アルダーンの星環
その日は、石ばかり拾った。
「ない」
「そりゃそうだろ」
「でも、この辺から出たんだよ」
「だからって隣に続きが落ちてるとは限らん」
分かっている。
でも探してしまう。
昨日見つけた石板には、
輪を作れ。
生ける者は――
そこまでしか残っていなかった。
続きがあるはずだ。
たぶん。
「坊主」
「何?」
「それ三回見たぞ」
「違う石かもしれない」
「同じ石だ」
捨てた。
*
おじさんたちは、僕ほど熱心ではなかった。
当たり前だ。
みんな仕事をしている。
僕も仕事をしないといけない。
馬に荷をつける。
古材を運ぶ。
使える石を分ける。
瓦礫を集める。
でも、地面に平たい石があると気になる。
「また見てる」
「見てない」
「見てるだろ」
「仕事してるよ」
「昨日まで石なんか全部石だったくせに」
「ファルハドがちゃんと見ろって言ったんでしょう」
「教えすぎたか」
*
結局、その日は続きが出なかった。
代わりに、小さな破片が三つ出た。
文字はない。
赤い顔料が一つ。
線のようなものが一つ。
何もないものが一つ。
場所だけ記録して箱に入れた。
「持って帰るの?」
「図書館に」
「石まで住ませるのか」
「僕の部屋には置かないよ」
「そのうちお前の寝床なくなるぞ」
それは嫌だった。
一月一枚払っている。
*
午後。
大図書館で、昨日の石板をもう一度見た。
実物は調査用の部屋に置かれている。
僕は写しを使った。
輪を作れ。
その言葉を探す。
最初は葬送の本。
次に祭祀。
次に王の戴冠。
それから古い誓約。
同じ言葉が、意外なところに出てきた。
「……生きてる人にも使うんだ」
隣にいた研究者が顔を上げた。
「何がです?」
「輪」
僕は頁を見せた。
古い臣従儀礼だった。
王と臣下。
あるいは盟主と従う者。
人々が集まり、互いに誓いを立てる。
そこで、
生ける者、輪を作れ。
とある。
「死者じゃない」
「ええ」
「じゃあ昨日の壁と別?」
「分かりません」
「またそれ」
「便利でしょう?」
司書と同じことを言うようになっていた。
*
さらに探す。
別の地方の記録。
今度は葬送。
死せる者を輪の内に迎えよ。
別の写本。
王を輪の中心へ。
別のもの。
輪の外にある者は誓いの外にある。
僕は紙へ書き写した。
輪。
輪。
輪。
「これ、腕輪の話じゃない」
僕は呟いた。
「でしょうね」
「人の輪だ」
人が集まる。
誰かを中心に置く。
関係を作る。
その関係そのものを輪と呼んでいる。
僕は自分の右腕を見た。
星環。
輪の形をした聖具。
「逆だったのかな」
「何がです?」
「星環があるから、輪を作る儀式ができたんじゃない」
僕は紙の上の古い文を見る。
「先に『輪を作る』って考え方があった」
*
それなら、アルダーンはどうなる。
僕はまたアルダーンの本へ戻った。
「またアルダーン?」
司書に言われた。
「戻ってきました」
「お好きですね」
「そういうわけじゃないです」
最近、誰にも信じてもらえない。
*
ザルカド。
アルダーンが東征の最後にたどり着いた場所。
そこで二つ目の星環が作られた。
これは前にも読んだ。
でも今度は、星環そのものではなく、儀礼の言葉を探した。
一冊目。
ない。
二冊目。
ない。
三冊目。
あった。
ザルカド側の古い記録の写しだった。
アルダーンが山へ入ったあと、祭祀を行った。
その記述。
僕は指で追った。
「……輪を作らせた」
もう一度読む。
間違っていない。
人々を集めた。
王家。
神官。
将。
現地の有力者。
そして輪を作らせた。
その中心にアルダーンが立った。
「これ、生者だ」
アルダーンはまだ生きている。
死者の儀礼ではない。
*
さらに別の史料を探した。
今度はアルダーン死後。
葬送。
オルシャン。
星環。
断片しかない。
