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星の降る道ⅰ 死者の星環  作者: 超魔王
サルマーンの大図書館
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38/65

猛将はまだ山にいる

パルキア戦のあと、アルダーンの歴史は少し読みにくくなった。


 それまでは簡単だった。


 アルダーンがどこへ行った。


 誰と戦った。


 勝った。


 次へ行った。


 だいたいそれで分かる。


 ところがパルキアを取ったあたりから、同じ頁にいろんな人の名前が出てくるようになった。


 ファルケンティス。


 アンティゴノス。


 ガウリス。


 それからオルシャン。


 アルダーン本人は、その間を行ったり来たりしている。


「坊主、今日のアルダーンは?」


「今日は、あんまりアルダーン出てこない」


「じゃあ誰だ」


「ガウリス」


「お」


 最近、おじさんたちも慣れてきた。


 アルダーンが出てこなくても続きを聞く。


     *


 ガウリスは南へ進んでいた。


 ただ南へ進んでいる、という書き方だと大したことがないように見える。


 実際に年代を並べると変だった。


「この町を取った」


「うん」


「その次の月に、さらに南の町」


「うん」


「その次に川を越えてる」


「うん」


「その次――」


「待て」


 ファルハドが止めた。


「何?」


「早すぎねえか?」


「僕もそう思った」


 地図を広げる。


 距離を測る。


 別の記録も見る。


 間違っていない。


 ガウリスは本当に速かった。


「戦ってないのか?」


「戦ってる」


「じゃあなんでこんな進むんだ」


「勝ったあと、すぐ動くみたい」


 敵を破る。


 町を押さえる。


 長く休まない。


 次へ行く。


 相手が兵を集め直す前に、また来る。


「嫌だな、それ」


 おじさんが言った。


「やっと逃げて次の町に着いたら、後ろから同じ旗が来るんだろ」


「たぶん」


「韋駄天将軍だな」


「まだそう呼ばれてない」


「もう言うと思った」


     *


 ガウリスが速く進めた理由は、本人が速いからだけではなかった。


 平地が多い。


 馬が使える。


 大人数でも動ける。


 アルダーン軍が得意な戦い方を、そのまま使える。


 そして後ろから、食糧が来る。


「誰が送ってる?」


 僕は頁をめくった。


「オルシャン」


「また知らねえ奴が出てきたな」


「知らないの?」


「名前は知ってる」


「何した人?」


 おじさんたちが顔を見合わせた。


「神官?」


「軍師じゃなかったか?」


「カルバーブの王子だろ」


「書記官って本もあったぞ」


 僕は少し嬉しくなった。


「大図書館でも同じことになってる」


「どういうことだ?」


「本によって役職が違う」


「じゃあ何なんだ」


「分からない」


「またかよ」


 でも、やったことは分かる。


 穀物を送る。


 宿場を整える。


 馬を用意する。


 書簡を出す。


 部族と交渉する。


 道路を押さえる。


「軍師じゃないのか?」


「作戦を考えるというより、戦えるように周りを整えてる」


「地味だな」


「でも、これないとガウリス進めない」


「じゃあ大事じゃねえか」


 僕もそう思った。


     *


 そのころアンティゴノスは、北へ向かっていた。


 ザルカド。


「来た!」


 おじさんが声を上げた。


「そんなに楽しみだったの?」


「猛将の本番だろ」


「たぶん、思ってるのと違うよ」


「どう違う」


「……負ける」


 食卓が静かになった。


「誰が?」


「アンティゴノス」


「嘘だろ」


「本当」


「ザルカド軍に?」


「それもあるけど」


 僕は地図を見せた。


「山に」


     *


 ザルカドの道は狭い。


 高い。


 寒い。


 大軍を連れていくほど、食べ物が足りなくなる。


 馬も減る。


 荷物を運ぶ動物も疲れる。


 谷を一つ越えるだけで時間がかかる。


 アルダーン軍は平地では強い。


 でも山は、強さを消した。


「兵増やせばいいだろ」


「増やしたらもっと食べ物が足りなくなる」


「五万くらい――」


「五万人を食わせられる道じゃないって」


「じゃあどうすんだ」


「だから困ってる」


 アンティゴノスは進んだ。


 押し返された。


 戻った。


 翌年、また来た。


「また?」


「また」


「今度は?」


「また止められた」


「来年は?」


「行く」


「ならいい」


「何がいいの?」


     *


 その次の年。


「坊主」


「はいはい」


「アンティゴノスは?」


「また山」


「勝った?」


「まだ」


「負けた?」


「押し返された」


「来年は?」


「また行く」


「ならいい」


「それ好きだね」


 どうやらおじさんたちは、勝っているからアンティゴノスが好きなのではないらしい。


 諦めないから好きなのだ。


