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星の降る道ⅰ 死者の星環  作者: 超魔王
死者の星環
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42/65

アルダーンの星環

その日は、石ばかり拾った。

「ない」

「そりゃそうだろ」

「でも、この辺から出たんだよ」

「だからって隣に続きが落ちてるとは限らん」

 分かっている。

 でも探してしまう。

 昨日見つけた石板には、

 輪を作れ。

 生ける者は――

 そこまでしか残っていなかった。

 続きがあるはずだ。

 たぶん。

「坊主」

「何?」

「それ三回見たぞ」

「違う石かもしれない」

「同じ石だ」

 捨てた。

     *

 おじさんたちは、僕ほど熱心ではなかった。

 当たり前だ。

 みんな仕事をしている。

 僕も仕事をしないといけない。

 馬に荷をつける。

 古材を運ぶ。

 使える石を分ける。

 瓦礫を集める。

 でも、地面に平たい石があると気になる。

「また見てる」

「見てない」

「見てるだろ」

「仕事してるよ」

「昨日まで石なんか全部石だったくせに」

「ファルハドがちゃんと見ろって言ったんでしょう」

「教えすぎたか」

     *

 結局、その日は続きが出なかった。

 代わりに、小さな破片が三つ出た。

 文字はない。

 赤い顔料が一つ。

 線のようなものが一つ。

 何もないものが一つ。

 場所だけ記録して箱に入れた。

「持って帰るの?」

「図書館に」

「石まで住ませるのか」

「僕の部屋には置かないよ」

「そのうちお前の寝床なくなるぞ」

 それは嫌だった。

 一月一枚払っている。

     *

 午後。

 大図書館で、昨日の石板をもう一度見た。

 実物は調査用の部屋に置かれている。

 僕は写しを使った。

 輪を作れ。

 その言葉を探す。

 最初は葬送の本。

 次に祭祀。

 次に王の戴冠。

 それから古い誓約。

 同じ言葉が、意外なところに出てきた。

「……生きてる人にも使うんだ」

 隣にいた研究者が顔を上げた。

「何がです?」

「輪」

 僕は頁を見せた。

 古い臣従儀礼だった。

 王と臣下。

 あるいは盟主と従う者。

 人々が集まり、互いに誓いを立てる。

 そこで、

 生ける者、輪を作れ。

 とある。

「死者じゃない」

「ええ」

「じゃあ昨日の壁と別?」

「分かりません」

「またそれ」

「便利でしょう?」

 司書と同じことを言うようになっていた。

     *

 さらに探す。

 別の地方の記録。

 今度は葬送。

 死せる者を輪の内に迎えよ。

 別の写本。

 王を輪の中心へ。

 別のもの。

 輪の外にある者は誓いの外にある。

 僕は紙へ書き写した。

 輪。

 輪。

 輪。

「これ、腕輪の話じゃない」

 僕は呟いた。

「でしょうね」

「人の輪だ」

 人が集まる。

 誰かを中心に置く。

 関係を作る。

 その関係そのものを輪と呼んでいる。

 僕は自分の右腕を見た。

 星環。

 輪の形をした聖具。

「逆だったのかな」

「何がです?」

「星環があるから、輪を作る儀式ができたんじゃない」

 僕は紙の上の古い文を見る。

「先に『輪を作る』って考え方があった」

     *

 それなら、アルダーンはどうなる。

 僕はまたアルダーンの本へ戻った。

「またアルダーン?」

 司書に言われた。

「戻ってきました」

「お好きですね」

「そういうわけじゃないです」

 最近、誰にも信じてもらえない。

     *

 ザルカド。

 アルダーンが東征の最後にたどり着いた場所。

 そこで二つ目の星環が作られた。

 これは前にも読んだ。

 でも今度は、星環そのものではなく、儀礼の言葉を探した。

 一冊目。

 ない。

 二冊目。

 ない。

 三冊目。

 あった。

 ザルカド側の古い記録の写しだった。

 アルダーンが山へ入ったあと、祭祀を行った。

 その記述。

 僕は指で追った。

「……輪を作らせた」

 もう一度読む。

 間違っていない。

 人々を集めた。

 王家。

 神官。

 将。

 現地の有力者。

 そして輪を作らせた。

 その中心にアルダーンが立った。

「これ、生者だ」

