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星の降る道ⅰ 死者の星環  作者: 超魔王
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48/65

ザフラ再び

朝、山小屋を出た。

昨日より道は高くなった。

バフラムたちと一緒だったので迷うことはなかったけれど、楽になったわけではない。

途中、道が岩の間を抜けるところで、ダルガンが止まった。

「降りろ」

「歩くの?」

「馬を休ませる」

ファルハドが馬から降りながら言った。

「人じゃねえんだな」

「お前は自分で休めるだろ」

「馬は言えねえからか」

「そういうことだ」

しばらく全員で馬を引いて歩いた。

ファルハドは昨日より静かだった。

平地なら普通に乗れる。

それは本当だった。

でも、山でも同じとはいかないらしい。

「大丈夫?」

僕が聞くと、

「大丈夫だ」

と答えたあと、

「たぶん」

と付け足した。

ダルガンが振り返った。

「その『たぶん』を忘れるな」

「聞こえてたのかよ」

---

昼を過ぎたころ、ハルザーンが見えた。

二度目だった。

前に来たときは、世界の果てにある町みたいに思った。

今見ると、小さい。

でも、煙が上がっている。

屋根がある。

人がいる。

馬がいる。

山の中では、それだけでほっとした。

バフラムはそのまま僕たちを郵便局へ連れていった。

「俺はここまでだ」

背負っていた郵便袋を下ろす。

「ありがとう」

「仕事だからな」

「タラートまで来ない?」

一応聞いてみた。

「行かん」

ファルハドが横から言った。

「山好きなんだろ?」

「山好きと無職は違う」

バフラムは即答した。

ファルハドが笑った。

「やっぱりあんた気に入った」

「お前に気に入られても給金は増えん」

そう言いながら、バフラムは郵便局の奥へ入った。

戻ってきたときには、一枚の地図を持っていた。

ずいぶん使い込まれていた。

線の上に、別の筆跡でいくつも書き込みがある。

「旧道の地図だ」

ダルガンが広げた。

「タラートまでか」

「ああ」

バフラムが指で道を追った。

「ここは橋。去年、板を替えたって話だ。こっちは崩れやすい。水はここ。この沢が駄目なら一つ前まで戻れ」

「誰が直してるの?」

僕が聞いた。

「その辺の物好き」

「物好き?」

「昔の道を歩く奴とか、猟師とか、近くの村の年寄りとか。人はいないけど、有志がたまに補修してるから大丈夫だよ」

地図には、橋だけでなく鐘の印もいくつかあった。

「この鐘は?」

「行けば分かる」

またそれだった。

「道そのものは残ってる。野生動物だけ気をつけてね」

「何がいるの?」

「いろいろ」

「だから、そのいろいろを――」

「会わなきゃ知らなくていい」

ダルガンは地図を受け取った。

「十分だ」

僕には十分ではなかった。

地図の途中に、一つだけ変な丸印があった。

横に小さく、

――晴れた日はここで休め。

と書いてある。

「これは?」

バフラムが覗いた。

「知らん」

「バフラムが書いたんじゃないの?」

「俺はそっちへ行かん」

「じゃあ誰が?」

「通った誰かだろ」

それ以上は分からなかった。

バフラムは最後に言った。

「タラートまで行けたら、変わってたところ書いといてくれ。次に行く馬鹿のために」

「僕たち、馬鹿なの?」

「旧道へ行く奴はだいたいそうだ」

ダルガンは地図を畳んだ。

「じゃあ行ってくる」

「今日は行くなよ」

「分かってる」

「馬を休ませろ」

「そのつもりだ」

バフラムはうなずいた。

それで僕たちは別れた。

---

馬を預けたあと、ダルガンは町の端へ向かった。

道には覚えがあった。

「どこ行くんだ?」

ファルハドが聞いた。

「ババアのところ」

「ババア?」

しばらく歩くと、家が見えた。

戸口に人がいる。

前と同じだった。

ダルガンが手を上げた。

「ババア、帰ったぞ」

「あ?」

婆さんが顔を上げた。

僕たちを見る。

「おぅ。今回は早いなー」

本当に、少し前に別れたばかりみたいだった。

「急いでるんだ」

ダルガンが言った。

「今回はなんも持ってこれなかった」

前に来たとき、ダルガンは土産に首飾りを持ってきた。

僕はザフラさんの首元を見た。

あった。

前の首飾りだった。

「そんなもん、いつだっていらないんだよ」

ザフラさんは笑った。

ダルガンも気づいているはずなのに、何も言わなかった。

その後ろでファルハドが僕に聞いた。

