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星の降る道ⅰ 死者の星環  作者: 超魔王
サルマーンの大図書館
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37/65

今日のアルダーン

「坊主、今日のアルダーンは?」

 最近、昼飯を食べ始めると誰かが必ず聞く。

 今日の、と言われても千年以上前の人なのだけれど、僕もいちいち訂正しなくなった。

「ブルガノーブルに着いた」

「おお」

「それで?」

「攻めた」

「落ちたか?」

「落ちなかった」

「なんだよ」

「僕に言わないでよ」

 向かいのおじさんがパンをちぎりながら首を振った。

「アルダーンも大したことねえな」

「昨日までアンティゴノスが出ただけで喜んでたじゃないですか」

「アンティゴノスは別だ」

「何が?」

「猛将だからな」

「このころはまだ猛将って呼ばれてないよ」

「後でなるんだから同じだろ」

「歴史ってそういう読み方していいのかな」

 たぶん駄目だと思う。

     *

 ブルガノーブルは海峡に面した大都市だった。

 西から来たアルダーンは、正面からそこを攻めた。

 でも落ちなかった。

 城壁が強い。

 海がある。

 船もある。

 アルダーン軍は西から来た陸軍だった。

「じゃあどうした?」

「諦めた」

「またそれか」

「本当に一回諦めてるんだよ」

 僕は昨日写してきた紙を広げた。

「ただし、ファルケンティスを残した」

「色男か」

「なんでそれで覚えてるの?」

「演義じゃ美男子だからな」

「史料にも容姿がいいとはあるけど」

「ほら」

「そこだけ史料を信じるんだ」

 ファルケンティスには、ブルガノーブルを落とせとは命じなかったらしい。

 包囲を続ける。

 兵を出させない。

 西側を押さえる。

 それだけ。

「で、アルダーンは?」

「海峡を渡った」

「城落としてないのに?」

「うん」

「何しに?」

「反対側のブルガンティスを取るため」

「なんで?」

「僕も最初そう思った」

     *

 次の日。

「今日のアルダーンは?」

「ブルガンティス」

「ブルガノーブルは?」

「まだファルケンティスがいる」

「アンティゴノスは?」

「対岸の拠点を守ってる」

「よし」

「何がよしなの?」

「出てきたからだ」

 おじさんたちのアンティゴノス好きがよく分からない。

「ガウリスは?」

 ファルハドが聞いた。

「アルダーンと南へ」

「何しに?」

「沿岸都市を取ってる」

「また城ほったらかして?」

「うん」

 アルダーンとガウリスは、ブルガンティスの海岸沿いを南へ進んだ。

 一つ落とす。

 次へ行く。

 港が降る。

 さらに進む。

 そのうち、面白いことが起きた。

「船が増えてる」

「船?」

「ブルガンティスの船」

 降伏した港には船がある。

 船乗りがいる。

 水先案内人がいる。

 船を直す職人がいる。

 造船所もある。

 アルダーンは、それを壊していなかった。

「そりゃそうだろ」

 ファルハドが言った。

「使えるもの壊してどうすんだ」

「ファルハドは何でも解体屋で考えるよね」

「使える船取ったんだろ?」

「そうだけど」

「じゃあ同じだ」

 たぶん違う。

 でも少し似ている気もした。

     *

 さらに何日か経った。

「坊主」

「今日は面白いよ」

「なんだ?」

「アルダーンが戻った」

「どこへ?」

「ブルガノーブル」

「やっとか!」

 みんなが知っている話だった。

 僕も演義では知っていた。

 でも、調べるまで誇張だと思っていた。

「アルディスからも艦隊が来てる。それにブルガンティスで手に入れた船も合わせてる」

「ほら来た!」

「何が?」

「海を埋めるんだろ!」

「海は埋めてない」

「船で埋めたんだろ?」

「……かなり集めてる」

「ほら!」

 悔しい。

 演義では、アルダーンが一夜にして千艘の船をつなぎ、海の上に道を作ったことになっている。

 千艘という数字は怪しい。

 一夜というのも怪しい。

 でも、大量の船を海峡へ集中させたことは複数の記録に残っていた。

 一部はつながれ、兵や荷を渡すためにも使われたらしい。

