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星の降る道ⅰ 死者の星環  作者: 超魔王
王の一翼
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王の一翼

三長会議が開かれたのは、その日の夜だった。

 ナルヴァーン本部の最奥。

 昼間のような慌ただしさはない。

 石造りの細い廊下を抜けた先に、小さな会議室があった。

 大広間ではなかった。

 むしろ、アシャンには意外なほど狭く見えた。

 中央に長い机が一つ。

 壁際には、古びた木箱と書棚。

 窓は小さい。

 ここだけは、外を走り続ける馬の音も遠かった。

 三人が席についていた。

 騎士団長ジャムカ。

 副団長ウルージ。

 そしてナルヴァーン長。

 三長会議。

 天空騎士団が古い盟約や組織全体に関わることを決めるときに開かれる会議だった。

 ヴァルダーンもいる。

 ダルガンとナディラ。

 ファルハド。

 そしてアシャン。

 ただし彼らは決定する側ではなかった。

 今夜だけは、アシャンが王だから決めるのでも、ヴァルダーンが軍略を示すのでもない。

 天空騎士団自身が答えを出す。

「始めます」

 ジャムカが言った。

 ナルヴァーン長が立ち上がる。

「まず、星環を」

 アシャンが腕を見る。

「本当に見るんだね」

「そのための会議です」

「昼に見せたけど」

「見たのは騎士団長一人です」

「細かいなあ」

 そう言いながら、アシャンは星環を外した。

 老人へ渡す。

 ナルヴァーン長はすぐには触らなかった。

 壁際の箱を一つ持ってこさせ、二つの鍵で開ける。

 中から出てきたのは古い板だった。

 そこに、一つの輪が描かれている。

 アシャンが覗き込む。

「星環?」

「星環を記録したものです」

「アルダーンのころの?」

「これは四百年以上前の写しです」

「じゃあ、そんなに古くないね」

 部屋にいた者たちが黙った。

 ダルガンがぼそりと言った。

「お前の基準がおかしくなってるぞ」

 ナルヴァーン長も苦笑した。

「四百年を新しいと言える方は、そう多くありません」

 次の箱が開く。

 こちらには書物が入っていた。

 さらに古い。

 紙ではなく、薄い皮に書かれている部分もある。

「これは六百年ほど前」

 次。

「こちらは八百年ほど前の写本」

「全部写しなの?」

「千年以上前の原本が、そのまま何でも残っていると思わないでください」

「そういうもの?」

「そういうものです」

 老人は記録を順に開き、星環の輪の太さ、星の配置、内側の刻み、継ぎ目、補修痕を確かめた。

 最後に、アシャンの星環がその横へ置かれた。

 老人は小さな拡大鏡を使った。

 ウルージも見る。

 ジャムカも手に取った。

 アシャンはしばらく待った。

 やがて退屈した。

「長いね」

 ナディラが小声で言う。

「大事なものなんだから我慢しなさい」

「僕のなんだけど」

「だからでしょう」

 老人は星環を裏返し、内側の傷を確かめた。

「この傷」

 ジャムカが指を置いた。

「記録にあります」

「いつの?」

「少なくとも六百年前には」

 アシャンが身を乗り出す。

「じゃあ僕がつけたんじゃないんだ」

「当然でしょう」

「ちょっと安心した」

 老人は最後の記録を閉じた。

 三人を見る。

「星環について」

 部屋が静まる。

「真正と認めます」

 アシャンが息を吐いた。

「よかった」

 ダルガンが見る。

「自分で持ってきたのに?」

「もし違うって言われたら困るでしょう」

「困るな」

「でしょう?」

 ジャムカが、オルシャニクから届いた檄文を机へ置いた。

「次はこちらです」

 末尾には、星環を拳に巻きつけて押した印がある。

 普通の王印とは違う。

 少し歪んだ輪。

 その中に、星の文様が重なっている。