 アルダーンはまだ生きている。

 死者の儀礼ではない。

     *

 さらに別の史料を探した。

 今度はアルダーン死後。

 葬送。

 オルシャン。

 星環。

 断片しかない。

 でも同じ言葉が出てきた。

 輪。

 王。

 死者。

「……二つある」

 僕は紙に書いた。

 生者の輪。

 死者の輪。

 その横に星環。

 生者。

 死者。

 対になっている。

 偶然にしては、似すぎていた。

     *

 夕方、ファルハドが大図書館へ来た。

「何してる?」

「調べてる」

「見りゃ分かる」

「じゃあ聞かないでよ」

「飯行くぞ」

「もうそんな時間?」

「外暗いぞ」

 窓を見る。

 本当だった。

「ちょっと待って」

「またか」

「これだけ」

 ファルハドが机の紙を見る。

「何だこれ」

「輪」

「丸ばっかだな」

「違うよ」

 説明した。

 昔から、人が輪を作る儀礼があったこと。

 生者の誓約にも使ったこと。

 死者を王として戴く儀礼にも使ったこと。

 そしてアルダーンがザルカドで同じように輪を作らせていること。

「で?」

「で、って」

「アルダーンが作ったのか?」

「何を?」

「その儀式」

「違う」

 僕は即答した。

「アルダーンより前からある」

「じゃあ真似した?」

「それも分からない」

「何なら分かるんだ、お前ら」

「だから調べてるんだって」

     *

 食堂へ行った。

 今日は豆と羊肉だった。

「今日のアルダーンは?」

 おじさんが聞いた。

「またザルカドに戻った」

「死んだだろ」

「戻ったのは僕」

「お前がザルカド行ったのか?」

「本の中で!」

「ややこしいな」

 僕はパンをちぎった。

「アルダーンが星環を作ったでしょう」

「おう」

「その前から、『輪を作る』儀式がいろんなところにあったみたい」

「じゃあアルダーンの発明じゃねえのか?」

「腕輪はアルダーンのもの。でも儀式の考え方はもっと古い」

「じゃあ何したんだ?」

 僕は少し考えた。

「……まとめた?」

「地味だな」

「たぶん、もっとすごいことしてる」

「何だよ」

「まだ分からない」

「またか!」

     *

 翌日から、僕はアルダーンの旅程をもう一度調べた。

 今度は戦争ではない。

 どこで何を見たか。

 どこの神官と会ったか。

 どんな祭祀に参加したか。

 どんな土地の信仰を認めたか。

 今まで読み飛ばしていたところばかりだった。

 戦争の本では、ほんの一行。

 現地の祭祀を許した。

 別の土地では、

 当地の神官と三日問答した。

 別の町では、

 星の祭を見た。

 また別のところでは、

 王墓に入り、古式を問うた。

「アルダーン、こんなことしてたんだ」

 僕は思わず呟いた。

 戦ってばかりではない。

 というより、戦争の途中で何でも見ている。

     *

 おかしな記録もあった。

 ある土地では、死者を星へ返す祭祀。

 別の土地では、臣下が王を囲む誓約。

 別の土地では、死んだ祖先を一時的に家の主として迎える祭り。

 全部同じではない。

 むしろ違う。

 でもアルダーンは、それを見ている。

「これ……」

 僕は少し怖くなった。

 アルダーンは、自分で何もないところから星環の儀式を作ったのではない。

 旅をしながら、各地にあったものを見た。

 似たものを拾った。

 つなげた。

 そして最後にザルカドで、形にした。

 そう考えると、かなり自然だった。

 でも証拠はない。

 アルダーン本人が、

 これらを組み合わせて星環を作った

 と書いたものはない。

 僕は紙に大きく書いた。

 仮説。

 その下に線を引いた。

 最近、断定しないことも少し覚えた。

     *

 数日後。

 石板の続きは見つからなかった。

 代わりに、別のものが出た。

「坊主!」

 呼ばれて走った。

「走るな!」

「どっち!」

「こっち来い!」

 壁の下。

 おじさんがしゃがんでいる。

 土の中から、小さな金属片が出ていた。

 丸い。

 腕輪ではない。

 もっと小さい。

 輪の一部のようにも見える。

「触っていい?」

「場所書いてから」

「分かってる」

 もう言われる前に紙を出した。

「成長したな」

「そこ褒めるところ?」

 記録する。

 拾う。

 土を払う。

 ただの金具だった。

「……違う」

