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星の降る道ⅰ 死者の星環  作者: 超魔王
王の一翼
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ナルヴァーンにて

北門を抜けると、道は少しずつ高くなった。


 パトナの平地が背後へ遠ざかり、畑の代わりに牧草地が増える。


 何より、馬が多かった。


 放牧されている馬だけではない。


 街道を行く者のほとんどが馬に乗っている。


 革袋を背負った伝令。


 二頭の替え馬を引く騎士。


 荷車を護衛する武装騎兵。


 巡礼者の一団に付き添う者まで馬上にいた。


「みんな馬だね」


 アシャンが言った。


「天空騎士団ですから」


 ヴァルダーンが答える。


「騎士だから?」


「それだけではありません」


 街道の分岐には、小さな詰所があった。


 一騎が駆け込む。


 騎手は馬から降りることもなく、待たせてあった別の馬へ乗り換えると、そのまま街道を駆けていった。


「手紙?」


「おそらく」


 ナディラがその背中を見送る。


「あなたより手紙のほうが速くカルバーブを走ってるかもしれないわね」


「僕、王なのに?」


「王だからって馬より速くなるわけじゃないでしょう」


 ナルヴァーンへ近づくにつれて、人と馬の流れはさらに増えた。


 反対方向から来た騎兵が詰所へ飛び込み、書状を渡す。


 受け取った別の騎兵が、すぐに別の方向へ走る。


 荷車の横を騎士が護衛し、その後ろから巡礼者が歩いてくる。


 アシャンは何度も振り返った。


「ずっと動いてる」


「止めれば困る者が大勢おりますから」


 ヴァルダーンが言った。


 やがてナルヴァーンが見えた。


 アシャンは少し驚いた。


 天空騎士団本部と聞いて、大きな城を想像していた。


 確かに城壁はある。


 見張り塔もある。


 騎兵が何十騎も並んで通れるほど広い門もあった。


 しかし、その内側は軍営だけではなかった。


 巨大な厩舎。


 鍛冶場。


 いくつもの倉。


 荷物を仕分ける建物。


 書状を預かる窓口。


 金を預けに来た商人の列。


 巡礼者の宿舎。


 馬車の修理場。


 役人らしい者まで忙しそうに行き来している。


「町じゃん」


 アシャンが言った。


「ええ」


「騎士団の本部じゃないの?」


「本部です」


「でも銀行もある」


「あります」


「郵便も?」


「あります」


「宿も?」


「あります」


 アシャンはしばらく考えた。


「何の団体なの?」


 ヴァルダーンが少し笑った。


「それを今から思い出させます」


     *


 アシャン王がナルヴァーンへ入ったという知らせは、すぐに広がった。


 それでも町は止まらなかった。


 伝令は出ていく。


 荷は運ばれる。


 馬は交換される。


 商人は金を預ける。


 王が来たからといって、手紙を待っている者まで待たせるわけにはいかないらしい。


 アシャンは、そのことを少し面白く感じた。


「王より忙しいね」


「たいていの人間は王より忙しい」


 ダルガンが言った。


「それ、本当?」


「俺は知らん」


「適当に言ったでしょう」


 ナディラが笑った。


 騎士団長ジャムカは、本部の奥でアシャンたちを迎えた。


 アシャンが想像していたような鎧姿ではなかった。


 軽い騎乗服に外套。


 机の上には剣より書類のほうが多い。


 壁にも戦場図ではなく、ナルヴァーンから各地へ延びる街道と中継所の地図が掛けられている。


「アシャン王陛下」


 ジャムカは立ち上がり、深く礼をした。


「御生還を心よりお喜び申し上げます」


「ありがとう」


「北門が開いたことも承知しております」


「もう知ってるんだ」


「我々の仕事ですので」


 その言葉を聞いたとき、ヴァルダーンの眉がわずかに動いた。


 アシャンたちは、オルシャニクから発した檄文を机へ置いた。


 だがジャムカは同じものをすでに持っていた。


「御生存。王位への復帰。ラシャン王弑逆による現政権への断罪。すべて承知しております」


「なら話が早い」


 アシャンが言った。


「天空騎士団に力を貸してほしい」


 ジャムカはすぐには答えなかった。


 机の上の檄文を見る。


「慎重にならざるを得ません」


「どうして?」


「現在の天空騎士団は、軍だけではありません」


 ジャムカは壁の街道図を示した。


「各地で金を預かっています」


「うん」


「書状を運んでいます」


「うん」


「巡礼者を護衛し、商隊を守り、中継所を維持している」


 アシャンは黙って聞いた。


「我々が内戦の一方に立てば、反対側にある中継所はどうなります」


「預けられた金は」


「運んでいる手紙は」


「旅の途中にいる巡礼者は」


「我々を信用して荷を預けた商人は」


 ジャムカは首を振った。