 ナルヴァーン長がアシャンを見る。

「陛下」

「嫌な予感がする」

「同じ印を、ここでも作っていただけますか」

「やっぱり」

 ナディラが笑いを堪えた。

「どうやったのか、もう一度お願いします」

「正式な儀式みたいになってるけど、最初は思いつきだったんだよ」

「承知しております」

「だったら」

「同じ星環から同じ文様が出るか、確認いたします」

 アシャンは諦めた。

 星環を受け取る。

 拳へ巻く。

 一度外す。

「違うな」

「何がです?」

「オルシャニクでは、もう少しこっちだった」

 位置をずらす。

「たぶん、これ」

 印泥が置かれた。

 アシャンは拳を押す。

 そして白紙へ。

 力を入れた。

「これ、何回やっても手が汚れるね」

「終わってから洗ってください」

 拳を上げる。

 新しい印が紙に残った。

 ジャムカが、オルシャニクの檄文を横へ並べる。

 完全に同じ形ではない。

 拳で押したものだから、濃淡も歪みも少し違う。

 だが、星の位置、輪の重なり、継ぎ目にあたる部分は明らかに一致していた。

 ナルヴァーン長が二つを見比べる。

「同一の星環による印影と認めます」

 ウルージが腕を組む。

「では」

 ジャムカが確認する。

「星環は真正」

「はい」

「オルシャニクより発せられた檄文も、真正の星環によるもの」

「相違ありません」

「アシャン王の血統については」

 老人は別の記録を開いた。

「オルシャン王家の系譜について、こちらに疑義はありません」

 アシャンが聞いた。

「そこは調べないの?」

「あなたがアシャン王本人であることは、すでに多すぎるほど証人がおります」

「それもそうか」

「問題は」

 老人が星環を見る。

「この方を、古い盟約の上で何者と認めるかです」

 アシャンは少し身構えた。

 老人は続ける。

「アルダーン王は、生前、自らの後継者を一人に定めなかった」

 ヴァルダーンが黙って聞いている。

「しかし、星環は残りました」

「後世の王たち、諸侯たち、騎士たちは、それをアルダーンの継承を示すものとして扱うようになった」

 老人はアシャンを見る。

「そして今」

 星環と印影を見た。

「星環を持つオルシャン王家の末裔が、その星環を印として緊急招集を発した」

 ジャムカがゆっくり息を吐いた。

 三長が立つ。

「しばし、お待ちください」

 三人は部屋の奥へ移った。

     *

「どれくらいかかるかな」

 アシャンが小声で聞いた。

「知らん」

 ダルガンが答えた。

「寝ていい?」

「駄目でしょう」

 ナディラが言う。

「王なんだから」

「こういうときだけ不便だね」

 ファルハドが古い箱を見ていた。

「触るなよ」

 ダルガンが言う。

「触ってない」

「壊したら弁償できないぞ」

「だから触ってないって」

 ヴァルダーンだけは、奥を見たまま何も言わなかった。

「心配?」

 アシャンが聞く。

「いいえ」

「絶対?」

「ここまで確認して、なお動かないなら」

 ヴァルダーンは静かに言った。

「天空騎士団は、もう天空騎士団ではありません」

 それから間もなく、三人が戻ってきた。

 ジャムカが中央に立つ。

「三長会議の結論を申し上げます」

 アシャンも立った。

「うん」

「星環は真正」

「はい」

「オルシャニクより発せられた印影も、同星環によるものと確認」

「はい」

「アシャン王が、オルシャン王家の正統な末裔であることにも異議なし」

 そして最後。

 ジャムカは一度、頭を下げた。

「三長会議は」

「アシャン王を、アルダーンの後継者として認めます」

 アシャンは何も言わなかった。

 言えなかった。

 自分ではまだ、カルバーブの王になっただけでも重いと思っている。

 そこへ、さらに千年前の男の名前がついてきた。

「……大きすぎない?」

 思わず言った。

 老人が少し笑った。

「歴史は、本人の都合までは聞いてくれません」

