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星の降る道ⅰ 死者の星環  作者: 超魔王
旅の始まり
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馬に乗れない王弟

馬は、僕のことが嫌いらしい。


そう思ったのは、たぶん五度目くらいに鞍の上で尻が跳ねたときだった。


「違う」


前を行くダルガンが言った。


「何が?」


「全部だ」


「全部?」


「手綱を引っ張るな。脚でしがみつくな。背中で跳ねるな」


「最後のは僕がやってるんじゃありません!」


「馬から見れば同じだ」


ひどい。


僕はもう一度、手綱を持ち直した。


昨夜まで、馬というものは乗せてもらえば進むものだと思っていた。


白河宮で馬に乗るときには、誰かが用意してくれた。鞍も鐙も調整されていたし、必要なら馬丁がついた。


けれど今は違う。


僕の下にいる馬は、僕が変な力を入れるたびに耳を動かし、明らかに迷惑そうにしている。


「力を抜きなさい」


隣を行くナディラが笑った。


「抜いてるよ」


「抜けてないわ」


「これ以上抜いたら落ちる」


「その考え方が駄目なんだ」


ダルガンまで言った。


二人とも同じことを言うなら、たぶん僕が間違っている。


分かったからといって、できるわけではなかった。


白河宮を出てから、ずっとこんな調子だった。


いや。


出た、という言い方は正しくない。


逃げたのだ。


夏至祭の爆竹に紛れて、宮殿から火が上がった。


ミーラーに起こされ、煙の中を走った。


ヴァルダーンが僕を連れ出した。


途中で追手が来た。


僕は馬についていけなくなった。


そして、爆竹と火と馬の音の中で、ダルガンに拾われた。


そのあとナディラと合流した。


ヴァルダーンとは途中で離れた。


最後に言われた言葉だけは覚えている。


――必ずまたお会いします。


僕はその言葉を信じることにしていた。


信じる以外に、できることがなかった。


「坊主」


ダルガンが振り返った。


「遅れてるぞ」


「これ以上速くしたら落ちる!」


「落ちそうになったら言え」


「落ちてからじゃ遅いでしょう!」


ダルガンが笑った。


少しだけ腹が立った。


けれど、本当に危なくなったときだけは、彼は必ず馬を寄せてきた。


それ以外は手を貸してくれなかった。


昼近く、一度馬を休ませた。


地面に降りると、脚が自分のものではないみたいだった。


「痛い」


「最初はそんなもんだ」


ダルガンはもう馬の脚を見ている。


蹄を確かめ、背を撫で、汗の具合を見る。


僕も真似して馬を見た。


「何してる?」


「馬を見てる」


「何を?」


「……馬を」


ダルガンが僕を見た。


「分からねえんだな」


「うん」


水をどれくらい飲ませるのか。


餌はどれくらい必要なのか。


鞍をいつ外すのか。


脚のどこを見ればいいのか。


何も知らなかった。


僕は馬に乗ったことはある。


でも、馬の世話をしたことはなかった。


考えてみれば、それはずいぶん違うことだった。


「僕、何も知らないな」


思わず口から出た。


ナディラが水を飲みながら僕を見る。


「何もってことはないでしょう」


「兄上は法を勉強してた。僕は神学を勉強してた。でも、馬のことは知らない」


「だったら覚えればいい」


ダルガンはそれだけ言った。


簡単に言う。


でも、その言い方が少しだけありがたかった。


知らないことが、罪ではないように聞こえた。


馬を休ませてから、また進んだ。


僕は白河宮へ戻りたかった。


兄がいる。


ミーラーもいる。


ヴァルダーンも、きっと戻ってくる。


だから戻らなければならない。


「ダルガン」


「なんだ」


「王都へ戻りたい」


「どうやって?」


「どうやってって……」


「道は分かるか?」


黙った。


「ここがどこか分かるか?」


もっと黙った。


「追手がどっちにいるか分かるか?」


完全に黙った。


ダルガンがため息をついた。


「まずバルサへ行く」


「バルサ?」


「町だ。人も物も情報もある」


ナディラが僕の服を見る。


「それに、その格好のままじゃどこへ行っても目立つわ」


僕も自分の服を見下ろした。


煤と泥で汚れてはいる。


それでも、生地も仕立ても町の人のものとは違うらしい。


「そんなに変?」


二人が同時に僕を見た。


「変だ」


「変ね」


また同じだった。


夕方。


道の先に屋根が見え始めた。


あれがバルサだという。


僕は馬上で尻の痛みに耐えながら、その町を眺めた。


昨日まで、こんな町へ自分が逃げ込むことになるなんて考えたこともなかった。


「そういえば」


僕は乗っている馬を見た。


「この馬、名前は?」


「ない」


ダルガンが答えた。


「ないの?」


「借り物だ」


「馬って名前がなくてもいいの?」


「困らねえ」


僕は少し考えた。


「じゃあ僕が――」


「つけるな」


「まだ何も言ってない!」


ナディラが声を上げて笑った。


その笑い声を聞きながら、僕たちはバルサへ入った。

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