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星の降る道ⅰ 死者の星環  作者: 超魔王
サルマーンの大図書館
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34/65

宝石屋の小僧

ナディラのお兄さんの店は、大図書館から歩いてそれほど遠くなかった。

 僕は以前、一度だけ連れてきてもらっている。

 宝石を扱う店だから、もっときらきらしているのかと思っていた。

 実際にはそうでもない。

 表に並んでいるのは銀の腕輪や指輪、細工した留め具などが多く、高価そうな石は奥にしまわれている。

 サルマンドでは、金や銀を身につける人が多い。

 ナディラによれば、昔このあたりで暮らしていた人たちは、財産を持って移動することが多かったらしい。

 土地や家は持って歩けない。

 金や銀なら持って歩ける。

 だから腕輪や首飾りにして身につけた。

 街に住むようになってからも、その習慣だけは残ったのだという。

「おはようございます」

 店へ入ると、奥から男が出てきた。

 ナディラによく似た目をしている。

 でも妹より少し丸い。

「おう。アシャンだったな」

「はい」

「ナディラは?」

「今日はダルガンと市場へ行ってます」

「そうか」

 男はジャミールという。

 ナディラより何歳か上の兄で、この店を任されている。

 ナディラが各地を歩いて石や銀を扱うのに対して、ジャミールはずっとサルマンドにいる。

 職人から品を受け取り、客に売り、持ち込まれた品を買う。

 僕には同じ宝石商に見えるけれど、ナディラによれば、

「兄さんと私は別の商売よ」

 らしい。

「それで?」

 ジャミールが聞いた。

「今日は何を買いに来た?」

「仕事をください」

「仕事?」

「はい」

 ジャミールが僕を見た。

 僕も見返した。

「金がなくなったのか?」

「なくなってはいません」

「じゃあ何だ」

「大図書館に住むことにしました」

「ほう」

「一月で金貨一枚です」

「知ってる」

「払いました」

「そうか」

「来月も払います」

「なるほど」

 ジャミールは笑った。

「それで働くことを覚えたか」

「働いたことはあります」

「金をもらう仕事をしたことは?」

「……ありません」

「じゃあ、覚えたんだ」

 言い返せなかった。

     *

「石は分かるか?」

「少しなら」

「少しってどのくらいだ」

「ナディラに教えてもらいました」

 ジャミールの顔が少しだけ真面目になった。

「何を?」

「硬さとか、色とか、光の見方とか。あと、偽物も少し」

「ほう」

 僕はちょっと自信が出てきた。

「銀も少しなら――」

「じゃあ掃除してくれ」

「はい?」

 箒を渡された。

「店の前からだ」

「石は?」

「触るな」

「でも僕でも少しくらい――」

「勝手に石を売るな」

「売りませんよ」

「勝手に値段をつけるな」

「つけません」

「勝手に鑑定するな」

「……はい」

「よし」

 僕は店の前を掃いた。

 神官だったころにはやらなかった仕事だった。

     *

 それでも、一日中掃除をしていたわけではない。

 僕は字が書けた。

 それも、かなり書けた。

 古い文字も読める。

 計算もできる。

 帳面を渡されて、昨日売れた品と代金を書き写した。

 ジャミールが横から覗いた。

「字はきれいだな」

「ずっと習ってましたから」

「計算は?」

「できます」

「これ」

 紙を渡された。

 銀貨と銅貨の数字が並んでいる。

 僕は計算した。

「合ってる?」

「合ってる」

 少し嬉しかった。

「じゃあ宝石も――」

「触るな」

「はい」

 その日の午後には、客が来たときに茶を出す仕事も増えた。

 商品を奥から持ってくる仕事もした。

 ただし、高価なものはジャミールが自分で持ってくる。

 僕が持っていいのは、銀製品や比較的安い石だけだった。

 どうやら信用されていない。

 いや。

 考えてみれば当然だった。