「最近そればっかりだ」

 ジャムカが深く頭を下げる。

「遅くなりました」

     *

 翌朝。

 アシャンは、中央広場へ来るよう言われた。

 何があるのかは聞かされていなかった。

 最初に聞こえたのは、馬の音だった。

 一頭や十頭ではない。

 地面そのものが低く鳴っている。

 広場へ出た。

 アシャンは止まった。

「……すごい」

 馬。

 馬。

 その向こうにも馬。

 前列には騎士が並んでいた。

 重装の者。

 軽装の者。

 弓を持つ者。

 長槍。

 斥候装備。

 伝令用の小さな革袋を下げた者までいる。

 役割は違う。

 だが全員が馬上にいる。

 そして全員が、騎士として戦える。

 二千騎。

 アシャンはその後ろを見る。

 そこにも馬がいる。

「まだいる」

「おります」

 ヴァルダーンが答えた。

 後方三千騎。

 こちらは雰囲気が違った。

 荷馬。

 馬車。

 医療用の荷。

 鍛冶道具。

 予備の蹄鉄。

 糧秣。

 天幕。

 工具。

 炊事道具。

 武具修理の資材。

 それを率いる者たちも騎乗している。

「戦わない人たち?」

「戦列へ出ることを本務とはしません」

 ヴァルダーンが答える。

「ですが、この三千がいなければ二千騎は数日で止まります」

「全部で五千」

「はい」

 前へジャムカが出た。

 隣にはウルージ。

 ジャムカが馬から降りる。

 ウルージも続く。

 アシャンの前まで歩いた。

 ジャムカが剣を胸の前へ立てる。

「アシャン王陛下」

 広場が静まった。

 馬の鼻息だけが聞こえる。

「三長会議は、御身がお持ちになる星環を真正と認めました」

「また、オルシャニクより発せられた檄文の印影が、アルダーンの星環によるものと確認いたしました」

 一度、間を置く。

「アルダーンの後継者にして」

「オルシャンの末裔たる御身のもとへ」

 ジャムカは頭を下げた。

「遅ればせながら、参じます」

 二千騎が一斉に右手を胸へ当てた。

 金属の音が重なる。

 次にウルージが前へ出る。

「これより」

 ジャムカが言う。

「天空騎士団長ジャムカと、その麾下二千騎」

 ウルージが続ける。

「ならびに副団長ウルージと、後方支援三千騎」

 二人の声が重なった。

「古の盟約のもと」

「その一翼を担います」

 五千の視線が、アシャン一人へ集まった。

 アシャンは困った。

 王らしいことを言わなければならない。

 何か立派な言葉。

 アルダーンの後継者らしい言葉。

 考えた。

 出てこなかった。

「ありがとう」

 ジャムカが少しだけ顔を上げた。

「それだけですか」

「駄目?」

「いいえ」

 アシャンは後方の三千騎を見た。

 そして急に思い出した。

「でも、郵便は?」

 ジャムカが一瞬黙った。

「続けます」

「銀行も?」

「続けます」

「巡礼者の護衛は?」

「必要な人員を各地に残しております」

 アシャンは安心した。

「じゃあ、よかった」

 今度はウルージまで笑った。

 ヴァルダーンも、後ろで小さく息を吐いた。

 ナルヴァーンの門が開く。

 最初に伝令騎兵が出た。

 各地の中継所へ、天空騎士団参戦の知らせを運ぶためだった。

 その後ろで二千騎が動き始める。

 さらに、ウルージの三千騎。

 馬。

 荷車。

 旗。

 食糧。

 医薬品。

 工具。

 鍛冶道具。

 一つの軍が、ナルヴァーンから外へ流れ出していく。

 千年前。

 アルダーンの命令を届けるために、最初の騎兵たちは馬を走らせた。

 その後、彼らは巡礼者を守った。

 手紙を運んだ。

 金を預かった。

 道をつないだ。

 そして今。

 長い年月を経て、

 天空騎士団は再び、

 アルダーンの使者として馬を進め始めた。

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