 僕も少し分かるようになってきた。


 ガウリスはどんどん地図の南へ行く。


 アンティゴノスは、同じ山の前にいる。


 なのに、どちらも仕事をしている。


     *


「兵を増やせばよい」


 アルダーンが言ったとする記録がある。


 アンティゴノスは答えた。


「もっと負けます」


 僕はその部分を昼飯で読んだ。


「いいな」


 おじさんが言った。


「何が?」


「ちゃんと言い返してる」


「猛将なのに?」


「猛将だからだろ。無理なもんは無理って言わねえと」


 ファルハドが頷いた。


「現場知らねえ奴に人増やせって言われるのが一番困るからな」


「アルダーンは現場知ってるでしょう」


「山は別だろ」


 そうかもしれない。


     *


 アンティゴノスが困っている間、オルシャンが動いた。


「今度は何してる?」


「アンゴルに行ってる」


「何しに?」


「羊買いに」


「……羊?」


「あと乾燥肉。乳。穀物。馬。人も」


「人も買うのか?」


「傭兵とか案内人」


「また地味だな」


「でもこれで北から食べ物が来る」


 ザルカドは、攻めてきた軍が飢えるのを待てばよかった。


 冬が来る。


 道が悪くなる。


 食糧がなくなる。


 敵は帰る。


 翌年、また来ても同じ。


 そう思っていたはずだ。


 でも、アンゴルから食糧が入るようになった。


 北側にも道ができる。


 次にオルシャンはサルマーンへ行った。


「ここ?」


 僕は食堂の床を指した。


「この国?」


「そう」


「何しに?」


「馬買いに」


「征服したのか?」


「してない」


「じゃあなんで馬が買える」


「売ってくれたから」


「敵じゃないのか?」


「敵でも味方でもない」


「そんなのありか」


「あるみたい」


 サルマーンはアルダーンに従わなかった。


 でも戦わなかった。


 馬を売った。


 中立。


 後の本では、アルダーンの勢力圏として塗られている地図もあった。


 でも条約を読むと、そうではないらしい。


「じゃあ地図が嘘じゃねえか」


「簡単に塗りすぎてる」


「歴史の本って適当だな」


「全部じゃないよ」


     *


 ガウリスは、その間にも南へ進んだ。


 さらに南。


 さらに南。


「次の町は?」


「ある」


「その次は?」


「ある」


「まだあるのか」


 ある。


 そしてとうとう、海まで行った。


「海?」


「うん」


「アルダーンたち、元々海の国から来たんだろ?」


「そうだけど、反対側」


 インドゥーラの南端。


 海へ突き出した土地。


 後世、西方の人々はそこを「サイの角」と呼んだ。


「なんで?」


「形が似てるから」


「ガウリス、サイ見たのか?」


「たぶん見てる」


「で、何した?」


「……さらに南を見に行った」


「海なのに?」


「船で」


 ファルハドが笑った。


「止まれねえのか、あいつ」


「たぶん」


     *


 アンティゴノスは、まだ山にいた。


 僕がその言葉を言うと、みんな笑った。


「ガウリスは?」


「海」


「アンティゴノスは?」


「山」


「比べんなよ!」


「僕が比べたんじゃないよ!」


 でも、少しずつ変わっていた。


 ザルカドへ入る道が増える。


 外から入る食糧が減る。


 周辺の部族がアルダーン側と取引する。


 アンティゴノスは毎年戻る。


 ザルカドは戦いでは追い返している。


 それでも戦争は終わらない。


「勝ってるのに、終わらないのか」


 おじさんが言った。


「うん」


「嫌だな」


「僕もそう思う」


     *


 ある年、アンティゴノスはアルダーンへ援軍を求めた。


「やっとか」


 おじさんが言った。


「兵が足りなくなったのか?」


「違うみたい」


「じゃあ何だ」


「アルダーン本人に来てほしいって」


「本人?」


「うん」


 僕も最初は分からなかった。


 でも記録を何冊か読むと、少し見えてきた。


 ザルカドはもう苦しかった。


 外から食糧を入れる道も減った。


 戦い続ける力も落ちている。


 でもアンティゴノスに降伏するのと、世界を征服してきたアルダーン本人に降伏するのとでは意味が違う。


「花持たせたんじゃねえか」


 ファルハドが言った。


「誰に?」


「ザルカドにも、アルダーンにも」


 なるほど。


 アンティゴノスが最後まで攻めれば、ザルカドはアンティゴノスに負けた国になる。


 アルダーンが来れば、世界聖王に降った国になれる。


「アンティゴノス本人も?」


「最後だけ王様にやらせたんだろ」


「でも何年も戦ったのはアンティゴノスだよ」


「だからできるんだよ」


 僕は、その言葉をしばらく考えた。


     *


 アルダーンはザルカドへ来た。


 大きな戦いはなかった。


 城門が開いた。


 王家は残された。


 条件が決められた。


 アルダーンは入城した。


 アンティゴノスもいた。


「やっとか!」


 おじさんたちが本当に喜んだ。


「長かった!」