でも同じ言葉が出てきた。
輪。
王。
死者。
「……二つある」
僕は紙に書いた。
生者の輪。
死者の輪。
その横に星環。
生者。
死者。
対になっている。
偶然にしては、似すぎていた。
*
夕方、ファルハドが大図書館へ来た。
「何してる?」
「調べてる」
「見りゃ分かる」
「じゃあ聞かないでよ」
「飯行くぞ」
「もうそんな時間?」
「外暗いぞ」
窓を見る。
本当だった。
「ちょっと待って」
「またか」
「これだけ」
ファルハドが机の紙を見る。
「何だこれ」
「輪」
「丸ばっかだな」
「違うよ」
説明した。
昔から、人が輪を作る儀礼があったこと。
生者の誓約にも使ったこと。
死者を王として戴く儀礼にも使ったこと。
そしてアルダーンがザルカドで同じように輪を作らせていること。
「で?」
「で、って」
「アルダーンが作ったのか?」
「何を?」
「その儀式」
「違う」
僕は即答した。
「アルダーンより前からある」
「じゃあ真似した?」
「それも分からない」
「何なら分かるんだ、お前ら」
「だから調べてるんだって」
*
食堂へ行った。
今日は豆と羊肉だった。
「今日のアルダーンは?」
おじさんが聞いた。
「またザルカドに戻った」
「死んだだろ」
「戻ったのは僕」
「お前がザルカド行ったのか?」
「本の中で!」
「ややこしいな」
僕はパンをちぎった。
「アルダーンが星環を作ったでしょう」
「おう」
「その前から、『輪を作る』儀式がいろんなところにあったみたい」
「じゃあアルダーンの発明じゃねえのか?」
「腕輪はアルダーンのもの。でも儀式の考え方はもっと古い」
「じゃあ何したんだ?」
僕は少し考えた。
「……まとめた?」
「地味だな」
「たぶん、もっとすごいことしてる」
「何だよ」
「まだ分からない」
「またか!」
*
翌日から、僕はアルダーンの旅程をもう一度調べた。
今度は戦争ではない。
どこで何を見たか。
どこの神官と会ったか。
どんな祭祀に参加したか。
どんな土地の信仰を認めたか。
今まで読み飛ばしていたところばかりだった。
戦争の本では、ほんの一行。
現地の祭祀を許した。
別の土地では、
当地の神官と三日問答した。
別の町では、
星の祭を見た。
また別のところでは、
王墓に入り、古式を問うた。
「アルダーン、こんなことしてたんだ」
僕は思わず呟いた。
戦ってばかりではない。
というより、戦争の途中で何でも見ている。
*
おかしな記録もあった。
ある土地では、死者を星へ返す祭祀。
別の土地では、臣下が王を囲む誓約。
別の土地では、死んだ祖先を一時的に家の主として迎える祭り。
全部同じではない。
むしろ違う。
でもアルダーンは、それを見ている。
「これ……」
僕は少し怖くなった。
アルダーンは、自分で何もないところから星環の儀式を作ったのではない。
旅をしながら、各地にあったものを見た。
似たものを拾った。
つなげた。
そして最後にザルカドで、形にした。
そう考えると、かなり自然だった。
でも証拠はない。
アルダーン本人が、
これらを組み合わせて星環を作った
と書いたものはない。
僕は紙に大きく書いた。
仮説。
その下に線を引いた。
最近、断定しないことも少し覚えた。
*
数日後。
石板の続きは見つからなかった。
代わりに、別のものが出た。
「坊主!」
呼ばれて走った。
「走るな!」
「どっち!」
「こっち来い!」
壁の下。
おじさんがしゃがんでいる。
土の中から、小さな金属片が出ていた。
丸い。
腕輪ではない。
もっと小さい。
輪の一部のようにも見える。
「触っていい?」
「場所書いてから」
「分かってる」
もう言われる前に紙を出した。
「成長したな」
「そこ褒めるところ?」
記録する。
拾う。
土を払う。
ただの金具だった。
「……違う」
「何が?」
「なんでもない」
