誰も食器を並べてくれない。
焼き飯をどう食べるのか見ていると、二人とも手を使っていた。
ナディラが小さな木匙を取り出した。
「気になるなら、これ使う? 薬を飲むときのだけど」
少し迷った。
「やってみるよ」
指で取った。
熱い。
少しこぼした。
二度目はうまくいった。
食べてみる。
「おいしい」
「そりゃよかったな」
「こうやって食べると、おいしいんだね」
ダルガンが僕を見る。
「おまえ今までどうやって食ってたんだ?」
「普通に食器で」
「こっちも普通だ」
それはそうかもしれない。
僕はまた焼き飯を取った。
「こういうふうに、いつか食べてみたかったんだ」
「こういうふう?」
「外で、適当なところに座って、買ったものをそのまま食べるの」
ダルガンが変な顔をした。
「変なところに憧れるんだな」
「できなかったから」
それ以上は説明しなかった。
食べ終わってから、もっと重大なことに気づいた。
「指はどうするの?」
「そのまま舐めて、どっか服で拭け」
「そんなのはダルガンだけだから」
ナディラが水筒を出した。
ほんの少し水を手にかけてくれる。
それからハンカチを渡された。
「これ使いなさい」
「ありがとう」
指を拭いていると、ダルガンが僕を見ていた。
笑っている。
馬屋で値切っていたときとは少し違った。
なんだか優しそうだった。
「何?」
「別に」
まだ笑っている。
「変ですか?」
「変じゃねえよ」
だったら、なぜ笑うのだろう。
分からなかった。
荷をまとめて、広場を出た。
その途中だった。
人が集まっている立て札があった。
新しい公示らしい。
僕は何気なく見た。
足が止まった。
兄の名前があった。
国王ラシャン。
その後ろに、崩御と書かれていた。
何度読んでも同じだった。
その下には、もう一つ名前があった。
王弟。
王国司祭。
アシャン。
死亡。
僕は立て札を見つめた。
「……やっぱり同じ名前だな」
横でダルガンが言った。
「え?」
「王弟だよ。アシャン」
「ああ」
自分の名前を見た。
「……そうだね」
「おまえくらいの歳だろ」
ダルガンは立て札を眺めた。
「双子の王子が生まれたころ、アシャンって名前がちょっと流行ったからな。学校でも行きゃ、一人か二人くらいいるだろ」
「そうかな?」
僕は笑ってごまかした。
ナディラは立て札を読んでいた。
「王宮の火事、ずいぶんひどかったみたいね」
僕は答えなかった。
兄の名前を見た。
ラシャン。
崩御。
僕はその紙の端に手を伸ばした。
剥がそうとした。
その瞬間、手首をつかまれた。
「おい」
ダルガンだった。
「何してる」
「これ、持っていこうと思って」
「駄目に決まってんだろ」
「一枚くらい」
「一枚でもだ」
ダルガンは僕の手を立て札から離した。
「国の公示だぞ。勝手に剥がしたら憲兵が来る」
僕は黙って紙を見た。
「欲しいなら号外でも探せ。これは置いとけ」
「……うん」
僕は生きている。
なのに、ここには死んだと書いてある。
だったら。
兄について書かれていることは、本当なのだろうか。
僕は兄が死ぬところを見ていない。
最後に見た兄は、生きていた。
だから今、僕が知っていることは一つだけだった。
兄が死んだ、と書かれている。
それだけだ。
ダルガンもナディラも、僕が誰なのかは聞かなかった。
たぶん、王宮に仕えていた家の子供か、どこかのいい家の坊ちゃんが、火事の夜に何かを見て逃げてきた。
そのくらいに思っているのだろう。
僕も説明しなかった。
少し歩いてから、ダルガンが言った。
「で、アシャン」
初めて、ちゃんと名前で呼ばれた気がした。
「おまえ、どこへ行きたい?」
僕は考えた。
王都へ戻りたい。
兄のところへ戻りたい。
それが最初に浮かんだ。
でも、今の僕には何が起きているのかさえ分からない。
「この国では、ご覧の通り追われているので」
「まだ追ってきてねえけどな」
「そのうち来るでしょう?」
「まあな」
「だから、とりあえず外の国へ行きたいです」
そこで少し考えた。
「できれば、まだ知りたいこともあります。それに、勉強もしたいんですが」
ダルガンとナディラが顔を見合わせた。
「じゃあ、サルマーンか?」
ダルガンが言った。
「サルマーン?」
その名前なら知っていた。
「もしかして、あの図書館があるところですか?」
「そうよ」
ナディラが答えた。
「大きな図書館があるわ。本も記録も、嫌になるくらい」
「嫌にはならないと思う」
「そういう子みたいね」
ナディラが笑った。
僕はそこで、ふと思い出した。
「でもダルガン」
「なんだ?」
「さっき馬屋で、ザルカドへ行くって言ってたよね」
「ああ」
「サルマーンへ行くの?」
「そうだ」
「じゃあ、ザルカドは?」
「行かねえよ」
「……嘘だったの?」
ダルガンは僕を見た。
「逃げてんのに、馬屋の親父に本当の行き先を教える馬鹿がいるか」
「でも、知り合いなんでしょう?」
「知り合いだからだよ。憲兵に聞かれたら、あの親父は本当のことを答えられる」
僕は少し考えた。
馬屋の主人は嘘をつかなくていい。
ダルガンはザルカドへ行くと言った。
だから、そう答える。
「……なるほど」
「おまえ、そういうのは知らねえんだな」
「神学では習わなかった」
「だろうな」
ナディラが笑った。
出発の準備が終わった。
僕はバルシャのそばに立った。
背中にはナディラにもらった背負い袋がある。
替えの服が入っている。
銀貨六枚も、自分で持っている。
五頭の馬には荷が積まれていた。
僕は出発する前に、もう一度バルサを見た。
市場の屋根。
馬屋の看板。
荷車の轍。
串焼きの煙。
人の声。
そして、その向こうに立て札が見えた。
ここで僕は、兄が死んだと知った。
――違う。
兄が死んだと、書かれているのを見た。
それだけだ。
僕はバルサの町を、よく目に焼き付けた。
昨日まで知らなかった町だった。
たぶん、これから先も忘れない。
「アシャン」
ダルガンに呼ばれた。
振り返る。
ダルガンはもう馬の手綱を持っていた。
ナディラも出発の支度を終えている。
「じゃあ、行くぞ」
「うん」
僕はバルシャの手綱を握った。
三人と、五頭。
僕たちはバルサを出た。
次の町へ向かった。




