雨の馬
ダルガンは、やっぱり馬を見ていた。
しかも二頭いた。
「二頭も買うの?」
「三人になったからな」
王都へ来たとき、ダルガンはもっと多くの馬を連れていたらしい。
それは商品だったので、王都で売った。
残したのは、自分とナディラが旅に使う三頭だけ。
けれど今は人間が三人いる。
三人で三頭では余裕がない。
だから二頭買い足す。
「こいつと、こいつ」
一頭は見るからに丈夫そうだった。
もう一頭は少し小さい。
青鹿毛。
遠目には黒く見えるほど暗い毛だった。
僕が近づくと、その馬は逃げずに鼻先を寄せてきた。
「小さいですね」
「おまえにはその方がいい」
「安いからじゃなくて?」
「それもある」
馬屋の主人が笑った。
「賢い馬なんだけどな。血統も大したことないし、小柄だから、なかなか買い手がつかなくてよ。買ってくれるなら安くするぜ」
ダルガンは返事をせず、馬の脚を見た。
蹄を見る。
胸を見る。
背中を触る。
口の中まで見る。
「悪くねえ」
「だろ?」
「二頭なら、もう少し安くしろ」
「おい」
「即金。一括。馬具も二頭分ここで買う」
「最初から値切る気だったな?」
「商売だからな」
二人の話は長くなった。
ナディラが僕の横でため息をついた。
「ほらね」
「本当に長いね」
「馬だから」
結局、二頭とも買った。
鞍。
鐙。
手綱。
鞍袋。
荷を括る道具。
蹄も確認して、必要なところだけ直してもらう。
二頭とも荷馬としてだけではなく、人が乗れるようにするという。
「ところでダルガン」
主人が馬具を揃えながら聞いた。
「今回は売り物の馬は買わねえのか?」
「ああ。今回はザルカドへ行くからな」
「なら仕方ねえな。向こうで買った方がいい」
僕はその会話を聞いていた。
ザルカドへ行くのか。
初めて聞いた。
「そういや、その青鹿毛も親父はザルカド産なんだ」
主人が言った。
「名のある馬じゃねえけどな。こいつ自身はここらで生まれた」
青鹿毛は僕の肩を嗅いでいた。
「人が好きなの?」
「嫌いじゃねえな。賢いし大人しい。坊やが乗るならちょうどいい」
主人は青鹿毛の首を叩いた。
「もうダルガンのもんだから、名前でもつけて可愛がってやってくれ」
「名前がないの?」
「売り物だったからな」
僕は馬の額を撫でた。
「いつ生まれたの?」
「雨の日だったな。朝からずっと降ってた日だ」
雨。
夏至祭では雨を願う。
米を星に見立て、爆竹を鳴らす。
雨が降れば畑が潤う。
川が流れる。
人が生きられる。
「バルシャ」
僕は言った。
「なんだ?」
ダルガンが振り返る。
「この馬の名前」
「バルシャ?」
「雨って意味」
青鹿毛の首を撫でた。
「この馬が通ったあとに恵みの雨が降って、畑が実って、みんなが祝福されますように」
ダルガンがおかしそうに僕を見た。
「おまえ、偉い坊さんに名付けを頼んだみたいだな」
「偉い坊さん?」
僕は苦笑した。
主人が大笑いした。
「えらく立派な名前になったな、バルシャ」
バルシャは何も分かっていない顔で僕の手を嗅いだ。
「乗ってみろ」
ダルガンが言った。
「今?」
「おまえが乗る馬だ。合わなきゃ困る」
鞍に手をかけた。
昨日よりは少しだけ上手に乗れた。
バルシャはじっとしている。
「動かないよ」
「合図しろ」
「あ」
忘れていた。
脚を使う。
今度はしがみつかない。
バルシャが歩き出した。
「おお」
「歩いただけだぞ」
「分かってるよ」
でも嬉しかった。
少し進んで、戻ってくる。
ダルガンが頷いた。
「そいつなら大丈夫そうだな」
僕はバルシャの首を撫でた。
「よろしく」
返事はなかった。
でも、僕には悪くない返事に思えた。
五頭の馬が揃った。
昨日まで、僕はどこへ行くのかさえ知らなかった。
今はまだ行き先を知らない。
それでも、そこへ行くための馬だけはできた。