 僕だって王宮にいたころ、昨日会ったばかりの人に星環を預けたりはしない。

     *

 三日目になると、少し店のことが分かってきた。

 宝石屋には、宝石を買いに来る人だけが来るわけではない。

 売りに来る人もいる。

 銀の腕輪を持ってくる人。

 祖母が使っていたという首飾りを持ってくる人。

 石だけを小さな布に包んで持ってくる人。

 壊れた指輪を持ってくる人。

 ジャミールは一つずつ見る。

 重さを量る。

 光に透かす。

 傷を見る。

 ときには別の道具を持ってくる。

「これは?」

 客が帰ったあと、僕は聞いた。

「銀」

「それは分かります」

「なら聞くな」

「どこから来たものです?」

「知らん」

「聞かないんですか?」

「聞くときもある」

 ジャミールは腕輪を布の上に置いた。

「でも、物の来歴より先に、物そのものを見る」

 ナディラも似たようなことを言っていた。

 宝石商は、人の話を信じないわけではない。

 でも、話だけでは買わない。

 僕は少し面白くなってきた。

     *

 五日目。

 変な男たちが来た。

 三人とも埃だらけだった。

 服には白い粉がついている。

 そのうちの一人が、小さな木箱を机に置いた。

「また出た」

 ジャミールが嫌そうな顔をした。

「今度はどこだ」

「南区の古い家」

「持ち主は?」

「死んでる。相続人なし。中身込みで請けた」

「記録は?」

「ある」

 紙が一枚出てきた。

 ジャミールが先にそれを読んだ。

 それから箱を開ける。

 銀の腕輪が二つ。

 小さな金の飾り。

 青い石のついた指輪。

「宝石だ」

 思わず言った。

 三人のうち、一番年上の男が僕を見た。

「宝石屋だからな」

「そうじゃなくて。家を壊してたんですよね?」

「ああ」

「なんで宝石が出るんです?」

「隠すからだよ」

「家に?」

「家以外のどこに隠すんだ」

 僕は王宮を思い出した。

 王宮では宝物は宝物庫に入れる。

 でも普通の家には宝物庫なんてない。

「どこにあったんです?」

「それは教えない」

「なんで?」

「坊主が人ん家を掘り返し始めたら困るだろ」

「しませんよ」

 男たちが笑った。

 ジャミールは笑わなかった。

 石を見ている。

「これはうちで買える。こっちは細工を外して銀として見た方がいいな」

「分かった」

「金は?」

「これはそのままでいい」

 話が早い。

 値段を決めると、男たちは箱を置いて帰っていった。

「今の人たちは?」

「解体屋」

「家を壊す?」

「そう」

「宝石も探すんですか?」

「探すために壊してるわけじゃない」

 ジャミールは箱を閉じた。

「でも古い家を壊せば、たまに出る」

「全部もらえるんですか?」

「そんなわけあるか」

 持ち主がいるなら持ち主へ返す。

 相続人がいるなら記録する。

 契約で家財まで引き取っているなら、解体屋のものになることもある。

 誰のものか分からなければ、すぐ売らずに置いておく場合もある。

「面倒ですね」

「だから記録するんだ」

 ジャミールが僕の書いた帳面を指で叩いた。

 少しだけ、自分の仕事が立派になった気がした。

     *

 一週間働いた。

 朝、大図書館を出る。

 店を開ける。

 掃除をする。

 帳面を書く。

 客に茶を出す。

 荷物を運ぶ。

 昼を食べる。

 午後も働く。

 終わるのはだいたい日が傾き始めてからだった。

 それから大図書館へ戻る。

 本を読む時間が少ない。

 これが困った。

 仕事は嫌いではなかった。

 ジャミールも嫌いではない。

 でも僕は、働くためにサルマンドへ来たわけではない。

 兄上に何が起きたのか。

 王宮の宝とは何なのか。

 星環は何なのか。

 調べたいことは増える一方だった。

 七日目の夕方。

 帳面を閉じたジャミールが言った。

「アシャン」

「はい」

「明日から来なくていいぞ」

「え」

 何か失敗しただろうか。

 石には触っていない。

 勝手に売ってもいない。

 計算も間違えていないはずだ。

「僕、何かしました?」

「何もしてない」

「じゃあなんで?」