「演義の方が正しいじゃねえか!」

「人数と日数が違うんだよ!」

「でも船で海埋めた」

「だから、その言い方が大げさなんだって!」

 ファルハドだけは違うところが気になったらしい。

「どう固定した?」

「え?」

「船だよ」

「知らない」

「潮は?」

「知らない」

「海峡だろ。流れあるだろ」

「……あると思う」

「何隻ずつつないだ?」

「そこまで書いてなかった」

「明日な」

「なんで僕に宿題出すの?」

     *

 翌日、調べた。

 分からなかった。

 正確には、史料によって違った。

「分かりませんでした」

「使えねえな」

「千年前の船のつなぎ方を一晩で調べてきた人に言うこと?」

「で?」

「全部を一本の橋にしたわけじゃないみたい。封鎖する船、兵を運ぶ船、つないで渡れるようにした船があったらしい」

「そっちの方が普通だな」

「そうなの?」

「全部つないだら動けねえだろ」

 僕は少し考えた。

 そういうことは本を読んでいても気づかなかった。

 第二次ブルガノーブル攻撃で、アルダーンは最初とはまるで違う戦い方をした。

 最初は西から城壁を攻めた。

 今度は海峡そのものを押さえた。

 ブルガンティス側からも兵を動かした。

 海からの出入りも難しくした。

 そして、ブルガノーブルは落ちた。

「それでアルダノーブルになるんだろ」

「うん。名前が変わるのはこの後」

「最初からアルダノーブルじゃなかったのか」

「ブルガノーブル」

「面倒だな」

「僕に言わないでよ」

     *

 アルダノーブルを取ったところで、演義なら大事件が起こる。

 アルダーンの父王が死ぬ。

 そして犯人は、東の大国パルキア王トミナス二世。

 毒殺。

 父の仇を討つため、アルダーンは東征を決意する。

 僕も昔、その話を聞いたことがあった。

 だから調べた。

「嘘だった」

 昼飯で言うと、みんなが止まった。

「何が?」

「トミナス二世の毒殺」

「嘘?」

「たぶん」

「毒杯持ってくる女は?」

「ずっと後の本にしか出てこない」

「黒い衣の男は?」

「もっと後」

「父王が血を吐いてアルダーンの腕の中で――」

「それ演義」

「全部かよ!」

 アルダーンの父王がこのころ死んだこと自体は確からしい。

 ただ、病死と考えても何も不自然ではない。

 パルキアが毒殺したという同時代の記録は見つからない。

「じゃあ何でパルキア攻めたんだよ」

「それがよく分からない」

「分からない?」

「ブルガンティスにパルキアが使者とか、少し援軍を送ってた記録はある」

「じゃあそれだろ」

「たぶん戦争の直接の理由としては」

「ほら」

「でも、それだけならパルキアを取ったあとも東へ行く理由にならない」

 みんなが黙った。

「何で行ったんだ?」

「だから分からない」

「布教だろ」

「そう書いてる本もある」

「世界の果てを見たかった」

「それもある」

「双子の隕鉄」

「それもある」

「どれだよ」

「分からないって言ってるでしょう」

 ファルハドが肉を食べながら言った。

「全部じゃねえの」

 僕は少し考えた。

「それが一番ありそうで困る」

     *

 パルキアとの戦争を読み始めると、おじさんたちは急に詳しくなった。

「来たぞ。二万で十万!」

「六万」

「十万!」

「六万!」

「演義じゃ十万だ」

「僕が読んでるのは記録なの!」

 パルパロキア平原。

 アルダーン軍、およそ二万。

 トミナス二世の軍、およそ六万。

 それでも三倍だった。

 パルキア軍は王直属の兵だけではない。

 諸部族。

 傭兵。

 地方軍。

 いくつもの軍勢が集められている。

 アルダーンは正面から戦った。

「勝つんだろ?」

「勝つ」

「どうやって?」

「これが……」

 僕は紙を見た。

「アルダーン本人が突っ込んでる」

「ほら!」

「なんで嬉しそうなの?」

 戦っている途中、アルダーンはパルキア軍の陣形に隙間が生まれたのを見つけたらしい。

 騎兵を率いてそこへ入った。

 奥まで進んだ。

 そしてトミナス二世のいる指揮所近くまで突入した。

「演義じゃ王の旗を槍で倒すぞ」

「それは確認できなかった」

「一騎で百人斬った」

「それも嘘」