「何が?」

「なんでもない」

 少し期待した自分が恥ずかしかった。

     *

 その日の午後。

 司書が僕を呼んだ。

「探していたものに近い記録がありました」

「石板?」

「いいえ。星環です」

 すぐについていった。

 普段あまり入らない部屋だった。

 古い写本の写しが置かれている。

「原本は?」

「別の都市です」

「どこ?」

「ザルカド」

 僕は少し身を乗り出した。

 ザルカド王家に伝わった記録。

 アルダーンが入城したころのもの。

 後世の写しなので、そのまま信用はできない。

 それでもかなり古い。

 読んだ。

 アルダーンが、星から得た鉄を用いて輪を作らせた。

 神官たちを集めた。

 現地の王家を立ち会わせた。

 そして――

「ここ」

 司書が指した。

 僕は読んだ。

 古き輪を、新しき輪に収める。

「……何これ」

「分かりません」

「でも」

 もう一度読む。

 古き輪。

 新しき輪。

 腕輪のことか。

 儀式のことか。

 人の輪のことか。

 分からない。

 だからこそ気になった。

     *

 さらに下。

 アルダーン自身の言葉として伝わる一節があった。

 どこまで本当に本人の言葉かは分からない。

 僕はゆっくり読んだ。

 生者には生者の王を。

 次。

 死者には死者の王を。

 僕の手が止まった。

 その下。

 輪なくして、王は一人なり。

 さらに。

 輪をもって、王と人は結ばれる。

「これ……」

 僕は右腕を押さえた。

 今まで、星環は王の力を示すものだと思っていた。

 後世の歴史家もそう書く。

 帝位の証。

 世界聖王の証。

 でも、この文章は少し違う。

 王だけでは足りない。

 人がいる。

 輪がある。

 その関係を作る。

「星環って……王になるための道具じゃない?」

 司書は答えなかった。

「どう思います?」

「あなたの方が専門でしょう」

「僕?」

「私は歴史家です」

「僕は十六歳ですよ」

「神官なのでしょう?」

 それを言われると弱い。

     *

 僕は宿舎へ戻った。

 机の上に紙を並べた。

 生者の輪。

 死者の輪。

 古い祭祀。

 アルダーン。

 ザルカド。

 星環。

 そして、

 古き輪を、新しき輪に収める。

 腕輪そのものに力がある。

 それは知っている。

 でも、腕輪だけでは何も起きないのかもしれない。

 輪を作る。

 誰かを中心に置く。

 王として戴く。

 生者なら、生者。

 死者なら、死者。

「……どうやって?」

 そこがない。

 肝心なところがない。

 僕は椅子にもたれた。

 まただ。

 千年前の人たちは、いつも一番知りたいところを書いてくれない。

     *

 翌朝。

 ファルハドに会うなり言った。

「たぶん、星環のこと少し分かった」

「おはようは?」

「おはようございます」

「うるせえ」

「どっちなんだよ!」

 おじさんたちが笑う。

「で、何が分かった」

「星環って、持ってるだけじゃ意味ないのかもしれない」

「宝じゃねえの?」

「宝だけど」

「じゃあ売れる?」

「売らないよ!」

「何怒ってんだ」

 僕は右腕を押さえた。

 ファルハドが、その動きを見た。

 一瞬だけ。

 目が止まった。

「坊主」

「何?」

「お前さ」

 僕は固まった。

 ファルハドは僕の腕を見る。

「その星環ってやつ」

「……うん」

「もしかして」

 言葉を待った。

「本物、見たことあんのか?」

 僕は答えなかった。

 答えないまま、馬の綱を取った。

「仕事しよう」

「おい」

「今日は荷多いんでしょう」

「坊主」

「あとで」

 自分でも驚いた。

 否定しなかった。

 ファルハドも、それ以上聞かなかった。

     *

 その日ずっと、考えていた。

 本だけなら安全だった。

 千年前の話だから。

 壁だけでも安全だった。

 昔の人のものだから。

 でも僕の右腕にあるものは違う。

 今ここにある。

 僕が持っている。

 もし、本当に同じものなら。

 千年前の記録は、昔話ではなくなる。

 試せる。

 僕はその考えを、何度も追い払った。

 でも消えなかった。

 輪を作れ。

 石板の言葉が頭に残っていた。

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