「ババア?」

「あ、ザフラさんだよ」

「そうなのか」

ファルハドはすぐに頭を下げた。

「ザフラさん、はじめまして。ファルハドです」

ザフラさんがファルハドを上から下まで見た。

「ほう」

「なんです?」

「ダルガンの連れにしては、ちゃんとした見どころのある人だ」

「おい」

ダルガンが言った。

「俺の何が悪い」

「人んち来て最初にババアって言うところだよ」

「ババアだろ」

「ほら、見どころがない」

ファルハドがうなずいた。

「確かに」

「お前、会ったばっかりだろ」

「ザフラさんの方が付き合い長いんだろ?」

「そりゃそうだが」

ダルガンが負けた。

---

その日は、ハルザーンで丸一日休むことになった。

急いでいる。

でもダルガンは譲らなかった。

「疲れた馬で山に入る馬鹿がいるか」

ナディラも同じ意見だった。

食料を補充する。

飼料を見る。

装具を直す。

旧道へ入れば、ハルザーンまでとは違う。

次の町が当然あると思ってはいけない。

ザフラさんはファルハドをしばらく見てから、ダルガンに言った。

「あの初めてのでかいやつ、連れ回しすぎだ」

「俺?」

「お前だよ」

「ファルハドです」

「一日休ませろ」

「もともとそのつもりだ」

ダルガンが答えた。

「なら、お前とナディラは出かける用意でもしてな」

ザフラさんは僕を指した。

「親玉はちょっと借りるぞ」

「僕も?」

「お前もだ」

何に使われるのか分からなかった。

---

夜になって、僕はザフラさんと二人で外に座っていた。

寒かった。

空には星がたくさんあった。

ザフラさんが聞いた。

「親玉」

「なに?」

「まだ考え事あるのか?」

「あるよ」

「そうか」

少し間があった。

「今度は、ただのババアとして聞いてやる」

「前は何だったの?」

「インチキババアだったんじゃないのかい」

「自分で言うんだ」

ザフラさんが笑った。

僕も笑った。

それから少し考えた。

「悩んではいるよ」

「うん」

「分からないことも、まだいっぱいある」

「うん」

「でも、もう決めてるから大丈夫だよ」

ザフラさんを見た。

「ありがとう」

何を決めたのか、ザフラさんは聞かなかった。

僕の顔をしばらく眺めただけだった。

「なんだか、そんな顔だねぇ」

それだけ言った。

前なら、その先を聞いたかもしれない。

今は聞かなかった。

---

次の日、ザフラさんは乾燥した葉を持ってきた。

「でかいの」

「ファルハドです」

「親玉も来い」

僕たちは呼ばれた。

ザフラさんは自分でも葉を一枚ちぎった。

口に入れる。

噛む。

僕にも渡した。

「何これ?」

「高いところで頭が痛くなったときに使う」

「今、痛くないよ」

「味を覚えとけ」

少しだけ噛んだ。

苦かった。

ものすごく苦いわけではない。

でも、食べたい味でもない。

ファルハドも噛んだ。

顔をしかめた。

「これ、ずっと噛んでていいのか?」

「頭も痛くないのに毎日食う馬鹿がいるか」

「頭がおかしくなるってやつ?」

僕が聞いた。

ザフラさんが笑った。

「あれは、そういう意味さ」

「どういう意味?」

「頭が痛いときに摂るのはいい。でも、そうじゃないときに面白がって摂り続けるもんじゃない」

乾いた葉を指で揉む。

「薬なんてなんでもそうだろ。必要もないのに摂り続けりゃ、毒になりかねない」

それなら分かった。

「ほんとにつらかったら、これを砕いて茶みたいにして飲ませな」

ファルハドに小さな包みを渡した。

「でも、ひどくなるなら?」

ダルガンが聞いた。

「下りろ」

ザフラさんは即答した。

「薬草なんか噛みながら上ってく馬鹿があるか」

ダルガンがうなずいた。

そこだけは二人とも意見が同じだった。

---

その晩、ファルハドが薬草を一枚持って考え込んでいた。

「何してるの?」

「これさ」

匂いを嗅ぐ。

少し噛む。

「飯にも使えるんじゃねえか?」

「薬だよ?」

「薬草だって草だろ」

「すごい理屈だね」

ファルハドは台所を借りた。

干し肉を細かくする。

豆。

米。

ネギ。

手に入った野菜を少し。

それを鍋へ入れた。

今日は卵まであった。

「卵使うの?」

「ああ。今日だけな」

「なんで?」

「旅先じゃ使いにくいからだよ。割れるし、傷む。明日から山だろ」

卵を割って鍋へ落とした。

「町にいる今日だけ入れてみる」

最後に、薬草をほんの少し刻んだ。

粥ができた。

僕たちだけでなく、ザフラさんも食べた。

しばらく口を動かしている。

「どう?」