「トミナスと一騎討ちは?」

「してない」

「つまらんな」

「敵本陣まで突っ込んでる時点で十分おかしいよ!」

 しかも、その部分はパルキア側の記録にもあった。

 トミナス二世は戦場を離脱した。

 それを見た軍が崩れた。

 六万全員をアルダーンが倒したわけではない。

 でも、六万を戦わせていた中心を壊した。

「やっぱり十万でいいだろ」

「よくない!」

     *

 でも、パルパロキアで戦争は終わらなかった。

 次の日。

「トミナス捕まったか?」

「まだ」

「逃げたのか」

「王都に戻ろうとしてる」

 トミナス二世にはまだ王都があった。

 宮殿がある。

 官僚がいる。

 金がある。

 各地へ命令を送る仕組みがある。

 王都へ帰れば、もう一度兵を集められる。

 アルダーンはそれをさせなかった。

 ヘラクスで追撃軍がトミナス二世の帰路を脅かした。

 戦いながら進路を変えさせる。

「誰が追ってる?」

「この時点ではアルダーンも近くにいるみたい」

「ガウリスは?」

「いる」

「アンティゴノスは?」

「いるよ」

「よし」

「だから何なの、そのアンティゴノスが出るたびに喜ぶの」

     *

 そして、ここからアルダーンの戦い方が変わった。

 僕はそれに気づくまで少しかかった。

「……あれ?」

「どうした坊主」

「アルダーンがトミナスを追ってない」

「逃げられたのか?」

「違う」

 僕は何冊か並べた。

 ガウリス。

 トミナス二世の捜索と追撃。

 ファルケンティス。

 パルキア北方部族との交渉。

 アンティゴノス。

 降伏したパルキア軍の再編。

「じゃあアルダーンは?」

 おじさんが聞いた。

「王都」

「何してんだ?」

「……国を取ってる」

 自分で言ってから、少し怖くなった。

 アルダーンはトミナス二世を捕まえることより先に、トミナス二世が王でいるために必要なものを取っていた。

 宮殿。

 官僚。

 記録。

 金庫。

 命令を地方へ運ぶ仕組み。

 それを壊さずに使い始める。

「昨日まで敵だった役人だろ?」

「そう」

「言うこと聞くのか?」

「給料も仕事も残してる」

「じゃあ働くか」

「そんなものなの?」

「役人だって飯食うだろ」

 そういうものなのかもしれない。

     *

 アンティゴノスは、パルパロキアで崩れた軍まで拾い始めた。

 部族兵。

 傭兵。

 降伏兵。

 全部がトミナス二世に最後まで忠誠を尽くしたわけではない。

「昨日まで敵だったんだろ?」

「うん」

「今日からアルダーン軍?」

「そういう部隊もある」

「いいのかそれ」

「僕に聞かれても」

 ファルハドが言った。

「金払う奴が変わっただけの奴もいるんだろ」

「傭兵はそうだと思う」

「なら働くだろ」

 また身も蓋もない。

 でも、そうやってアンティゴノスが軍を組み直すほど、ガウリスが使える兵も増えていく。

 トミナス二世を追っているのは、いつの間にかアルディス人だけではなくなっていた。

     *

「今日は?」

「タナス渓谷」

「トミナス?」

「違う。トミナス二世の一族の将軍が蜂起した」

「お」

 みんなの顔が少し真面目になった。

 パルキアはまだ終わっていなかった。

 王都を取られても、地方には兵がいる。

 王族もいる。

 トミナス二世も生きている。

 一族の将軍が軍を集め、旧王家のために立った。

「アンティゴノスだな」

「まだ誰が戦うか言ってないよ」

「アンティゴノスだ」

「なんで決めつけるの?」

「猛将だから」

「だから、このころまだ――」

「で、誰だった?」

 僕は紙を見た。

 黙った。

「……アンティゴノスもいる」

「ほら!」

 食堂で笑い声が上がった。

「なんで当たるんだよ!」

     *

 タナス渓谷の反攻も失敗した。

 パルキア王家が王都を奪い返す機会は、さらに小さくなった。

 それでもトミナス二世は捕まらない。

 逃げる。

 ガウリスが追う。

 また逃げる。

 さらに追う。

「ガウリス、速くない?」

 僕は言った。

「今さらか」

「この人、ずっと追ってる」

「韋駄天将軍だからな」

「まだそう呼ばれてない」

「お前、それ好きだな」

 好きで言っているわけではない。