少し期待した自分が恥ずかしかった。
*
その日の午後。
司書が僕を呼んだ。
「探していたものに近い記録がありました」
「石板?」
「いいえ。星環です」
すぐについていった。
普段あまり入らない部屋だった。
古い写本の写しが置かれている。
「原本は?」
「別の都市です」
「どこ?」
「ザルカド」
僕は少し身を乗り出した。
ザルカド王家に伝わった記録。
アルダーンが入城したころのもの。
後世の写しなので、そのまま信用はできない。
それでもかなり古い。
読んだ。
アルダーンが、星から得た鉄を用いて輪を作らせた。
神官たちを集めた。
現地の王家を立ち会わせた。
そして――
「ここ」
司書が指した。
僕は読んだ。
古き輪を、新しき輪に収める。
「……何これ」
「分かりません」
「でも」
もう一度読む。
古き輪。
新しき輪。
腕輪のことか。
儀式のことか。
人の輪のことか。
分からない。
だからこそ気になった。
*
さらに下。
アルダーン自身の言葉として伝わる一節があった。
どこまで本当に本人の言葉かは分からない。
僕はゆっくり読んだ。
生者には生者の王を。
次。
死者には死者の王を。
僕の手が止まった。
その下。
輪なくして、王は一人なり。
さらに。
輪をもって、王と人は結ばれる。
「これ……」
僕は右腕を押さえた。
今まで、星環は王の力を示すものだと思っていた。
後世の歴史家もそう書く。
帝位の証。
世界聖王の証。
でも、この文章は少し違う。
王だけでは足りない。
人がいる。
輪がある。
その関係を作る。
「星環って……王になるための道具じゃない?」
司書は答えなかった。
「どう思います?」
「あなたの方が専門でしょう」
「僕?」
「私は歴史家です」
「僕は十六歳ですよ」
「神官なのでしょう?」
それを言われると弱い。
*
僕は宿舎へ戻った。
机の上に紙を並べた。
生者の輪。
死者の輪。
古い祭祀。
アルダーン。
ザルカド。
星環。
そして、
古き輪を、新しき輪に収める。
腕輪そのものに力がある。
それは知っている。
でも、腕輪だけでは何も起きないのかもしれない。
輪を作る。
誰かを中心に置く。
王として戴く。
生者なら、生者。
死者なら、死者。
「……どうやって?」
そこがない。
肝心なところがない。
僕は椅子にもたれた。
まただ。
千年前の人たちは、いつも一番知りたいところを書いてくれない。
*
翌朝。
ファルハドに会うなり言った。
「たぶん、星環のこと少し分かった」
「おはようは?」
「おはようございます」
「うるせえ」
「どっちなんだよ!」
おじさんたちが笑う。
「で、何が分かった」
「星環って、持ってるだけじゃ意味ないのかもしれない」
「宝じゃねえの?」
「宝だけど」
「じゃあ売れる?」
「売らないよ!」
「何怒ってんだ」
僕は右腕を押さえた。
ファルハドが、その動きを見た。
一瞬だけ。
目が止まった。
「坊主」
「何?」
「お前さ」
僕は固まった。
ファルハドは僕の腕を見る。
「その星環ってやつ」
「……うん」
「もしかして」
言葉を待った。
「本物、見たことあんのか?」
僕は答えなかった。
答えないまま、馬の綱を取った。
「仕事しよう」
「おい」
「今日は荷多いんでしょう」
「坊主」
「あとで」
自分でも驚いた。
否定しなかった。
ファルハドも、それ以上聞かなかった。
*
その日ずっと、考えていた。
本だけなら安全だった。
千年前の話だから。
壁だけでも安全だった。
昔の人のものだから。
でも僕の右腕にあるものは違う。
今ここにある。
僕が持っている。
もし、本当に同じものなら。
千年前の記録は、昔話ではなくなる。
試せる。
僕はその考えを、何度も追い払った。
でも消えなかった。
輪を作れ。
石板の言葉が頭に残っていた。