ファルハドが聞いた。

「悪くないねえ」

もう一口。

「この草、いちいち噛んで、そのへんにぺっと捨てるより、飯で食べた方がいいかもしれないねえ」

ファルハドが得意そうに僕を見た。

「ほら」

「でも薬なんでしょ?」

「頭痛いときだけだよ」

ザフラさんが言った。

「毎日の飯に入れるんじゃない」

「なるほど」

ファルハドは自分でも食べた。

薬草が入ったところをわざわざすくう。

少し考えた。

「……この苦味なら、干し肉じゃねえな」

「何?」

「鶏だ」

また始まった。

「骨付きの鶏を米と一緒に煮た方がうまいかもしれねえ。ニンジンとか、ゴボウとか、ネギとか。クコみたいな実があれば、それもいいな」

「そんな料理あるの?」

僕が聞いた。

「知らん」

「知らないの?」

「トゥランなんか行ったことねえからな」

「じゃあなんで?」

「昔いた食堂で聞いたんだよ。トゥラン人は飯に薬を入れて食うらしい」

ザフラさんが笑った。

「薬を飯に?」

「ああ。薬草とか、根っことか、木の実とかな。だから、これもそういうふうに食えるんじゃねえかなと思って」

もう一口食べる。

「鶏の脂があれば、この苦味も丸くなる。米を柔らかく煮て、この草は少しだけ」

ファルハドは頭の中で料理を作っているらしい。

「まあ、鶏と米と、いくらか野菜があればできなくはないな」

「それならハルザーンでも揃うよ」

ザフラさんが言った。

「じゃあ今度来たら作りますよ」

「今度かい?」

「今日はこれがあるでしょう」

ファルハドは鍋を指した。

「食える飯があるのに捨てて別の飯作るほど馬鹿じゃないですよ」

ザフラさんは感心したようにうなずいた。

「やっぱりダルガンより見どころあるねえ」

「また俺かよ」

ダルガンが言った。

ファルハドは笑った。

それから、ふと竈を見た。

「ザフラさん」

「なんだい」

「これ、使いにくくないです?」

「使ってるよ」

「使えるかじゃなくて」

しゃがんだ。

石を見る。

中を見る。

煙の抜けるところを見る。

「ちょっと組み直していいですか?」

「壊すのか?」

「直すんですよ。俺、解体屋なんで」

「料理長じゃなかったのかい」

「両方です」

ザフラさんが笑った。

「好きにしな」

ファルハドは本当に竈を直し始めた。

全部壊すわけではない。

石を何個か外す。

向きを変える。

隙間を直す。

煙の通り道を少し変える。

しばらくして、もう一度火を入れた。

煙が前より素直に抜けた。

ザフラさんが火の前に座った。

「おお」

「どうです?」

「いいねえ」

ファルハドが満足そうに手を払った。

「薬代です」

「じゃあ草もう一束やろうか」

「いらないですよ。薬は必要な分だけでいいんでしょう」

「覚えたじゃないか」

「ザフラさんが言ったんですよ」

「やっぱり見どころあるねえ」

ダルガンが口を挟んだ。

「俺と比べるなよ」

「まだ何も言ってないよ」

「言う顔してた」

僕は笑った。

---

翌朝。

六頭の馬を外へ出した。

ダルガンが先頭。

ナディラが荷馬を一頭。

僕も一頭。

ファルハドは、自分の馬だけだった。

「俺には荷馬いねえの?」

「いらん」

「力なら俺が一番あるぞ」

「馬の話をしてる」

「馬なら乗れる」

「山でも?」

ファルハドは少し黙った。

「……たぶん」

「じゃあ自分の馬だけ見てろ」

ザフラさんが戸口から笑った。

ファルハドには、昨日の薬草の包みが渡された。

「ほんとに頭が痛くなったときだけだよ」

「分かってます」

「飯に入れるなら少し」

「はい」

「ひどかったら下りる」

ダルガンが代わりに答えた。

「それでいい」

僕は馬に乗った。

「ザフラさん」

「なんだい、親玉」

「行ってくる」

「ああ。行っといで」

ダルガンも手を上げた。

「じゃあな、ババア」

「今度はなんか持ってこい」

「いらねえって言っただろ!」

ザフラさんが大声で笑った。

ファルハドが言った。

「今度、鶏のやつ作りますよ」

「そっちは持ってきな!」

「結局いるじゃねえか!」

ダルガンの声を背中で聞きながら、僕たちはハルザーンを出た。

町が少しずつ後ろへ遠ざかる。

前には、古い道があった。

人はほとんど通らない。

それでも誰かが橋を直し、石をどけ、鐘の縄を結び直している。

バフラムにもらった地図には、一つだけ妙な言葉が残っていた。

――晴れた日はここで休め。

僕はまだ、その意味を知らなかった。

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