「向いてない」

 かなり傷ついた。

「僕、ちゃんと働いてましたよね?」

「働いてた」

「字も書けます」

「うまい」

「計算も」

「できる」

「客にも失礼なことは――」

「してない」

「じゃあ向いてるじゃないですか」

「宝石屋としては向いてない」

 ジャミールは笑った。

「石を知らなすぎる」

「これから覚えます」

「何年かかると思ってる」

「そんなに?」

「ナディラを何だと思ってるんだ」

 言われてみれば、ナディラは何年も各地を歩いている。

「それに、お前は午後から本を読みたいんだろ」

「……はい」

「だったら、朝が早くて、終わるのも早い仕事の方がいい」

「そんな仕事あるんですか?」

「ある」

 ジャミールは紙に名前を書いた。

 僕に渡す。

 知らない名前だった。

 ファルハド。

「誰です?」

「この前来ただろ」

「あの埃だらけの人?」

「一番若いの」

 僕は思い出した。

 確かにいた。

「何の仕事です?」

「家を壊す」

 僕は紙を見た。

 もう一度ジャミールを見た。

「僕、力ないですよ」

「見れば分かる」

「じゃあなんで紹介するんです?」

「字が書ける。計算できる。馬にも乗れるんだろ?」

「馬?」

「ナディラから聞いた」

「乗れますけど」

「なら言え」

「宝石屋で馬に乗らないでしょう」

「うちではな」

 ジャミールは店の奥を指した。

 そこには、数日前に解体屋が持ち込んだ木箱がまだ置かれていた。

「ファルハドのところは、壊したものを全部捨てるわけじゃない。石も木も金物も、使えるものは売る。運ぶ。仕分ける。記録する」

「宝石も出る」

「たまにな」

「それでここに持ってくる?」

「昔からな」

 ようやく、ジャミールと解体屋が知り合いなのが分かった。

「日当は?」

 僕は聞いた。

 ジャミールが笑った。

「覚えたな」

「必要ですから」

「お前がどれだけ使えるかによる」

「使えなかったら?」

「安い」

「使えたら?」

「上がる」

 随分分かりやすい。

「危なくないですか?」

「危ない」

「……そうですか」

「嫌ならうちで働いててもいいぞ」

 僕は少し考えた。

 ここなら安全だ。

 仕事も覚えてきた。

 ジャミールも悪い人ではない。

 でも午後まで働く。

 大図書館に戻るころには、一日の半分以上が終わっている。

 僕は紙を折った。

「行ってみます」

「そうしろ」

「一週間、ありがとうございました」

 頭を下げると、ジャミールは少し驚いた顔をした。

「真面目だな、お前」

「普通です」

「ナディラと旅してたら、そのうち治る」

「どういう意味です?」

「本人に聞け」

     *

 翌朝。

 まだ日が昇りきる前に、僕は教えられた場所へ向かった。

 眠かった。

 大図書館の朝は静かだった。

 でもサルマンドの街は、もう動き始めている。

 荷車が通る。

 パンを焼く匂いがする。

 遠くで誰かが馬を引いている。

 指定された場所へ着くと、昨日まで壁だったらしいものが半分なくなっていた。

 男たちが石を運んでいる。

 木材が積まれている。

 馬が二頭いる。

 そして埃の中から、聞き覚えのある声がした。

「おい! そこに置くな! そいつはまだ使える!」

 振り向いた男を見て、僕は思い出した。

 宝石屋へ来た三人のうち、一番若かった男。

 ファルハドだった。

「あの」

「ん?」

「ジャミールさんから来ました」

「ああ?」

 ファルハドが僕を上から下まで見た。

 嫌な予感がした。

「……お前か」

「はい」

「細いな」

「はい」

「石、持てるか?」

「たぶん」

「たぶんじゃ困るんだよ」

 近くにいたおじさんが笑った。

 ファルハドはため息をついた。

「まあいい。来ちまったもんは仕方ねえ」

 僕は腕まくりをした。

 これくらいならできると思った。

 このときの僕はまだ、自分がどれくらい力仕事に向いていないのか、よく分かっていなかった。

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