「騎士団長である私には、それらを考える責任があります」


「なるほど」


 アシャンは素直にうなずいた。


 ジャムカの表情が少し緩む。


「御理解いただけますか」


「うん」


「では――」


「立派になったものだな」


 ヴァルダーンが言った。


 ジャムカが顔を向ける。


「ヴァルダーン公?」


「金を預かる」


 一つ。


「手紙を運ぶ」


 二つ。


「巡礼者を守る」


 三つ。


「商隊を護衛する」


 ヴァルダーンは指を折った。


「結構なことだ」


「ならば――」


「いつから、それが天空騎士団の本分になった」


 室内が静まった。


「何が仰りたいのです」


「天空騎士団は、何として始まった」


「……アルダーン王の近衛です」


「さらに前だ」


 ジャムカが黙った。


「私兵だ」


 ヴァルダーンが言った。


「アルダーンがまだ世界の王などと呼ばれる以前、自ら馬を集め、自らに従う者を騎兵とした。遠くへ命令を届け、使者を守るためだ」


 アシャンも黙って聞いていた。


「領土が広がった」


「道が伸びた」


「アルダーン本人が行けない場所へ、騎士たちが走った」


「使者を守った」


「やがて同じ道を行く巡礼者を守った」


「商隊を守った」


「書状を預かるようになった」


「金を運ぶようになった」


 ヴァルダーンは机いっぱいの書類を見る。


「千年も経てば、こうもなる」


 ジャムカは何も言わない。


「それ自体を悪いとは言わん」


 ヴァルダーンは一歩近づいた。


「むしろ、よくここまで残した」


 ジャムカの目がわずかに動いた。


「だが、本分まで変わったのか」


 返事はなかった。


「お前たちの本分は」


 ヴァルダーンが言った。


「アルダーンの使者だ」


 アシャンの腕には星環がある。


「陛下」


「うん」


「お見せください」


 アシャンは星環を外した。


 机へ置く。


 金属が小さく鳴った。


 ジャムカの目が止まった。


「これは……」


「見ればわかるだろう」


 ヴァルダーンは続いて檄文を取り、その末尾をジャムカへ向けた。


 輪をなす星の印。


 少し歪んでいる。


「これは何だと思った」


「アシャン陛下の新たな王印かと」


「違う」


 ヴァルダーンは言い切った。


「カルバーブ王の印ではない」


 星環を指す。


「陛下は国璽を持っておられなかった」


「王都にあるからな」


「古いアルダーンの印章もない」


 ジャムカは檄文を見る。


「では、この印は」


「陛下は星環を拳へ巻いた」


 ジャムカの視線が、星環へ戻る。


「そのまま印泥につけ、檄文へ押された」


「まさか」


「意味がわかるだろう」


 ヴァルダーンの声が低くなる。


「アルダーンの星環を持つ者が」


「星環そのものを印として」


「各地へ参集を命じた」


 ジャムカがゆっくりと立ち上がった。


 ヴァルダーンは檄文を机へ押し出した。


「これは、カルバーブ王が天空騎士団へ援軍を求めているのではない」


 ジャムカは何も言わなかった。


「天空騎士団は、もともとアルダーンの私兵だった」


「その命令を運び、その使者となるための騎兵だった」


「ならば」


 ヴァルダーンは星環を見る。


「そのアルダーンの星環を持つ者が、星環そのものを印として緊急の参集を命じたとき、お前たちは何をする」


 外で馬の蹄が鳴った。


 一騎の伝令がナルヴァーンの門を抜け、どこか遠くへ走っていく。


「銀行があるから動けないか」


「郵便があるから動けないか」


「巡礼者を守るから動けないか」


 ヴァルダーンは首を振った。


「それらはすべて、お前たちが後から背負った仕事だ」


 檄文の印を指した。


「最初の仕事を忘れるな、ジャムカ」


 長い沈黙があった。


 ジャムカは星環を見る。


 そして檄文を見る。


 やがて静かに言った。


「三長会議を開かせてください」


「いつだ」


「今夜」


「何を確認する」


「少なくとも」


 ジャムカは星環を見た。


「この星環が本物であること」


 次に檄文を見る。


「そして、この印が本当にこの星環から作られたものであることを」


 ヴァルダーンはうなずいた。


「よかろう」


 ジャムカがアシャンを見る。


「陛下。星環を、我々に確認させていただけますか」


 アシャンは腕輪を見た。


「なくさない?」


 ジャムカが一瞬だけ黙った。


「ナルヴァーンでこれをなくせば、私が先に消えたほうがよいでしょう」


「それは困る」


 アシャンは星環を机の上へ戻した。


「じゃあ、お願い」


 ジャムカは両手で受け取った。


 ヴァルダーンは何も言わなかった。


 もう、彼がジャムカを説得する時間は終わった。


 ここから先は、


 天空騎士団自身が、


 千年前の盟約に答える番だった。

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