 後世の名前で昔の人を見ると、最初からその人だったように見えてしまう。

 でも、ガウリスが速いのは本当だった。

     *

 そして風切峠。

「今日こそ捕まるか?」

「捕まらない」

「しぶといなトミナス」

「不死隊がまだ二百人くらいいる」

「六万から二百か」

 その言葉で、僕も初めて気づいた。

 パルパロキアでは六万を率いていた王が、今は二百余りの忠臣と峠を越えようとしている。

 しかも襲ってきた軍の中には、かつてパルキア側だった者までいる。

「トミナスからしたら嫌だろうな」

 おじさんが言った。

「昨日まで自分の兵だった奴に追われるんだから」

「うん」

「それでも逃げた?」

「逃げた」

「どこへ?」

 僕は地図を指した。

「カルバーブ」

 一瞬、言葉が止まった。

 僕だけが、その国を別の意味で知っている。

 故郷。

 兄上が死んだ場所。

 僕が逃げてきた国。

 千年以上前、トミナス二世もそこへ逃げた。

「カルバーブ王が匿ったのか?」

「そうみたい」

「じゃあアルダーンも行くだろ」

「……行く」

「また東か」

「うん」

 ファルハドが僕の紙を覗いた。

「これ、パルキア戦終わったのか?」

 僕は考えた。

 トミナス二世は生きている。

 でも王都はアルダーンのもの。

 官僚も動いている。

 軍も再編されている。

 北方部族とはファルケンティスが交渉している。

「たぶん、国としてはもう終わってる」

「王様生きてるのに?」

「王様だけになっちゃったから」

 言ってから、それも変な言葉だと思った。

     *

 その日の午後。

 大図書館へ戻って、僕は続きを読んだ。

 アルダーンは王都へ入った。

 ファルケンティスは北方との交渉を続けている。

 アンティゴノスは軍をまとめている。

 ガウリスは東へ進んでいる。

 そしてアルダーンは――

「……一月?」

 読み直した。

 同じだった。

 パルキア王家の王女と婚姻。

 その後、およそ一月にわたって宮殿の一角に籠もる。

 後世の本には、王女の美貌に魅了されたと書いてある。

 演義にも有名な話がある。

 戦争さえ忘れた。

 昼も夜も王女と過ごした。

 家臣たちは王が出てくるのを待った。

「これも嘘かな」

 別の史料を探した。

 もう一冊。

 さらに一冊。

 そして、妙な記録を見つけた。

 僕はしばらく、その一行を見た。

 翌日の昼。

「坊主、今日のアルダーンは?」

「……石」

「は?」

「石に話しかけてる」

「何の話だ?」

「僕も分からない」

「王女は?」

「一緒にいる」

「じゃあ演義も間違ってねえじゃねえか」

「一月ずっと王女と一緒にいたのは本当みたい。でも、アルダーンは石に呪いをかけてる」

 みんなが黙った。

「……何してんだ、あいつ」

「だから僕も分からないんだって」

「戦は?」

「家臣がやってる」

「本人は?」

「石」

「王女と?」

「王女と」

 おじさんが腕を組んだ。

「演義より変じゃねえか」

「僕もそう思う」

 ファルハドが笑った。

「それで、その石は何なんだ?」

「分からない」

「図書館なのに?」

 僕は答えた。

「図書館だから」

 一瞬、みんなが黙った。

「なんだそれ」

「僕も最初そう思ったよ」

 僕はパンをちぎった。

 明日からアルダーンは、さらに東へ行く。

 ガウリスも。

 アンティゴノスも。

 ファルケンティスだけは、パルキアに残る。

 そして、僕が何度も名前だけ習った男が、ようやく歴史の中に現れる。

 オルシャン。

 カルバーブの王子。

 僕の遠い祖先。

 星環を預けられることになる男。

 でも、その前に。

「坊主」

「何?」

「アンティゴノス、次どこ行く?」

「ザルカド」

「おお」

「そんなに喜ばない方がいいよ」

「なんで?」

 僕は昨日読んだ地図を思い出した。

「たぶん、ものすごく苦労するから」

 おじさんは笑った。

「アンティゴノスだぞ」

「だから心配なんだけど」

 このときはまだ、僕も知らなかった。

 猛将アンティゴノスが、ザルカドの山を相手にどれほど長く戦うことになるのかを。

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