6枚の銀貨
バルサへ入って最初に言われたのは、
「着替えてこい」
だった。
ダルガンが以前から使っている馬屋の裏で、ナディラから旅用の服を借りた。
僕が脱いだ服を、彼女はすぐに調べ始めた。
留め具を外す。
飾りを取る。
身元につながりそうなものは残さない。
「これは売れるわ」
「売るの?」
「持って歩きたい?」
首を振った。
「なら売りましょう」
ナディラは最低でもこれくらい、と値段を教えてくれた。
「それより安かったら?」
「売らない」
「高かったら?」
「好きにしなさい」
「一緒に来てくれないの?」
「行かないわよ」
「どうして?」
「あなたが売るんでしょう?」
結局、一人で行った。
簡単だと思っていた。
簡単ではなかった。
値段を言われても、それが高いのか安いのか分からない。
僕は計算ならできる。
でも、計算するための数字を知らなかった。
ナディラに教わった最低額だけを頼りに、一度断った。
少し値段が上がった。
もう一度断ってみた。
また上がった。
そこで売った。
たぶん、ナディラならもっと高く売れたと思う。
でも、最低額よりは高かった。
その金で普通の服を買った。
着ているものとは別に、替えも一組。
全部終わってから金を数えた。
銀貨が六枚残った。
六枚。
もう一度数えた。
やっぱり六枚だった。
自分で稼いだ金ではない。
自分の服が金に変わっただけだ。
それでも、自分で売って、自分で買って、自分の手に残った金だった。
馬屋へ戻ると、ナディラも帰っていた。
来たときより馬の荷が増えている。
「何を買ったの?」
「食べ物と薬。それから少し交易品」
「逃げるのに?」
「逃げているからよ」
ナディラは荷紐を引いて確かめた。
「商人が何も積んでいなかったら怪しいでしょう。食べ物と薬なら自分たちでも使えるし、余れば売れるわ」
なるほど。
旅に出てから、なるほどと思うことが増えた。
「あ、そうだ」
ナディラが荷の中から背負い袋を取り出した。
布と革でできた、丈夫そうなものだった。
「はい、坊や。これに荷物入れな」
「坊やじゃなくて」
「ん?」
「僕はアシャンだよ」
ナディラが瞬きをした。
「アシャン?」
「うん」
そういえば、名前を言っていなかった。
「アシャンねえ」
彼女は少し考えた。
「なんだか、お父さんみたいな名前ね。でも、この辺じゃ珍しくもないか」
「そうかな?」
僕は笑ってごまかした。
ナディラは特に気にしなかった。
「じゃあアシャン。これ、あなたの」
「僕の?」
「そう」
「いくら?」
「いらない」
「でも――」
「旅の始めには、何か一つもらうのが習わしなの。私の家の方ではね」
「旅の始め?」
「いい旅になるか、悪い旅になるか分からないけど」
ナディラは笑った。
「始まったものは仕方ないでしょう?」
僕は背負い袋を見た。
昨日まで、旅に出る予定なんてなかった。
逃げているだけだと思っていた。
でも、逃げた先へ進むなら、それも旅なのかもしれない。
「ありがとう」
「どういたしまして。自分のものは自分で入れなさい」
買ったばかりの替えの服を入れた。
財布も入れようとした。
「そこは駄目」
すぐ止められた。
「どうして?」
「それごと盗まれたらどうするの?」
手が止まった。
「じゃあ、どこに入れるの?」
「考えて」
「教えてくれないの?」
「まず考えてから聞きなさい」
全部は教えてくれないらしい。
僕が財布を見ながら悩んでいると、ナディラは少し笑った。
「さて。ダルガンのところへ行きましょう」
「まだいるの?」
「どうせ馬になると話が長いから」
僕はもらったばかりの背負い袋を背負った。
中には替えの服。
手元には銀貨六枚。
昨日までなら、どちらも自分で用意する必要なんてなかった。
たったそれだけの荷物なのに、背中が少し重く感じた。
でも、不思議と嫌ではなかった。