「何年聞かされたと思ってんだ!」


「僕だって何年も読んだわけじゃないよ!」


「アンティゴノスは?」


「褒賞をもらってる」


「何もらった?」


「ブルガンティス」


「おお」


「それから、帰る」


「帰る?」


 みんな少し静かになった。


「戦わないのか?」


「もういいって」


 記録には、アルダーンとのやり取りも残っていた。


 どこまで本当かは分からない。


 でも、僕は好きだった。


「何が欲しい」


「帰りとうございます」


「領地を聞いている」


「では、帰れるところを」


 おじさんたちはしばらく黙った。


「……いいな」


「うん」


「猛将なのに、帰りたかったんだな」


「ずっと山にいたから」


「そりゃ帰りたいか」


 アンティゴノスは、ブルガンティスを与えられ、西へ戻った。


 後の戦争にはまた名前が出てくる。


 でも、この東征での戦いは、そこで終わる。


     *


 アルダーンはザルカドに残った。


 そして、山へ行った。


 昔、アルディスの近くに大きな隕石が落ちた。


 そのころ遠い東、ザルカドにも、もう一つ落ちたという記録がある。


 双子の星。


 演義ではそう呼ばれる。


「見に行ったのか?」


「うん」


「本当に?」


「これはかなり確かみたい」


「じゃあ東征の理由、隕石じゃねえか」


「分からないって」


「でも最後に見に行ってる」


「だから困るんだよ」


 アルダーンは本当に、その隕石を見た。


 それから星環に関わる儀式を行ったらしい。


 今まで持っていたものに、もう一つが加わった。


 生者と死者。


 対の輪。


 僕は右腕に触れた。


 服の下にある星環。


 千年以上前、この近くで同じ名前の聖具が完成した。


     *


 翌日の昼。


「それで?」


 おじさんが聞いた。


「何が?」


「次どこ行くんだよ」


「誰が?」


「アルダーン」


 僕は少し黙った。


「行かない」


「なんで?」


「死んだ」


「……誰が?」


「アルダーン」


 食卓が静かになった。


「昨日ザルカド落としたばっかだろ」


「うん」


「隕石見たんだろ」


「うん」


「それで?」


「病気になったみたい」


「毒じゃねえの?」


「そういう話もある」


「ザルカドの王家に殺された?」


「そういう演義もある」


「帰りたい将軍が反乱したってやつは?」


「それも後世の話っぽい」


「じゃあ何なんだよ」


「分からない」


 まただ。


 でも、今回は前より重かった。


     *


 アルダーンの死については、いろんな話が残っていた。


 双子の隕石を見て満足し、役目を終えて天へ帰った。


 毒を盛られた。


 遠征に疲れた将軍たちが反乱した。


 ザルカドの復讐者に殺された。


 呪いを受けた。


 そして、ずっと後の研究者が書いた説もあった。


 遠く東へ来すぎたため、アルディス人がほとんど経験していない病に罹り、重くなった。


 実際、同じころ遠征軍の古参兵にも発熱者が出ている記録がある。


「世界を取れそうだったのに病気か」


 おじさんが言った。


「病気には勝てないでしょう」


「毒殺の方が格好いいな」


「死因に格好よさ求めないでよ」


「じゃあ隕石見て満足して死んだ」


「それは死因じゃないって」


「でも満足はしたかもしれないだろ」


 僕は答えなかった。


 それは分からない。


 歴史書には書けない。


     *


 アルダーンは、死ぬ少し前に星環などの聖具をオルシャンへ預けた。


 誰か一人を後継者にはしなかった。


 記録には、短い言葉が残る。


 強い者がいれば渡せ。


 いなければ、お前が持て。


 僕は何度も読み直した。


 ファルケンティスにはパルキアがある。


 ガウリスにはインドゥーラがある。


 アンティゴノスにはブルガンティスがある。


 故国アルディスには王家が残っている。


 オルシャンにはカルバーブと、預けられた聖具がある。


 アルダーンが生きている間は、全部が一つの戦争だった。


 死んだ瞬間から、別々のものになる。


「坊主」


「何?」


「続きは?」


「いっぱいある」


「じゃあ明日な」


「……たぶん明日じゃ終わらないよ」


「今までだって終わってねえだろ」


 そうだった。


 僕は笑った。


 でも、大図書館へ戻って次の本を開いたとき、少し後悔した。


 知らない名前が増えた。


 国も増えた。


 戦争も増えた。


 同じ名前の王が何人もいる。


 婚姻。


 裏切り。


 同盟。


 分裂。


 再統合。


 頁をめくった。


 さらに人が増えた。


「……明日にしよう」


 本を閉じた。


 アルダーンの生涯を追うだけなら、まだ簡単だった。


 問題はそのあとだった。


 星環は、誰の手に渡ったのか。


 なぜそれが、千年以上たった今、カルバーブにあるのか。


 そして。


 僕の兄上が死んだ夜と、それがどうつながっているのか。

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